第46話 当事者だが、なんか気が付いたら全部終わってる件について。

「カリマール……アタシが知らない間に、随分とまあ偉くなったもんじゃないか、えぇ?白昼堂々療法所にカチ込んで、アタシの雇った冒険者を脅そうとするなんざ」




 ヤンヤ婆さんが、旅の間には見せたことがないようなおっかねえツラをしている。


声色も、なんつうか地獄から聞こえるみてえに響いている。




「いや……待ってくれよヤンヤさん、今回のことは俺もビックリなんだ。まさかユーコンの野郎がそんな真似をしでかすとは……」




「『待ってくれよ』ォ?」




「ま、待って、待ってください……申し訳ありません」




 そして、婆さんとテーブルを挟んだ向こうにはクエそっくりのサハーギの姿がある。


鱗面のどこに汗腺があるのか知らねえが、冷や汗で顔中びっしょりだ。


良い塩が取れそうだなァ。




「それで?一体全体どんな落とし前をつけてくれるってんだい……?」




 婆さんの迫力が、場を支配している。


オレとマギやん、それに冒険者ギルドのお偉いさんは……特に何を言うわけでもなく椅子に座っていた。


ここは、ルドマリンの冒険者ギルドだ。




 あの大騒ぎから半日ほどが経ち、外はすっかり暗くなっている。


今日はサウナに行けそうもねえな……






・・☆・・






 マギやんがえーと、なんだったっけ……あ、そうそう『ウエル船団』の連中をボコボコにしてからすぐ。


オレが入院していた建物に、冒険者ギルドから依頼を受けたって奴らがやってきた。


そいつらはオレらが呆気に取られるほどの早業で、伸びているサハーギを片っ端から縛り上げて連行していった。


何故か皆いい笑顔で。


……この船団ってのは、よっぽど恨まれてたらしいな。




 んで、それからすぐにギルドから使いが来た。


こいつらがしでかしたことについて、色々話し合うってな。




 マギやんは寝とけって言っていたが、オレとしても責任者にゃあ一言言ってやらねえと気が済まねえ。


ってわけで、メイダ親子と別れてギルドへ行くことにしたってわけだ。




 あー、そうそう。


婆さんは別に殴られたり蹴られたりはしていなかった。


そこはホッとしたぜ。






・・☆・・






「……そういえばよォ、マギやん」




「ん~?」




 婆さんたちの話の邪魔にならねえように、小声で横のマギやんに話しかける。




「オレの方はあの療法所?だがよ、マギやんはアイツらにどこで絡まれたんだ?」




「あー……ぎ、ギルドの酒場や」




 マギやんは少し顔を赤くして答えた。


……あの後すぐに飲みに行ってたのか。


朝からすげえなあ、ドワーフ。




「い~い気分になりそうな所でな、連中がいきなり話しかけてきよったんや。『話があるから船団の本部まで来い』っちゅうてな」




 なるほどね。


そっちにはそういう感じだったわけか。




「ウチの方は『ワビの話やったらそっちのボスが頭下げに出向くもんやろ』って言うたったんやけど……なんやそれ聞いて向こうさん、えらい怒りだしてなぁ」




「……初手で喧嘩買ったオレが言うのもなんだけどよ、マギやんもなんだかんだ言って喧嘩っ早いよなァ」




「へん、冒険者は舐められたらしまいや。自分のミスでもないのにペコペコ頭なんか下げてたまるかい」




 ま、それには同意だがね。




「そんで向こうさん、『お仲間の命が惜しかったらいうこと聞け!』なんて言いよったんでな。もう、ぷっつーん!ってなもんや」




「それで、ギルドから療法所までボコしながら助けに来てくれたわけか」




 ここへ来る途中で見たが、塀やら石畳やらがぶっ壊れまくってたもんな。


療法所の壁にも愉快な大穴が開いてたし……廊下に窓を増やしたのはオレだが。




「ウッドの方は副団長に何言われたんや?」




「こっちも同じさ。マギやんを人質に取ったど~みたいにほざいたもんでな、それならこっちも副団長とやらを人質にしてやろうって思ってよ」




「なんやなんや、そっちもウチと同じようなもんやんか……にしし」




 マギやんは何か嬉しそうだ。


頬を少し染め、さらに声を潜めて言った。




「……アンタはウチのおっぱい大好きやもんなァ♪」




 やめろその顔は。


ちょっと色っぽいじゃねえかよ。


こちとら朝からマギやんのせいでムラムラしっぱなしなんだぞオイ。


……いや、オレのせいだわ。


なんだ今の性犯罪者みてえな言い訳。




「……やっぱ見捨てりゃよかったかな、このロリ巨乳」




「なんでやねん!」




 まさか、異世界でもなんでやねんされるとは思わんかった。


マジでどんな感じで翻訳してんだ、オレの加護。






「で?結局この落としどころはどうつけるつもりなんだい」




「……まず、療法所はウチが賠償金を払って修理させてもらいます。それと、そちらの冒険者2人に慰謝料をお支払いします」




「当たり前さね」




 おっと、マギやんとじゃれてる間に話が進んでいた。


しかし婆さん、普段この街にいないってのに随分と権力があんだなあ。


やっぱ、治療された漁師とかの信頼があんのかね?


あんま金にもならんのに、ちょいちょい来てくれる医者だしなあ。




「ウッドちゃん、マギカちゃん、それでいいかい?」




 と、いきなり話がこっちに来た。


慰謝料までくれるってのか?やったぜ。


メイダの父ちゃんみてえな奴からは取れねえが、こういう手合いからは喜んでいただくぜ。




「ああ、何の文句もねえ」




「ウチもや!『誠意とは謝罪ではなく金額』っちゅうからな……期待しとるでぇ♪」




 随分と生々しい格言だな。


地球にも似たようなもんはあるが。




「よしよし……それで?もちろん今回の顛末は公表するんだろうね?」




「………………はい」




 婆さんの言葉に、カリマールとかいう男は汗をダラダラこぼしながらなんとか頷いた。


一日中海に潜ったみてえに真っ青だぜ、笑える。


顛末を公表ねえ……結構デカい会社?らしいからイメージ的には大損だろうなァ。


微塵も同情する気はねえがよ。




「あと、ユーコンとかいうクソガキはどうすんだい?」




「……責任を取らせて、『北海送り』にします」




 なんか聞き馴れねえ単語が出てきたな。


後でマギやんにでも聞こう。




「フゥン、ま、それが妥当だろうね……これに懲りたら部下の締め付けはキッチリするんだよ。この子たちが優しかったから人死にが出てないだけってこと、しっかり覚えときな」




 本当かねえ?


マギやん辺りは本気でやってそうなんだが。


オレの方は途中で水差されただけだしよ。




「……なんや、ウチは優しいさかいな~、手加減もお手のもんやで」




 マギやんはドヤ顔だが、その後小さな声で付け足してきた。




「(冒険者と盗賊以外は殺したら後々面倒臭いんや……殺されそうにでもなったら話は別やけど、基本は殴り掛からせてからの半殺しが賠償金とかで一番オイシイで、覚えときぃ)」




 明日使えな……いや、この世界じゃ普通に使えそうなライフハックを伝授されちまった。


冒険者の命が軽すぎる……殺伐としてんなあ。


盗賊は別にいいけどよ。




「ちなみにやけど『北海送り』っちゅうのはクッソ寒くて波の荒い地獄みたいな北国の港で働かせる刑罰や。大体8割くらいは向こうで死ぬんやけどな」




 オレの疑問顔を見て教えてくれたらしいや。


実質島流しってところか?


マグロ漁船で借金返させるっての、こっちでもあんだなあ。




「では、双方の合意とみなして冒険者ギルドが仲立ちをさせていただきます」




 ずっと壁際の椅子に座って黙っていたギルドの職員が立ち上がった。


40前くらいのセイレーンの男だ。


マオリみてえな優男イケメンと違って、バッキバキの筋肉質で目つきも鋭い。


……ひょっとして元冒険者か何かか?


アンファンのギルド長といい、冒険者の引退先としてポピュラーなのかもしれねえな。




 職員がテーブルに紙を広げると、カリマールが懐からハンコのようなモノを取り出して押す。


すると、いつかのように紙の上に魔法陣が浮かんだ。




「魔法契約や。アレした上で破ると呪いがかかる」




「うへえ、おっかねえ」




 地球の契約書よりきついじゃねえか。


絶対に守るだろ、そんな契約。


それにしても、マギやんはよく説明してくれるなあ。


虎ノ巻ペディアに聞かなくてもわかるから助かるぜ。




「さてさて……これでしまいだね。あたた、アンタの手下に押しのけられた時に痛めた腰がしんどいねェ……」




「……後で上等の酒を宿屋に届けさせます」




「おやおや、催促したみたいで悪いねえ……それじゃ、次にアンタが【ラアス】に噛まれた時は薬を出してあげるよ」




 ……亀の甲より年の劫ってか。


流れるように集った婆さんが、オレ達をみてにやりと笑った。




「さ、宿に帰るよ。キケロが寂しがってるだろうしね」




 そう言うと、婆さんは席を立った。




「ご苦労さん、トール。娘によろしく言っといておくれ」




「……ウチに寄って行かないのですか、お義母さん」




「今日は宿でゆっくりしたいのさ、また明日顔を出すよ」




 なんと、職員のセイレーンが義理の息子らしい。


はー……顔が広いというかなんというか。




「なにしてんだい、早く帰るよ~」




 部屋を出て行く婆さんの後に続き、オレ達も席を立つ。


退室する時にチラリと見たカリマールは、初めに見た時よりも10程年をくったみてえに小さくなっていた。


ま、ご愁傷様だ。


部下の手綱、しっかり握ってなかったツケだあな。




「婆さん、結構な顔役なんだなあ」




「ここだけやあれへんで、婆ちゃんが普段薬草やら薬やら卸しとる街なら大体こんなもんや」




 ほー、そんなにか。


こりゃ、マギやんのお陰でいいご縁に巡り合えたってことかな。




「娘さんが12人おって、それぞれ違う街に嫁いどるらしいしなぁ。ホンマ、子だくさんやで」




 ……うん、すげえや異世界。


ていうか婆さん、いくつなんだよ。


さっきの義理の息子の年齢からしても……いや、やめとこう。


オンナの歳なんて探っても何もいいことはねえ、絶対にねえ。


 


 ともかく、面倒ごとは片付いたし、宿に帰って飯だ、飯。


昼飯も食ってねえから腹減ってしょうがねえや。






・・☆・・






「『ウエル船団』の馬鹿どもの顛末に……乾杯!!!!」




「「「乾杯!!!」」」




 何度目の乾杯だよ、コレ。




「なにこれ」




「ウッドぉ~飲め飲め飲め~い!飲んどるかぁ~~~~?うひ、えひひひ!」




「飲んでるからそのウザ絡みやめてくんねえかなァ」




 宿に戻ると、たちまち宴会が始まった。


泊り客だけじゃなく、近隣の住民たちや冒険者っぽいの、漁師っぽい連中が酒や肴を持って集まってきたんだ。


どうやら、例の揉め事はすぐに伝わっていたらしい。




 ちなみに婆さんはマジで疲れてたみたいで、軽い挨拶の後は部屋に引っ込んだ。


年寄りにはこの騒ぎは辛いだろうしな、今日は特に。




「ざまあみやがれってんだ!コレであの連中も、ちっとはおとなしくなるだろうよ!!」




「ウッドさん!マギカさん!!バンバン飲んで食ってくんな!今日は祭りだああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」




「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」」




 酔っ払いどもの大声から情報を得たことによると、『ウエル船団』ってのは随分と阿漕な商売をしていた連中らしい。


漁場を独占したり、船着き場で暴れたり、仕事をかっさらっていったり。


そういう日頃からの鬱憤が、この大騒ぎなんだろう。




 どうりであの時連行していった連中がニッコニコだったわけだぜ。


今回の騒動が丁度いい糾弾のきっかけになったってことか。


これからあの船団も肩身が狭くなるだろうなァ、いい気味だ。




「ま、いいか。どっこい生きてるしな」




「のめーい!ウッド!もっと飲まんかーい!あはは!!あははははははは!!!」




 オレに半ば抱き着くようにして胸を押し付け、マギやんはゲラゲラ笑っている。


このロリ巨乳ほんっとに……いい乳しやがって!ありがとうモンコ!!オレをこの世界に転移させてくれて!!!




「乾杯ッ!!」




 オレは、掲げた杯を一気に飲み干した。


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