第48話 婆さん、アンタ護衛いらねえじゃねえか……

「またね~!きっとまた来てね~!!」「次も顔を出してくださいね~!!」




 メイダとマオリの声に見送られ、馬車の荷台で手を振り返す。




「おーう!世話になったな~!!」




「元気でな~!!」




「クワ~!!クワワ~!!」




 オレに続いて隣に座っているマギやんも手を振り、御者席のヤンヤ婆さんは軽く手を上げた。


キケロも、器用に首だけを後ろへ向けて鳴いている。


オレ達にしばらく手を振った後、メイダたちは名残惜しそうに門を潜って街へと帰って行った。




「滞在が伸びてゴメンよお、2人とも」




 婆さんはそう言うが、何の問題もねえ。




「別にいいさ、なあマギやん」




「せやせや!ちょいとゴタついたけどむっちゃ儲かったしなぁ!笑いが止まらんで婆ちゃん!!」




 例の船団から捥ぎ取った賠償金だけで御の字なのに、ここへ来るまでに盗賊どもから剥いだ装備品だってある。


過去最高の稼ぎだ。


いつもこんなに儲かるとは思えねえが、ホント……来てよかったぜ。


異世界頭足類だけはもう勘弁だけどよ!!




「これであの街もスッカリ住みやすくなるだろうよ。余計な連中を押さえつけることもできたしねえ」




 あれからも婆さんは八面六臂の大活躍をしたらしく、あの船団はかなり規模を縮小したらしい。


以前のように数を頼りに幅をきかせることもなくなるだろう、とのことだ。




「なにせ構成員の半分が【北海送り】やからな~……あの船団長、人望なさすぎちゃう?ほとんど副団長に乗っ取られかけとったやんか」




 だよなあ。


半分の社員に言うこと聞いてもらえねえ社長なんざ、何の冗談だっての。


それくらいあのユーコンとかいうオッサンがやり手だったのかもしれねえが。




「カリマールはねえ……船団を立ち上げた親父さんはそりゃあ立派な人だったんだけど、息子のアイツはとんだ腑抜けさ。見かけを取り繕うばっかりでロクに漁にも出やしない……それじゃあ部下もついてこないよ」




「はーん、2代目はだいたいアホになるってよく聞くもんな」




 親が偉大なほど、比べられてストレスをためるってやつだ。


地球で勤めた会社もそんな感じだったなあ。




「しかしまあ……街の連中もそんなに気にしないでいいのにねえ、これじゃあ重すぎてアンファンまで3日かかるかもしれないよ」




 そう婆さんが言う通り、オレ達の座っている荷台には行きよりも何倍も荷物が増えている。


セイレーンやらサハーギの連中が持ってきた、サンゴや宝石っぽいモノが積まれているからだ。




「『ウチらのお陰で採れた分の取り分や!!』って言われたら断りにくいもんなぁ」




 マギやんは苦笑しているが、それでも積み荷をキラキラした目で見ている。




 クラーケンの効果で海が安全海域になったから、今まで行けなかった場所でバンバン獲ったらしい。


マオリなんか、一抱えもある真珠を『どうぞ!!』って持ってきたもんな。


婆さんに『馬鹿たれ!そいつは家族の為に使いな!!』って怒られて、ソフトボールくらいある真珠に変えてたけども。


それでもかなりの値打ちモンじゃねえのか?




「でもウッドちゃん、マギカちゃん、本当にあの取り分でいいのかい?あんたらが働いた儲けなんだけどねえ……?」




 婆さんが言う取り分。


それは、『オレ達と婆さんで半分ずつ』だ。




「むしろもう少し少なくてもいいんだけどよぉ……婆さんがいなけりゃそもそもここに来なかったんだし」




「せやせや、ウッドの傷も治してもろたんやしな!あんな医療魔法、教会の魔法使いに頼んだらそれこそ金貨何枚もかかるで!」




 え?マジ?


それは知らなかった……




「欲のない子たちだよぉ、本当に」




「マギやんは知らねえが、オレって人間は大金があると駄目になる気がすんのさ。これだって貰い過ぎってなもんだよ」




 いくら金を積んでもウインチェスターや等級が買えるわけでもねえしな。


あんまり金持ちになっても、変な奴らに目をつけられるかもしれねえ。


マギやん絡みで既に抱えてんだ、これ以上の面倒ごとは御免だね。




「ウチかて食うていく分には不自由してへん。『腹が膨れて穴から出られぬドラゴン』にはなりとうないしな!」




 マギやんも似たような感性の持ち主らしいや。


後半のことわざはよくわからんけども。




「そうかい……それじゃ、アタシが責任をもって捌くよ。現金に換えてギルドに振り込んでおくからねえ」




 そして、これだ。


オレが貰っても、まず換金所やら買取所に伝手を作るところから始めねえといけねえ。


その手間を省けるのも最高だぜ。




「ありがとよォ、現金最高だぜ」




「ウチもや!現ナマ最高やで~!」




 ……現ナマって言うんだな、ここでも。


いや、翻訳の加護のせいかねえ?




「アンタにも、しばらく美味いもん食わせてやれそうだよ……重いだろうけど、頑張っておくれな」




「クワ~~~!!!」




 『任せろ~!』みたいなニュアンスでキケロは鳴き、力強く地面を蹴って走り出した。


うおお、落ちないようにしっかりつかまっておかねえとな。




「あわわわ~」




 とりあえず、積み荷の袋に埋もれちまったマギやんを引っ張り出すところから始めようか。






・・☆・・






 婆さんの発破が効いたのか、キケロは来た時以上の速度でぐんぐん道を踏破している。


まるでちょっとした軽トラだ、こりゃあ。


これならキャンプ地まで前よりも早い時間に着けるだろう。




 着けるだろう、が。




「気付いとるか、ウッド」




「当たり前だ、きちんと立派な目が付いてるもんでな」




 マギやんが言うように、出発してから2時間ほど経つと異変が発生した。




「ルドマリンからアンファンまではほぼ一本道や、出る時にあないな馬車、いてへんかったもんな」




 オレ達の馬車の後方に、馬二頭立ての馬車がいる。


だいたい、100メートルほど離れてずっとだ。




「速度があって追い抜かれるならわかるけどよ、あんなに車間距離変えねえのはおかしいよなあ?」




「せやせや」




 向こうの馬車の御者席には、2人の人間が座っている。


こんなに天気がいいのに、頭からすっぽりと外套なんかかぶっていやがる。


ちょっと怪しすぎるぜ。




「車輪の沈み方からして、荷台にはかなりの荷物を積んどる。たぶん……前と同じ手合いやろ」




「マギやんの熟れたセクシーボディ目当ての変態か」




「言い方ァ!!」




 マギやんは顔を赤くしているが……さてさて、どうするかねえ。


十中八九前の盗賊と同じような連中だろうな。


ルドマリンの近辺に潜んでて、オレらが出発したのを見て追ってきたんだろう。




「とりあえずキャンプ地まではこのまま行くしかねえか。いくら怪しいからっていきなり【ジェーン・ドゥ】で馬車ごとぶち抜くわけにはいかねえしな」




「中身が盗賊でも、先制攻撃はなあ……向こうさんのバックに貴族が付いとるなら、どないなイチャモン付けてくるかわからんで」




 だよなあ。




「いや待てよ、全員殺しちまえば死人に口なし理論で誤魔化せるか……?」




「ウッドウッド、それは盗賊側の考え方やで。万が一アレが無関係やったら精霊魔法で調べられて極刑か奴隷送りや」




 ……そいつはちょいとリスクが高すぎるなァ。




「じゃあ先制攻撃を待つしかねえのか、まあ仕方ねえやな」




「せやなあ……せやけどウチとウッドがおったら大丈夫や!まとめて畳んだるわい!!」




「嬉しいこと言ってくれるじゃねえかよ」




「うやぁ~なにすんねん!子供ちゃうねんぞウチは!!」




 思わずガシガシと頭を撫でちまった。


だってちっこいもんマギやん。


メイダを撫でる感じで撫でちまう。




「つーわけで婆さん、今回も済まねえな。キャンプ地に着いたら前みてえにキケロと安全な所まで―――」




 御者席の婆さんに声をかけている途中。




「ッアカン!!【点火イグニス】!!!」




 マギやんがハンマーを取るなり、オレの横でそいつをぶん回した。


いきなり何を―――






 轟音、そして閃光。






「うっわ!?なんっ!?なんだァ!?」




「こないな日も高いうちから……!ウッド!ウッド!準備せえ!!っとォ!!!」




 マギやんがハンマーを振り回す度に、轟音と閃光が発生する。


それになんか熱い。


これ、まさか……!!




「魔法や!!向こうの馬車から魔法が飛んで来よる!!!」




 今度はハッキリ見えた。


向こうの馬車から、なんというか炎の塊みてえなもんが山なりの弾道でこっちへ飛んできている。


御者の片方が、なんか棒みてえなモンをこっちに向けて……アイツが魔法使いか!!


そいつを、マギやんが強打者よろしく荷台で打ち返してるみてえだ。




「っちぃ……今度は魔法使いが多いでえ!!」




 マギやんがそう言った瞬間、向こうの馬車の幌が内側から弾け飛んだ。




「マジかよォ!?」




 そこには、こちらに棒……杖を向けた魔法使いっぽい連中の姿があった。




「全員だとォ!?近接捨ててきやがったのか!?」




 数は、見えてる範囲で10人って所か……いやこんなこと考えてる暇はねえ!!


すぐさま【ジェーン・ドゥ】を抜き、今まさに何かを放とうとした魔法使いをサイティング。




「―――くたばれこの野郎ォ!!」




 両手でグリップを保持し、引き金を引く。


豪快なマズルフラッシュとともに、弾丸が発射された。




 反動を受け流したのとほぼ同時に、狙った魔法使いの胴体に大穴が開く。


うし!即死だろこいつは!!




「―――アカン!新手や!!しかも前から!!」




「挟撃か、畜生!!」




マギやんの声に一瞬前を見れば、似たような馬車が進行方向からこちらへ向かってきている。




「なるほどねェ!近接はあっちかよクソッタレ!!!」




 馬車の幌はなく、荷台には剣や槍を持って鎧を着込んだ連中が見えた。




「マギやん!オレは魔法使いを片付ける!前の馬車が突っ込んで来たら頼むぜ!!」




「おう!ウチに任せ……ちょっと婆ちゃん何してんのォ!?」




 なんだ!?婆さんがどうしたって!?


気にはなるが魔法使いどもから視線を放すわけには……いかねえ!!




 再び引き金を引いて銃撃。


杖の先に炎を出現させた魔法使いが、それを放つ前に顔面を吹き飛ばされた。




「威力は十分だが、数が――――」




 魔法使いは、残り8人。


どう考えても弾数が足りねェ!!


だが、この距離でクロスボウが有効打になるかわからん!!




「婆さん、速度落としてくれ!後ろの馬車にクロスボウが届く距離まで―――」




 後ろを向いたまま婆さんに指示を出そうとしたオレの視界に、なにかが写った。


なんだ、今の!?




 まるで、人型の炎のような―――






「【ローラ・エッラ・タランティーナ】【そいつを骨まで焼いとくれ】」






 オレの耳に、婆さんの詠うような声が聞こえた。


これはまさか、呪文―――!?




 馬車の後方、オレの目の前に……5メーター超の炎の巨人が出現した。


そいつは一瞬滞空した後、空を滑るように敵の馬車へ向かって突っ込んでいく。




 馬車の魔法使いどもは泡を食ったように杖から氷やら何やらを連射しているが、巨人には効かない。


さっきまでこっちへ撃っていた魔法より、明らかに威力が高そうだ……怪我でもさせて生け捕りにするつもりだったのか!?


だが、そんな魔法は効かないとばかりに巨人の速度は上がり―――




「うっわァ!?」




 オレの目の前で、馬車に衝突した瞬間に凄まじい爆発を起こした。


まるでナパーム弾だ、ありゃあ……向こうさんは全員、即死だな。


って、こんなことしてる場合じゃねえ!


後ろが片付いたなら前の馬車を―――






「【ヒューラ・ライラ・ギランティーナ】【そいつに雷落としとくれ】」






 振り返った瞬間、真昼よりもなお明るい閃光。


新手の馬車に、極太の雷が落ちた。


感電とかいう生易しいレベルじゃねえ!?




 落雷の衝撃で馬車は粉々になり、その破片が空中で残らず発火した。


散らばった人間の破片も、残らず。




「クワワ!?クワァ~~~!?」




「おやおや、ごめんよキケロ。眩しかったねえ」




 婆さんは御者席に座ったまま、いつも通りの口調でキケロを宥めている。


……まじ、かよ。




「【戦場の戦乙女】ねえ……たしかに、たいした戦乙女だ」




「ご、護衛いらへんやん……ばあちゃん」




 オレのこぼした言葉に、マギやんも呆けたように呟く。




「―――ふぅう……やっぱり、攻撃魔法は疲れるから嫌いだねえ」




 婆さんは、そんなオレたちを振り返っていつものように笑った。


たまげたぜ……流石、異世界。

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