第3話 捨てる神あれば拾う神あり、ありがたい。

 ……酒場だ。


気が付いたら酒場にいる。


それも、西部劇に出てくるような酒場にだ。




 しかも、五体満足な姿で椅子に座っている。


目の前には、これも西部劇あるあるなくたびれた丸テーブル。


そして……




『あの啖呵には笑ったぜ、ボウズ』




 向かい側に腰かけていたのは、やっぱり世界で一番格好いいガンマンだ!


しかめられた眉、細い目、咥えた葉巻。




 90歳を超えた今でも精力的に活動している、世界に名だたる名優。


その、30歳前後の姿だ。


オレが飽きるほど見ていた、マカロニ・ウエスタンに出てくる姿だ。


うわあ……死に際の幻覚でもいいや、最高。


生きててよかったァ……




『まあ飲みな、散々喚いて疲れたろう』


 


 スキットルがこちらへ飛んでくる。


くうう、声まで格好いいぜ。


なんで亡くなった声優さんの声なんだろう?


まあ、格好いいからいいか。




「い、いただきます……」




 恐る恐る口を付けると、中身はミルクだった。


よかった……今は酒の気分じゃなかったんだ。


乾いた喉どころか、乾いた体に優しい甘さが沁み込んでいく……




「うまい……あの、ありがとうございます、冥土の土産に最高です」




『……何を勘違いしてるか知らねえけどな。まあ、とにかくもっと砕けて喋りな、肩が凝っちまう』




 まさかの要求だ。


いや、さっきまでいたクソ女神モドキならともかく、俺がこの世で最も尊敬するガンマンに変な口はきけないぞ……




『この姿に遠慮してんのか?俺の姿はな、相手によって変化するんだよ』




「……と、いいますと?」




『簡単に言うとな、お前さんがイメージする【世界で一番格好よくって頼りがいのある人間の似姿】なんだ、今の俺は。この俳優、好きなんだろ?』




 なるほど。


たしかに納得だ。


オレの脳がイメージできる最上級の男だもん、この人。


格好いいし、強いし。


イメージだけど。




『まあ自己紹介といこうか。俺は……よく考えたら名前言えないんだわ』




 椅子から転げ落ちかけた。


なんだそれ。




『お前さんの口じゃ発音できねえし、お前さんの耳じゃ聞きとれねえ名前ってこった。しかし名無しってのも格好はつかねえな……おお、じゃあモンコでいいか』




 映画から取ったな、確実に。


それも名無しとかそれに準じる意味だと思ったんだが……まあいいか!格好いいし!!


しかしなんで映画のことを知っているんだろうか?


オレの記憶でもスキャンしたのかな?




「ええっと、オレは東森逸人って言います、モンコ様」




『あー駄目だ駄目だ、かたっ苦しいぞ。もっと砕けろ砕けろ、俺ァあのエリクシアみてえにお高くねえんだよ、久方ぶりに人間と話せてテンション上がってんだからな。タメ口にしろ』




「……今更消滅するのは怖くないですけど、不敬罪で即消滅!ってのは勘弁してくださいよ?」




 なんとか拾った命だから、若干怖い。


さっきまではいつ死んでも構わんと思ってたんだが、人間やはり欲がある。




 そう言うと、モンコ様……モンコは構わないとでも言うように葉巻をふかした。


アア……一挙手一投足が格好いいなあ!泣きそう!!




「それじゃ……命拾いしたぜ、ほんっと、助かった。……これでいいか?」




『ああ、いいねいいね。やっぱりお前さんはいい』




 なんか知らんが褒められたぞ。


じゃあこれでいい……のか?


嫌いでもない、それも神様にタメ口叩くのって心臓に悪いな。




『最初に言っとくぞ、お前さんを故郷に戻すのは無理だ。こればっかりはどうしようもない』




「ああ、いや別に。そこは全然気にしなくていい」




 地球に未練は……ちょっとしかない。


それも死に物狂いで戻りたいほどのものじゃない。


家族はみんなもういないし、親族はクソみてえなのしか残ってないしな。


未練といえば、いけ好かない親戚の爺をぶん殴れないってことくらいか。


それを除けば、二度と会えないなんて拍手したいくらい嬉しいね。




 トラックに轢かれて異世界へってわけじゃないし、行方不明扱いなら保険金が親戚連中に渡る心配もないだろう。


魂と肉体を~とか、あの女神モドキがほざいてたしな。




『やっぱりな。あの状況であれだけ暴れるんだ、未練はねえと思ってたぜ』




「特に親しい人間もいないし、愛着のある環境でもなかったからな。死ぬまでの暇つぶし程度だ」




 異世界がどんなところか知らんが、どうせさっき死ぬとこだったんだ。


いきなり両手両足を消し飛ばされないだけありがたい。




『よし、前提条件は理解したな……で、どうする?この場に留まることはできるが、基本的に人間はお前さん1人だぜ?ってわけで……行くかい?異世界』




 そんなバイトの面接みてえに軽く言うなよ……


行くけどさ。


ここは西部劇の匂いがして最高だけど、さすがに1人ぼっちでずっとは辛すぎる。




「行くよ、どうせさっき死んでるハズだったんだしな。……でもあのカス女神モドキがオレは無能だって言ってたんだが、大丈夫か?アンタの評判に響いたりしないか?」




『なんだよオイ、こっちの心配までしてくれるってのか?お前さんにとってこの男は最高にイカした奴なんだな』




「当たり前だ、世界で一番イカしたガンマンなんだからな」




 オレがそう返すと、モンコはまた嬉しそうに葉巻をふかした。




『そうかいそうかい。ま、気にすんなよあのアホのほざいたことはよ。あんなもんハッタリだ、ハッタリ』




「……そうなのか?」




『地球生まれの人間に、そう大した違いはねえんだ。アレはただ単にあいつの好みの問題なのさ……面食いってワケじゃねえがよ、お前さんのツラはお気に召さなかったらしい』




 ……そんなしょうもない理由だったのかよ。


やっぱアイツただのクソだわ。


乳首しか褒める所ねえな、マジで。


そういえばハーレム君、優男風イケメンだったな。


オレは目つきも口も最悪だし、お気に召さなかったんだろう。




『ってわけで、だ。んじゃ、お前さんは俺が責任もって異世界に送り届けよう……安心しな、アフターサービスまでばっちり完備さ』




「それはいいんだけど、向こうで俺に何をやらせるつもりなんだ?腕っぷしもそんなにねえし、学がねえから産業革命なんかも無理っぽいぜ?」




 あんまり詳しくはないんだが、異世界ものの小説とかだとそこら辺が主流だと思うしな。


後輩にアニオタがいたから勧められて何作か見たけど、だいたいそんな感じだったし。


魔王を倒せー、とか。


世界をもっと便利にしろー、的な。


あと、何故かハーレム。


男としちゃあ憧れないと言えば嘘になるが、あのハーレム君みたいなのは御免だな。


男も女も幸せじゃねえと不公平だ。




『んにゃ、特に何もない』




 マジで?


そんなんでいいのか、異世界転移。


お手軽すぎるだろ。


オープンワールドのRPGですら最低限のメイン目標はあるぞ。




「……あの女神モドキはなんか言ってたような気がしたけど?」




『なんだあ?アレが言ってたことが気になるのか?……転移者の選定と同じさ、アイツの趣味だよ』




「趣味?」




『お前さん、アイツが何を司る女神か知ってるか?』




 ……むーん?


なんだろう‥…あの言い分からして、正義と平和、とか?


いやいやいや、俺への扱いはしょっぱなからそんなの欠片もなかったし違うか。




『混沌と戦乱、破壊と殺戮の女神だぜ、エリクシアはよ。別に世界に危機なんざ迫ってねえのさ、おおかた……アイツの趣味の為に戦乱が激しい国にぶち込むつもりだったんだろうぜ』




 するっと理解できた。


確かに名は体を表してんな。


でも普通1個か2個じゃね?欲張りだなあのアホ。




「……納得ゥ。あの貧乳にはドンピシャだ……ちなみにモンコは?」




『俺はまあ……好奇心だな』




 こっちも納得だ。


面白そうなことはみんな好きってことか。




「オレがアレにボロクソ言ってんのを見て興味が湧いたってこと、か?」




『大正解だ。死にかけで上位存在に啖呵切れる人間なんざ、ここ2000年は見てねえなあ……それだけで俺がサポートする甲斐があるってもんよ』




 このクソみたいな口の悪さがプラスに働く日が来るとはな。


芸は身を助く、ってやつか?


ありがてえなあ。




「じゃあ、有難く第二の生を謳歌すりゃいいってことか?」




『待て待て、そう早まるなよ。お前さんみてえな逸材をポーンと放り込むわけにはいかねえ、お前さんには生きて面白おかしくやらかしてもらわねえとな』




 なかなか難しいことをおっしゃる。


それ、けっこうな難題だぞ。




『実を言うとな、お前さんがここにいる時点で俺の思惑は半分以上叶ってるんだよ』




 モンコがどこからか取り出したスキットルを煽る。


少し香った感じからすると、ウイスキーだな。




『エリクシアはな、舐められることが何より大っ嫌いなんだ。お前さんみたいな人間に口でボロクソにされた上に取り逃し、あまつさえ使徒になるはずの人間の前で脳漿ぶちまけてカエルよろしく痙攣だぜ?この先お前さんが生きてる間中ずうっと悔しくて悔しくて仕方ねえだろうな、ほんと笑えるぜ』




「……随分嫌ってんだな?オレも大嫌いだけどよ」




『むしろ同僚でアイツを好きな変態なんざ、片手の指でも多すぎる。俺の知ってる限り最低でも358柱には蛇蝎の如く嫌われてんな。お前さんの行動なんか大人気だぜ、俺がいなくても引き取り手は無数にいるぞ』




 むっちゃ嫌われてんじゃんアイツ、ウケる。


まあ、あれだけ糞みたいな性格だとそうか。




『ってなわけで、お前さんは何も気にしなくていい。あっちで生きてるだけで自動的に俺らが楽しくなるって寸法さ……WIN-WINてやつだな』




「そりゃあ助かる。変に期待されないってのは大好きだ、理不尽じゃないからな」




『期待は大いにしてるぜ?ただ求めるものが奴と違うってだけさ……気負う必要はない、所詮こんなもんただの暇つぶしさ。お前さんはお前さんで楽しくやりゃいいんだ』




 オレ、あそこで粘っててよかったなあ。


消滅してたらこんな経験できなかったぜ。




「じゃあ聞くが……今から行く世界ってのはどんな場所なんだ?」




 質問して欲しそうな雰囲気だったので聞く。


オレとしても情報はあるに越したことはないしな。


どうせ前の世界には帰れないんだし、せいぜい頑張って寿命まで生きてやろうじゃねえか。


この分だとモンコの助けも期待できそうだしな。




『乗り気だねえ、いいぜいいぜ。論より証拠だな、ホレ』




 モンコが手を振ると、目の前に半透明な画面が浮かんだ。


パッと見、大陸を上から写した地図に見える。


こりゃ、まんま〇ーグルマップだな。




『これがお前さんの行く大陸、名前はガンディエントだ』




 …なんというか逆さにした瓢箪みたいな形だな。


上半分は広く、下半分は狭い。


そして上下の境目にくびれがある。


まんま瓢箪だ。




『おっと忘れてた。わかりやすいように日本列島を置いとくぜ』




 一瞬画面が消え、再度出現すると見慣れた日本の姿が重ねられている。




「……でっけえ」




『日本列島を引き合いに出しといて悪いが、ユーラシア大陸とかの方が分かりやすかったなあ』




 この大陸、恐ろしくでかい。


たぶん上半分はアメリカ全土の1、5倍はあるんじゃねえのか?


瓢箪の首に当たる部分も地図で見れば狭そうだが、本州と九州がすっぽり入るデカさだ。


下半分は…オーストラリアくらい、か?


スケールがデッカイねえ、異世界。




『ちなみにここ、第三大陸な。この世界に5つある大陸の中で2番目に小さい』




「地球の尺度で考えていい惑星じゃなかったなあ……」




 スケールデカすぎだろ、異世界。


地球の何倍もありそうだ。


重力とかどうなってんだ?


まあ、神サマがわんさかいるくれえだし、そこらへんに突っ込むのも野暮か。




 異世界万歳!もうこれでいいか。

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