第25話 喧嘩の初手は金的に限る。

「りぼ……るばー?」




 オレは、なんとかすっとぼけた返答をする。


それほど、マギやんの口から出た言葉が衝撃だったからだ。




 この世界に来てまだ時間はそれほど経っていないが、それでも銃やそれに準じるものの存在は確認できていない。


ってことは、黎明期の火縄銃や手筒も存在していないだろう。


なのに、マギやんはそれらのかなり遠い発展形である【リボルバー】を知っている。


例えて言うなら、馬車の概念もないのにいきなりスポーツカーの名前を出すようなもんだ。




 ……こりゃ、一体全体どういうこった?




「そいつは【ジェーン・ドゥ】って名前なんだがな?りぼるばーっていう、似たような魔法具があんのかい?」




 マギやんは魅入られたように銃身を見つめてる。


その視線は、明らかに銃を知っているような感じだった。




「……ウチも見るのは初めてや。せやけど、本で読んだのとよう似とる……」




「……本?」




「帝国には図書館っちゅう、本ばっかり集めたでっかい建物があってな。その中にあった禁書に載ってたんや……」




 禁書ォ?


それって、普通は公開されてねえ読んじゃダメなタイプの本だよな?


そんなもんに、なんでリボルバーの項目があんだよ。




「【大陸騒乱期】に確認された、とんでもない威力の魔法具たち……その中に、これとそっくりな魔法具があったんや」




 ……名前からしてアレか?


神サマ連中がやべーのを隔離したあたりの時代か?




「なあウッド、これは……アンタの先祖伝来の魔法具って言ったやんな?」




「ああ、ウチの家ができた時から受け継がれてるって話だが……」




 はい嘘。


ほんのちょっと前伝来だ。




「ふむん……」




 マギやんは、グリップを握ったまま銃本体をまじまじと眺めている。


……まさかこの世界に、オレより前にガンマンが来てたなんてなあ。


しかも本に載るレベルの魔法具持ちで。


確かにオレの【ジェーン・ドゥ】も大した威力だけどよ……




「さっき威力見た感じやと、たぶんそれのコピー品やな……【遠吠えのマグナムリボルバー】は地形が変わるくらいの威力やったらしいし」




「んなっ!?」




 なんだよそれ!?


地形が変わるゥ!?


……そういや、前にモンコが『調子に乗って加護モリモリにしてた時代があった』みたいなこと言ってたな。


その時代の魔法具か?


しっかし、名前はマグナムか。


それ、厳密に言えば弾丸の規格なんだけどな。




「せやけど……うう~ん、すっごいわあ……コレ」




「すごいって……何が?」




 機関部を熱心に眺めるマギやんに聞く。




「魔法具っちゅうのはな、だいたいどんな出鱈目な形でも動くもんや。せやけどこの子は……うん、『理にかなっとる』んや、構造的にもな」




 ……そりゃ、元々の形は普通のピースメーカーだしな。


魔法じゃなくって弾丸を打ち出す道具だしよ。




「手を握りに置くと、ピタッと人差し指が引き金に当たる。ウチが引いても何の反応もあれへんけど、この筒の……ははーん、この出っ張りの先端が筒に収まっとるこまい矢筒みたいなもんのケツを叩くんやな……お、出っ張りを起こすと筒が回って新しい矢筒のケツが正面にくるわけやな……なるほどなるほど」




 さすがはドワーフとでも言えばいいのか。


マギやんは初めて手にした拳銃の特性を見抜いた。


この世界に銃はないが、引き金周りの構造はクロスボウとそう変わりはねえ。


技術者ならそこに気付いてもおかしくはねえ……のか?


シングルアクションの構造にまで行きつきやがった。




 ちなみに、マギやんが撃鉄を起こしたり引き金を引いているが何の変化もない。


モデルガンをいじる時みてえに、動きはするが弾丸は発射されてねえ。


やっぱり撃てるのはオレだけってことか。


なんとなくわかっちゃいたが……盗まれてオレが撃たれる心配はしなくってよさそうだ。


あ、それ以前に盗んだら呪いで死ぬんだっけ。




「……魔法具やのうても、普通の武器になりそうな構造や!こらすごい……神サマの技術はとんでもない未来に生きとるで!!」




「ほーん……そんなにすげえのか」




「すごいなんてもんやあれへん!全体を構成する金属の質……それに、各部を固定しとるネジの規格!どれもこれも、ウチらドワーフの金級鍛冶師でも手が出せんレベルやで!!」




 鍛冶屋連中にも等級があんのか……へえ。


まあたしかに、金属加工技術がまだまだ発展してねえこの世界なら……工場で一括生産なんて夢のまた夢だよな。


火縄銃くらいなら再現できるかもだが……果たしてこの世界に地球みたいな火薬があるかもわかんねえ。


なんでも魔法、魔法で解決できるんだ。


地球とは違う発展してるもんな。


ある分野じゃ地球より進んでても、別の部分じゃ遥か後進だ。




「ウッド!」




「うお!?」




 マギやんが急にオレに縋り付いてきた。


うおお……きょ、巨乳が、巨乳がダイレクトに……!!


今は鎧がなくってシャツみてえなもんしか着てねえから……!!!




「こ、これ……この子!ウチに分解させてえな!!」




「いや、さすがに無理」




 さすがに巨乳の誘惑をもってしてもそいつは無理だ。


いや、無理っていうか……




「ええ~!?なんでなん!?大丈夫やって!バラしても完ッ璧に戻せるさかい!ウチもドワーフの端くれなんや!!」




「いや、ちょっと落ち着けよマギやん」




「なんでぇな!?お願いやって~!金でも酒でも払うさかい!あ!も、もしその気やったらウチの体で……」




「女が安売りすんじゃねえ!」




「ぺぎ!?」




 思わず額にチョップを落とし、マギやんを止める。


さながら漫才のツッコミだな。




「あのなあ、ちゃんと理由があんだよ……貸してみな」




 マギやんから【ジェーン・ドゥ】を受け取る。


そして、おもむろにエジェクターロッドを操作し、弾倉から弾丸を1発抜く。




「ホレ、見てみな……来るぜ」




 手のひらに乗せた弾丸をマギやんに見せる。


ほんの数秒後、端の方から溶けるように消えていった。




「はわっ!?」




 目を丸くするマギやんに、再び弾倉を示す。


そこには、消えたはずの弾丸の尻があった。




「……な?この魔法具の部品はたぶん、一塊の状態から解除されっとこうなんだよ。オレも手入れやらなんやらしようと思って散々いじったが、この矢筒以外は外すこともできねえのさ」




 これは本当だ。


実銃そっくりのモデルガンも所持してたからな。


分解清掃でもするかと思って何度か宿屋でトライしたんだが……ネジはビクともしねえし、本来なら手でバラせる部分も全く動かなかった。


たぶん、こいつは『銃の形をした魔法具』なんだろう。


厳密には銃じゃないんだ。




「……【不壊の加護】付きっちゅうことやな……威力以外は国宝級の魔法具や。ウッド、アンタの家系……ミディアノの王族の庶子出身とかちゃう?」




「あいにくぜーんぶドラゴンに焼かれちまったからな、そいつは永遠に炭と瓦礫の底だ」




 ミディアノの連中には大変申し訳ねえが、超便利だぜこの設定。


なに聞かれても知らぬ存ぜぬで通せる。




「むううん……め、目の前に鍛冶技術の至宝があんのに、指くわえるしかでけへんのんかぁ……!」




 マギやんは涙目だ。


ほんと、コロコロ表情が変わって飽きねえな。


それにしてもよ……




「ところで、そろそろ離れてくれねえもんか?」




 マギやんは俺の腰に抱き着いたままだ。


色々素晴らしいモノが当たって色々とあぶねえ。




 そう言うと、マギやんは猫みてえに目を細めてニヤっとした。




「んん~?なんやジブン、ウチみたいなチビに引っ付かれて照れてんのか~?」




 そう、からかうように聞いてくる。




「そりゃそうだろ、こちとら女っ気ゼロの旅人なんだ。美人とこう距離が近いと、心臓が爆発しちまう」




「へふん!?」




「なんだその妙な鳴き声……っと」




 マギやんが顔を赤くしてオレから離れた。


意外と初心……っていうより、自分からちょっかいかける分には平気だが逆が無理なタイプと見た。




「う、ウチみたいなちんちくりんをそないに褒めるなんて……ウッドの旅は辛いもんだったんやね?」




「旅の途中で出会ったラミアに求婚する一歩手前程度には飢えてたな、ケケケ」




 ちなみに出会ったことはねえが、ラミアって種族は下半身が蛇の女型の魔物?らしい。


半分魔物って言えばいいのかね?


いくつかの国じゃ人権が認められてるが、基本的にかかわりはないらしいな。




 あと、巨乳らしい。


これ大事。




「……さて、マギやんの疑問も解消したことだし。そろそろ帰ろうぜ、日が暮れちまう」




「あや、もうそないな時間か。せやね、帰ってあっつい風呂に入りたいわぁ……体中獣臭くってかなわんわあ」




 ……確かに。


特にオレなんか、あのクソ毛玉に超接近されたからな。


犬小屋臭がほのかに香ってくるのに気が付いちまった。


街に戻ったらまず公衆浴場だな、宿に帰る前に。




「とにかく今日の所はギルドで報告してお互い定宿に戻ろうぜ。それで……どうだい?明日あたり飲みにでもいかねえか?なんたって命の恩人だ、奢るぜ」




「おー!そりゃええなあ!」




「長のこの……玉?も多分いい値で売れるんだしよ、クソ毛玉の忌々しい報酬で乾杯といこうや」




「太っ腹やんか~!ええで~!!」




 マギやんはウキウキした様子で荷物を準備している。


背嚢はオレのより小さいが、いかんせんハンマーがでっけえなあ。


改めて見りゃ、よくもあんなの担いで走り回れるもんだ。


ドワーフってすげえなあ。




「よっしゃよっしゃ!ほんなら、いこか~!ウッドは後ろからついてき!近距離の魔物はウチが挽肉にしたるさかい!」




「おう、頼むぜマギやん」




 ガンベルトを締め直し、背嚢を担ぎ。


オレよりだいぶ背の低いが頼もしい背中に、続いて歩き出した。


やーれやれ、なんとか生き残ったぜ。


おっと、ギルドに戻ったら……『アレ』忘れねえようにしとかねえとなァ?






・・☆・・






「ホントだって!この前からチラチラ見かける変な服着たオッサンいるだろ!?アイツが長を引っ張ってきやがってさあ……!」




「そうそう!私達になすり付けようとしたんだから!」




「アレにゃあ参ったぜ、ほんとによお……まあ、オッサンが食われてる間になんとか逃げれたんだけどなあ!?」




 お、いやがったいやがった。




 特に問題もなく街に帰還し、ギルドに入った瞬間に聞こえてきたのは……忘れもしねえあの声。


視線を向けると……いた。


カウンターの猫娘相手に、大袈裟な身振り手振りで訴える3人組。


随分、馬鹿にしてくれんじゃねえかよ……!!




「にひっ」




 マギやんがオレの表情から察したのか、にやりとしながら首をしゃくる。


っへ、言われるまでもねえ。




 ずんずん近付いていくと、猫娘が不意に目線をこちらへ向けて目を丸くした。


そうするとマジで猫だな、実家に居ついてた野良猫を思い出すぜ。


 


 周囲の冒険者もオレに気付き始めた。


まあ、この格好は目立つからな。


どいつもこいつもニヤニヤしてるってことは、アイツらの主張はハナから信用されてねえらしい。


お、ヴァシュカもいるじゃねえか。


こっちにヒラヒラ手を振っている。


……その顔は、オレがこれからやろうとしてることをわかっているようだ。




「おい、餓鬼ども……誰が何したって?」




 3人組の背後に立ち、声をかける。




「へぇ……?」




 オレの足を払ったガキが、こっちに振り向く。


ポンチョと帽子が見えたのか、振り返りながら顔色が悪くなっていく。




「あ、アンタ―――」




「ふざっけんじゃねえぞ、ゴラ!!!!!!!!」




 そいつが何事かほざこうとした瞬間には、オレのブーツの爪先がヤツの股間にめり込んでいた。


大きく口を開け、そいつは瞬時に白目を剥く。




「あびゃ」




 そして、床に死んだカエルのような恰好で倒れ込んだ。


残った2人は、オレをまるでゾンビでも見るように凝視している。




「よお、マチルダちゃん。これ、査定してくんな」




「あら、これは……まあ!おめでとうございますニャ!ウッドさん!」




 そんな2人を横目に、カウンターへ長の魔石を置く。




「いやあ……どっかの馬鹿な3人組に生餌にされかけてよ、まあ、怪我の功名ってこったな」




 残った2人はソレを見て驚愕し、何事か口を開こうとしたが―――




「まさか、寄越せなんて言わねえよなあ?そこまで恥知らずじゃねえよなあ?」




「そのイチャモンなら、ウチも安値で買うたるでぇ?」




 男の方へは、ホルスターから引き抜いた【ジェーン・ドゥ】の銃口が。




 女の方へは、マギやんのハンマーが向いている。




「死にてえんだったら、抜きなよ。そうじゃねえなら……とっとと床のカス連れて帰りな!!!」




 そのまま怒鳴ると、しばしの逡巡の後……床で痙攣する男を担いで、逃げるようにギルドを出て行った。


っは、意外に素直じゃねえか……殺すのは勘弁してやるかもなァ?




「ってなわけで、査定よろしく」




「しんどい思いしたんやから、高値でよろしゅうな~!」




 どこか嬉しそうな猫娘に、オレとマギやんはそう笑って言うのだった。

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