異世界で食べる海の焼きそば3

 

「到着しました!」

「……………………そうですか」


 ペガサスから降り、ひとまず木陰に座り込む。

 アグリさんはさすがに慣れているのか、全然堪えてないようだ。ペガサスも疲れているようには見えない。


「さすがに一気に飛ばしたので疲れましたね! 私、ちょっと飲み物を買って来ます」

「…………はい」


 なんだかいつもよりもテンション高めの彼女を見送り、改めて周囲を見渡す。

 大きい湖とざっくり思っていたが、実際に目の当たりにするとその広大さに驚く。

 右から左まで砂浜が続き、向こう岸は全く見えず水平線が見えるのだ。

 風が吹くと、心地よい潮の香りも漂ってきて――これは海と言っても差し支えないだろう。

 砂浜や海には海水浴に来た、老若男女の色んな人たちが多く居る。自分が今居る木陰あるエリアには、さながら海の家のような小屋が並んでいるのだ。


「海とか、何年振りだろうか」


 最後に来たのは――確か家族で潮干狩りに行ったあの日か。


「オダナカ殿! 買って参りましたッ」

「早かった、です、ね……」


 彼女は先ほどまでの見慣れた鎧姿ではなく、空のように青いビキニ水着に着替え、白いパーカーのような上着を羽織っていた。

 両手に持った緑色のジュースが入ったグラスを俺に渡してきたのだった。


「ふふふ。どうですかコレ。実は夏に入る前から買っては居たんですが、仕事が忙しくて中々ここへ来る暇がなく……折角なので着てみました」

「似合って――いると思いますよ」


 金色の髪と彼女の笑顔が合わさり、確かによく似合っていると思う。

 あまりこういう直球の笑顔を突き付けられることは無いので、思わずたじろいでしまう。

 

「ありがとうございます! では、ジュースでも飲みながら大将の店を探しましょうか」

「ちょっ――」 

 

 手を引っ張られ、彼女と共に砂浜へと駆け出すのであった。


 ■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



「よおご両人。どうしたんだ? もしかしてデートかよ」

「大将からかわないで下さいよ。もちろん、新作メニューとやらを食べに来たんです」

「……はい」

 

 まさか30分も砂浜を歩くことになるとは――どれだけ長いんだこのビーチは。すっかり白いシャツも、汗だくになってしまった。


「よーし。じゃあ早速、腕によりをかけて作るぜ」


 角の生えている額にねじり鉢巻き。恰好自体はいつものエプロン姿のオーガ族の大将。

 その太い腕の両手には、金属ヘラが握られていた。

 熱した鉄板の上に油を引き、薄切り肉や黄緑の野菜などを炒めていく。

 

 じゃあああっ、じゃっじゃっ――。


 次にほぐした麺を入れ、さらに炒めていく。

 ほど良くなってきたら特製の塩ダレを掛ける。


 じゅううううっ――。


 タレが鉄板で熱せられ、香りが一気にこちらまで来た。


 ぎゅるるるるぅ――。


「はぅ」


 この香りにノックアウト寸前のアグリさん。

 俺もこの匂いに、失われた食欲が戻ってきそうだ。

 麺と具材へと充分に混ざったら、2枚の白い皿へと盛っていく。

 

「へいおまちっ。焼き塩メンだよ」

「ありがとうございます大将!」

「……ふむ」


 具材も料理方法も実にシンプルな焼きそばだ。

 多くの客に提供しやすいよう大量に作ることもできるし、目の前で作るスタイルなので期待感や臨場感にも繋がる。

 この香りをダイレクトに嗅げば、今の彼女のようになってしまうだろう。


「ずるっ、ずるっ――美味しいです!」

 

 大将特製の塩だれがよく効いてて、熱せられた鉄板によって出来る若干のがアクセントになっている。

 野菜も甘味が出て美味しいし、肉も安い部位ながら多めに入っているのでボリューム感は出ている。

 普段であれば、これでも充分満足できるのだが――。


「確かに美味しい……しかし、何かが足りない気がする」

「そうひゃんですか?(ずるずる)」

「奇遇だな旦那。オレも実は少し物足りない気がしてたんだ」


 俺はしばし食べるのを止める。大将も腕組みをして考え出した。

 アグリさんだけは黙々と食べていたが。

 

「……ここはほぼ海です。で、あれば。やはり海の幸が必要ですね」

「海鮮焼き塩メン――なるほど、それだッ!」


 具材がシンプルなのは悪いことではないが、もっと見た目と味、もっと強いインパクトが欲しい。

 イマイチ足りなかった食べた時の満足感も、これで補えるだろう。


「ここのシーズンはあと2週間ほどだ。冷凍魔法庫もあるし、多めに仕入れる事は出来るが――」

「やはり出来るだけ安定して仕入れた方がいいでしょう。取り急ぎ、ここの湖で漁をしてる方を探してみましょう」

「もぐもぐ――よし。ではすぐに試作に入れるよう、今日使う食材は私が採ってきます」

「いいのかい? 折角の休みなんだろう」

「いえ。俺も大将が作る海鮮焼き塩ソバ、食べてみたいですから」

「正直最近、美味しいご飯とか食べ過ぎたせいか少し腹が出て――ゴホン。民が困っているのなら、騎士である私が助けるのは当たり前です!」

「お前ら……ぐすっ。感謝するぜ」

「泣くのは無事、食材が確保できてからにしてください」

「ひとまず、銛を借りてきます!」


 俺はいつもの白いワイシャツから、海パンとTシャツにアロハのような柄シャツへと着替えた。

 これは大将の勧めで、全部近場の水着売り場で買ったモノだ。

 他の現地の人も似たような恰好をしているので、明らかに目立ついつもの恰好よりは警戒されないと思う。

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