第50話 この先しばらくこれ以上の驚きはないだろう、たぶん……ないって言ってくれ、お願いだから。
「……ここ数日、色々驚くことがあったけどよ……間違いなくさっきのが1番のネタだぜ」
「……マギカちゃん、そんな大事なことをなんで忘れてるのさ」
オレと婆さんは、揃って溜息をついた。
マギやんはばつが悪そうに苦笑している。
……王族?マギやんが?
マジかよおい……オレ、お姫様の乳揉みしだいちまった訳か。
……磔獄門コースじゃねえといいんだけどなァ。
カミングアウトの衝撃からやっと立ち直ると、すっかり夜も更けている。
気が付いたらキケロは丸まって寝てやがんな……まあ、鳥には身分なんぞ関係ねえか。
「し、しゃーないやん忘れてたもんは!」
「普通、忘れねえよそんなこたァ……」
一体全体、どうやったらそんな出自を忘れられるってんだ。
「だ、だってだって……ウチの王位継承権、何番目か知っとるか!?最高でも78番目やぞ!?上のオカンたちが子供産んだらまた変動するんやぞ!?」
「ななっ……!?」
お、王位ってのは普通子供が継ぐもんだよな?
えーと、マギやんのオヤジが王だと思うから……何人子供がいるってんだよ!?
江戸時代の将軍なんか目じゃねえぞ、おい。
「……あー、マギカちゃんはゲバルニア帝国の王族だったんだねぇ。そりゃあ仕方ないか」
なにやら婆さんは納得顔だ。
「ウッドちゃんは知らないか。あの国はねえ、500年くらい前に世継ぎがいなくって断絶しかかった歴史があるのさ……だから、代々の王はそれを避けるために伴侶を多く娶る風習があるんだよ、女王の場合は、世継ぎができない体だったら兄弟が継承できるようにって意味もある」
なんとも、スケールのでっかい話だなァ。
よくよく考えたら何年続いてるのか知らねえが、歴史がある国なんだろうなあ。
「それでか……そういえば前にマギやんが『オカンたち』って言ってたっけな。そりゃ、オカンが大勢いるはずだよ」
あの時はただ単に一夫多妻な国なんだな~、としか思わなかったが。
だって仕方ねえだろ?関西弁丸出しのノリのいいねえちゃんが、まさか王侯貴族だとは思わねえだろうが。
「せやせや、ウチの産みのオカンは第12夫人で、兄弟も上に4人おる。ウチが王位に就くなんざ、上の兄弟どころか腹違いの兄弟が全滅せん限りありえへんし……そんなことになったら王位うんぬん以前に国はもうおしまいや」
「はーん……なるほどなァ。あ、オレ今から敬語とか使った方がいいかな?」
「そんなんしてみぃ、やめるまでどついたるわ」
おっそろしい目で見てきやがる。
こっわ。
「冗談だよ、冗談。今更態度を変えても何にもなりゃしねえってな……それにしても王族ねぇ……」
ううむ、確かにマギやんは美人だ。
今までは一般人だと思ってたけど、よくよく観察してみりゃあ確かに上流階級っぽさが……うーん、やっぱりわからねえ。
「な、なんや!ウチの顔になんか文句でもあんのんか!?」
「うんにゃ、いつも通りの別嬪さんだなァ」
「っべ!?」
マギやんは絶句した後顔を赤くし、黙り込んだ。
なんだよ、いつも自分から美女だのなんだの言ってる癖に。
かわいらしいこった。
「……まあ、ともかくだ。これで公爵家がマギカちゃんに興味を持っている理由は……一応わかったねぇ」
婆さんが茶を一口飲んで呟く。
あ、そういえばその話だったか。
インパクトがデカすぎて完全に忘れてた。
「確かにな。美人で、しかもお姫様だ……助平な貴族サマにゃたまらねえ獲物だろうよ」
……あ、それならそうで疑問が出てきた。
「だがよ、マギやんが王族だってなんで公爵家が知ってんだよ?マギやん、ひょっとして宣伝して歩いてんのか?」
「アホぉ!そないなわけあるかい!ウチはこの国では誰に……も……」
突っ込んできたマギやんもそこに気付いたらしい。
「……せや、誰にも言うてへん。だとしたらどっからバレたんや」
「だねえ」
「だよなあ」
今度の問題はそこだ。
マギやん自身も忘れていた出自を、何故向こうさんが知っているのか。
いや、公爵がマギやんを姫さんだって知っている前提のことなんだがな。
「マギやん、この国と帝国って国交はどうなってんだ?」
「断絶とまでは行かへんけど相互不可侵や。何より距離が離れすぎとるし、ウチも国を出る時にここに来るとは言ってへん……」
ふーむ、だとしたらどいつが……
「自分で言うのもなんやけど、ウチの序列なら重要人物でもなんでもあれへん。おらんようになって気にされることもないんや」
「……家族と折り合いが悪ィのか?」
「ちゃうちゃう、放任主義なんや。第1から第4くらいまでのオカンたちの子供なら話は別やけどな」
なるほどねェ。
腹違いとはいえ何十人も兄弟がいるんじゃ、一般の家庭とは違うか。
「そら、産みのオカンと何人かの姉ちゃんには手紙くらい送っとるけど……例の公爵に情報を流すようなアホとちゃうし……そないな伝手もないし……」
……うん?そういえばガモスのおやっさんが何か言ってたような?
えーと、確か元々の国を出る原因が……ああ!!
「マギやん、知り合いのドワーフに聞いたんだけどよ……国を出る時に何か揉めたんじゃなかったのか?その線って可能性はないのか?」
「揉めたぁ?そないなこと………………」
マギやんが黙り込む。
何か思い当たることでもあるのか?
嫌に考え込んでるみてえだが―――
「―――あのアホかあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「クワァア!?!?」
「あだだだだだっだ!?!?」
いきなりの大声に、キケロが起きちまった。
そしてその長い首は鞭みてえにしなってオレを直撃した。
おごごご……腰が、腰がァ……
「おやおやウッドちゃん大丈夫かい?キケロは……頑丈だから平気か」
「クワ~……」
『すいません』みてえな顔でキケロがオレを見てくる。
いやいや、お前は悪くねえよ……おお、いてて。
「それで、マギカちゃん……何か心当たりがあったんだね?話しにくい事なら聞かないけど……」
「……おお、そういうこともあるよな。いいぜマギやん、話したくねえならよ」
プライバシーは大事だからな。
この世界じゃ時々忘れられるけど、大事だ。
「……いんや、そこら辺の奴に聞かせるならともかく、ばーちゃんには世話になっとるしウッドは仲間や。聞いてんか」
おや、オレもそれなりに信用されているらしい。
「心当たりはな、ウチの……『元』!婚約者や」
やたら『元』に力を入れるマギやん。
へえ、婚約者か。
本当に貴族サマって感じなんだなあ。
「ウチの家族が放任主義っちゅうのはさっき言うたやろ?せやから婚約者ってのも子供の頃からの一応の名目で、嫌なら断るんも自由やったんや。せやけどアイツ……ホルスっちゅう男はほんっとしつこいヤツでなあ……ウチは初めて会うた時から気に入らんかった」
政略結婚ってやつか。
断れるってのは随分と優しいが。
「せやから成人してすぐに破談にしたんやけど……向こうは納得でけへんかったんやろな。最後に食事でもしようって呼び出されて……その場で手籠めにされかけたわ」
……!?
いきなりとんでもねえな!?
「そいつは、また災難だったな……その、大丈夫だったんか?」
オレの質問に、マギやんはにやりと笑ってガントレットを打ち鳴らした。
ああ……(察し)
「鼻と肋骨3本へし折ったったわ!オマケに全裸にひん剥いて店から街の往来まで投げ飛ばしてやったで~!!」
心から嬉しそうにマギやんは笑っている。
……うん、だろうなァ。
「……十中八九、そいつの恨み関係だろうなァ、今回のことは」
「……だろうねえ」
婆さんもオレと同じように頷いている。
この上なくわかりやすい怨恨だ。
「せやろか?こんなモンで?」
当のマギやんはキョトン顔だ。
いやいや……なんだその感想。
男のプライド、ズタズタじゃねえか。
いくら相手が屑だからってなあ……まあ、同情はしねえけど。
だが貴族ってんなら相応にプライドも高いだろうから、なおさらだろう。
「……となると、公爵サマ自身がマギやんを欲しがってるって説と……その婚約者ってのがマギやんを手元に戻したがってる説があるような気がする」
「なるほどねえ。公爵が何らかの見返り目的で、マギカちゃんを帝国のそいつに引き渡すってこともあり得るわけかい」
さすが婆さん、話が早い。
なおマギやんは『?』って顔をしている。
おい、一応王族だろお前。
そういう性格の悪い連中との丁々発止はお手の物なんじゃねえのか?
「……だな。さてさて……どうするかねぇ、婆さんよ、何かいいアイディアはねえかな?」
「そうさねえ……」
婆さんは腕を組んでしばし黙る。
その後ろでは、再び寝る体勢に入ったキケロ。
……マイペースだなお前。
「……もう一度、様子見がいいんじゃないのかい?」
「もう一度?」
もう一回襲われろってか?
ソイツは……
「いいかい、今回の襲撃が本当に公爵の手のものだったとして……初日の盗賊はともかく、2日目とさっきの連中はそれなりの練度だった。特に傭兵の魔法使いなんて、雇うにも中々の高額だよ」
「ふむ」
「いくら公爵家だって、自由に使える金がいくらでもあるわけじゃない。それに、あんまり派手に動くと……他の四方家に尻尾を掴まれる」
あー……そういえば仲が悪いんだよな。
「だから、今回の襲撃が失敗してもちょっかいをかけてくるなら……どちらにしても本気ってことさ」
なんだろう、ヤな予感は当たるんだよなあ。
かけてくる気がするなァ。
「……ま、それしかねえか。襲ってくるんなら……わかりやすくっていいやな」
「それか、ウッドちゃんの伝手を使うかい?」
騎士団のアレか?
「……証拠が弱ェ。以前の剣が手元にあっても……しらばっくれられたらオシマイだろうな。四方家が突けるくらいのわかりやすーい証拠がいる」
直属の部下とかな。
まあ、そんなのが出張ってきたら面倒臭い事この上ねぇんだが。
「貴族ってのはことさら体面を気にするもんさね。今回みたいな表沙汰にできないことなら、力づくで跳ねのけられても文句は言いようがないよ」
「そんなもんか」
「そんなもんさね。なりふり構わずに反撃してくるのは、もっともっと重要な部分を突かれた時さ……今回のはマギカちゃんには悪いけど、所詮女絡みさね」
「家の存続にかかわるような醜聞じゃねえ、ってことか……」
それならそれでやりようはある。
『割に合わねえ』って思わせりゃ、こっちの勝ちだな。
それまでしばらく、修羅場が続きそうだな。
「んじゃ、今までとそう変わりはねえな。アンファンを拠点にして……依頼を受けつつちょっかいを待つ、か」
こっちから糾弾できるようなこともねえし。
「ちょおい!ちょいちょいちょい!!」
寝る体勢に入ったオレにマギやんが縋り付く。
なんだなんだ?
「う、ウッド、アンタそれでええのんか!?今まで以上の面倒ごとやぞ!?」
……ああ、なんだ。
そんなことかよ。
「乗りかかった船さ、お姫様。どうせ親族も残っちゃいねえ根無し草の船員だが……まあ、漕ぎ手の真似事くらいはできらァ」
そう言うと、マギやんはキョトンとした。
はは、小学生みてえな顔だな。
その頭をポンと撫で、今度こそ地面に横になる。
「それに、さっき自分で言ったじゃねえか。オレたちゃ『仲間』だろ?クラーケンから助けられたし、オレは借りだけ増えてくからな……ここらでちょっと返済しとくよ」
……なんか、改まって言うと少し照れくさい。
帽子で顔を隠し、丸めた背嚢に頭を預ける。
「アンファンまでまだまだあるんだ、皆も寝とけよ~……」
色々新事実発覚でマジに疲れた。
あっという間に眠くなってきやがったぜ。
寝よう寝よう。
それが一番だ。
理不尽に晒された恩人兼仲間を見捨ててドロンするって?
っは、そんなもん……それこそ死んだって御免だぜ。
・・☆・・
「……ははは、なんとまあ頼もしい味方じゃないか」
「せやな、うん……せや」
「大事にすんだよ、マギカちゃん」
「……うん、ばーちゃん」
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