異世界でケーキを食べる3


「わー見て見て。向こうの店でアイツが食べてるケーキ、うまそー」

「女王様、お召し物が汚れますよ」


 しかしさっきのモヒカン男はお忍びで来るとは言っていたが、こうも早く出会うとは思っても無かった。

 お忍びとは言いつつ、他の客も女王の顔は知っているのだろう。なんとなく明後日の方向を向いてケーキを食べているようにも見える。


「はいコチラ、特製ブッシュドノームと渋豆茶でふ」


 ブッシュドノエル――それ“クリスマスの薪”という俺達の世界の言葉だが、これはブッシュドノーム。

 鍵の翻訳機能が正しければ、“森の精霊の薪”という意味なのだろうか。

 

 一見すると本物の丸太かと見間違えるかのような精巧な作りのケーキだ。

 フォークで少し触ってみると、確かにこれはケーキだ。表面も色がよく似たクリームのようだ。


「では、いただきます」


 ナイフで真ん中から切ってみる。

 スッとナイフは下まで入り、フォークを使い開いて見る。

 中には淡い乳白色のクリームが詰まっていた。それらの中には甘く煮た栗、よく熟した赤い木の実、マスカットのような白い果肉が丸ごと入っている。


 それはまるで、秋の味覚の宝石箱のようだった。


 半分を一口サイズに切り分け、フォークで口へと運ぶ。

 表面にも中にもクリームを使っているので重そうに思えたが、これが割と口当たりが軽い。

 茶色いクリームにはチョコのような見た目ではあるが、味は若干違う。恐らく近い感じの木の実をローストして砕いたモノに、ブランデーのようなお酒を混ぜてあるのだろう。

 中のクリームからは若干、チーズのような味がする。それらを受け止める生地もふわっとしている。恐らくだが卵やバターのようなものは使ってないし、砂糖も控えめにしてあるのだろう。

 そこへ果汁の詰まった実や木の実がアクセントとなり、口の中はそう。まるでお菓子の国のようだった――。

 

「嗚呼――美味い」


 来て良かったと思える味だった。

 渋豆茶(コーヒーのようなもの)で口の中をリセットし、再びケーキを頬張る。


「じー」


 気が付けば、俺の目の前の席に、先ほどのピンクゴシック少女が座っていた。

 窓際の席に居たSPが居ない。恐らくトイレか何かで席を立った隙を狙ってこちらに来たのだろう。


「お前、それ美味そうだな」

「……一口要ります?」


 一応善意のつもりで尋ねたのだが、目の前の少女はそれが気に入らなかったらしい。


「はぁ? てめぇの口付けたケーキなんか食える訳ねーだろ。バーカバーカ」

「そうですか……」

「大体なんだそのてめぇの格好。ワタシのふわふわしたお菓子の国に似合わねぇなぁ? そうだろてめぇら!」

「は、はい。女王様!」


 周囲の客は立ち上がり、この少女へお辞儀をする。

 もはや忍ぶつもりゼロ。

 いやそれもモヒカン男の話なので、実際は忍んではいないのかもしれない。

 

「じょ、女王様……いかがなされました」


 ここでSPが慌てて戻って来た。

 耳打ちで王女と2、3の会話をしかたと思うと、俺を指差しこう言った。


「貴方を、”女王様を不快な気分にさせた罪”により拘束します」


(司法も何もあったもんじゃないな……)


 俺は落ち着いてポケットに手を入れ、金色の鍵を――。


「痛ッ」

「抵抗は無駄です」


 目の前に居たはずのSPは、気付けば俺の背後に回り、ポケットに入れていた手を後ろに回されて、床に組み伏せられていた。

 全く動きが見えなかった。以前、アグリさんがやったような魔力による身体強化なのだろうか。

 

「さーて、店主よ。この切り株みたいなケーキ、ここに持って来い。後、ロープと桶もな。コイツ広場で吊るして、そのまま首切っちゃお」


(いきなり死刑!?)

 

 俺の全身に冷や汗が出始めた頃――。

 

 カランカラン――。


 誰かが店へとやってきた。


「おーい、ここはお取込み中だ。女王のアタシの貸し切りなんだから、他行けよ」

「あらあら。モモイちゃんは相変わらずお元気ねぇ」

「……何かあったのかしら?」

 

 床に組み伏せられながらも、吹き抜けから階下の様子は見えた。

 店に入って来たのは女王のモノとは違い、もっとシックなデザインの黒白のゴシックドレスを着た女性だった。同じようにレースの付いた帽子を被っているので、上からは顔までは分からない。

 隣に居るのは上品そうなヒョウの獣人。身体にピッチリと張り付いたような黒い皮のドレス。こちらには少し見覚えが――。


「あらっ。そこに居るのは……以前お会いした事がありますよね?」

「えっと、パトラさん、でしたよね」


 そうだ。

 以前、砂漠の国の喫茶店で会った事のある猫獣人の女性だ。その妖艶で高貴そうな雰囲気は相変わらずだ。


「お久しぶりね。こんな所で会うなんて、奇遇ねぇ」

「パトラさんのお知り合い?」

「えぇ。以前、お誕生日お祝いして頂いたの」


 喫茶店で相席しただけなのだが、そこは黙っておく。


「モモイちゃん。その人、離してあげなさい」

「えーっと、でもコイツは……」


 あれだけ傲慢ごうまんに振舞っていた王女が、青ざめているのが傍から見ても分かる。


「――聞き分けのない子供って、私苦手なのよね……」

「おいソイツを放してやれ!」

「りょ、了解しました!」


 何がなんだか分からないまま、俺は拘束を解かれた。

 ゴシックドレスの彼女は上の席まで登ってくる。

 やはり帽子で目元までは見えないのだが、口元の赤いルージュがにっこりと微笑んだ。


「今日は、昔のお友達と一緒にモモイちゃんのオススメのお店でお茶でもしようと思ってたの。御願いできるかしら?」

「も、もももちろんですとも。魔王様の奥方様には、いつもご贔屓にして頂いて――我が国の洋菓子店も喜んでいます!」

「あらそう? それじゃ行こうかしら」

「喜んでッ!」

 

 もう傲慢な振る舞いは見る影もない女王は、腰を低くしながらSPや魔王の奥さんと一緒に店を出た。

 下を覗くとパトラさんがこちらにウィンクで合図をくれたので、俺も一礼しておく。


「……寿命、縮まったなぁ」


 残ったケーキは持ち帰り用に包んで貰い、俺も帰宅する事にした。


「ここだけの話。ちょっと胸がスカっとしたでふ。このケーキ、オマケで入れとくでふ」

「あ、どうも……」


 ■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



 自宅へと戻って来た俺は、ケーキを冷蔵庫へ仕舞うと、ベッドへと寝っ転がった。


「……疲れた」

 

 ピンポーン、ピンポーン――。


 疲れた体を叩き起こし、俺は玄関のドアを開けた。


「なんだか無性にケーキが食べたくなってねぇ。おっと、ケーキによく合いそうなブランデーと紅茶も持って来たんだよ。一緒に飲むかい?」

「大家さん……あんまり隠すつもりないですよね?」

「なんの話かい?」

「はぁ――どうぞ。散らかってますけど」

「私の部屋よりはマシだろう。お邪魔するよー」


 ケーキを2人で食べ切り、紅茶を飲みながら俺はこう思う。


「もうしばらくは、ケーキはいらないな……」


 少し夜は肌寒いので、そろそろコタツの準備をするか――そう思いながら、後片付けをするのであった。

 

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