第44話 この世には良い奴か悪い奴しかいないのか、修正を要求する。
「……う、ぐ。おぶぇ!?!?!?!?!?」
起きた瞬間に自分の口臭で吐きそうだ!!
んぐぐ……ぐ、ぐぅ。
婆さんの、薬の残り香かよォ……
「んぐっ!んぐっ!んぐっ!!」
ベッドを台無しにする前に、枕元に置いてあったスキットルを呷る。
み、水、水作っといて助かったァ……
「はあぁ……最低最悪の目覚めだぜ、畜生」
部屋に差し込む光が、さっきよりも強い。
たしか朝飯の後に婆さん特製の限りなく毒に近い液体を飲まされたんだったな……ってこたあ、今は昼くらい……か?
時計ってもんが存在しねえから不便でかなわねえ。
日時計とかが目立つ場所にあったりしねえかね……この街もアンファンよろしく鐘の音方式かァ?
「あ、でも体は随分と楽になった……気がする」
体を起こすと、朝感じた倦怠感がほぼない。
……良薬は口に苦過ぎたが、たしかに効き目はあったようだ。
「誰もいねえな……それで結局ここは何処なんだァ?」
朝聞きそびれたな。
昨日泊まった宿じゃねえから、婆さんの知り合いの病院とかか?
まあいいか、どうせ今日はこっから出しちゃくれねえんだろう。
マギやんに殺されちまう。
ただでさえ朝、思いっきり乳を揉んじまったんだからこれ以上怒らせたくない。
揉んだ……揉んだな。
柔らかかったなァ……
「……やべえ、超ムラムラする」
体が元気になってきた証拠とはいえ、超気まずい。
そういえば、この世界に来てからとんとご無沙汰だもんなァ……女は。
「むらむら~?」
「ああそうだ、そこらへんの誰かを襲う前にとっとと適当な店に……で、も……」
……オレは、今誰に答えた?
ゆっくりと声の方へ視線を向けると、さっきまで閉まってたドアが少し開いている。
その隙間から、オレを見る視線が1つ。
マギやんでも婆さんでもねえ、子供だ。
それも、よく知っている子供だ。
「……なんでもねえ、寝ぼけてたんだ。よォ、元気かい?」
「うんっ!!……入ってもいい?」
「どうぞォ」
昨日クラーケンから助けたガキ……だと思う、たぶん。
だってそれ以外だといねえもん、セイレーンの知り合い。
「おじさん、大丈夫?」
昨日と同じような厚手の布を着た、セイレーンのガキが部屋に入ってきた。
「大丈夫だ。いい薬師が助けてくれたからピンピンしてるぜ……そっちはどうだ?」
「こっちも大丈夫!ちょっと擦りむいたくらいだよ!」
そう言いながら、ガキはベッドの横まで来て椅子に腰かける。
うん?なんか布袋持ってんな。
「おじさん、昨日は本当にありがとう!これ、よかったら食べて!」
ガキが持っている布袋をベッド脇に置く。
……なんか海っぽい匂いがするなァ。
「おお、ありがとうな。そいじゃ、ありがたく……なんだこれ」
布袋の口を開くと、見慣れない物体が顔を出した。
無理やり知っているものを当てはめると、赤くってでっかいタマネギの上の部分にワカメがくっ付いているような野菜?いや海藻か?
本当になんだこれ……
「おじさん、知らないの?」
「ああ、オレぁ南の果てからこの国に来たばっかりでな。こりゃ、海藻か?」
うーん、この設定やっぱり便利。
いつでもどこでも無理なく使えるぜ。
「そうだよ、【ゲパル】っていうの!傷にとってもよく効くんだよ、塗ってもいいんだけど、食べたほうがもおっといいんだよ!!」
ほーん、つまり海の中にある薬草みたいなもんか。
すげえな異世界。
地球じゃ聞いたこともねえぞ。
「いやぁ、こいつはありがてえな。おっと、そういえば名乗ってなかったな……オレぁウエストウッドってんだ」
「あたし、メイダ!」
いつまでもガキって言うわけにもいかねえからな。
見た所歳は……うん、小学校の高学年って感じか?
「そうかい、いい名前だな。ところでメイダよ、こりゃどうやって食ったらいいんだ?」
ワカメなら湯豆腐でいただきてえところだが、あいにく豆腐もポン酢もねえ。
茹でて魚醤で……いや、缶詰の中に合いそうなもんがあったらぶち込んで煮込んでもいいかな。
「お魚と一緒に茹でて食べるとおいしいよ!でも、生でも食べれるの!」
「へえ、そいつはいいなあ」
まんまワカメじゃねえか。
そうだな、どっかで魚を調達してなんちゃって鍋にしてもいいかもしれん。
それこそトマトスープで煮込んでも美味そうだ。
そんな時、ドアの向こうから走る足音が聞こえた。
それは真っ直ぐ部屋の前まで来て、止まる。
「メイダ!メイダ!一人で先に行ったら駄目じゃないか!……ああ!これはお騒がせして……!」
ドアから顔を覗かせたのは、青肌のイケメンだった。
オレと同年代っぽいその男は、上半身裸の超薄着。
水泳選手みてえな体してんな……漁師かな?日焼けしてねえからわからんが。
だって青肌だもの。
「おとーさん!このおじさんがあたしを助けてくれた人だよ!」
「えええっ!?そ、それは本当かい!?」
親子かよ。
そういえばこの街に来てからセイレーンはイケメンか美女しか見てねえな。
顔面偏差値の高い種族だねえ……
サハーギ?とかいう奴らは全員〇ンスマス面だったのによ、不思議だ。
「これはとんだご無礼を!私はこの子の父で、マオリと申します……この度は娘が大変お世話になりました!」
男……マオリは部屋に走り込むなり、オレの前で深々と頭を下げた。
驚いたなこりゃ、漁師は気が荒いもんだと思ってたが……なんとも腰が低い。
いや、ひょっとしたら漁師じゃねえかもしれんが。
「ウエストウッドだ。気にしなさんな、たまたまだ、たまたま……こっちこそ申し訳ねえな、擦り傷こさえちまってよ」
そう言うと、マオリは恐縮したように再度頭を下げる。
「いえいえいえ!命があるだけで十分です!」
「……とりあえず、座ってくんな。そう高い所にいられると気まずいや」
その言葉に、マオリは椅子を取ってメイダの横へ腰かけた。
「今言ったばかりだけどよ、気にしねえでくんな。こんなにいい見舞いも貰ったんだしな」
オレがやりたくてやったことだ。
2人ともどっこい生きてるわけだし、問題ねえじゃねえか。
「ですが……せめてお金を……」
なおも何か言おうとするマオリ。
金ェ!?いらねえいらねえ、ホントにいらねえよ。
依頼で助けたわけじゃねえんだからよォ。
こりゃ困ったねェ……あ。
「そうだ!そんじゃあこの……ゲパル?だっけか、これに合う魚を教えてくんな。そいつでチャラとしようや」
「ほ、本当に……それでよろしいんですか?」
『そんなもんで?』って顔に書いてある。
いいんだよ、そんなもんで。
盗賊からかっぱらったモンがあるし。
アレだけで十分すぎる実入りがある……って、マギやんが言ってたしな。
「男に二言はねえさ。ギルドを通した依頼じゃねえしな」
「……そうですか。欲のない人ですね、あなたは」
まさかまさか。
特に今は『性』欲で苦しんでるしな。
……マオリが1人で来たんなら、いい店紹介してもらってもよかったんだがなァ。
さすがに娘の前じゃ聞けねえや。
「気紛れさ、ただのな。おっと、メイダよォ……今度は腰を抜かさないようにしろよな、次は自分の足で走って逃げるんだぜ?」
「そ、そんなに何度もクラーケンに会いたくないよお!」
「はっはは、そりゃそうだ!はははは!!」
なんだか急におかしくなって、思わず笑っちまった。
釣られてメイダが笑い出し、マオリも安堵したように微笑む。
あー……なんだかこそばゆいや、こう、芯から感謝されるってのも居心地が悪ィなあ。
ミルの村のことを思い出すぜ。
「待ちな!そんな恰好で入るんじゃないよ!!ここをどこだと思ってんだい!!!」
うお!?
なんだ!?
下の方から婆さんのキレた声が響いてくる。
「どけよ婆さん!オイ!2階だ!2階にいるぞ!!」
「アンタたち―――とんだ料簡違いを起こし、こら!触るんじゃない!放しな!ガキ共!!」
急に騒がしくなってきやがったな、オイ。
大丈夫か、婆さん。
「……なんだァ?」
クレーマーか?
でもいま2階って言ったよな?
この階にオレ以外の入院患者がいるのか?
オレに心当たりはねえし……
「あいつら、本当に……ウエストウッドさん!すぐに逃げてください!!」
マオリが顔色を変えてオレに言ってきた。
はァ?逃げる?
「なんだってオレが逃げなきゃなんねえんだ?恨みを買った覚えはねえんだが……」
「そうです!逆恨みです!」
……なんとも清々しい答えだぁな。
メイダは突然の大声に驚き、不安そうに父親を見つめている。
「『ウエル船団』の連中……あのクラーケンを生かしたまま連れてきた奴らですよ!さっき冒険者ギルドの前で騒いでいるのを見ましたが……まさかここに来るなんて!!」
あー……あのヘッポコ冒険者の雇い主か?
それが、なんだって?
「なんでも、ウエストウッドさんたちが横槍を入れたから被害が大きくなったとか喚いていたんです!ギルド職員がそれを否定していたから大丈夫だと思ったんですが……」
「はぁあ!?横槍入れる前から、ほぼ壊滅してたぜ連中はよォ!?」
ギルドにまで否定されて、その上でオレに文句付けに来たってのか!?
やべえ……とんだ大馬鹿野郎どもだ!!
「おじさん!早く逃げないと……!『ウエル船団』の人たち、乱暴者ばっかりなのよ!!」
事態を飲み込んだらしいメイダが、オレに縋り付いてくる。
地元民にも太鼓判押されちまってるじゃねえかよ。
そんなんでよく今まで商売やってこれてんな、そいつら。
「いや―――もう遅ェな」
何人もの殺気立った足音が、階段を駆け上がっている。
「あだだ……地味にいてぇや」
体を回転させ、床に足を付ける。
ベッド脇の棚に置いてある背嚢に手を突っ込み、念じて【ジャンゴ】を引き抜く。
その勢いで鞘から抜き、間髪入れずに左腕の三角巾的な包帯を切った。
……痛ェが、動く!
なら、問題ねえな!
「メイダ!それにマオリ!オレの後ろにいな―――何やってんだオヤジ早くしろ!せっかくクラーケンから助かったってのによ!!」
怒鳴りつつ、【ジャンゴ】を渡す。
おっと、きちんと許可出さねえと神罰とかあったら不味いな!
「ホラ、貸してやるから持っとけ!護身用にな!」
「で、ですがウエストウッドさんは―――」
無理やり押し付けつつ、親子の前に出る。
「っは、心配ご無用」
そしてオレは、【ジェーン・ドゥ】をホルスターから抜いた。
相変わらず、頼もしい感触だぜ。
「この病室だ!!」
ほぼ同時に、足音が部屋の前まで来た。
ドアが荒々しく開かれ、見るからに暴力が得意そうなサハーギ……鯛っぽい頭の男が血走ったデッカイ目でこちらを見た。
「てめえだな!ウエストウッドって野郎……は……」
だが、サハーギはオレを見て目を見開いた。
正確には、真っ直ぐ胸に向けられた【ジェーン・ドゥ】の銃口を見て。
「ああ、そうだぜ。それで……何の用だ?ことと次第によっちゃ、クラーケンをぶち抜いたコイツで―――てめえの胸に揃いの風穴を開けてやらァ」
撃鉄を、がきりと起こした。
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