異世界のローストビーフを食べに行く4
リーエンに促され、ガランとした食堂のテーブルで古びた本を読みながら待っていたレイゼンへの向かいの席へ座る。
「それで、結局どんな料理だったのよ」
「いやそれが……」
「石を煮込んでました」
「石……?」
営業も終了して静かになった店内で、うすぼんやりとした灯りがテーブルを照らしている。まるで俺達の心中を表しているようだ。
そうした中、3人で待っていると……程なくしてリーエンが大皿に石を乗せて持って来た。
ソースは専用の容器に、用意されたカゴには細長いパンがカットされたもの。他の皿には付け合わせの葉野菜の塩揉みや、スクランブルエッグが乗せられている。
「これがレイゼンの為に用意した、今日のメインディッシュ!」
意気込んで紹介されても、やはり大皿に乗った石以外の何物でもない。
しかし、やはりどこからか良い匂いが漂ってくる――。
「いやメインディッシュって。どうみても石なんですけどコレ」
「確かに石ね……リーエン、これはいったい――」
「フッフッフッ。ここで取り出すのは――じゃーん。伝説のお玉!」
リーエンが前にダンジョンで手に入れたお玉を取り出し――。
「ほあっ、チャーッ!」
大皿の石へと振り下ろした。
パキッ――。
そこから石に無数のヒビが生じ――。
「嘘だろ……肉が出てきた」
「このお肉の匂い……どこかで……」
まるでゆで卵の殻のように、石が奇麗に剥がれ――その中から、表面に焼き色のついた牛肉の塊が出てきたのだ。
やはりさっきまでの匂いの正体は、ここから漏れ出ていたのだ。
「ふんふんふーん」
さっきのはパフォーマンスだったのか、一旦厨房へ持って行き丁寧に石を取り除いてから、再び持ってきた。
そこから別皿に移すとナイフで薄切りに切っていく。
断面は鮮やかなピンク色と赤色をしており、それを円状に並べると、その上からソースを掛ける。
「これで完成! リーエン特製、古代のローストビーフヨ!」
「リーエンこれって――」
「レイゼンが、昔食べたいって駄々こねてたやつネ! まぁ味付けとかは全然違うと思うケド」
「……」
レイゼンは震える手でローストビーフをフォークで刺し、そのまま口へと持っていく。
ゆっくりと噛み締めるように咀嚼し――口元を抑える。
「……」
「どうしたヨ? 美味しくなかった?」
「――お母さん」
彼女の瞳からは大粒の涙が溢れだし、抑えていた口元からは嗚咽が漏れる。
「お母さん……お父さん……」
そしてフォークでローストビーフをまた一切れ食べると――、
「――うわああああッ!!」
そのまま机に突っ伏して――泣いた。
いつものクールな表情も、リーエンの前で微笑んでいた表情の面影も無く。
ただ小さな女の子のように、彼女は泣きじゃくった――。
◇◆◇
「ひっく――ごめんなさい。取り乱しちゃって……」
「はいレイゼン。ハンカチでチーンして」
「ありがと」
受け取ったハンカチでチーンして、自身の服の袖で目元の涙を拭う。
まだ目が赤いが、それでもいつもの彼女の調子を取り戻したようだ。
「リーエン、凄く美味しかった……懐かしい、あの頃の味だったわ」
「そうカナ?」
「そうよ」
「……よし。じゃあ、ワタシ達も食べよう!」
やはりこの雰囲気で食べるのはちょっと気が引けるが――。
「気にしなくていいわ。また食べたくなったら、リーエンに作って貰うから」
「まぁ量はたくさん作ったから、遠慮しなくてイイヨ」
「そう? じゃあ、ひとまず――」
「お言葉に甘えて――」
『いただきます』
見た目は美味しそうではあるものの、元々は石から出てきた牛肉である。
果たして味は――。
「――美味ッ!」
モナカが満面の笑みを浮かべ、肉の味を確かめるようにゆっくりと噛んでいる。
「口に入れた直後はそこまでなんだけど……肉の味が噛むほど染み出してきて、それが脂身やソースと混ざると……美味い!」
俺も同じ感想だ。
ずっと石化していた肉なので硬めな食感を想像していた。
実際、肉質は少し硬めだが、その中に閉じ込められた肉汁と共に旨味が溢れだしてくる――。
ソースとの相性も抜群だ。
「――これパンに乗せて、野菜の塩揉みと卵乗せると……これもうめぇ!!」
「人食い草って美味しいですよね」
「待って先輩。その情報は聞かなかった事にしたいから」
「大丈夫ヨ。この個体は畑で獲れたのだから、人を食い殺した事は無いアルヨ」
「え、あるの? ないの? どっち?」
そんな他愛のない会話をしながら食事を続け、完食する。
「いやぁ、美味かったなぁ」
「あれだけのロースビーフ、食べた事ありませんよ」
リーエンが淹れてくれたムーンリーフ茶を飲みながら、ほっと一息をつく。
「喜んでもらえたなら、何週間も掛けて牛の石探したかいがあったヨ」
「リーエン、村跡に行ってたのね……」
「今日に間に合って良かったヨ」
「どうして?」
「今日はリーエンが石化から解放され、この世界に生まれた日ヨ!」
「――ありがとう、リーエン」
レイゼンはリーエンの……マメが出来た手を優しく握ると、自身の額へ当てる。
「でも、今度からは私も手伝うからね……」
「ウン、分かったネ」
そんな2人のやり取りを見ていたモナカが、ふと呟く。
「……1000年前の石化から戻す方法って、さっきの調理のやり方なのか?」
「そうアルヨー。魔法研究所や教会なんかにも通って、何回も色んな方法試してようやく編み出したネ」
「……リーエン戻した時も、煮たり焼いたり……?」
「焼き過ぎた部分はその場で回復ポーションで治したから、大丈夫ヨ!」
「えぇ……」
「別にそのくらいどうって事ないわよ」
リーエンは顔を上げ、得意げな顔で微笑む。
「こうしてリーエンと出会えたんだから――」
「ま、まぁレイゼンがそう言うなら……」
「この間、夜にやってた石の選別、なにをやってるかと思えば牛肉の選別だったんですね」
ここで俺は気が付かなかった。レイゼンの笑顔が石のように固まった事に。
「そうアル! 魔力を使っても結構難しいけどネ。いやぁ、手伝って貰って助かったヨ」
「でもまぁ、こうしてローストビーフを食べられたんだから、手伝ったかいもあったという――」
「リーエン」
「なにヨ?」
「私には黙ってたのに、オダナカさんには手伝って貰ったの?」
「いや、あれは自分が勝手に……」
そう弁明をすると、再び瞳に涙を溜めながらレイゼンがこちらを向いた。
「……オダナカさん」
「――はい」
「リーエンは、絶対渡さないから!!」
身体を全力で抱きしめられ、笑うリーエン。
再び謎の宣言をされ困っているのをニヤニヤと笑うモナカにからかわれ――。
瞳に涙を溜めつつも、頬を膨らませ笑っているレイゼンが楽しそうだ。
俺は苦笑いをしつつ……店の窓から見える月明りもまた、いつもより輝いているように見えたのだった。
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