第43話 生きてるって素晴らしい。

「お、おっもォ……」




 自分の声で目が覚めた。


目は覚めたが、目の前は真っ暗だ。


なんだ、失明でもしちまった……いや、違うな。


何かが顔を塞いでいる。


なんだ、毛布……にしちゃ重いし、なんかいい匂いがする。


しかし息苦しい。




 寝ている間に枕でも乗ったのか?


さすがに寝相はそんなに悪くねえが……寝ている間に痛みで暴れでもしたんだろうか。


よく覚えてねえが、夜中に目が覚めた時は普通に寝てたハズだが。




 左腕が動かねえ……これは、何かで固められてんのか。


じゃあ、なんとか動く右手でとりあえずこいつを持ち上げて……




「……やぁん♪」




 右手がその柔らかいモノを掴んだ時、聞き馴れたマギやんの聞き馴れない声がした。


……ふむ、なるほどね。




「ちょっ!ちょいちょい!!」




なんだろうな、この柔らかくてそれでいて弾力のある物体は。


あー、皆目見当がつかねえぞ、なんだろうな~なんだろうな~




「やめっ!こらっ!あッ♡おまっ!ウッド!!」




うーわ柔らかい、すっげえ柔らかい。


いつまででも揉んでいられそうだぜ~これは~




「―――起きとるやろ、おどれ」




 さっきの艶っぽい声じゃなくて、おっそろしく低い声。


あ、やりすぎた。




「……うーん、むにゃむにゃ」




「絶対起きとるやろ、そないなアホみたいな寝言聞いたことあれへんぞ」




「マギやんは言ってたから……あ」




 墓穴を掘ると、急に視界が開けた。




「……確かにや、ウチが変な寝相で覆いかぶさってたんやから、仕方ない部分も、確かにある」




 髪と同じくらいに顔を真っ赤にしたマギやんが、こちらを睨みながら覗き込んできた。


あー……カワイイけど超怖い。




「せやけど揉み過ぎ!!揉み過ぎや!!う、ウチのおっぱいは白パンちゃうねんぞ!!!」




「……ああ、うん」




 正直早い段階から気付いてたけど、寝起きのパーになった脳味噌のせいだ。


そういうことにしておこう。


揉み心地にハイになってたわけじゃねえからな……うん。




「……それで、ウッド。なんか言うことあれへんのか」




 ジト目でオレを睨むマギやん。


それに対して、オレは―――




「……白パンよりも美味そうだもんな」




「~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!!!!!」




 そう答え、顔の横にドワーフパンチをねじ込まれたのだった。


べ、ベッド、ベッドを拳が貫通してやがる……!!


オレに当ててないのは、マギやんの優しさか。




「殺さねえでくれ、せっかく生き延びたのにまだ死にたくねえ」




「フーッ!フーッ!!」




「どうどう、どうどう」




「ウチは馬ちゃう!!アホぉ!!」




 顔を真っ赤にさせたマギやんはそう叫び、ベッドの横にある椅子に腰かけた。


……追撃はねえな、助かった。


調子に乗り過ぎたな。




「あー……マギやん」




「……なーんや、助平」




 未だにジト目のマギやんに、とりあえず言う。




「昨日は助かった、ありがとな。おかげで生きてる」




「……ふん!素直にそう言うたらよかったんや!もうっ!ウッドのアホ!!」




 マギやんはそう吐き捨てると、椅子から立ち上がった。


そしてこの部屋……オレの他に空のベッドがもう1つある空間の、ドアに向かって歩いていく。


やっぱ、病院かなここは。




「―――朝飯とポーション、持ってきたる。ええオンナがおっても付いていったらアカンで!」




「オレはガキかよ」




「子供はあんな風に乳を揉まんっ!!」




 ぴしゃり、とドアが閉められた。


……ですよね。




「ふぅ……あででで」




 ベッドの上でなんとか体を起こす。


体中がいてえが、思ったほどじゃない。


なにより、右足が動く。


クラーケンの牙が貫通した時はピクリともしなかったのに。


……誰かが治療してくれたのかね。




「おー……」


 


 部屋の窓から外が見える。


どうやら、ここは2階とからしいな。


しかも、昨日の港の近くだ。


何故なら、そこに忌々しいモノが見えるから。




「【ジェーン・ドゥ】いらねえじゃねえか、すげえなあ……マギやんのハンマー」




 そこには、胴体のほぼ全てが吹き飛んだクラーケンのなれの果てがあった。


マギやんがハンマーをぶち込んだ辺りが、ごっそり消滅している。


周囲には何人もの人だかりがあり、例のイカ足を切り分けたり、破壊された施設や船を直したりしている。




「……生きて朝日が拝めて、万々歳だ」




 とりあえず、オレはそう結論付けた。


ベッドの穴を見ないようにしながら。






・・☆・・






「ウッドちゃん、体に不調はないか?」




「ああ、なんともねえ……どころか、昨日に比べて随分と傷が軽くなってやがら」




 クラーケン解体を眺めていると、マギやんが婆さんと一緒に帰ってきた。


婆さんは昨日までと違い、いつぞやの村で見た薬師のような恰好をしている。


白衣とローブの折衷案みたいなアレだ。




「そいつはよかった。アタシの医療魔法も捨てたもんじゃないねえ」




「……婆さんが治してくれたのか?薬じゃなくて」




 こりゃ驚いた。


婆さん、魔法使えたんだな。




「これでも若い頃はちょいとしたもんだったんだよ?【戦場の戦乙女】なんて呼ばれたっけねえ……」




 マジかよ。


うーん……想像できねえ。


っていうかその場合は戦場の天使とか言うんじゃねえの?


戦乙女って……なんだ、腕っぷしも強かったのか?




「起き抜けにオンナの乳揉みしだくようなヤツや、殺しても死なへんわ。ウチ、こないな助平な病人見たことあれへん」




 空のベッドに座り、相変わらずのジト目で言うマギやん。


ひひ、申し訳ねえ。


ちょっと体が勝手に……な!




「おやまあ、そりゃあ元気も元気だ!」




「へ、へへへ……」




 もう笑うしかできねえ。


何を言っても酷いことになりそうだ。




「マギカちゃんも元気になってよかったよォ。昨日なんか血まみれのウッドちゃん担いで来て、『なんとかしたってくれ!金ならいくらでも払う!!』なんて泣いてたのにさァ」




「みゃっ……!?」




 ……マギやんが、そんなことを?


こりゃ、申し訳ねえな……




 というか、オレはそんな相手の乳を揉みまくったのかよ。


やっべえ、神サマ連中からブーイングされてる気が凄くする。


低評価ボタン連打されてそうだ。




「……マギやん、あのyむぐぐぐぐぐぐぐ!?!?!?」




 オレが口を開くと、マギやんはこっちにジャンプして手に持っていたパンを無理やり口にねじ込んできた。


い、息ができねえ!!




「嘘や!嘘嘘嘘嘘ぜえええええんぶ嘘や!!折角組んだ仲間が死んだら困るからちょおおおおおっと心配したっただけや!!ホンマやからな!!」




「おやまあ」




 み、水!水ゥ!!


クラーケンから生き残ったってのにこんなアホな死に方したくねえ!!




 マギやんは目を白黒させているオレを見て鼻を鳴らし、ドアの方へ。


出て行く直前に、また真っ赤な顔で振り返った。




「……ウチ、ちょっと冒険者ギルドまで行ってくるわ!!ウッドぉ!!怪我人なんやから今日1日は寝とれよ!!!」




「も、もももも(わかったわかった)」




 そして、またもぴしゃりとドアは閉じられた。




「ウッドちゃん、ハイお水」




「んがっごっごっごっご……ぶはァ!!……あんがとよ、婆さん」




 婆さんが渡してくれた水を一気飲みし、なんとか窒息死は免れた。




「マギカちゃんは照れてんだよ。戻る頃にはいつも通りさ」




「……そうかねェ」




 続けて、婆さんは手に持ったコップを……なんだそれ!?


なんだその紫の液体!?


まさか飲めってのか!?そいつを!?




「アタシ特製の滋養強壮ポーションさ。怪我にはこれが一番さね」




「いやあの……助けてもらって贅沢は言えねえのは百も承知だが、その、魔法は?」




 うっ……!


こんなに離れてるのに異臭が届いてきやがる!!


まるで、まるでヘドロだぞおい!!




「駄目だよ、昨日は緊急だったから魔法を使ったけどね。医療魔法も万能じゃないのさ、なんでもかんでも魔法で治すと、体の持ってる本来の治癒力がどんどんなくなっていくんだよ」




 ……抵抗とか免疫とか、そういう類のもんか?




「加えて、昨日使ったのはかなり強い治癒魔法さ。使いすぎは体に毒だよ……薬草を使ってゆっくり治すのが肝心なのさ」




「そ、そうかい……まあ、主治医には従うよ」




 そう言うと、婆さんはニコニコしながらコップを近づけてくる。


くっさ!?うわくっさ!?


あーっ!!目に来る!?目が死ぬ!?


これ飲んでも大丈夫な液体なのかよ!?毒じゃねえのか!?




「さっきはいい思いしたんだから、おさわり料だと思って飲みな。ドワーフの乳触るなんて、普通なら骨の10本は覚悟しとくもんだよ」




「……ハイ、ワカリマシタ」




 卑怯だろ、それ。


何も言えねえわ。


諦めて受け取り、一気に飲み干した。


左手が塞がってるから鼻もつまめねえ!


……名状しがたい味と臭いがする!!甘くて苦くて酸っぱくて辛くて生臭くてエグい!!!!




「~~~~~~~~!?!??!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?」




そして、一瞬で意識が消滅した。






・・☆・・






「……婆ちゃん、ウッドは?」




「いい顔して寝てるよォ。峠は越えたし、これなら大丈夫だねェ」




「……そうか、よかった」




「子供を守ろうとして、クラーケンの前に飛び出したんだって?……そおら、やっぱりいい男だったろ、ウッドちゃんは」




「……まあ、その、多少、うん、多少は……な」




「ふふふ、かわいらしいこと」




「からかわんといてーな!……っていうか婆ちゃん、コレ、ホンマに大丈夫なんか?……顔色が愉快やで、ウッド」




「この薬は本当によく効くんだけど、しばらく顔が紫になるのが欠点だねえ」

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