犬獣人とドーナツの穴を食べる2
「穴、穴」
穴というのは周囲に壁などがあるから存在できる。
しかし、壁を除去したとしてもそこに”穴”があった事実は変わらない。
であるなら、空の皿を置いて『これがドーナツの穴だ』と言えば、それは通るのだろうか。
「穴、穴……」
その昔、学校で「都市のドーナツ化現象」というモノを習った事がある。
都市中心部分に企業のビルやビジネス街が増えると、多くの人は地価の安い郊外に住むようになる事をドーナツに例えるというものだ。
しかし、実際にはドーナツの穴のように完全に人が居なくなる事はないし、区や市によっても違うだろう。
「穴、穴……」
「――ナカ君」
穴と言えば、法律やルールに盲点があった場合、その事を“穴をつく”と言う事がある。
この場合の”穴”とは弱み、弱点と言うべきだろうか。
もしドーナツという同名の生き物が居た場合、その弱点になる部分を切り出して提供する事から、その名前が付いたのではないだろうか。
焼き鳥のハツ(心臓)や、牛のアキレスなんかに近いニュアンスだ。
「――小田中君!」
「は、はいっ」
「電話、3番だよ」
「お待たせして申し訳ありません――」
仕事中にまで考えてしまうとは、そこまで気になるものでも無いはずなのに……。
結局、何ひとつ考えが纏まらないままだ。
そして日が暮れて、アパートに帰ってから黒い鍵で出掛けた。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
夜の市塲は、静寂に包まれていた。
晴れているので月明かりで照らされてはいるが、もう殆どの店は閉店済みだ。故に、暗い。
コートの中に張るタイプのカイロを貼ってきたが、真冬の開けた場所だ。風が通り抜ける度に、身体に震えが走る。
「オダナカさん! 待ちました?」
「いえ……ですが寒いので、行きましょうか」
「そうっすね。オレも寒いのに強い方ですけど、やっぱちょっと寒いっすね」
全身に生えているモフモフとした毛を触る。
こういう時は若干羨ましく思うが、梅雨の時期や夏の事を考えたらやっぱりそうでもない……。
「スンスン……甘い香りがしますね。多分こっちです」
彼の後を着いて、町の路地を進んでいく。
いくつかの角を曲がった先に――その屋台はあった。
古びた板をいくつも貼り付けたような、失礼を承知で言えばボロの掘っ立て小屋である。
紫色の怪しい照明が漏れ、道を鈍く照らしている。
「……オダナカさん、お先にどうぞ……」
「はぁ。じゃあ、まぁ」
俺よりガタイは良い癖に、割と小心者である。
「失礼します」
「おやおや、お客さんかね……イーヒッヒッヒッ」
道から直接カウンター越しに注文できるようだ。
薄汚れたような灰色のローブを着た老婆が、魔女のような笑い声で俺達を出迎えてくれた。
「あの、こちらに“ドーナツの穴”があるって聞いたんですが」
「ヒッヒッヒッ――あるよ。2人前かね」
「はい。それでお願いします」
カウンターから店内を少し覗くと、中には干されている人の顔が付いた人参のような植物や、ブタの生首のようなモノが瓶詰にされているもの。
または棚に籠の中にマダラ模様の卵が積んであったり、何故かガタガタ揺れている宝箱もある。
「ゴクリ――何が出るんですかね。オレ、気になり過ぎて仕事に気が入ってないって怒られましたよ」
「……」
実はこちらもそうなのだが、なんとなく同意は避けた。
老婆が、バケツ型の小さな木製の入れ物を2つ持って帰ってきた。
「これがドーナツの穴だよ……2人で1000ミネーだよヒーッヒッヒッ」
お金を支払い、手渡されたそれは――。
丸く人の拳大の大きさのそれは、濃いキツネ色にカラっと揚がっており、表面に目の細かい白い粉が振りかけてある。
揚げたてなのか、木越しでも若干熱い。
「ドーナツだ」
「これドーナツなんです? 普通、こう丸くないっすか」
「いやまぁそれもドーナツなんですが……食べてみますか。いただきます」
片手が塞がるのでそのまま1つ手に持ち、かぶり付く。
「これは……美味い」
「うめぇっすね!」
中に入っていたのはイモをペースト状にした
イモのねっとりとした味わいと自然な甘み、それが小麦で出来た生地にマッチしている。
ちなみに白い粉は砂糖ではないようだが、柔らかい甘みがある。
「ヒーッヒッヒッヒッ――ワシが錬金術で品種改良を繰り返して造ったアマイモだからねぇ。それに同じように錬金術で作った砂糖のように甘い花粉を出す花をだね――」
老婆の話が長くなりそうなので、先に本題に入る事にした。
「……ところで、なんでコレが“ドーナツの穴”なんですか」
「ん? ドーナツってこう、丸い輪じゃろ。その輪の中心部分をイメージしたお菓子じゃからさ。ヒーッヒッヒッヒッ」
「……割とまんまでしたね」
「そうですね」
別に異世界だからと言って、物事を難しく考えなくてもいい。
名前はそのままでも、熱々のドーナツの穴は美味しかった。
それだけで収穫があったじゃないかと自分に言い聞かせ、冬の空を見上げたのだった。
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