異世界で焼き肉を食べる1
「メゾン=フローラル」と名前の付いたアパート。
そこの2階の階段から1番近い部屋――201号室が俺の部屋だ。
今日は仕事も休みの日曜日だが、大家に家賃を支払わなければならない日だ。
ここの大家は少し……いや結構変わり者で、家賃は必ず手渡し限定なのだ。
ピンポーン――。
呼び鈴を鳴らす。
大家もこのアパートに住んでいて、彼女は103号室にいつも居る。
歳は20代くらいに見える。職業は不明、経歴なども不明。異世界人の可能性が高い。
しかし俺に鍵や異世界で使えるアイテムを売ったり、向こうの世界のお金を両替して貰ったりと何かと付き合いがある。
「大家さん、小田中です」
「……はいはーい。開いているから入っておいで」
「――失礼します」
部屋の作りはどの部屋も同じだ。
6畳の洋間が1部屋。食事も出来る程度の広さがある台所。脱衣室もある風呂。トイレ別。ネットは光高速回線対応。
築50年のアパートだが、外壁は定期的に塗り替えているようで、俺が入った時も部屋はクロス、水回りなど新品同然だった。
おかげで古臭さは感じないし、家賃も割と安めで助かっている。
「うわっ……」
「乙女の部屋にやってきてうわっ、は無いだろ」
彼女は部屋の中央で大きなゲーム用チェアに座ってゲームをしていた。
5つあるモニターの内、正面にあるモニターでは銃器を持った兵士が、何やら撃ち合っているようだ。
しかし彼女はヘッドセットをしているはずだが、どうして呼び鈴や俺の声が分かったのだろうか。
「少し待っていたまえ」
彼女は腰まで届く黒髪を、ゲームの邪魔になるのか後ろで簡単に括っている。
安物の少しヨレたTシャツから下着のヒモが見えているし、短めのホットパンツからは太めの腿がこれでもかってくらい見えている。
さらに部屋の中も、床にはシャツやパンツやら、さらに缶ビールやゲーム雑誌が無造作に置かれている。
来客が来ることは分かっているのだから、もう少し片付けて欲しい。
「――あー、クソ。もう少しだったのに……『ファッ〇ンクソ野郎またな』っと」
「……はぁ」
「さて待たせたな小田中クン」
椅子を回転させこちらへ向き、足を組み偉そうに踏ん反る。
その大きな胸が強調されるが、人を小馬鹿にしたような表情のせいで台無しである。
少なくとも美人ではあるが、さすがに風呂に入っているか怪しい時点で美人であることは相殺できない。
「……大家さん、これが今月分の家賃です」
「いや毎回の事とはいえ、すまないね」
封筒を受け取るも、特に中身も見ずにパソコンテーブルの上に投げ捨てた。
「それでどうだい。異世界は楽しんでいるかい?」
「楽しんではいますけど……もう少し近場に出る事は出来ないんですか?」
砂漠の町や海賊船での出来事を話す。
「毎回、結構歩くせいで迷子になったり、密航者として捕まったりしたんですよ」
「それは鍵の安全装置のせいだね」
「安全装置?」
全く意味が分からない。
「君は食べる事を楽しみたいと願う」
「そうですね」
「少し歩いたおかげで、冷たいジュースはより楽しめたんじゃないかい」
「……そのカラカラになった状態で飲むビールは美味いみたいな考えで、遠めに飛ばされているんです?」
「鍵は基本的に所有者の願いを、出来る限り最大限に叶えるよう効力を発揮するからね」
「海賊船はどうなんですか。危うく魔物のエサになるかと思いましたよ」
「――例えば君が直接、海賊の町へ行くとする。もちろん鍵はお頭の屋敷を指し示すだろうが――奇妙な格好をした君は、まず屋敷まで無事に辿り着けるだろうか。辿り着けても、お頭に取り合って貰えただろうか」
「……」
そう言われれば、納得してしまう自分がいる。
つまり海賊船の密航者として捕まる事こそが、美味しい魚を食べる為の最善の方法だったという訳だ。
「ふふっ。まぁそんな顔をしないでくれ。もし本当にヤバい時の為に保険は掛けてあるからさ」
「金の鍵の事です?」
「いいや。その詳細は秘密だが――君はただ楽しんでくればいいさ」
「……?」
「今日の用事は他にもあるんだろ? あのラーメン屋の大将から頼まれごとがあるんじゃないか?」
「あ、そうでした。実は大将が、もっと米を多く炊きたいと相談を受けまして――」
その後、業務用炊飯器で使える異世界用の魔石バッテリーを購入するのだが――。
「――ラーメン屋の大将の話、しましたっけ?」
「ふふん」
「いや、ふふんじゃなくて」
やはりこの大家は、色々と謎が多い。
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