第41話 クラーケンに向って撃て!! 前編

「~~~~!!!」「~~~!!!!!」「~~~!!!!」




 おいおいおい、あっという間に怪獣映画じゃねえかよ。


さっきまで死んだように曳航されてきたクラーケンだが、今やもう触手をぶん回して大暴れだ。


人間がまるで木の葉みてえに吹き飛ばされていく。


トンデモねえ威力だな、船がバンバンスクラップになってやがら。




「あーあー……あいつら、さては『抜かず』に持って帰ってきよったな」




 隣のマギやんが呆れたように呟く。




「『抜かず』?」




「魔石を抜かずにここまで曳航してきたってことや」




 ……魔石ってのは、一般的な魔法具の燃料になってる宝石みてえなやつだよな。


コボルトの長に埋まってたようなやつだ。


ゴブリンや草原狼にもあるらしいが、小さすぎて換金対象になってないので放置されている。


その魔石を、抜かない?




 オレの表情で察したのか、マギやんが補足。




「陸の魔物はそうでもないんやけどな、海のモンは魔石抜くとすぐに体が痛み始めんねん。おおかた、港で解体する直前までそのままにして鮮度を保ちたかったんやろ……クラーケンは全身素材やら食材やらの宝庫やけど、痛むのもごっつ早いんや」




「ほーん、なるほどねェ……じゃあ今まで仮死状態だったってのか?そりゃまたなんで?」




 おとなしく港まで運ばれてきて……クラーケンにとってなんの旨味があるんだろうか。




「決まっとるやろ、『餌』がぎょーさんおる所まで案内させるためや。普通なら港が見える前に魔石を取って完全に殺すんやけど……欲かきよったな、連中」




 『餌』ねえ、『餌』……


うん、人間じゃねえか!!




「ウッドウッド、宿まで戻るで」




 マギやんがスキットルをオレに放りながら立ち上がった。


そういや飲酒してたけど大丈夫……だよな、顔色変わってねえもん。


やっぱドワーフはバケモンだわ。




「お?加勢しなくていいのかよ」




「混戦時に横槍入れたら後がめんどいで、最初はお付きの冒険者連中に頑張ってもらわんとな」




 なるほど、ね。


それじゃ、宿に戻ったらまたトンボ返りか?




「ウッドはともかく、ウチは鎧もハンマーもあれへん。加勢するにしろなんにしろ、エモノがないと話にもならんわ」




「あれ?鎧は体にくっ付いてんじゃねえのか?あの水みてえな金属になってよ」




 そういえば、マギやんはいつもの首飾りはしていない。


胸のよこにあるボタンもないな。




「あないな重いもん、始終くっつけとけるかい。宿の部屋に置きっぱやで」




「……嘘だろ、アレ重さは鎧のままなんかよ。てっきり小さくなると軽くなるもんだと思ってたぜ」




「アホ、そないに都合のいい金属なんぞそうそうあれへんわ」




 じゃあマギやんの首と胸、どうなってんだ。


ずうっと全身鎧の重量がのしかかってたのかよ。




 オレも作ってもらおうかと考えてたが、要検討だな。


ベルト辺りにくっ付けて腰が粉々になったら困る。




「当たり前や、防御力のある鎧は重いもんやで……うあ、思うたより連中ヘッポコや!こら急がんと街まで来よる!!」




 その声に港を見れば、さっきまで船上にいた冒険者が半分くらいになっている。


海にぶち込まれたのはまだ運がいい方で、触手でハンバーグみたいなグロ画像になったやつもいる。


……飯食ってなくて助かったぜ。




「わかった、オレだけここにいてもしょうがねえしな。一緒に宿まで―――」




 その時、ふと港を見た。


見ちまった。






 港にある木箱の影に、頭を抱えて蹲るガキの姿を。






「―――ッ!おい!そこのガキぃ!!逃げろ!そっから逃げろォ!!」




「ウッド!?急にどうし……アカン!!」




 急に叫んだオレに驚いたマギやんが、視線の先を辿って顔を青くした。




「キミぃ!!そこにおったらアカンでっ!!はよ逃げェッ!!!」




 オレ達2人の声は届いているハズだが、蹲ったガキの姿勢は変わらない。




「なんだってあんな所にガキがいんだよマギやん!?」




「たぶん、港の荷運び……いやちゃう!あの子セイレーンや!!」




 そう言われてみれば、なんとなく服から覗く肌が青いような気がする。




「セイレーンは子供のころから素潜りで働く子が多いんや!せやから港にも働き口が……って、そんな場合やあれへん!あのヘッポコ冒険者連中が全滅するまでになんとかせな……!!」




 クラーケンに立ち向かう連中は、どんどん数が減っていく。


それどころか、ガン逃げする奴まで出始め……うわ、捕まって絞め殺された。


やべえ、『残機』がどんどん減ってんぞ、オイ!!




 蹲るガキは動かず、冒険者は減り続ける。


ひょっとして腰でも抜けてるんじゃねえのかよ!?




「―――ちくしょう……ああ、ああ!!畜生がッ!!!」




 地面を蹴って、走り出す。


港へ向かって。




「ウッドぉ!?」




 マギやんの声が一気に遠くなった。




「マギやんは!宿に戻って準備してきなァ!!」




「せやけど―――」




「オレがおっ死ぬ前に頼むぜェッ!!」




 それだけを言い終えると、返事も待たずに走る。


地球にいた頃は全力疾走なんざほぼしなかったが、こっちへ来てから機会が増えたなあ!畜生!!




 ……我ながら、馬鹿々々しいや。


見ず知らずのガキなんぞ見捨てたほうがいいのは、わかりきってる。


わかりきってるが……見ちまったモンは仕方ねえ。




 知らねえところで死ぬなら別に構わねえが……!


目の前でガキが死ぬのを眺めてられるほど、さすがにクズじゃねえや!!


ミルの時みてえなことに、ならねえといいんだけどよ!!






「おおおおい!そこのォ!!立てるかァ!?」




 丘から駆け下りる形になったから、すぐに港まで到着した。


奥の方からは悲鳴と怒号が聞こえてくる……よし!まだ囮は残ってんな!!




「―――ッ!?~~~~~ッ!?」




 近くまで来てみりゃ、なるほどセイレーンのガキだった。


大人連中と違って厚手の布を被ってるから、男か女かわからねえ。


たぶん、小学生くらいだろう。




 ガキはやっとオレに気付き、体を動かすが……這いずるようにしか動けねえようだ。


案の定腰が抜けてるみたいだな……ああ畜生!!


こっちから行く方が早いか!




「そのまま姿勢を低くしてこっちに―――」




 その時だった。




 オレという助けを見て、僅かに希望を浮かべたガキの上に、影が落ちる。


クラーケンの、イカ足だ。


ガキは、引きつった顔で上を見上げる。




 なんだってこっちに来るんだよ畜生が!!


あっちにゃまだ生餌が残ってんだろ!?




 吸盤に鋭い牙みてえなもんがびっしり生えたキモいイカ足は、そのままガキを押し潰すように―――






「―――足癖が悪ィんだよ!!」






 振り下ろされる途中で、銃弾によって抉れつつ弾かれた。




「っちぃい……!!」




 走る途中でろくに構えもせずに撃ったもんだから、手首が死にそうだ……!


だが、的がデカいからめくら撃ちでもしっかり当たったなァ!!




「そのままでいろっ!!」




 その隙にガキの前まで走り込み、左手で抱え上げる。


……うっわ、漏らしてるじゃねえかよ……


ま、しゃあねえか……あんなバケモン見ちまったらな。


服は綺麗になるからいいか!この際!!




「動くな!喋るな!舌噛むぞッ!!」




「~~~~ッ!!」




 何事か喋ろうとしたガキにそう叫び、回れ右して走り出す。


走れ!走れ走れ!!


オレの勘が正しかったら―――!!




「く、くるっ!こっち、来るよォ!!」




 ガキが腕の中で叫ぶ。


ああ、だろうなあ!!




「ありがとよォ!……餌がまだまだ残ってんだろうが!クソったれェ!!」




 走り続ける。


振り向かなくてもわかる、あのバカ追ってきやがる!!


なんか振動してるもんな!地面が!!




ああああ!!なんでだよ畜生!!!!


そんなにイカ足撃たれたのが腹に据えたのかよ!!!


いいじゃねえかまだいっぱいあんだからよ!!




「う、撃って、撃ってくる!おじさん!!」




 ガキが叫ぶとほぼ同時に、視界の隅で畳石が弾けた。


ハァ!?なんだそれ生体キャノン砲でも付いてんのかアイツ!?


イカはイカらしくウネウネだけしと―――




「うっぐァ!?」




 左腕に、衝撃。




「おじさんっ!?」




「だいっ……丈夫だ!しっかり!しがみ!ついてろォ!!」 




 なんだ、今のは!?


一体何が当たった!?


シャツと二の腕が裂けたぞ!?


くっそ、なんだってんだ!!




「距離は、どうだァ!?」




「だ、ダメ!どんどん近付いてくるよォ!!」




 あーくそ、イカの癖によォ!!


どうやって移動してんだァ!?ホバー移動とかじゃねえだろうなあ!!




 走る度に腕が痛む。


結構深く切れてんのか、コレ。


何を飛ばしてきたか知らねえが、砲弾じゃなさそうだ。




「しょうがねえ……!」




 さっきの銃撃。


クラーケンに【ジェーン・ドゥ】は、十分に効く。


無駄弾は撃ちたくねえが、もう1発……今度は胴体っちゅうか頭に撃ち込んで怯ませるか!




 こうしている間にも、そこら中のに何かが当たって傷を作っている。


貫通力はそれほどじゃねえが、何を撃ってんだよマジで!




 うおっあぶねえ!?


ポンチョに当たった!!


だんだん狙いが正確になってきてる……ってことは、距離が近付いてきてる!!




「残弾のことなんざ、考えてる暇はねえか……!ガキぃ!でっかい音がするから、耳塞いどけよなァ!!」




 ガキに叫び、【ジェーン・ドゥ】を構えながら振り向く。


見えた瞬間に、胴体にぶち込んでや―――






「―――ああ、クソ」






 振り向いた視界。


そこには、ただイカ足だけがあった。


胴体を庇う盾のように、器用に折り畳まれた何本ものイカ足。




 クラーケンはイカよりも明らかに多いイカ足の半分を使って地面を蹴り……もう半分を体の前に展開していた。


しかも、前面のイカ足……その吸盤から、牙が!牙みてえなもんがせり出してる!!


アレが弾丸か畜生!!


そんなん、アリかよォ!!




 オレは、咄嗟にガキを抱え込んで前に跳ぶ。




 


 背中と、足に熱を感じた。

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