第47話 あのイカを差し引いても海はいいもんだ。

「うーみーは、広いーな、大きーい、なーっと」




 20年ぶりくらいに懐かしい歌を歌いながら、スキットルを呷る。


うーん、水がうめぇ。


それに海も綺麗だ。


異世界頭足類にひでえ目に遭わされはしたが、それはそれ。


こうしてのんびりするのも悪かねえやな。


この海辺のベンチも、中々の座り心地だ。




「懐もあったけぇし、こっちへ来てから初めてくれえの……穏やかな気分だ」




 ヤンヤ婆さんがなんちゃら船団をキャン言わしてくれたお陰で、オレとマギやんは慰謝料という名の臨時収入をゲットした。


その額、なんと金貨10枚ずつ。


以前の騎士団絡みの時は、あの別嬪さんに遠慮して値切ったが……今回は組織ぐるみのカスが相手だからな。


遠慮せずにがっぽりいただいた。


え?船団長は知らなかったって?


知らねえなあ。




「しかしこれといった使い道がねえ……貯金だな」




 防具類は今ので事足りるというか、これ以上ゴテゴテ増やしたら重くなって動きが鈍くなる。


増やすとしても……そうだな、太腿をガードする何かが欲しいくらいか?


まあ、現状としては急いで散財することもねえ。


アンファンに帰ってからゆっくり考えよう。


この街で欲しいモノは特にねえし……魚介類をこっそり買い込むくらいかね。


異次元背嚢に入れときゃ腐らねえらしいしよ。




「ま、どうせあと3日は動けねえんだ。ゆっくりするさ」




 再びスキットルを呷り、そう呟いた。






・・☆・・






 あの大宴会から、今日で2日目になる。


オレとマギやんは、婆さんの意向によってルドマインで待機することになった。


理由は2つ。


婆さんが間借りしていた療法所?の修理について街の大工と話し合う必要があるらしいこと。


そして、例の船団についての顛末を見届けるため……だそうだ。


両方とも、婆さんが主となって動くらしい。


年寄りの癖に働き者だなあ……




『これを機にギルドと組んで膿を出すよ。孫が暮らしてるんだ……綺麗にしときたいんだよ』




と、婆さんはそう言っていた。


それが許されるくらいの顔役ってことだなあ、婆さん。




 というわけで、現状オレにすることはない。


なにせ婆さんの護衛って名目だから、街から離れるわけにはいかねえんだ。


マギやんもな。


まあ、ここのギルドで依頼を受けることも考えてねえし……ゆっくりするかね。




「おじさーん!ウッドのおじさーん!!」




「……お?」




 ポンチョを体に巻き付けたままベンチに座り込み、いい陽気なんで昼寝でも……なんて考えてたら遠くから声がした。


メイダの声だ。




「おおお!?」




 声の方へ顔を向けると、見知ったランドロウバがこちらへ駆けてくる。


キケロだ。


その背には、メイダが器用に座ってこちらへ手を振っていた。




「クワッ、クワ~♪」




 キケロは瞬く間にベンチの横まで来ると、オレの帽子を咥えて持ち上げた。


器用だな、コイツ。




「メイダ、それにキケロまで……なんかあったんか?」




「えへへ~、キケロちゃんのお散歩!ヤンヤおばあちゃんに頼まれたんだぁ」




 キケロが咥えて放り投げた帽子をかぶり、メイダが笑った。


散歩、散歩ねえ。




「そうかい、そいつはいいや。キケロも宿の厩舎ばっかじゃ退屈だろうよ」




「だよねえ、おじさんも一緒に行こうよ!街、案内したげる!」




 あの騒動からこっち、メイダに妙に懐かれた。


宴会の時もマギやんと楽しそうに話してたし、毎朝宿に顔を出す。


鬱陶しくはないが、仕事はいいのかね?




「別にいいが……魚河岸の仕事はいいのか?ここんとこ毎日来てるけどよ」




「クラーケンが出たら、港のお仕事はしばらくお休みなんだよ?おじさん知らないの?」




 ……また、なにかオレの知らないルールがあるらしい。




「あー……前に言ったろ、オレぁ南の果ての海なんかねえ国から来たんだよ」




 相変わらず超便利だぜ、この設定はよ。


虎ノ巻が使えねえ以上、これに頼るしかねえな。




「あ!そっかぁ、そうだよねぇ!」




 とりあえず立ち上がって体の埃を払う。


こちらへ伸ばして来るキケロの首を撫でると、頬をベロンベロン舐められた。


……でっけえ舌だこと。




「あのねえ、クラーケンは『王種』っていう魔物なんだよ!すっごーくつよくてこわーい魔物だから、港から臭いがすると弱い魚や魔物は逃げちゃうの!だから、しばらくはわたしのお仕事はおやすみ!」




「はー、成程ねえ」




 マギやんが盛大にバラバラにしたからなあ。


そりゃ、海にも出汁が沁み込んでるだろうよ。




「人を運ぶ船のお仕事とか、普段は行けないふかーい所に潜って貝とかを取る仕事は逆に忙しくなるんだけど、わたしはまだ小さいからできないんだ~。大人のセイレーンはみんな、朝からずうっと潜ってるよ~」




 ふむん、じゃあ港から仕事が完全になくなるわけじゃねえんだな。


なかなかどうして、うまくできてるじゃねえか。




「そうかい、それじゃ親父さんは忙しいんだな」




「そうなの!昨日なんてこーんなに大きい【メリザ真珠】を取ってきたの!おじさんのお陰だーってものすごい喜んでたよ!」




 ゆっくり歩くキケロの上で、これ以上無理なんじゃねえかってくらい腕を広げるメイダ。


そんなでけえ真珠があんのか……そりゃ、高値で売れそうだな。




「『ウエル船団』の人たちはきんしん?だから邪魔されることもないし、おかーさんもおねーちゃんも嬉しそう!」




 謹慎かあ。


まあ、そりゃそうだろうな。


港に大損害出した上に、冒険者にイチャモン付けて大暴れだもんな。


全く同情はしねえが、大変だろうな。




「ねえちゃんもかあちゃんも潜ってんのか、どうりでここ2日ほど大人のセイレーンやサハーギを見かけねえハズだ」




 今頃みんな、安全地帯になった海で稼いでるんだろうなあ。




「そーそー!でも子供はみんな暇してるんだ~!」




「はは、そいつは大変だなあ」




 キケロの横を歩く。


宿から解放された嬉しさか、クワクワ鳴きながらご機嫌だ。




「そういえばマギやんはどうしたんだ?」




「マギカおねーちゃんは宿の1階にいたよ~、おっきい樽抱えてドワーフのオジサンたちと酒盛りしてた!」




 ……朝からかよ。


まあ、いいけどよ。


しかし本当にドワーフ連中は酒飲みばっかりだな。


宴会の時なんか、匂いだけで酔いつぶれそうだったぜ。




「太平楽でいいなあ……メイダ、そんでどこを案内してくれんだ?」




「うーん……どこがいい?」




 土地勘のねえオレになかなか攻めた質問するじゃねえか。


えーと、港は嫌って程見たしギルドに用事もねえし……


まさかこんな娘っ子に夜の盛り場のことを聞くわけにもいかねえし……


……そうだ!




「前にもらった【ゲパル】結局まだ食ってねえんだよ。ソイツに合う魚を買いてえから、市場みてえなところに案内してくれ」




 宴会続きだったしなあ。


今はほとんど傷は塞がっちゃいるが、それでも遅いってことはあるめえ。


あの海藻は宿の窓際に吊るして干した後、背嚢に突っ込んだ。


そうすると長持ちするって女将さんに教えてもらったんだ。


背嚢に入れてれば関係ないけど。




「はーい!じゃあついてきてね~!いこ、キケロちゃん!!」




「クワワ~」




 可愛らしい案内役の後を追って追って歩き出す。


さて、その他にも美味そうなのがあれば買って帰るか。


今は小金持ちだしな、オレ。






・・☆・・






「……これ、マジなのか」




「そーだよ!見た目はちょっと悪いけど、美味しいんだから!!」




 昼前ということもあって、市場は少し閑散としていた。


だが、魚が一匹も売られていないということもなく……見たことのねえ種類の魚や貝がそれなりに並べられている。


ちなみにキケロは入り口で留守番だ。


さすがにあの巨体じゃちょいと狭すぎる。




 んで、メイダが自信満々にオレに勧めてきた魚なんだが。




「……マジか?」




「ほんとーだって!」




 大きさは、30センチそこそこ。


顔つきは地球のブリにちょいと似てる。


体の模様も、そんな感じだ。


そんな感じなんだが……




「おいしーよ!【テンタクラー】!!」




 ちょうど体の半分。


腹から尾びれにかけての部分が……触手だ。


紫色の、触手だ。


無茶苦茶どぎつい配色のタコって感じ。


なんだこれ……異世界どうなってんだよ。


せめて魚の形状くらい保ってくれよ。


内臓とかもどうなってんだろうな。




「……まあ、地元民がそう言うなら、これにするか」




 こうまでキラキラした目でプッシュされて、それを断れるほど外道じゃねえ。


食って死ぬこともないだろう。




「オネーサン、これ2匹くんな」




 店番をしている猫獣人の姉ちゃんに声をかける。


港町ゆえか、上はビキニみてえな服だ。


貧乳だが……眼福、眼福。




「あニャた、『ウエル船団』と大立ち回りしたって冒険者さんニャ?」




 少しハスキーな声でそう聞かれた。




「あー……その、喧嘩売られたもんでな。人死には出しちゃいねえぞ?」




 ひょっとしたら船団側の人間かもしれねえ……なんて思ってたら、その姉ちゃんは背後の包みから今買うって言った触手魚の3倍くらいデカい奴を取り出した。


ひいぃ!?そんなにデカくなんのか!?もう魔物じゃねえか!?




「お代は結構ニャ!!これ持ってくニャ~!!」




「い、いやいやいや、悪いよねえちゃん」




 やめてくれ!オレは普通サイズでいいんだ!


こいつも感謝サイドの人間かよ!!




「遠慮するんじゃないニャ!!あいつらには市場も散々迷惑かけられたんニャ!!ここからのご祝儀だと思って持ってくニャ~~~~!!!!」




「oh……」




 そうまで言われちゃ、仕方ねえ。


仕方ねえなあ……




「メイダちゃんの命の恩人でもあるって聞いたニャ!そんなお人からお金取ったら海神サマの罰が当たるニャ!!それそれ!!持ってくニャ持ってくニャ!!!」




「わーい!ありがとうヤーニュおねえちゃん!!」




 そしてオレを差し置いてメイダが受け取っちまった。


……腹ァ、くくるか。


それしかねえ。




「あ、ありがとうなァねえちゃん」




「にゃふーん!ソイツはあちしが獲った中でも最高のヤツニャ!!美味すぎて頬っぺたが【スルトゥン】まで落ちるニャ!!」




 ……よくわからんが、どうやらうまいらしいや。




「お仲間の姉ちゃんにもよろしく言っといてくれよ!!」「この街にいる間はタダで売ってやるからさ!!」「明日も来なよォ!!!!」




 そして、市場のあちこちから声が上がる。


うーん、居心地が悪ィぜ。


……そんだけ例の船団が嫌われてたってことだな。


有難く受け取ろう。






・・☆・・






「うわ~!おいしそー!!」




「クワッ!クワ~!!」




 フライパンからは、確かにいい匂いがしている。


ここは、市場からほど近い砂浜だ。




 宿に戻るのも面倒なので、海でも見ながら食うかと思ってやってきたんだ。


クラーケンのお陰で魔物はいねえって聞いたし、キャンプ飯気分だな。




 例の触手魚を、メイダに聞きながら【ジャンゴ】で捌いた。


内臓は取り、魚部分は大きな骨を取ってぶつ切りに。


触手の方は、塩をすりこんでヌメリを取ってからやはりぶつ切りにした。


……ここまで工程が進めば、やたら紫なタコにしか見えねえ。




 そしてそいつを……適当に切ったゲパルと一緒に、【無限カレースープ】にぶち込んだ。


カレーは偉大だ、どんなゲテモノでも食えるようにしてくれるだろう……という期待も込めてな。


中まで火が通ってみれば、確かに美味そうな匂いしかしねえ。


さすが、カレー様だ。




「ホレよ」




 木皿に入れ、メイダに差し出す。


さすがに1人で食うには多すぎる。




「クルル!クワッワ」




「はいはい、おめえにもな」




 ポンチョをとんでもない勢いで引っ張るキケロにもだ。


……マジで肉以外はなんでも食うな、この鳥。




 そしてオレの分も取り、恐る恐るスプーンですくい……口に放り込んだ。




「うっま!」




「おいひい!!このお汁すごくおいひいよ!!」




「クワ~!クワ~!!」




 魚の身はしっかり歯ごたえがあり、カレーに負けてねえ。


味も……なんというかクエだな、クエ!


上品な白身の甘さがたまんねえ!!




「うめえな、この触手も!!」




 見かけはタコだが、味はイカっぽい触手。


コリコリムチムチでたまらねえぞ、おい!!


どっかで粉調達してタコ焼きにしても美味そうだ!!




「ゲパルもいいなあ、ホクホクしてうめえ!!」




 完全にジャガイモの味だ。


ワカメの部分はワカメの味だが、美味い!!


完全にシーフードカレーだ!


米がない以外は完璧だな、こいつは!!




「どんどん食えよお前ら、まだまだあんだからな!」




「うん!」




「クワワ!!」




 パンにもよく合っていいなあこりゃ!


いくらでも食えそうだ!!




「ウチも~!ウチも~!」




 ……酒臭ぇ!?


マギやん、お前いつの間に!?

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