第26話 何も悪いことはしていないのに何故こうまで恨まれるのか(哲学)

「むほほ♪命を張った甲斐があるってもんだなあ」




 ギルドから宿への帰り道で、オレは懐の温かさでウキウキだった。


そう、長の魔石が思いのほか高値で売れたのである。




「金貨3枚とは張り込むねえ……巣の特定と同額たあ、望外の報酬だぜ」




 すでに夕暮れから夜に変わりかけた街は、家路を急ぐ人が多い。


そんな中を、スキップしたくなるような気持ちで歩いている。




「ま、手元に全額はねえんだがな」




 なんと冒険者ギルドには、銀行制度があった。


この前までオレが知らなかったのは、銅級になって初めて利用が可能になるかららしい。


引き出すのに少しの手数料はかかるが、それでも大金を持ち歩く危険性に比べりゃマシだ。




 というわけで、オレは報酬も含めて手持ちの大部分を預けてきた。


手元にあるのは、金貨1枚と銀貨、それに銅貨が少し。


……どうせなら両替も頼むんだったぜ。




 あと、例のガキどもの顛末についてはマチルダちゃんを通じてガッツリ報告をしておいた。


しておいたが……まあ、目撃者もいねえし証拠もねえ。


マチルダちゃんも『事実だとは思いますが、ギルドとして即座に対応はできかねますニャ……聞き取りと注意はしておきますが、申し訳ありませんニャ』と、耳をしおれさせながらそう言っていた。


まあ、そうだよなあ。


 


 街中で襲い掛かってくれたら楽かな……なんて一瞬思ったが、【ジェーン・ドゥ】を振り回すのはちと危険すぎる。


流れ弾で死人が出そうだ。


外で襲ってこねえかなあ……脳天ぶち抜いて埋めてやるのによ。




 マギやんとは、明日の夕方あたりにまたギルドで落ち合う約束をして別れた。


今日の所はとっとと風呂に浸かってぐっすり寝たい。


なんとか生きちゃいるが、クソ毛玉もといコボルトの長との戦いで体中が地味にいてえ。


それになにより、臭い。


全身からほのかに、掃除の行き届いてねえ犬小屋めいた悪臭が立ち上っている。


ポンチョや服は放っておけば神サマ効果で無臭に戻るんだろうが、体はそうはいかねえからな。


臭いままで眠りたくねえ。




 ってわけで、公衆浴場に向かって歩いている。


腹も減ったが、まずは風呂だ風呂。




「お、ウッドじゃねえか……ひっでえ臭いさせてやがんな、こりゃあコボルトか?」




 目当ての公衆浴場が見えてきたと思ったら、横から顔見知りに声をかけられた。


ガモフのおやっさんが、小脇に荷物を抱えて立っている。


さっすが元冒険者、魔物の臭いはすぐわかるらしい。




「オッス、おやっさん。そうなんだよ、危うく死にかけるところだったぜ……」




「なるほど、それで公衆浴場ってわけか。俺もだけどよ」




 おやっさんが掲げた荷物には、着替え的な物が見える。




「へえ、この街に根を下ろしてるおやっさんでも浴場使うんだな」




「一応水場は店にもあるけどな。たまにはでっけえ湯船に肩までつかりてえのよ」




 あー……なんとなくわかる。


オレも地球じゃ1人暮らししてたが、たまーにシャワーや狭い風呂じゃ物足りなくなんだよな。


そういう時はよく銭湯に行ったもんだ……この世界にもあって助かるぜ。


サウナもあるところにゃあるらしいんだが、この街にはないらしい。




「おやっさんのクロスボウのお陰で命拾いしたんだ。背中でも流すぜ?」




「おお、そりゃよかった。ならお返しに風呂上がりにエールを奢ってやらあ、生還記念にな」




「へへ、そいつはありがてえ」




 ……オレの方が得してねえか?


まあ、おやっさんがいいならいいんだけどよ。




 てなわけで、連れ立って公衆浴場に向かうことになった。






・・☆・・






「長が出やがったのか……おめえ、クロスボウと剣だけでよく戦えたな。魔法はからっきしなんだろ?」




 お互いに体を洗った後、揃って湯船につかる。


……どれだけ日本人が啓蒙したか知らねえが、この国の人間は皆先に体を洗うってルーティンが身に付いている。


日本人は色々腫物扱いだが、銭湯を根付かせたのは最高だあな。


シャワーや体を拭くだけじゃ、どうにもサッパリしねえ。




「ああ、通りがかりのドワーフのねえちゃんが助けてくれてな。それに、矢がいいとこに当たってよお……まぐれもあってなんとか、な」




 別におやっさんには【ジェーン・ドゥ】について話してもいいんだが、さすがにここじゃな。


それほど混んじゃいないが、他人もいる。


あんまり積極的に噂を広めるのも考え物だ。




「おお、同族がねえ……どんな奴だった?」




「でっかいカラクリ付きのハンマー持った、全身鎧の別嬪さんだったぜ。オレがまともに歩けるようになるまで護衛までしてくれてなあ……ほんと、命の恩人だぜ」




 マギやんには足を向けて寝れねえな。




「カラクリのハンマーに、全身鎧……ああ!去年あたりに帝国から流れてきた娘っ子だな!」




「おやっさん知ってんのか」




「冒険者だがうちの互助会にも入ってるからな。なんでも国じゃあ工房で働いてて、今は漫遊しつつ冒険者もしてるっていうじゃねえか……いいねえ、やっぱドワーフは探求心を失っちゃいけねえ。気立てもいいし、ありゃあたいした娘っ子だ」




 ほーん……互助会なんかもあんのな。


しかし、存外に評価が高いね。


あの性格が好かれてんだろうなあ。


漫遊してることにも好感度が高いみてえだし、ドワーフってのは種族的に冒険好きなのかねえ?




「おいウッド、あの嬢ちゃんは確かにいい女だけどな……手を出す時にゃ覚悟しとけよ」




「……藪から棒になんだってんだ?命の恩人に即日発情する程落ちぶれちゃいねえよ、オレぁ」




 おやっさんは何やらニヤニヤしている。


どこの世界でも惚れた腫れたって話題は人気があんのかね?




「ちょい前に、知り合いの工房で働いてた若い衆が惚れ込んじまってな……ついつい酒の席で尻触ったんだけどよ」




「はー……そいつは見下げた野郎だな。んで?どうなったんだ?」




 女を酔わせてどうこうなんてのは、下の下の口説き方だな。


真っ向から行けってんだ、男なら。




「それがよぉ!ぶん殴られて店の壁突き抜けちまってな!それでも勢いが止まらねえで、道の反対側にある店に突っ込んでやっと止まったんだとよ!」




「生きてんのか、そいつ……」




 がはは!とおやっさんは楽しそうに語った。


ひええ……そんなに腕力あんのか、マギやんは。


とんでもねえなあ……




「腐ってもドワーフだからな、頑丈さは折り紙付きだ!」




「へえ……その防御力は羨ましいねえ、こちとら長にボッコボコにされちまってよォ……湯がしみるぜ」




 いでで、それにしても擦り傷が結構多いな。


帰り際に薬草でも買って帰るかねえ。




「だよなあ、おめえの服は見かけよりも頑丈みてえだが……せめて胴鎧ぐれえは見繕った方がいいぜ。内臓は守らねえとよ」




「ああ、あぶく銭も手に入ったし……おやっさん、いい防具屋紹介してくれねえかな?いや、そっちの店に在庫があんならおやっさんとこで買うけどよ」




 前に買った革のガントレットは大活躍してるしな。


今回も、腕の部分にゃあひでえ怪我はねえし。




「胴鎧はうちじゃ専門外だ。よし、今度店に来たら紹介してやるぜ」




「ありがてえ、助かるぜ」




 っと、大分長湯になっちまってんな。


のぼせそうだ。




「ふう、そろそろ上がるか。さて、エールの時間だ!」




「ぶわっ!?」




 おやっさんがオレに先んじて豪快に湯から上がった。


舞う水しぶきの隙間に、逞しい背中がある。


さっき背中流した時にも思ったが、むっちゃ傷だらけだよなあ。


鎧みてえな筋肉してんのに、それでもこうまで傷が残るんじゃあ……冒険者ってのもきっついなァ。


オレも気を付けねえとな。




「ウッド!急がねえとエールが逃げちまうぞ!」




「逃げねえと思うがねえ…‥」




 ま、サッパリしたしオレも上がるか。






・・☆・・






「ういぃ~……湯上りに酒は回るぜェ……」




 若干千鳥足になりながら家路を歩く。


おやっさんめ……奢ってくれるのはいいけど飲ませすぎなんだよ。


昼間疲れすぎた上に風呂に入った後だ、酒が予想以上に回ってやがる。


すきっ腹に入れたのも悪かったなァ。




 いつの間にかとっぷり夜も更け、道行く人影はまばらだ。


ガス灯とも違う不思議な感じの街灯に照らされた道を、宿屋に向かってゆっくり歩く。


なーんか青白い炎だな、魔法だろうなあ。




「ねえそこのオニイサーン、ちょっと遊んでいかなァい?」




 路地の暗がりから、甘ったるい声がかかる。


目をやると、薄い布地を羽織った色気のあるねえちゃんがいる。


へえ、この世界にもいんだなあ……『立ちんぼ』ってのが。




 ケモノ成分多めの獣人だな……胸もケツもいい肉付きしてんなあ。


顔も悪くねえが……今日はちょっとな。




「すまねえ、飲まされすぎて自慢の『剣』が役に立ちそうもねえんだ……ねえさん、今度素面の時に声かけてくんな」




「あらら、確かにフラッフラね……なんなら部屋で休んでいくゥ?」




 ……うぐぐぐ、何ちゅう魅力的な誘いを。




「……いやいや、あんたみてえな別嬪さんと同衾した日にゃあ、無理してでもおっ始めたくなっちまう。明日家に立って帰れそうもねえ」




「あーら、残念。じゃあ、またの機会ね」




 舌をちろりと出して微笑むねえさんに、断腸の思いで手を振って歩き出す。


畜生……タイミングが悪いぜ。


全く悪くねえが、おやっさんが憎い。


獣人と『仲良く』し損ねたぜ……






 ムラムラ……いやモヤモヤしながら足を進める。


宿まであと少し、ってところでふと気付いた。




 ……なァんか嫌な予感がする。




 周囲は街灯もなく、遠くにぼうっと霞む明かりがあるばかりだ。


歩いてるうちに目は慣れているが、それでもなお暗い。


そんな暗がりの周囲から、なーんか嫌な気配を感じる気がする。




「……おーい、今日の稼ぎは全部ギルドに預けてんぞ。剥いでも小銭しか出て来ねえからな」




 とりあえず、声をかけておく。


地球に慣れ過ぎて、夜の治安に対する意識がガバガバになってんな。


そこは反省しねえと……




 ざり、と土を踏む音がした。


数は、3つ。




 周囲の暗がりから人影が走り出て、オレの前を塞いだ。


……頭から薄汚れた布をかぶった3人組だ。


2人は剣を持ち、残りの1人はその少し後ろで素手のまま両手をせわしなく動かしている。




 どうにも、強盗にしちゃ違和感がある。




「なぁんだよぉ、オレぁ今から宿に帰るだけの、一般冒険者だぜぇ……?大金なんざ、持ってねぇぞお」




 不自然にイントネーションを崩し、更なる酔っぱらい感を演出。


足のふらつきはもうだいぶ収まった。


暴力の気配に、頭の方もじわじわクリアになってきている。




「……やるぞ」




 布マスク越しに、くぐもった若い声。


ああ、やっぱりかあ……そうじゃねえかとは思ってたけどよ。




「やめろってぇ、大怪我するぞお……オレがぁ」




 そう言いつつ、足元がふらつく演技。


体勢を崩した瞬間に、剣を持った1人が走り出した。


それにもう1人が続き、後ろの1人の手には青白い燐光が纏わりつき始める。




「―――馬鹿が多くて困るねぇ」






 轟音と、閃光。






「っひぃい!?」




 オレに斬りかかろうとしていた先頭のヤツ。


その振り上げた剣が、綺麗に柄だけ残して吹き飛んだ。


奴は慌てて動きを止め、後ろからきた新手に衝突する。




「―――来るなら、次は脳天をぶち抜くぜ。それでもいいなら、来なよ」




 【ジェーン・ドゥ】の銃口から立ち上る硝煙めいた煙。


すっかり頭が冴えたオレは、ゆっくりと先頭の男に照準を合わせた。




 ……実はあと2発撃ったら昏倒するんだが、こいつらにゃあわからねえ。


ま、仲間が1人死んでも突っ込んでくるガッツがあるようには見えねえけどな。




 オレの態度に分が悪いと悟ったんだろう。


奴らは一斉に踵を返し、暗がりへ走り込んでいった。


っは、逃げ足だきゃあ一人前だな。




 さすがに、夜とはいえ街中で脳天ぶち抜くわけにもいかねえしな。


もうちょっとこの国の法律的なもんについて下調べしとくんだったぜ。


襲われそうになったから殺しました……が異世界過剰防衛とかになったら困る。


いくら冒険者同士だって言っても、殺しあいとなると話も違うだろうしよ。


つくづく、町の外で襲ってきてくれねえかなァ。




「まあ、十中八九昼間のクソガキどもだな。さーて、どうするかねえ……」




 オレは、面倒臭いことになったなあと頭を掻くのだった。




 とりあえず改めてギルドに報告と……マギやんに注意喚起だな。


あ、でもまた証拠ねえや……1人くらい撃ち殺しときゃよかったかな。


それじゃ、本末転倒か。

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