異世界への鍵を持つ者達14

 俺が現場へと駆け付けると、既に戦闘は終わっていたようだ。

 1台だけ抜け出せたトラックに乗って、俺達4人はなんとか町へと辿り着いた。


「アグリさん!」

「おやオダナカ殿……ご無事のようで何よりです」


 芝田は彼女を美麗だと言ったが、その通りだと思う。

 魔獣と戦ったにも拘わらず、返り血も浴びず。その金色の髪は陽に照らされ、剣を持つ姿は――確かに美しかった。


「えぇ、そうですね」


 側には首元に巨大な穴が空いているエビと、胴体と頭が切り離され血が出ているウナギが横たわっていた。


「うげっ。これ1人でやったの?」

「えぇ。このくらいは出来ないと、騎士団長とは名乗れませんから」

「――この世界の人類、強すぎない?」


 ドン引きしているモナカだったが、すぐに持ち直した。


「あぁそうだ。その、来てくれてありがとうな――」

「えぇ。伝言を受け取る時、『ラーメンばっか食ってて仕事しない能無し騎士』と呼ばれた事は気にしてませんので」

「モナカ」

「いや、その……ごめんなさい……」


 俺に睨まれ、素直にアグリへと謝るモナカ。


「いえいえ、本当に気にしてませんので!」

「な、なんだこりゃあああ!?」


 悲痛な叫び声がする方へ向くと、トラックから降りてきた芝田が驚きのあまりエビのように反り返っていた。


「エビーモス! ウナボロスまで……何があった! オダナカ、説明しろ!」


 激昂する芝田へ、俺は淡々と説明する。


「何って……アグリさんが、全部1人で倒しました」


 そう答えると、さらに芝田は激しく取り乱した。


「いくら騎士団長だからって、そんな事が出来る訳ねぇだろ!? 魔獣ってのは、騎士団全員で討伐するもんだろ!?」


 しかしアグリさんは、涼しげにこう答える。


「多くの騎士達を束ねる者が、その騎士達全員より弱いはずが無いでしょう」

「なんだその漫画みたいなふざけた理論は!?」


 息を切らしてブチ切れた後は、少し落ち着きを取り戻したのか――。


「というかアグリ、お前は騎士団長のはずだろう! 国外でどこの所属かも分からない魔獣相手に剣を振るったとあれば、外交問題になる――分かってるのか!」

「騎士団長? 誰の事ですか」

「お前だよ、お――」

「我が鎧と剣はレオガルド様へと返上し、騎士団長の持つ権限などは全て副団長へと譲渡しました。今の私は、ただの一般人です」


 つまり、彼女はここへ来る為だけに騎士団を辞めたのだ。


「はぁ!?」

「とはいえ、この町の住民は聞くところによると元々我々と同じ国の民――魔獣に襲われると民間人から通報があれば、これを護るのが騎士の務め」


 剣を正面へと構え、地面へと突き立てる。


「心までは、騎士を辞めたつもりはありません」

「そんなヘリクツが双方の国に通用すると思ってんのか、このイカレ女が……お前ら!」

「は、はい」


 部下達も銃を構えてこちらへ向けているのだが――今しがたその銃でも通用するか怪しい大型海産物達を倒した女騎士が目の前に居るのだ。

 及び腰になるのも仕方がない。


「チッ。すぐにブリタウロスの下へ行くぞ。作戦は、まだ続いている」

「てめぇ、逃げる気か!」

「アナタが主犯格ですね。行かせま――」 

「おっと、この男がどうなってもいいのか」


 芝田は1番近くに居た部下へ拳銃を突き付ける。

 もちろん俺らには縁もゆかりも無い男だが――。


「ひ、ひぃ!?」

 

 その顔が恐怖に引きつられるのを見て、アグリさんが一瞬だけ動くのを躊躇った――次の瞬間、


「ッ!? ごほっ」


 トラックから大量の煙がこちらへとバラまかれたのだ。


「ゲホッ、ゲホッ――」

「これ――は」

 

 眼やノドに猛烈な痛みが襲ってくる。

 咄嗟に目や口を塞ぐも、完全には防ぎ切れない。

 そして視界が遮られ、身動きが取れないまま――何か強い力に引っ張られ、乗せられる。


「オダナカさん。最初に命令しておけば良かったですね――わたくしの命令には、絶対服従です。オーケーですか?」


 気付けば俺と芝田、部下1人がトラックの上に居た。運転席と助手席にも2人居るので、残りはそのまま見捨ててきたのだろう。

 

「これでアナタはわたくしにとって最高の盾となります。アグリはなんのかんのと理由付けてましたが、やはりアレは女ですね! ノコノコ1人でやってきた!」


 アグリさんはどう見ても女性なのだが――。

 鎧などを着ていると女性らしい部分が隠れてしまって、後ろ姿などからは判別し難い事もあるが……。


「それに、まだ切り札はあります――」


 芝田はニヤリと笑い、懐に手を当てるのであった。


 ◇◆◇



 1時間ちょっとほどトラックに揺れられ、そろそろ河へと到着する頃。


 ドゴォォン――。


「この音はなんですか」

「――シバタさん。ブリタウロスの奴が、河向うから魔法で狙い撃ちにされてます!」

「ちょっと双眼鏡貸しなさい!」


 部下から双眼鏡を奪い取るように手元に持ち、トラックの進行方向へ構えると――。


「なっ。あのエンブレムは――第5騎士団のみならず、第3騎士団まで居るとはどういう事だ!」


 個々の判別は難しいが、もう肉眼でも河岸に隊列を組む騎士団の姿はよく見えた。


 ブリは河の真ん中で、半透明なバリアのようなものを張っている。そこへ隊列の後衛から絶え間なく火球のようなものが飛んできて、バリアへどんどんぶつかっては炸裂している。

 そのせいでブリはこれ以上前進出来ず――いや、少しずつだが後退を始めている。


「こちらシバタ。レッド、グリーン。お前ら、今どこに居る!」

『シバタさん――実は……』

 

 トランシーバーで呼びかけると、先に現場に居るはず部下を呼び出す。

 どうやらすぐ近くの森の中で様子を伺っているようだ。

 トラックは河への道から外れてそちらへ向かい、合流する。


「どういう事だレッド。状況を説明しろ!」

「オレらがここで魔獣の到着待ってたら、いきなり第3騎士団の奴らが第5騎士団を指揮して、なんか魔砲台設置し始めたり、魔法師とかまで出てきて……」


 レッドと呼ばれた彼は、他のみんなと同じようなあらくれ者スタイルだ。

 もう片方のオーガの男は、派手な装飾の入った紺色のマントに、黒いスーツを着ている。灰色の髪をオールバックにして、身の丈ほどの魔法の杖のようなモノを持っている。

 何かのコスプレだろうか。

 

「単騎で突っ込んできたアグリと違って、騎士団の行軍なんかしてたらここまで1週間は掛かる――」

「それは、単純な話なんでしょう」

「――なんですかオダナカさん」

「モナカがアグリに泣きついた1週間前には、既に動いていたんでしょう……」


 どういう流れでそうなったのかは分からないが――恐らく話をアグリが第3王子へと持って行き、第3王子はすぐに第5騎士団を保有するという王女へ話を通したのだろう。

 この国では王族が騎士団を持つなら、相互ですぐに援軍が出せるようなシステムが構築されていても不思議はない。

 

「わたくしが掴んだ情報によれば、第3王子と第2王女は仲が悪いと市井でも噂になるレベルだったはずだ! 援軍を送るにせよ、もっと時間が――」

「個人間の感情は、仕事に持ち込まないんでしょう」


 例え相手の事を好ましく思ってなくとも、有事の際にはどんな相手とも手を組む事も躊躇わない。

 第3王子の事はよく知らなかったが、彼はそういう男なのだろう。

 

「ええい。こうなれば、切り札を出すしかない――」


 トラックに積んであった箱から拡声器を取り出すと、芝田は河岸近くまで移動してブリへと向かって叫ぶ。


『ブリタウロスよ! そのまま障壁を維持しつつ、ここまで後退してこい!』


 爆音で聞こえないんじゃ――と思ったが、ブリはそのまま後ずさりしながら芝田の下へとやってきた。

 こんな見てくれだが、彼にはよく懐いているのだろう。


「ぶりぃ?」

「よしよし――今からお前に、新たな力を与えてやる」


 そう言って芝田は懐から、いくつかの黒や白の鍵が付いている束を取り出した。

 その中の1本。“紫色の鍵”を取り出し――無造作にブリの足へと突き刺した。


「ぶりっ!?」


 それをまるで、扉を開けるように鍵を捻る。


 ガチャッ――。


 そこに扉は無いはずなのに、確かに鍵が開く音が聞こえた。


「ぶりっ、ぶりぃいいいいいいいい!!?」


 ブリが苦しむように天高く叫ぶと――その瞳が、紫に輝く。

 同時に、全身から黒いオーラが立ち上った。

 あのオーラは、確か前にオルディンが見せていたモノによく似ている。


「ぶりぃいいいいいいい!!」

 

 めきっ――。

 

 さらに変化は続く。

 ブリの身体から、今度は人間の両手が生えたのだ。

 ウロコも分厚くトゲトゲしたモノへと変わり、もう元のブリの姿は面影も無かった。


「なにをしたんですか!」

「――わたくしの白い鍵、レベルアップしたんですよね」


 そういってブリから離れ、紫の鍵を見せびらかしてくる。


「わたくしの鍵は、欲しいモノへ誘う扉を開けてくれます――なので、ブリタウロスには」


 紫の鍵を高らかに掲げ、恍惚とした表情の芝田。

 

「わたくしの成って欲しい姿への扉を、開けさせて頂きました!」


 大家の言っていたレベルアップというのは、こんな事まで出来るのか。

 

「さぁブリタウロスよ、あの騎士団を蹴散らして来なさい!」


「ブぐぎゃああああああ!!」


 それはブリの悲鳴か、あるいは新たな姿への歓喜の叫びか――。

 主人である芝田の命令に従い、ブリは再び河を渡り始めるのだった。

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