第42話  クラーケンに向って撃て!! 後編

「―――っが!?あ、ああああ!?」




 背中と、左足が熱い。


途端に足から力が抜け、ガキを抱えたまま地面に転がる。


なんっ、だ、今の!?




「ああ、ち、くしょう……!!」




 倒れた拍子に、抱えていたガキが目の前に落ちた。


目を見開いているが、怪我はなさそうだ。




 怪我があるのは、オレの方だ。




「いっづぅうう……がああ!!畜生ァ!!いてえ!!」




 左足のふくらはぎを、何かが貫通してやがる。


さっきクラーケンが吸盤からぶっ放したブツなんだろう。


駄目だ、神経的な何かを傷付けたらしい……膝から下が動かねえ。


背中は、左の肩甲骨辺りに刺さってんな。


こっちは貫通してねえが、左手がロクに動かん。




「おい、が、ガキぃ!!」




 喋るだけで痛みが津波みてえに来やがる……正直漏らしたかもしれねえ。




「は、はひ!」




 ガキがオレの方へ這ってこようとしている。


何、勘違いしてやがる!!




「馬鹿、野郎!!方向が違ェ!!丘だ!!丘の上に、逃げろォ!!!」




「えっ、え、えぇ!?」




「行け!!抜けてた腰も、その調子じゃ治ったなァ!!オレは駄目だ、早く行け!!」




 こうしている間にも、周囲に例の棘だか牙だかが雨みてえに降り注いでる。


完ッ全にオレ達がターゲットにされてる!!




「で、でも―――」




「ガキがァ!!遠慮してんじゃねえ!!黙って!!大人の言うこと聞いとけってんだァ!!」




 地面に手をつき、体を起こす。


思うようにならん体を叱咤しながら、クラーケンの方を向く。




「もし、恩に……思うんならな!クラーケンの弱点教えろ!!」




 視線の先のクラーケンは、多すぎるイカ足をゆらゆら動かしながらこちらへ這ってくる。


っへ、もう跳ばねえのか。


手負いの『餌』に、そこまでする必要はないってかァ……?




「っめ、目の、目の間!!ありがとう、ありがとうおじさん!すぐに助けを呼んでくるからァ!!!」




 後ろからガキの声が聞こえ、走る音が遠ざかって行く。




「ありがとよォ……いい子だ!!振り返るんじゃねえぞォ!!!」




 クラーケンのイカ足が1本持ち上がる。


逃げたガキを狙うつもりか……!!


そいつはちょっと、ノーだ!!




 肩を入れて保持した【ジェーン・ドゥ】が吠える。


衝撃が全身に跳ね返り、傷が痛む。


弾丸が、そのイカ足を吹き飛ばした。




 残りは、4発。




「こっち見ろォ不細工!!てめえの相手は、オレだろうが……っよ!!」




 ロクに動かねえ左手をなんとか持ち上げて帽子を持ち、頭と心臓を庇う。


あの牙は肩甲骨で止まった……ってことは貫通力はそれほどじゃねえだろう。


近くの地面に刺さってるソレには、『返し』がびっしり生えていた。


……生きてたら、抜くとき大変だなァ。




「GRGRGRGRRGGGGG!!!!!GYGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」


 


 クラーケンが吠える。


どっから声出してんだよ、声帯とか存在すんのかお前!!




 さて……弱点は目の間だったな。


……目の間、ねェ。




「―――『どの』目だよ畜生が!!」




 クラーケンの胴体。


通常のイカなら目のあるあたりに、目はあった。




 3対のでっかい水晶玉みてえのがな。


あークッソ!!異世界この野郎が!!!




「GRGRGRGRGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!!!」




「考え事してんだから黙ってろォ!!」




 撃つ。


胴体の中心……一番上の目と目の間を、弾丸が食い破った。




 あと、3発。




「―――っがぁ、ああああ!?」




 左手の肘付近に牙が突き刺さる。


銃を撃った反動と合わせて、後方に倒れそうになる。




「くた、ばれ異世界頭足類!!!!」




 倒れ込みながら撃鉄を起こし、撃つ。


今度はその下の目の間に弾痕が刻まれた。 


 


 あと、2発。




「SHAAAIUIIHUHU!?!?GGGGGGGGTTTTAAAAAAAAAA!?!?!?!?!?!?!?」




 クラーケンは体を振動させ、意味不明な叫び声を上げている。


胴体にできた2つの大穴からは、毒々しい青色の体液だか血液が噴出している。


いるが……まだ生きてる!!




「っぎ!?が……!?!?」




 腹に牙が着弾。


盗賊からのプレゼントが貫通を防いでくれだが、衝撃で反吐が出る。


完全に、仰向けに倒れちまった!!


背中の牙が食い込んで死ぬほど、痛ェ!!




「ふうぅう、うう、うううぐ……く、そ、野郎、がァあ……!!!」




 銃を持ったままの右手で体を揺らし、なんとか横向けに。


寝転んだまま、クラーケンに【ジェーン・ドゥ】を突き出す。




「KKKMMMMSSSSAAAA!!!!YYYYYYYRRRUUUUUUSSSSSSSNNNNNNNN!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 っへ、キレてるキレてる。


お陰で牙の狙いが無茶苦茶だ。




「これでェ、どう……だァ!!!!」




痛む全身とさらに痛む右手に鞭打って、射撃。


最後に残った目と目の間に、着弾。




「~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!??!?!?!?!!?!?!?!?!???!?!?!?!??!?!?」




 その瞬間、クラーケンは落雷にあったみてえに動きを止めた。


一番下が、弱点か!!


魔石は砕けてねえが、それでも大ダメージのようだな!!




「っぐ、う、ぬうぅう……!!」




【ジェーン・ドゥ】を支えに無理やり体を起こす。


さっきまで寝てた地面が真っ赤だ。


思ったよりも、重傷らしいや。




 地面に座り込み、震える右手を叱咤激励しながら上げる。


出血と、連続射撃……それに、全身の虚脱感はひょっとしたら魔力切れか?


視界が隅の方からジワジワ暗くなってくる……こいつは、やべえ!




「あと、少し……あと、1発……」




 照準が小刻みにブレる。


撃鉄を起こす親指が、カタツムリより遅ェ。




 クラーケンが、オレを見た。


殺意の籠った、3対の瞳で。




「DAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!RAAAAAAAAAAAAA!!!!GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNN!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 イカ足が3本、持ち上がる。


その吸盤から、牙が、射出され―――






「―――【爆砕ブラード】ッッッ!!!!」






 飛び込んできた頼もしくって小さな全身鎧が、イかしたハンマーで爆炎を撒き散らす。


オレに向かうはずの牙は、ことごとく空中で弾けた。




……やっべえ、惚れそうだ。




「今やウッド!!撃てェ!!!!」




「―――応、よ」




 その声に、引き金を引く。




【ジェーン・ドゥ】が、今までとは違う綺麗な青色のマズルフラッシュで吠えた。




 へえ、最後の1発は特別仕様……か?




「AAAAAAAA!!!!AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?!??!?!?!?」




 最後の1発は、クラーケンの弱点の穴に飛び込み……その反対側から体液をぶちまけながら飛び出した。


ぽっかり空いた穴に、ムカつくくらい晴れた青空が見える。




「よし、これ……で……」




 体から、急速に力と体温が抜けていく。


視界の狭まりも加速した。




 これが、6発撃ち切ると起こるって昏倒……かァ。


貫徹3日目に寝る直前みてえな、気持ちだ。




「よくも……よくも、ウッドをこないにしてくれよったなァ!!【点火イグニス】!!!!【加速ストーレ】ェ!!!!!!!!!!!!!!」




 体に大穴が開いたのに、クラーケンはまだ牙を射出している。


最後の悪あがきか?




 だが、牙は加速するマギやんの鎧で、ガラスのように砕けて散るばかりだ。


迎撃するイカ足も、速すぎて当たってねえ。




「るっああああああああああああああああああああああああぁァッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




地面すれすれをカッ飛ぶマギやんが吠える。


ハンマーに横に保持したまま、爆炎で飛んでいる。


宇宙飛行士が空気で進路を変えるみたいに、器用に放射する方向を変えながら。


……うは、すっげ。




「【加速ストーレ】!【加速ストーレ】!!【加速ストーレ】!!!!」




 あっという間にクラーケンに肉薄したマギやんが、滞空したままハンマーを構える。




「―――【絶望に吠えろクライ】!!【怨嗟に吠えろクライ】!!【怨敵に吠えろクライ】!!!」




 マギやんが何か聞き馴れない変な発音で叫んでいる。


その度に、ハンマーからきんきんと音が鳴る。


ひょっとして魔法、か?




 さらにハンマーヘッドの各所のスリットが開き、光が弾ける。


まるで、小さい太陽だ。




「【我が敵に吠えろクライ】!!【吠えるモノダイレオン】!!!」




 そして、そのハンマーは炎の尾を引きながらクラーケンの大穴にぶち込まれ―――


小さな太陽は、本物の太陽みてえに周囲を爆音と閃光で包んだ。


湿ったモノがぶちまけられるような、嫌な音もする。




 何も見えねえが、なんとかなった……かな?




「見上げた……ヒーローぶり……だ、ぜ」




 それを見ながら、オレは意識を手放した。






・・☆・・






「う……あァ……?」




 目を覚ますと、周囲は真っ暗だった。


薬品臭い空気だけが、感じられる。




「うぐ、ぐ……」




 体を起こそうとしたが、全身にとんでもねえ倦怠感がある。


指一本も動かせねえ。


過去最悪の目覚めだ。


痛みは……あれ、あんまりねえな。


治療されたのか?




 どうやら、ベッドに寝かされているらしい。


じゃあこの薬品臭い空気……病院か何かか?




 ええっとォ……駄目だァ、疲れすぎて思考がまとまんねえ。


とにもかくにも……どうにか生き残ったみてえだし、また寝るかァ。




「んみゅ……」




 オレの顔の横で、ベッドに縋り付いたまま寝ているマギやんの寝顔を見ながら……また目を閉じることにした。


何にも考えられねえ、寝よう寝よう。




 今日も生きてて偉いぞ、オレ。

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