第45話  交渉決裂ときたら次は……なァ?

「こっちは病み上がりだってえのに、随分とご挨拶じゃねえかよ……えぇ?」




 オレが突きつけた【ジェーン・ドゥ】の正面で、サハーギが目を見開いて立ち尽くしている。


魚眼だからよくわかんねえが、その視線の先はたぶん銃口だ。


……あの戦いをどっかで見てやがったのか?


こいつがどういうモノか知っているような感じだ。




「て、テメエ……!」




 凄んじゃいるが、覇気がない。


コイツの後ろにも何人か見えるが、押しのけてまで入って来ようってガッツの持ち主はどうやらいないらしい。




「さっき小耳に挟んだんだがよォ、おもしれえ事吹いてたらしいじゃねえか?オレの横槍のせいで被害がデカくなったとかどうとか……なァ?」




 マオリにも言ったが、オレがメイダを助けに行く時点で冒険者連中はもう壊滅状態だった。


何人かは海に叩き落とされてるから、生きちゃいるだろうがな。




「そうだ!ウチの網元だって、一部始終見てるんだぞユーコン!!ヤンヤ婆さんにまで迷惑をかけて……一体どうするつもりだ!?」




 後ろから、マオリの援護射撃。


へェ、いたんだなあ目撃者。


あの時はクラーケンのこと以外何も考えてなかったからな。


そんな余裕はなかった。




「……黙ってろマオリ!!こっちだって生き残りの冒険者が証言してんだ!コイツの妙な魔法具のせいでクラーケンが暴走したってなあ!!」




 ユーコンとやらが吠えた。


……あいつらの証言が証拠になるわきゃねえだろ、馬鹿。




「ハハハハ!!『みんなで頑張って戦ったけど歯が立ちませんでしたァ』なんて、依頼主に言えるワケねえだろうが!その鱗まみれの頭でよーく考えてみろってんだ!!」




「何をォ!!流れ冒険者の分際で、でけえ口叩くんじゃねえ!!!」




 思わず笑っちまうと、ユーコンの後ろから声がする。


だいぶ若いな、新人かァ?




「おいおいおーい!その流れ冒険者に獲物吹き飛ばされた間抜けが何ほざいてんだよ!?……ああ、てめえらひょっとして……」




 なんとなーく、わかった。


こいつらが怒鳴り込んできた訳が。




「―――オレ達が獲物をパーにしちまったから、その補填をさせようって腹か」




 そう言うと、ユーコンが奥歯を噛むような動作を見せた。


へへ、図星いただき。




「そぉうだよなァ?オレぁ怪我人だもんなァ?囲んで脅しつけちまえば、なんでも言うこと聞かせられるもんなァ?……てめえらよ、その性格なら魚捕りよりマフィアとかの方が向いてるんじゃねえのかァ?」




 煽る、ひたすら煽る。


ホラ、手出せ早く。


そのめでたそうな頭から吹き飛ばしてやるからよォ……




「……テメエよ、言葉遣いにゃ気を付けた方がいいぜ」




 怒るかと思ったら、ユーコンは口をにやりとゆがめた。


……あぁ?




「テメエの連れのドワーフ女が、どうなってもいいってなら好きにしゃべりゃいいけどよ」




 それを聞いた瞬間、背中が粟立った。


マギやんが、なんだって?




「……クソ魚類、仲間に何しやがった」




「……ウチの若い連中が今頃、【ご招待】してるハズだ。五体満足な姿で再会してえなら、言い方ってモンがあるだろう?」




 へぇえ、鯛の癖にエロオヤジみてえな顔ができるんだなァ。


この、魚類。




「マオリよ、このお方はお偉いさんかい?」




 オレの言葉遣いが変わったのがよかったのか、ユーコンは心から嬉しそうに性格が悪そうな笑みを浮かべた。




「……船団の、副団長です」




「へぇ、そうかァ……ユーコンさんよ、そういうことなら……こっちも態度を改めねえとな」






 オレは、腰の所で構えていた【ジェーン・ドゥ】を。


肩の高さまで上げ、真っ直ぐユーコンの額の辺りをサイティングした。






「……は?」




 オレの腕の上がりに比例し、ユーコンの顔から余裕が消えていく。


それを睨みつけたまま、背後の連中にも聞こえるような声が出せるように……大きく息を吸い込んだ。






「―――ふざけてんじゃねえぞ虫けらがァ!!そっちがその気ならこっちもご招待してやるよ!!【あの世】へなァ!!!!!」






 同時に、引き金を引く。


轟音が響き、マズルフラッシュが部屋を照らす。




「ぃひっ―――!?!?!?!?」




 放たれた弾丸は、ユーコンの顔のすぐ横を通過してドアの上半分にどデカい風穴を空けた。


そのまま廊下の壁を突き破り、新しい窓を作る。




「―――次は、当てるぜ」




 ユーコンも、その後ろに控えていたサハーギの連中も、揃ってビビっている。


硝煙をくゆらせる銃口と、ドアと廊下の大穴を交互に見るばっかりだ。




 視線が外れたその隙に、前に出る。




 オレの接近に気付いたユーコンがこちらを振り向くのと。




「っぎゃっあァ!?!?!?!?」




 ブーツの爪先がユーコンの股間に深々とめり込むのは、ほぼ同時だった。




「アッ―――」




 白目を剥き、泡まで吹いてユーコンは前のめりに床に倒れ込む。


よかった、いくら魚類でもここは変わらねえらしい。




「おっ!おま―――」




 泡を食ってこちらへ来ようとする若いサバみてえなサハーギの前で、倒れ込んだユーコンの背中を踏む。


そのまま、流れるように【ジェーン・ドゥ】を後頭部に突きつけた。


若いのはそれを見て即座に足を止める。




「てめえらァ!!副団長の首と交換だァ!!マギやんに傷一つ付けずにここまで連れてきなァ!!!」


 


 しっかし、馬鹿じゃねえのかこいつら。


お偉いさんが一番前に出て脅して来るなんざ、『人質にしてください』って言ってるようなモンじゃねえか。




「て、テメエ!やめろ!!そんなことして、ここいらの港で生きていけると思ってんのかよ!!」




 おい、ひょっとしてソレ脅しのつもりかよ?


はっはは、ウケる。




「てめえらみてえな磯臭ェ連中と違って、こっちは陸で生きていけるんでな。それに、どうしても港が必要なら大陸の反対側まで行くさ」




 世間が狭い連中は嫌だねェ。


こちとら、どこでも生きていけるんだ。




「―――ッ!!」




 若いのはその脅しがオレに全く通じないのがわかったんだろう。


口をパクパクするばっかりで何も言いやしねえ。


そうしてるとマジで魚だな。




「さあ、わかったらとっとと動きな……マギやんに指一本でも触れやがってみろ……まずはユーコンサマの金玉から吹き飛ばしてやらァ、その次は手の指、次は足の指……どこまで切り離したら死ぬか、コイツの体で試してやる」




 そう言って、足を持ち上げて背中に踵を落とす。


完全に失神しているのか、ピクリとも動かねえのが寂しいやな。




「っま、ままま待って!待ってくれ!!せ、船団長に!!船団長にすぐ連絡するから待ってくれェ!!!」




「おいエズリ!!行ってこい!!早く!!!」




「ドワーフの所に行った連中もすぐに呼び戻せ!!!」




 効果は抜群だった。


揃いも揃って、魚類が右往左往し始めた。




 マギやん……無事でいてくれよ。


もし、もしもなんかされてたら……そんときゃ、大暴れしてやる。






「わー!おねえちゃんすっごーい!!」






 場違いなほど明るいメイダの声がした。


……どうした急に。




「おとーさん!見て見て~!すっごいよ!すっごい!!」




「め、メイダ!いきなり何―――うわぁ」




 続いて、マオリが絶句している。


どうやら窓の外を見ているようだ。


……っていうかメイダよ、こんだけ大騒ぎしてんのに全然怯えた様子がねえな。


まあ、クラーケンに比べたらこいつらなんてミジンコみたいなもんだが。




 外で何か起こっているらしい。


オレも見に行きてえところだが、このカスに足を乗せておく仕事があるんでな。




「~~~!?!?」「~~~~~ッ!!!!」「~~~~すけ~~~~!!!」




 お、なんか聞こえた。


どうにも、悲鳴みてえだ。




 ……さっきメイダ、『おねえちゃん』とか言ってたな。


もしかして……これは……




「わああああ!?め、メイダ!メイダこっちに来なさい!!」




 マオリの悲鳴の後、何か音がした。


まるで、重たいモノが飛んでいるような―――






「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?!?」






 きたねえ悲鳴と、木が割れるような音がして―――オレの横に、『窓の方』から人が飛び込んできた。


壁の破片と一緒にダイナミックエントリーしてきたのは、顔をボッコボコにされたサハーギだった。


うお、歯が全部折れてやがる。


いきなりすぎて思考が追いつかねえ。




 すると、今度は階下が騒がしくなった。




「ワアアアアアアア!?!?!?来る来る来る!!逃げろォ!!!」




「っバケモンだ!!バケモンだあのドワーフぅ!!」




「やめ、やめてください!!すいませんっした!!やめてぇええええええッ!!!!!」




 あ、オレわかったわ。


……考えてみりゃ、当たり前か。






「婆ちゃんに何さらしとんねん!!糞サハーギ共ぉ!!捻り殺したろかぁああああああああッ!!!!!」






 マギやんが、そこら辺のチンピラにどうこうされるわきゃねえもんなァ。






 破砕音、打撃音、そして悲鳴。


それらが、どんどん2階まで近付いてくる。




 部屋の外にいる連中は、もうオレどころかユーコンすら見てねえ。


揃いも揃って、音の発生源に釘付けだ。




「どらァ!!!!」




「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




 マギやんの声に続き、尾を引く悲鳴。




「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?!?!?」」」




 廊下を『水平に』飛んできたサハーギが、ボウリングのピンよろしく連中をなぎ倒した。


やつらは一塊になったまま、オレの視界から横へカッ飛んで消えた。


……ひぇええ、胸揉んだ時にあの程度で済んでよかったァ……




 それから、どたどたと頼もしい足音がして。




「ウッド!ウッドぉ!!なんにもされてへんかァ!?!?」




 見慣れた全身鎧が、ドアの残骸を踏み越えて現れた。


手に持ったハンマーに、血飛沫が付着している。




 うわぁ、完全武装じゃねえかよ。


何人か死んでねえといいけどな。




「ようマギやん。怖くって危うくチビるところだったぜ……ありがとなァ」




「うああ!よかったァ!間に合うたぁ!!!」




 兜が液体金属へ変わり、涙目の顔が出てくる。


おいおい、随分と心配されたもんだなァ。




「そっちこそ、助平な魚に悪戯されてねえか?」




「はんっ!こないな三下連中、10倍おってもウチの敵ちゃうわっ!!」




「ェグッ!?」




 部屋に走り込んできたマギやんは、ユーコンを何のためらいもなく踏みつけてオレの前へ。


魚の癖に、カエルみてえな声出してんな、ウケる。


 


 ま、これでなんとかなったな。


オレは、凝ったままの首をぐるりと回した。


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