第40話 海は広いし大きいが、余計なモノまで住んでいる。

「海はいいねえ……いつまでだって見てられるぜ。地球でもここでも、海は最高だ……」




 雄大な大海原を見つつ、スキットルを呷る。


良く冷えた内容物が喉を通過していく……こたえられねえな、コイツは。




 


 ルドマリン2日目、たぶん昼前。


オレは、港がよく見える公園……というか広場のベンチに座っている。




 婆さんの用事は明日まで続くので、護衛の身としてはオフだ。


ここの冒険者ギルドで依頼を受ける気もねえし、こうしてのんびりさせてもらっている。


ちなみに今飲んでるのは水だ。


マギやんじゃあるまいし、明るいうちから飲んだくれるつもりもねえ。




 そのマギやんは昨日飲み過ぎたらしく、起きてこなかったので置いてきた。


もちろん、部屋は別だぞ。


ドア越しに寝言が聞こえてたからな。




『むにゃむにゃ、もう飲めへぇ~ん……』




なんて、漫画みてえなのが。


寝言でむにゃむにゃ言うやつって実在したんだな。




「しかし、帆船ばっかじゃねえんだなあ、よくわかんねえのもあるし」




 この世界でも漁師の早起きは変わらんだろうが、それでも港は慌ただしい。


色んな人種がいるが、どれもが筋骨隆々で腕っぷしも強そうだ。


そんなのに混じって、昨日マギやんが言ってたセイ……レーン?とかいう青肌の別嬪さんたちもいる。


種族の特徴か、それとも趣味か。


うっすい布みたいな服着てるせいで、どこを見ても眼福眼福。


セイレーンは全体的に細マッチョみたいな体つきだがな、ケツは立派だが。


やっぱり腹筋バキバキなのに巨乳なヴァシュカみてえなのは貴重だな、うん。




 そんなことを考えていると、遠くの方から船が帰ってきた。




「オールもねえし、帆も畳んでんのになんで動いてんだ……?やっぱ魔法か?」




 船の後方が、スクリューでも動いてるみてえに泡立ってる。


魔力で動くエンジンでも積んでるのかね。




「うは……なんだありゃあ」




 近付いてくる船。


その横に、縄で繋がれたデカい……たぶんイカが見える。


明らかに船の全長より長いから、曳航してきたんだな。




「地球じゃデカいイカは食えたもんじゃねえって聞いた気はするんだが……こっちのは食えるのかね?」




 わざわざ持ち帰ってくるんだ、なんかの役には立つんだろう。


しっかし、あんなデカいイカをよく仕留めれるもんだな。


漁師の戦闘力ってのも馬鹿にならねえんだな……あ?




「なーるほど、この街の冒険者の稼ぎ場所ってわけか」




 甲板がはっきり見えてくるようになると、漁師とは違う種類の乗組員に気付く。


冒険者だろう。


揃いも揃って、武器を持っている。


絶対に通常の漁には使わねえような感じだ。


10人くらいの集団は、槍やら斧やら弓やら……どれも強そうな装備だな。




「……例の盗賊のお陰で胴鎧も手に入ったし、後は何がいるかねえ」




 視線を腹に落とす。


そこには、血汚れがすっかり落ちた革の胴鎧がある。


宿のおかみさんが、昨日魔法で綺麗にしてくれたんだ。




 元は腕っこきの冒険者だったらしい熊の獣人っぽいおかみさんが、婆さんに頼まれてやってくれたってわけだ。


うーん、持つべきものは顔が広くって慕われている依頼主だな。


ほんと、目の前で見ててもまさに魔法だったぜ。


みるみる綺麗になるんだからな。




 【清浄クリーン】だったか?オレもあの魔法覚えてえなあ。


旅の間に重宝しそうだぜ。


魔法書だか魔導書っての、探してみようかねェ。


あ、それより【清浄】の効果が付いた魔法具の方が楽かな。




 ともかく、オレの装備も充実してきたもんだ。


なんとかってトカゲの革で作ったガントレットに手袋、それに今回の胴鎧。


ポンチョをはじめとした服もそれなりの防御力はあるし、いきなり即死ってことにはならねえだろう。


急にドラゴンに襲われでもしねえ限りはな。


……それがありえるから怖ェんだよな、この世界。




 攻撃面については【ジェーン・ドゥ】も【ジャンゴ】もクロスボウもある。


それに、いつかはウインチェスターも手元に来る予定だ。


一昔前のファンタジー小説みてえに魔王を倒せ!ってんなら不安は残るが、特に切羽詰まった目標もないお気楽冒険者としちゃこれくらいの装備でいいだろう。




 ……稼げるうちに稼いで、楽隠居でも目指そうかねェ。


こういう港町もいいが、まだまだ時間はあるし色々見て回りてえな。


とりあえず、この国で銀級になってから考えるとするか。






「あーっ!ここにおったんか~!」




 ドタドタと、聞き馴れた足音。


振り返ると、やはりマギやんだった。




「おう、すげえ寝癖だなァマギやん。火山か何かか?」




「しゃーないやん!ドワーフは大体癖ッ毛なんや!」




兜をかぶってないからか、朱色の髪の毛が爆発してやがる。


オレもそれなりの癖ッ毛だが、ドワーフ連中にゃ負けるね。




「そうかよ。それで、なんか用事か?」




 声をかけると、マギやんが隣に座ってきた。




「用事っちゅうわけやあれへんけどな、朝起きたらいてへんかったから散歩ついでに探しに来たんや」




「一応声は掛けたんだが、マギやんずっと寝てたしよ」




「昨日は呑んだ後に蒸し風呂やからな~、ごっつリラックスしたで~♪」




 ……そういやコイツ、酔ったままサウナ入ったんだったな。


今更だが、ドワーフってのは酒関係に関しちゃザルすぎるだろ。


人間がやったら最悪お陀仏だぞ、それ。




「ウッドは何しとるん?」




「海と港と、別嬪さんを見て目の保養だな」




 そう言うと、マギやんは悪戯っぽく笑った。




「なんや~、ホンマに好きやなあジブン。せやけどセイレーンはあんまおっぱいないで?」




「海と港も言っただろうがよ。それにな、ミディアノには海がなかったから珍しいんだ、いつまででも見てられるぜ」




 マギやんには何故だかオレが巨乳好きだってことがバレてるような気がする。


何故だろう。


女は男の視線に敏感だって言うし、オレが無意識でチラチラ見ていたんだろうか。


なんとなく気恥ずかしいモンがあるな。




「マギやん、飲むかい?」




 とりあえず場を持たせるために、スキットルを差し出す。


こっちは水じゃなくって酒が入ってる方だ。


中身はいつものウィスキーだ。




「おほ~♪ウッドは最高やなあ……せやけどええのん?アンタの分は」




「朝から飲むわけじゃねえしな。まだまだあるから気にすんな、どうせ今晩にまた『作る』し」




 ちなみに、マギやんにはこの【渇きのスキットル】について、この旅の途中に説明済みだ。


別に隠すようなモンじゃねえし、どの道いつかはバレていただろう。


だって、こんなに小さい入れ物なのに酒がバンバン出てくるんだしな。




 もう1つちなみにだが、これの説明をした時のマギやんはそりゃもうテンションが上がってた。




『うはー!?うせやろ!?魔法具通り越して神器や!神器ィ!!』




なんて、その場で飛び跳ねていたので目のやり場に超困った。




 そしてひとしきり興奮した後、神妙な顔になったマギやんはオレにこう言った。




『ウッド、アンタ……このすきっとる?の存在は絶対にドワーフに漏らしたらアカンで。最悪、刃傷沙汰やさかいな』




……どうやらドワーフにとって酒は命の次くらいには大事らしい。




「わはーい!そんなら遠慮なく……う?」




 喜んで受け取ろうとしたマギやんの手をかわす。


その不思議そうな顔に、少し釘を刺すことにした。




「ラッパ飲みすんじゃねえぞ。朝からゲロ塗れにゃあ、なりたくねえんでな」




「もーう!また言うたなウッドぉ!ウチは失敗を繰り返すオンナやあれへんッ!!」




「本当かねェ?」




「『老竜は虚言を弄さず』や!安心しぃ!」




 謎の異世界ことわざで決意表明してきたので、渡すことにする。


いくら酒に強くったって、蒸留酒をラッパ飲みしたら変な酔い方するしな。




「んでは、かんぱ~い!んく……んく…」




 お互いのスキットルを合わせると、マギやんは言いつけ通りにゆっくりと飲んでいる。


やりゃあできるじゃねえか。




「っはぁ~~~~♡……ホンマ、この【うぃすきー】っちゅうんは美味い酒やなあ……製法自体はドワーフにもあるんやけど、どないしたらこうまで雑味が取れて丸い味になるんやろ……ウチ、ミディアノが滅んだのごっつ悲しいわぁ……」




「さてなぁ、オレが牧童じゃなくって造り酒屋の息子だったらよかったんだがね。想像で作ってるだけだしよ」




 困ったことは滅んだ国に丸投げする。


実際のミディアノがどうだったかは、それこそ神のみぞ知るってやつだ。




 マギやんと並んで座り、景色を眺めてのんびりする。


うーん、こんなに落ち着いた気分は久しぶりだな。




「……平和だねェ」




 ぽつりとこぼす。




「せやなぁ、いっつも平和やと稼げへんからアレやけども……ま、たまにはええわな、こういうんも」




 生臭いこと言いやがるぜ。


ま、そいつにゃあ同意だがよ。




 お、港の方に動きがあった。


例の船が接岸し、港にいた連中が慌ただしく動き出す。


荷下ろし……っていうかイカ下ろしかね。




「マギやんよ、あっこの船は帆も上げてねえし漕いでもねえのに進んでたんだが、どういうカラクリがあんだ?」




 丁度いい。


わからねえことは聞くに限る。




「ん~?ああ、アレかいな。【魔導機】付きの高速船やなぁ」




「まどうき」




「簡単に言うたら魔力で動くでっかい羽がついとんねん、2対のやつがな。それが海ん中でグルグル回ると、風がなくても前に進めるっちゅうわけや」




「はー……そんなモンがあんのか。馬車に付けたら馬いらねえな、そいつは」




 やっぱり魔力で動くエンジンか。


2対の羽ってのはスクリューのこったろうな。




「あかんあかん、モノがデカすぎて馬車サイズに縮められへんのや。それに、値段がむっっっっっちゃ高い……あんな風に儲けとる船の大店とか、貴族くらいにしか手は出せへんとちゃうんか?」




「あー、なるほどなあ……」




 機械文明があんまり発達してなくっても、魔法があるから面白ェな。


地球とは違った方向で進化とかしそう。


異世界だなァ、今更だけど。




「あの船が曳航してる……あの白いでっかいバケモンはなんだ?」




「ありゃクラーケンや。でっかいっちゅうても……まあクラーケンとしちゃ小物の部類やな」




 アレで小物だって!?


マッコウクジラよりでかいぞ、たぶん。


地球にいたらクジラが絶滅しちまうぞ、喰われて。




 しかしクラーケン、ね。


なんかの伝説に出てきた海の怪物だっけか。


こっちにもいるんだなァ。


こっちの方はマジモンだが。




「こないだのコボルトみたいに【長】クラスともなったら……それこそ山や、山」




「たまげたなァ……そんなのがいんのか」




「別の国で出た時は、白金級と金級が10人がかりで倒したらしいで。そこまでいったらもう半分神サマみたいなもんや」




 ……そりゃ、その光景は神話みてえなもんだろうよ。


山みてえなイカと戦う化け物冒険者か……10キロくらい離れた所から観戦してえ。


絶対に巻き込まれたくねえ。




「……ん?」




 想像に身震いしていると、ふと港のある部分に気付いた。


……なんか、イカの足動いてねえか?


波の向きとは逆に動いたように見える。




「なあマギやん、あのイカ―――」




 そう、オレが口を開くのと。


船上の冒険者が3人ほど、イカ足に薙ぎ払われるのはほぼ同時だった。


うっそだろ、オイ。 


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