異世界で卵料理を食べる3

 逃げなきゃ――と思った次の瞬間には、もう鳥は俺達の頭上を通り過ぎ――旋回して再びこちらにやってきた。


 巣の上に降り立つと、赤と橙の交じり合った翼を広げ、こちらを睨み付けてきた。


「余の住処に誰がいるかと思えば――貴方ですかリーエン」


 人の言葉だ。

 そしてその声は、とんでもなく美しい女性のものだった。


「しゃ、喋った……いやそれより」


 知り合いなんですか――そう問う前に、リーエンは不死鳥を睨み返してこう返していた。


「久しいのークソ鳥。相も変わらず、人に嫌がらせばっかしてるようネ」

「リーエンさん。その、この方とお知り合いなんですか」

「まぁ、そこそこの知り合いネ」

 

 前にも卵を食べた事があると言っていたが、まさかその時に何か因縁になるような事柄があったのだろうか。

 不死鳥に人並の感情があるのなら、卵を勝手に食べたであろう彼女を許せないだろう。

 若干、背筋に寒いものを感じる。


「そうね。もう200年前かしら……血を分けてあげたあの日から」

「200年前……リーエンさんが血を飲んだって事は」


 そんなに時間が経っているのに、彼女は若々しいままだ。

 つまり――。


「だからエルフは元々1000年2000年くらい余裕で不老なんだから関係ないヨ! あと、アンタは不死鳥じゃないでしょ!」

「なかなか認めないわね……」 


 初めて知ったが、エルフとはそういうモノなのか……。


「それで? 今日はなんの用事かしら」

「……そこの。卵貰いに来たヨ」


 あまりにも正直に、真正面から理由を話すリーエン。

 人の言葉を話すとは言え、彼女(?)は魔獣の類だ。自分の卵を明け渡すなんて――。


「いいわよ。持って行きなさい」


 すんなり明け渡してくれた。

 俺も思わず仰け反りそうになり、不死鳥に話し掛ける。


「いいんですか!?」

「余の卵は子供の為にあるの。リーエンはね、昔この山の麓に棄てられてたのよ……それを拾って育てのだから、彼女は余の子供同然……」

「そうだったんですか」


 少しいい話に、しんみりした空気が流れたのだが――。


「まぁ30年くらいで育てるの飽きたから、人里に捨ててきたんだけど」

「このクソ鳥! しばらく『不死鳥が産んだ巫女』だのなんだの祀り上げられて大変だったんだヨ!」

「ホホホ、もちろん遠目から見ていたわ。貴女を巡って人が争う姿は滑稽こっけいだったわ」


 機嫌が良さそうに笑う不死鳥は、果たして本当にそう思ったからのだろうか。

 リーエンも本気で怒っている訳では無さそうだ。


「まぁそういう訳よ、人間よ。リーエンのたまの頼みなら卵の1つくらい、譲ってあげても良いわよ」

「ふんっ。魔王国に行ってそのまま討伐されてりゃ良かったんダヨ」

「――じゃあ、改めて余は遊びに行ってくるわ。次に会う時は、ちゃんと不老不死になったか確かめに来るわよ」

「お前は本物の不死鳥じゃあるまいし、不老不死になんかなるカ!」

「ホホホ――」


 そう笑い声を残し、不死鳥はどこかへ飛び去って行ってしまった。

 物凄い速度なのか、もう山の向こうへと消えてしまった。


 不死鳥に拾われ、不死鳥に育てられたリーエンは――少しだけ複雑そうな表情をしたが、それも一瞬だった。

 俺の方に振り返る時には、いつもの笑顔に戻っていた。


「まぁ予定通り卵ゲットね。せっかくだし、ここで料理して食べるネ」

「……そうですね」



 リーエンはリュックからスキレット(キャンプで使う小型のフライパン)を取り出し、熱を出す魔法陣が描かれた燃えない呪符の上で加熱する。

 さらにハンドルの付いた長い棒を組み立てる。ハンドルの部分だけ折れ曲がっており、棒の先にはスクリューのような羽を取り付ける。

 卵の殻を天辺だけ削り取り、その器具を中へと入れて、ハンドルを回し掻き混ぜる。

 掻き混ぜ終わったら、蛇口と金属のパイプで繋がったモノを殻の側面に突き刺す。


「さーて準備完了ネ」


 蛇口を捻り、スキレットの中へ卵液を注ぐ。

 ヘラで掻き混ぜ、火が通ってきたらまた卵液を注ぐ。その繰り返しだ。

 ある程度の大きさになったら成形していき――完成した。


「栄養満点、ニセ不死鳥の玉子焼きネ!」

 

 木の皿に程よい焦げ目の付いた玉子焼きを移す。

 俺はいくつか持ち込んだ荷物の入っているリュックから割り箸を取り出した。


「では早速――いただきます」


 箸で玉子焼きを半分に割ると――とろっした半熟の黄身が漏れ出る。

 上等なケーキのようにフワッとしたそれを、俺は頬張る。


「――嗚呼、美味い」


 これまで食べた事の無いくらい濃厚な黄身の味が口の中へ広がっていく。

 少し重い生地のシフォンケーキのようだと言うべきか。砂糖などは入れていないのに、甘くしっとりとした味わいだ。

 しかし足りない。また味わいたい――そう思うと箸が止まらなくなっていた。

 最後の一欠片まで無駄にできないと思ったのは、初めてかもしれない。


「美味しかったネ? 次はこれも食べてみるヨ」


 フランスパンのような水分の無い硬いパンに卵液をたっぷりと付け、それをまたスキレットで焼いていく。


 ジュウゥ――。


 香ばしい小麦の匂い、卵の匂い、バターで焼いた匂い――。

 それが漂ってくるだけで、口の中に涎が溜まってくる。


「ほいっ。ニセ不死鳥のエッグトーストよ」


 表面の焼けたキツネ色と、黄身色のコントラストが素晴らしい。

 それを空いた皿に入れてくれたので早速食してみようと思う。

 味付けは他に無いのだが、これを食べてしまうと、もう他のフレンチトーストでは味気なく感じてしまうだろう。


「いただきます」


 それでも俺は食べた。

 なんとも言えない多幸感が身体全体を支配する。

 下の味蕾みらいを通じて、美味しさが脳に突き抜けたようだ。

 噛む度に黄身の濃厚な甘みは、それそのものに生命の息吹を感じる。


「ふぅ……」

「まだまだたくさんあるからネ。次は――」


 美味すぎる食べ物は中毒性があると誰かが言っていたが、これは危険な食べ物だと――俺は痛感した。

 スクランブルエッグをパンに挟んで食べたり、ミルクセーキを作ってくれたり――。

 腹が膨れるまで、卵料理を堪能した。


「ごちそうさまでした……」

「いやー美味しかったネ! オダナカさんも気に入ってくれたようで、ここに来た甲斐があったヨ」

「まぁ、もう登るのは勘弁して欲しいです……」


 これまでに無いくらいの幸福感に包まれたが、これから帰りもあると思うと台無しになる気分だ。

 彼女は残りの卵液は専用の水筒のような袋へ入れていく。


 そして慣れた手付きで、卵の殻を割っていく――。

 さらに殻を同じ大きさに揃えると、それを両足のブーツへ取付け、これを固定していく。


「あの、何をしているんですか」

「下山の準備ネ。それじゃオダナカさん、一気に行くヨ」


 にっこりと笑ったリーエンは、俺を後ろから抱き締めた。

 女性特有の匂いとか、柔らかさとか――そんなものどうでも良かった。


「一気って……」

「こうするネ!」


 リーエンは俺ごと山の頂上から飛び降りた。


「え、えぇぇぇッ!?」

「ヒャッホォォォォッ!!」


 ほぼ垂直に近い岸壁を、足裏に取り付けた卵の殻で滑り降りていく。


「風が気持ちイイェェェェッ!」

「――」


 途中から記憶は無かったが――。


 俺は、しばらくこの時の夢を見続け――寝不足になった。


「もう、高所高速移動は勘弁して欲しい……」



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