異世界で焼き肉を食べる3
「で、ここはどこだ」
入って来た扉から目の前にある光景は――トイレだった。
俺の自室くらいありそうな広さがある。トイレと言っても洋式の便座しかなく、水洗では無さそうだ。
仕方がないので振り返り、そのままドアを開けて出る事にした。
そこはどこかの店のトイレなのだろうか。似たような個室が並んでいるが、とにかく通路も広い。天井も高い。
「どこなんだここは……」
ガチャッ――と音が鳴り、隣の個室から出てきたのは、厳つい装飾がゴテゴテとついた鎧を身に纏い、漆黒のマントを付けている大男だった。
肌は褐色で、鬼のような角が2本生えている。銀髪のオールバックで、歳は自分よりも上に見える。何よりその大きさは、この前の海賊のハンスよりさらに大きい。3m近くあるんじゃなかろうか。
「おや。もしかして我の他にも客が居たのか」
喋る度に口の中の牙が見え隠れする――そういう種族なのだろうか。
「あ、はい……もしかして、貸し切りか何かでした?」
「いいやそんな事は無いぞ。我は他の奴らと一緒で構わんと言ったのだが、部下が聞いてくれなくてな」
促されるまま俺はこの男と一緒にトイレを出た。
そこは地面も壁も灰色の石造りで出来た店であった。現代日本風に言えばコンクリート打ちっぱなしみたいと言えばいいか。
中央に丸い網が敷かれたテーブル席が4つ、カウンター席もそれなりにある店だが、確かに客が誰も居ない。
近くには緊張した面持ちで、頭にネジが刺さったフランケンのコスプレをした顔色の悪い男性店員と、ハロウィンでたまに見る悪魔のコスプレをした女性店員が背筋を伸ばして立っている。
男に案内された席へと着く。網を囲うように皿に入った肉。肉。肉ばかり。
皿の上にある肉はどれも牛肉の部位に見える。タン、カルビ、ロース、カルビ、ランプ、ミノやホルモン系もある。
異世界であっても牛は牛なのだろうか
「しかし変わった奴だな。ケンタウロスの親戚か何かか?」
「ケンタ……はっ」
そういえばウマ耳のカチューシャを付けっぱなしだった。
まさか競馬場からそのままタクシー、土産物屋、ホテルと――大勢に見られていた事実に行き当たる。これはさすがに小恥ずかしい。
しかし、今はそれが良い方向に向かっているのかもしれない。
「そ、そうなんです。私、一族の中でも突然変異みたいなもんで」
「そうか」
やや苦しい言い訳だが、目の前の男は気にもしなかった。
「まぁここで会ったのも何かの縁だ。お前も食っていくが良い」
「は、はい」
これも大家の言っていた安全装置の一環なのだろうと、俺は納得した。
「きょ、今日はお越し頂きまことにありがとうごひゃいます。本日は特別に――」
「そういうのいらんから、後は我の方でやらせて貰う」
「は、はい。それでは、ごゆっくりぃぃ!」
角と翼と尻尾の生えた、露出の多いコスプレ衣装の女性店員がダッシュで店の奥へ戻っていく。
「さて、まずは牛脂をしっかり塗り――やはりタンから行くか」
男は大皿に乗っている塩が振ってあるタンを、熱してある網の上に丁寧に並べていく。
じゅうぅぅぅ――。
焼ける音と共に、じんわりとタンに熱が入っていく――。
油がタラリ、タラリと網の下へ落ちる度に、目の前に煙と共に匂いが広がっていく。
その匂いを嗅ぐた度に、腹の空腹神経が刺激されていく。
「これは領地内で暴れていたグガランナという魔獣の牛でな。数日前に狩ったので、ここで処理をして貰ったのだ」
「ほぉ……私は初めて食べます」
「そうだろうな。普段、こういう店にはまず並ばんだろう」
片面が焼け、表面が半生になった所にサッとスパイスと薬味を振りかける。
「よし頃合いだ。お前も好きに食え」
「では失礼して……いただきます」
オレンジに近い色をしている小さな
舌に伝わる肉の熱と、タン独特の味。
肉の油とスパイスと薬味、果汁――噛む度にそれらが混じり合い、美味しさのレベルが上がっていく。
焼き過ぎると固くなるが、これは程好い焼き加減だ……。
「おっとこれは失礼した。店員、我とコイツに酒を持ってこい」
「はい! ただいまお持ち致します!」
店員が持ってきたガラスのジョッキに注がれていたのは琥珀色の液体に、表面に白い泡が浮いている。いわゆるビールの仲間のエールだ。
この男用なのかジョッキは俺のより倍の大きさだった。さすがにコレを持ってこられても持ち上げられない。
ジョッキもエールもキンキンに冷え、これは良い仕事をしている。
「では、我は久々の息抜きに――」
「私は仕事終わりの息抜きに――」
「「乾杯!」」
互いにジョッキに注がれたエールを一気に飲んでいく。
俺は半分くらいだが、男はほぼ全部飲み干した。
「っかぁー。生き返るな! 店員、お代わりだ!」
「よろこんでぇぇ!!」
タンを食べ切り(半分以上は男が平らげた)、後は互いに好きなモノを乗せていく。
俺は定番のカルビから。男はカルビとロースとブリスケを乗せていく。
じゅううううぅぅ――。
肉の焼ける音を聞きつつも、少し暇なので話しかけてみる。
「そういえば、お名前言ってませんでしたよね。私は、小田中雄二郎といいます」
「ふむ……」
「どうしました?」
「いや、普段は役職名でばかり呼ばれておってな。名乗るのは久々であるな――ごほん」
男はジョッキを片手に、立ち上がり仰々しい仕草でこう言った。
「我が名はエルドラド・バーン・オルディンだ。外国の者よ、しかと覚えておけ」
仰々しいポーズと共に、ジョッキを天に掲げる。
「なるほど。オルディンさんですね。よろしくお願いします」
「……名乗ってそれだけしか反応帰って来ないのも珍しいな」
「私が他所から来たって――やっぱり分かります?」
「我が姿を見て名前が分からぬ者は、この領地内には居ないからな」
もしかしたら、この国内でそれなりの地位にいる人物なのだろうか。
確かに恰好からしてタダ者では無い雰囲気がある。
とはいえ、話を振っといてなんだが、俺の意識はずっと焼き肉へ向いている。
「おっ。カルビ食べ頃のようですよ」
「なに。では頂くとしよう」
オルディンは席に着くと、トングで皿の上に乗せていく。
それに甘辛いソースを掛け、食べていく。
「うむ。美味い」
「あっ店員さん。この葉の野菜って単品であります?」
「こ、このようなものなら! 人食い草の葉です!」
紫と緑のグラデーションが鮮やかな、レタスにもよく似た野菜がすぐに運ばれてきた。
肉の付け合わせや彩りに使われているので、目を付けていたのだ。
しかし、ここの店員さんが凄いな。頼めば即持ってきてくれる……良い店だ。
何か気になるような名前を言っていた気がするが――気のせいだろう。
「おぉ済まぬな。焼き野菜は外していたのだ」
「あ、いえ。この野菜はこうやって使うんです」
レタスにカルビと薬味、ソースを垂らし……丸めて一気に口の中へ頬張った。
しゃくっ――。
最初は葉物特有の新鮮な青い匂いが、次にカルビの肉汁とソースの味が来る。少し脂っこくても、これならいくらでも食べれるという寸法だ。
このカルビも普通の焼き肉屋なら上カルビと呼ばれる部位なのだろう――脂が上品で、肉も噛むと程よい弾力である。
「嗚呼――美味い」
「なんと、肉と言えばそのままで食べるか。強いて言うならパンと一緒に食べるくらいだと思っていたぞ」
「本当はご飯と一緒でも良いんですけど……今回は持ってきて無いんですよね」
「その“ゴハン”とやらも気になるな……」
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