第49話 マギやん、いくらなんでもそれは予想外だわ。
「それにしても婆さんよ、アレだけ戦えてなんで護衛を依頼してんだよ」
フライパンを木べらでかき回しながらぼやく。
今日のメニューは『無限コーンスープ』だ。
適当に水で伸ばして野菜をぶち込んで3人分にした。
おっと、キケロの分もあるからもう少し多いか。
元の味が濃いからこれでも十分だ。
んで、ここは来るときにも使ったキャンプ地。
もう夕方だ。
例の襲ってきた盗賊……半分武装集団だったが、そいつらを婆さんが魔法で消し炭にしてからは平和なモンだった。
連中は細かい破片を残して完全に消滅していたので戦利品漁りをすることもなく、キケロが快調に走り続けた結果かなり早く到着することができたワケだ。
やっといろいろ落ち着いたので、婆さんとも話せる。
なんか移動中は気後れしちまったからな。
「決まってるじゃないかウッドちゃん、戦うのはしんどいからだよ。やらなくって済むなら冒険者に任せた方がいいからねえ」
婆さんはいつものようにニコニコとそう答えた。
身も蓋もねえ……
「それにね、2人とも気付いただろうけど……アタシは攻撃魔法が苦手でねえ」
……は?
アレだけの破壊力で苦手?
新手の異世界ジョークか何かか?
「あ、やっぱしかぁ」
マギやんは何やら納得している。
何が何だかわかんねえ……ここは黙っとくのがいいか。
「婆ちゃんの攻撃魔法、『焦点』が合ってないんやな。なるほど……そら難儀や」
「そうそう、若い頃からそれだけは苦手でねえ。よっく師匠に怒られたもんさね」
……『しょうてん』?
なんじゃそら?
顔に出ていたんだろうな、マギやんがオレを見て説明してくれた。
「あー、ウッドは魔法がからっきしやもんな。あんな、『焦点』っちゅうのは魔法用語でな……簡単に言うと火力の調節のことや」
「火力……つまり、威力の大小に関係してんのか?」
「そそそ、んで、婆ちゃんやけど……攻撃魔法を撃つときに威力の調節がでけへんねや。常に全力ぶっぱするしかないっちゅうことやな」
おー……わかりやすい。
なるほど、そういうことか。
「医療魔法の『焦点』は大丈夫なんだけど、なんでか攻撃魔法だと無理でねえ……療法所に船団の連中が押し入った時に抵抗しなかったのもそういうわけさ。うっかり撃っちまったらウッドちゃんごと更地になるところだよ」
ひえっ。
そいつはおっかねえな。
さっきはここが外で、何もない草原だから使えたってことか……
改めて考えると、威力とんでもなかったもんな。
クラーケン相手に撃ったら港もオレも吹き飛びそうだ。
「若い頃はもう少しいけたんだけどねぇ……今はさっきくらいの魔法なら10発も使うとぶっ倒れちまうよ。だから護衛の冒険者を雇うのさ」
「なるほどなあ……おっと、言いそびれてた。婆さん、さっきは本当に助かった」
「あ!ウチもや!婆ちゃん、ホンマおおきにー!」
オレが頭を下げると、慌ててマギやんも続いた。
婆さんは照れくさそうに手をヒラヒラしている。
「いやだよお、やめとくれ。降りかかる火の粉を払っただけのことさね」
その笑顔は、いつものように穏やかだった。
……とりあえず、飯を食っちまうか。
・・☆・・
「にしても、だ。いよいよわからなくなってきやがった……さっきの連中がマギやんの体目当てだとすると、さすがにおかしかねえか?」
腹もいっぱいになったので、口火を切る。
「なにがや?」
「いっくらマギやんが別嬪さんだからって、例の公爵家とやらがここまでマジになって追いかけ回すのかってこったよ」
そう言うと、焚火を挟んだ向こうの婆さんが腕を組んで頷いた。
「そうさね。いくらなんでも張り込む数が尋常じゃない……女を攫うのに用意したにしちゃ、数も質もおかしすぎる」
「だろ?さっきの連中は戦争とは言わねえが、ちょっとした村くらいなら攻め落とせるくれえの布陣だったじゃねえか」
魔法使いが10人前後に、近接職も同数。
この世界についてそんなに詳しいわけじゃねえが、特に魔法使いってのはそんなポンポン用意できるようなモンじゃねえだろ?
「……正直、ウチもそう思ったわ。さっきの連中を見た時にな」
オレの横で、マギやんも難しい顔をして頷いている。
「ウッドちゃんが何人か殺した魔法使いの連中、ここいらの術者じゃないね……恐らく流れの傭兵か、そんなところだろう」
「婆さん、よくわかんなあ」
そんなもん見てわかるもんか?
なんか達人っぽいな。
時代劇で相手の構えを見て、『む、〇〇流か……』って言う感じ。
「マギカちゃんが打ち消した火球の魔法、放つまでの魔力の動きが独特でねえ……アレはたしか、【ギャラバリオン】あたりのやり方じゃなかったかねえ?」
「それがホンマやとしたら、傭兵説が濃厚やな。あっこの国はソレの派遣で飯食っとる」
ほーん……傭兵の斡旋国家なんてのがあんのか。
さすが異世界。
「婆ちゃんがまとめて吹き飛ばしたけど、その分ならたとえ生かしてとっ捕まえて尋問しても口割らんかったやろな。魔法契約済みやったろうしな」
「あー……雇い主のことは死んでも言いません!みてえな?」
「それならまだかわいいもんやで。『情報漏らしたらソイツごと内側から魔法で吹き飛びます』みたいな契約になっとるかもしれんしなあ」
……やっぱこの世界の契約こええわ。
「むーん……」
仰向けに倒れて背嚢に頭を預ける。
ここんとこ連日騒ぎ続きだ、ここらで整理しておこうかね。
「前の盗賊モドキが持ってた装備からして、例の公爵家ってのが裏にいんのはほぼ確定だよな。だとしたら、ここまでしてマギやんを追っかける理由……自分の兵団の装備を貸し与えて、さらには傭兵まで雇ってそれをする理由がわかんねえ」
「我ながらウチにもさっぱりわからん!」
マギやんが頭をわしゃわしゃしながら唸っている。
「―――体以外かもしれないね」
ふと思いついたように、婆さんがこぼす。
おっぱい……じゃねえ、体以外……体以外ねえ。
「マギカちゃんの持ち物に、なにか貴族が目の色変えるような代物があるかもねえ。装備とか、武器とかさ」
……なるほど、そういう線もあるのか。
だが、マギやんはすぐに首を振った。
「自慢やあれへんけど、ウチの装備はみいんな自前や。ハンマーも鎧もそうやで……タリスマンは店で買うたもんやし、それ以外は特になんにもあれへん。実家から持ち出した値打ちモンなんかもな」
ふーむ……コイツは振り出しに戻っちまったなあ。
っていうかマギやん装備全部自分で作ってたのかよ、すっげ。
オレもいつか頼もうかな。
「……色々わからねえことだらけだなァ。こんだけ言っといてなんだがよ、例の公爵サマってのがもう常識を超えた女好きって可能性もあるしよォ」
「……妾が三桁おるっちゅう話やからな、ウチらの常識は通用せえへんかもわからんな~」
さんけた?
ウッソだろおい。
そんだけいてまだ女が欲しいってのかよ……性欲どうなってんだ。
金玉8つくらいあるんじゃねえの、ソイツ。
「あそこは代々女好きで有名だけれど、今代は度を越してるよ。そろそろ他の四方家の耳にも入るんじゃないかねぇ……いや、もう入ってはいるだろうけど、重い腰を上げるかもしれないねえ」
婆さんは困ったように笑った。
「あーっと……そのホーンスタインと仲の悪いって家のことかい?」
この辺りを治めてるんだよな。
とっとと攻め込んでくれねえかねえ。
「【リオレンオーン公爵家】だね。こっちはこっちで杓子定規というか……融通の利かないところはあるんだけど、とにかく無法が嫌いな家さ」
「……なんか、こおりひめ?とかいう巡回騎士サンを思い出すな」
いくら別嬪さんでも、あの性格はなあ。
部下も苦労してそうだぜ。
「おや、ウッドちゃん変な伝手があるんだね。その騎士サマは公爵家のお姫様だよ」
「はあああ!?」
思わず跳ね起きた。
「な、なんだって貴族……それも公爵なんて大貴族のお姫サマがそんな戦闘職に就いてんだよ!?」
貴族は貴族でも大貴族じゃねえか!?
「ウッドちゃんはこの国に来たばっかりだから知らないのも無理はないね。リオレンオーンには家訓というか、決まりがあってね……実子であろうとも、軍役に就く義務があるのさ。『有事の際に的確に兵を率いるために』ってね」
「はー……アレ?でもあの騎士サマ、たしかリオレンオーンって苗字じゃなかったような気がすんだが……?」
だめだ、興味もなかったからあだ名しか覚えてねえ。
だけど、確かにリオレンオーンじゃなかった。
「ロゴシア、だったかい?」
「あー……そんな名前だった、ような?」
ぜんっぜん覚えてねえ。
「それは仮の名前さね。軍役を立派に終えるまで、公爵家の名前を名乗ることは許されないんだよ」
「……じゃあなんで婆さんは知ってるんだ?」
「この歳まで生きてりゃ、色々耳がよくなるんだよ。あんまり外で言い触らすんじゃないよ?」
婆さんは茶目っ気たっぷりにウインクした。
言えるわけねえだろそんな情報……消されちまうぜ。
「ウッドちゃんがあの姫さんとどんな知り合いかは知らないけど、敵ってわけじゃないなら希望が持てたねえ。知っての通りホーンスタインとリオレンオーンは犬猿の仲さ、いよいよとなったら陳情するのも手かね」
敵……ではねえが、仲良しとも言い難い。
ううむ……でもなんか、向こうにとっちゃ賠償したりねえみたいな感じだったし……マジでヤバくなったら駆け込むのも手か?
さすがに公爵家と正面切って喧嘩は出来ねえよなあ。
「あ、そういえば巡回騎士団が流れの冒険者と揉めて賠償したって噂があったねえ……ウッドちゃんかい?」
「……なんで噂になってるのかは知らねえが、まあそうだ」
異世界噂システム超怖い。
特に婆さんは地獄耳だろうけどな。
「なるほどねえ、そいつはいい伝手ができたじゃないか」
「……どうかねえ、まあ、マギやんがアレされる前に頼るのも手かな。この分じゃ次辺りは軍隊が来るんじゃねえか?」
きたねえ盗賊、綺麗な盗賊ときて……今度は傭兵ときたもんだ。
マジでどんどんレベルアップしてきてんな。
「どうかねえ、さすがにこれ以上を動かすと目につくから数は増えないだろうね。『質』の方はどうかわからないけれど」
婆さんが恐ろしいことを言ってきた。
おいおいおい勘弁してくれよ……逃げる気はねえが、漫画やゲームみてえなチート戦士が出てきたらしめやかに成仏しちまうぞ、オレが。
遠距離からゆっくり歩いて来てくれるんなら脳天をぶち抜けるが、さっきの婆さんみたいなでっかい魔法でこられたら即死だ。
「おっかねえなあ……おい、マギやんどうした?」
「マギカちゃん?顔色が真っ青だよ?」
「クワ~?」
ふと気づいた。
マギやんがさっきから静かだ。
相槌もしねえし……って何だその顔。
「……あう」
焚火に当たっているのに、顔色は青ざめて冷や汗はダラダラだ。
どうしたってんだ?腹でも壊したのか?
「あんなぁ、ウッド、ばーちゃん……心当たり、あったわ」
「……マジか!?」
なんか思い当たったってのか!?
公爵家が狙うような何かに!!
マギやんは、ゆっくりとオレ達を見回し……意を決したように口を開いた。
「―――ウチ、そういえば王族やったわ」
「ああ、なるほどなあ……それじゃあ仕方ねはあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
さすがにそれには、こう突っ込むしかなかった。
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