第68話 やるしかねえな、やるしか。
「あ、なるほど。まずはそこからですかギルマス」
今まで一言も話さなかったミドットにいさんが言う。
いや、なんで銀級に上がる必要があんだよ?
そりゃウィンチェスターは欲しいから、いつかは……って思ってたけど。
「あの、ギルマス……そりゃまたなんで?」
オレが質問すると、ギルマスがこちらを見た。
「決まってんだろ、『奴ら』がまた仕掛けてくるからだよ」
『奴ら』ってのは公爵家のことか?
まあ……そうだろうな、あんな適当な尻尾切りするくれえだしよ。
マジで手を引くなら、もう少しやりようがあんだろ。
「また、来よりますか」
マギやんも加わってきた。
その顔色はちょいと悪い。
「ああ、来る。必ず来る……今回のことな、ウチでも色々当たって調べたんだがよ……おかしい部分が多すぎる」
「おかしい部分?」
オレからすりゃ、女一人を攫うのにやりすぎな時点でおかしいんだがよ。
なんだよ魔法使いに傭兵にって。
「まずは投入する戦力だ。マギカの『出自』はそりゃあ特殊だが……それでも過剰すぎる。加えて他国の冒険者まで引っ張ってくるなんざ異常だ」
「ある意味傭兵より異常ですもんね。冒険者ギルドの構成員攫うのに、冒険者を雇うなんて」
伸びをするミドットにいさん。
まあ、確かにそうだよな。
「アイツらは【バルグギア獣国】出身の冒険者だった。白狼獣人の【ガロン】とその手駒2人……銀5級の腕っこきだぜ」
白狼……?
ああ、あのハスキーな。
銀級かよ。
なんか格上ばっかだなァ。
「向こうのギルドに問い合わせてみたら、『長期指名依頼のため不在』だとさ。依頼主は地元のなんてことない貴族だったが……間違いなくダミーだ、『四方家』の権力は国すら超える……胸糞悪いぜ、ああいや、『ホーンスタイン』のことですぜ?」
ギルマスが氷姫に慌てて弁解した。
「ああ、わかっている。あの家はそう言われても仕方がない」
当の姫様はポーカーフェイス……じゃねえな、ちょっと機嫌悪そうだ。
同族嫌悪ってやつかねぇ?
それとも純粋な悪感情か?
「ギルマス、他にそのダミー依頼を受けてる連中ってのはいたんで?」
「ああ、3人いる。全員銀級冒険者だ……【ウルド】【ダリウ】【ゴルグ】っつう連中だな。さっき言ったガロン含め、捕獲専門の腕利き共だとよ」
ウルドってのは……【ジェーン・ドゥ】握ってこの世から消えちまった女だな。
さすがに説明できねえから、あの女のことはミドットにいさん達には言ってねえ。
言ってもいいんだろうけど、これ以上問題をややこしくしてもなァ……
「ああ、ウルドっちゅうのはウッドの魔法具で吹き飛んだで。跡形もあれへん」
……言っちゃうんだ、マギやん。
「……そんなに威力がつええのか、ソイツは」
ギルマスが目を剥いた。
ああ、もう言っちまうか。
敵意がないことを証明するようにゆっくり【ジェーン・ドゥ】を抜いてテーブルの上に置く。
「いえ、コイツには強力な呪いがかかってやしてね……オレ以外は使えねえし、持つとこう……なんか死にます」
我ながら乱暴の説明だ。
事実だから仕方ねえけど。
「……ああ、そういうことか。噂に聞くミディアノの魔法具、とんでもねえな」
氷姫サマに、オレの出自は伝わってねえようだ。
だからそんな持って回ったような言い方にしてくれたのか、ギルマス。
ありがてえ。
「うわコワー……気になってたけど触んないでよかったぁ」
ミドットにいさんがわざとらしく身震いした。
力量から言っても、触られたらわかんねえと思うからな。
にいさんがその気ならお亡くなりになってたかもしれねえ。
「ほんなら、残りの冒険者は2人でっか。ウッド、やっぱ後詰がおったんやな……あの時」
「だな、にいさんとララが来てくれなかったら追加で襲われてたかもしんねえ」
マギやんはともかく、銀級2人と正面からガチったら死んでたかもしれねえ。
オーガイの時も死んだかと思ったもんなァ……あ。
「ギルマス、話の腰を折って申し訳ねえんですが……オーガイの野郎はあの後どうなったんで?」
気になったから聞いておく。
アイツはこの問題にあんま関わりはねえが、ちょうどいい機会だ。
死んでるとは思うがね、さすがに。
「ああ、アイツか。なんとか生きてるが今は……どうだったっけか、マチルダ」
「ハジェドの療法所で拘束されています。傷が治り次第、裁判の予定です」
マジで生きてんのかよ。
弾丸が鎧の内部で跳ねまわってたのに。
内臓がメンチカツみてえになってたんじゃねえのか?
頑丈すぎんだろ、マジで。
「心配しなくってもどうせ判決は死刑だ。街中での許可のない結界使用は問答無用で極刑だからな……これはこの街に限ってのことじゃねえ、国の決まり事だ」
なんかララもそんなこと言ってたな。
まあ、ガッチリ拘束されてんなら心配ねえか。
……ねえよな?
これ以上の面倒ごとは本当に御免だぜ?
「話を戻すぜ?なんでおめえらを銀級にしねえといけねえかってことなんだがよ……つまりは理由付けだ」
「……理由付け?」
そりゃ、一体どういう料簡だ?
「銅級の冒険者はすぐ死ぬ……いや、銀級でも金級でも死ぬときゃ死ぬんだが……そういう話じゃねえ。銅級がおっ死ぬのは『よくあること』なんだよ」
「……はぁ」
やっぱり命、軽いなァ……この世界。
「実力を過信して危険区域に突っ込んで死ぬ。実力を過信して格上の魔物に突撃して死ぬ。実力を過信して身の丈に合わねえ依頼を勝手に受けて死ぬ……あ、これはギルドの依頼じゃねえぞ?自分で勝手に依頼主を見つけてくるってヤツだ」
実力過信して死んでばっかじゃねえかよ。
たわけもんしかいねえのか、新人冒険者。
「冒険者になろうなんてのはねー、大体が食い詰め者か半分チンピラみたいな連中ばっかりなんだよねー。後は夢見て田舎から出て来るような元・村人とかさ」
ミドットにいさんが付け加えた。
「そうだ、だからロクな教育も受けてねえってのがほとんど……ギルドとしても初心者講習なんかを無料で開いてるんだがよ。まあそういう手合いは来やしねえんだけどな」
まあ、そうだろうなあ。
日本っていうか地球じゃあ初等教育も受けられるだろうが、この世界はまだそこら辺に手が回りきってねえんだろうな。
どうにも、文明の進化スピードが変な気がする。
「僕たちがウッドくんを気にかけてるのもそういう理由なんだよね。物の道理をわきまえてる感じがしたし、ね?」
にいさんが意味ありげなウインク。
……ああ、『ニホンジン』がそういう存在ってのは知られてんのか。
まあ、読み書き四則演算はよほどのアホじゃなきゃできるからな。
【翻訳の加護】的なものさえありゃあな。
標準装備なのかね、転移者の皆様は。
「話が逸れたな……まあそういうわけで、銅級はとにかくすぐ死ぬ。だからいついなくなっても気に留められねえ」
「……公爵家が絡んでても、ですかい?」
「忌々しいが、確たる証拠がねえこの状況だとな。だが、これが銀級以上になると……そうもいかねえ」
ふむ、そりゃあ貴重だからか?
だが、結構銀級も多くいるけどな。
「ウッドくん、カード出してみ」
「は、はあ……」
にいさんに言われて、懐からカードを出す。
なんてことはない、銅色のアレだ。
「ほい、これが僕のカードね」
にいさんは自分のカードを出した。
へえ、これが銀級の……なんか、アレだな?
銅級の奴よりも高そう、っちゅうか高級そうか?
「銀級のカードにはね、銅にはない魔法がかけられてんの……ホラこれ」
「うおっ」
急にカードが光った。
なんだそれ。
「―――【位置測定】っつう魔法がかかってる。ギルド本部から、大まかな位置が特定できるようにな……銅級は数が膨大だからよ、いちいち付与してらんねえんだよ」
ギルマスが説明してくれた。
……はあ、つまり発信機。
GPSみてえなもんか。
「ってこたぁ、銀級になれば守りやすくなる……ってことですかい?でもカードを取られちまったらどうにもならねえんじゃ……」
「どっこい、銀級に昇格する時にカードと冒険者を魔法的にリンクさせるんだよ。たとえカードが盗まれようと燃やされようと、『冒険者』自身を探すことができるって寸法さ」
はえー……なんとも、ファンタジー。
なるほどね、それで銀級か。
「マギやんよ……頑張ってなるか、銀級」
「応よ、嫌っちゅうても一緒になるで!それこそ首に縄つけてでも連れ回したるわ」
「すげえSだ」
「えすぅ?」
おっと、また翻訳がバグった。
ま、いいか。
「我々としても睨みはきかせておく、安心して励んでくれたまえ。彼奴らもまたすぐに手を伸ばしてくることはないだろう」
氷姫サマが真面目な顔で言ってくる。
……いや、いっつもマジメ顔だなこのお人は。
「―――もっとも、諦めることはないだろうが」
……なんだよその確信してる感じ。
怖すぎる。
「今回の件には『執念』を感じる。単純にマギカ殿の体だけが目当て……というわけではないだろう」
「せ、せやけどウチには全く身に覚えがないんでっけど……」
マギやんは不安そうだ。
体目当てだったらよかった……とは口が裂けても言えねえが、不気味だよな。
なんかよくわからん理由で大貴族に狙われる羽目になっちまってるんだから。
「安心したまえ、と言い切ることは出来んが……こちらの家でも手練れの者を使って探らせている。そこは、任せてほしい」
『四方家』の手練れ……とんでもねえバケモン揃いなんだろうな。
オレなんか瞬殺されちまいそうな相手なんだろう。
「あの、ラウリ様……その、なんでそこまでしていただけるんで?以前の『借り』はもうチャラになってると思うんでやすが……」
恐る恐る、氷姫サマに声をかける。
ありがてえけど、ちょいと怖い。
こんなにしてもらえるほどいい事してねえぞ。
むしろ部下を殺しかけたんだけど。
そう聞くと、氷姫サマはニコリと笑った。
ひえ、すっげえ迫力。
「ふふふ、欲がないことだな。いやなに、『四方家』が『三方家』になってもいいかもしれん……そう、思ってな」
……ヒエッ。
オレは今まで、このお人は品行方正な主人公というか委員長タイプだと勝手に思い込んでいた。
義憤的なアレで、ホーンスタインに文句を言ってくれるんだろうと思ってた。
そう、思っていた。
「さいでやんすか……ありがてえことでやんす、へえ」
「ウッドくん、それミディアノの訛り?面白いね」
にいさんは面白そうだが、オレはそれどころじゃねえ。
……なんてことはねえ、氷姫サマも貴族だったってことだ。
それも、大貴族。
この騒動の尻馬に乗っかって、ホーンスタインをメタメタに叩く気だ。
本人の資質的に、あの家が気に入らねえってのも、もちろんあるんだろうが……
やっぱ怖えわ、貴族。
「まあ、そういうこった。ウエストウッド、マギカ……依頼は回すが査定なんかで贔屓はできねえ、だがよ、おめえらはいい冒険者になる……そう思ってんだ」
ギルマスが口の端を持ち上げ、葉巻を咥え込んだ。
「頑張んな、ご両人」
……やるしかねえな。
ここでケツまくるほど、クズじゃねえや。
「もちろん!僕らもサポートするからさ!」
にいさんのサムズアップに、オレは頷きで答えた。
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