シーズン4:揺れ動くこころ
シーズン4-プロローグ-(前準備)
レオガルド・オルステッドは考える。
ここはリオランガ城内の、彼の執務室だ。
貴族であれば派手な装飾の入った壁紙や、金の調度品などが飾ってあったり、壁には名だたる絵師の描いた似顔絵が飾っているだろう。
しかし彼は第3王子という立場ながら、簡素な部屋を好んでいた。
部屋はベージュ色の壁紙。絨毯も安くはないが市場に行けば同じものが出に入るだろう。
いくつか剣や鎧を飾ってあるが、どれも観賞用ではなく”自前”の装備品だ。
「はぁ……」
その剣で数多の魔獣を倒し、時には民を守る為の盾となる事も厭わない――そんな彼が、
「はぁあああ……」
すんごいため息をつきながら、執務用の机に乗っている”書類”を眺めている。
「どうしたのですか、殿下」
丸い大きな眼鏡を掛けた青年。
ブラウン色のおかっぱ頭に、細身の長身。青の生地に金色の刺繍が入った制服を着ている。
第3王子の秘書官レンブランは、各部署から提出された書類を箱に詰めたものを部屋へ運んで来たところだった。
先ほどメイドが運んできたカップのお茶に一瞥もせず、腕を組んで思い悩むレオガルドは、渋い顔をしながらレンブランへと向いてこう言った。
「……アグリの奴が、騎士団を辞めた」
「――はぁ!?」
当然の反応である。
第3騎士団のみならず、騎士団全体でも彼女は有名人なのだ。
その彼女が、突如騎士団を辞めたとなればこういう反応にもなる。
しかし、
「と、思ったら復帰申請書を提出してきた……」
「――なんなんですかそれ」
テーブルの上には騎士団長の委任を副団長へ行った事への書類、騎士団を退団する書類、復帰申請書の3枚の書類が並んでいる。前の2枚には承認印まで押されている。
だがレオガルドは当然、承認した覚えがない――さらに小さな紙片も同じように置かれていて、それにはレオガルドへの謝罪の言葉と犯人の名前が記されていた。
この部屋の秘密の鍵の在処も、判子の入って居る机の鍵の開け方も知っているのはレオガルドを除けば彼女しか居ない。
それに考え付き、レオガルドは彼女にまつわるいくつかの思い出が蘇る。
「彼女は、町民が襲われて困っていると聞けば単独で山賊を倒しに行くし――街道に居座る魔獣の討伐は、どこの騎士団が討伐するかでモメていると聞けば王都へ乗り込んで直談判するし――」
「行動力のあるお方ですね」
「――この書類が通らない限り、騎士団の派遣は叶わないと大臣に嫌がらせを受けた時にも、勝手に承認判使われたっけな……」
「それ、前科があったんですね……」
誰かを助ける為なら、平気で無茶をする。
そのせいでレオガルドも色々と苦労をしたが――それも今では良い思い出に、なっているかは微妙な顔つきをしていた。
「……魔王国に捕らわれていた捕虜達が解放され、王都ではその対応に追われているが――どうやらそれにアグリが関わっているみたいだ」
「第3騎士団を第5騎士団へと援軍派兵された件ですよね。なんでも、魔王国で強盗行為を繰り返す不届きな連中が付近の町でも暴れていると――」
「……連中は魔獣を使役して騎士団へ襲わせたとの報告も受けた。よりにもよって魔王を騙って、な――その連中は騎士団が確保したが、首謀者は魔王国側が拘束したらしい」
「それは――大事になりそうですね」
休戦中に国境付近での強盗行為、魔獣を使っての破壊工作――王国側の自演を疑われても仕方がない状況だ。
今回は戦争の再開を画策する過激な思想を持つ首謀者が、捕虜達を先導して行われた事件である。
そう魔王国へも報告され、それは了承された。
首謀者に関しては魔王国側の法律により裁かれ、王国側は首謀者の明け渡しなどは要求しない事となったのだ。
「表向きは了承しても、腹の中はこちらへの怒りで煮えくり返っているだろう――その首謀者とやらは、生きて帰れんだろうな」
「アグリ殿は、なんで騎士団を辞めてまで魔王国へ行ったんでしょうか……」
「――さぁな」
レオガルドはそう答えたが、しかし彼にはその理由に見当が付いていた。
騎士団への要請はアグリから行われたが、同時にあの国境付近の町からこういう通報も入っていた。
『黒髪の冴えない顔の、見慣れない上等な生地の服を着た男が奴らに攫われた――彼は自身を商人だと言っていた。魔王国側へ逃げて行ったので、最近暴れている強盗団かもしれない』
他にも似た証言の通報が第5騎士団へと入っていたらしい。
しかし誰が通報したかは分からず、そしてどれも妙に具体的だ。
まるで騎士団を魔王国付近へ呼んでいるかのような内容。
「あの男のためか……」
レオガルドは、カップに入った冷めてしまった茶を飲みながら――後ろを振り返る。
大きな窓ガラスから見える城下――そのさらに奥へと視線を向ける。
そこには色とりどりのテントの頭が並ぶ。その通りの近くに、大将のラーメン店もある。
「これはいよいよ、見定めないといけないな――」
そう言うと、レオガルドはカップを机に置くと――引き出しにしまってある判子に、手を伸ばすのだった。
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