第67話 えげつねえな、大貴族ってのは。

「しばらくぶりに見た気がするぜ、ギルド」




 やっと自由に回るようになった口で呟く。


目の前の冒険者ギルドは、繁盛する時間帯なこともあってご同業が多い。




「ホンマ、スケベは回復が早いなぁ~……?」




 横にいるマギやんの言葉が心に突き刺さった。




「獣人2人を向こうに回して『仲良く』できるくらいやからなぁ~?そら精力オドに溢れとるもんなァ~?」




 オレの周囲を回りながら、マギやんはニヤニヤとからかって来る。


……ぐうの音も出ねぇ。




「ああ、うん、へへへ」




 苦笑いしかできねえや。


事実だしよ。




「締まりのない顔してんなァ!」




「いぎぃ!?」




 太腿に平手は止めてくれよォ!?


腿肉が分離しちまう!物理的に!!




「ホラ!とっとと行くで!ギルマス直々の呼び出しやさかいな!」




「あっ、ああ……」




 マギやんはそう言うと、オレを置いてさっさとギルドへ入って行った。


……呼び出し、ねぇ。


面倒ごとじゃねえといいんだがな。


例の公爵家のアレコレに、一応のケリでもついたんだろうか。




 溜息をこぼしつつ、マギやんを追うことにした。






・・☆・・






 オレがオーガイの野郎に殺されかけてから、もう3週間が経つ。


地球なら3週間どころか年単位で入院するレベルの怪我でも、魔法のお陰ですっかり元通りだ。


もっとも、『普通の医療魔法』じゃもっとかかる予定らしいがな。




 オレが入院してた場所は『貴族優先の』療法院とかいう場所だった。


そこでは、一市民じゃ順番待ちや金額の面でなかなか受けられないトップレベルの治療が受けられる、らしい。




 なんでバリバリの市民であるオレがそんな治療を受けられることになったのか。


……そう、前に色々あった『氷姫』サマのご実家の力あってこそだ。


冒険者ギルドとしても、不祥事絡みなんで最高の治療を受けさせるつもりだったようだが、そこは『四方家』


その『最高』を軽く飛び越える『最高』を用意してくれたそうだ。




 貴族ってのは『面子』の生き物。


オレとしちゃあ前の件でトントンのつもりだったが、あちらさんの面子的にはまだまだイーブンじゃなかったってことだ。


……これで、イーブンだよな?


マジでこれ以上のことは必要ねえんだが。




 ……まあとにかく、入院中は世話になった人たちが入れ替わり立ち代わり見舞いに来てくれたんで退屈はしなかった。


マギやんを筆頭に、ミドットにいさん、ララ、バルド、ヴァシュカ、マチルダになんとヤンヤ婆さんまで。


『コレは今使ってる治療法と合わせても問題ないから』なんて言いながら、また例のクソマズ汁を飲まされたがな。


ルドマリンの時は知らなかったが、アレ飲むと顔が紫になるらしい。


丁度居合わせたヴァシュカが、爆笑してベッドの柵を捻じ曲げちまった。


オーガの馬鹿力、おっかねえなァ。




 そうそう、例の娼婦2人も何度か顔を出してくれた。


客として行っただけだからそんなに気にしなくてもいいってのになァ。


……マギやんと仲良くなってたのはマジでビビったがな。


どこの部分で意気投合したんだよ。


オレの個人情報(意味深)、バラされてねえだろうか。




『オトコはしゃーないなぁ。ま、溜まって溜まって町娘にでも襲い掛かるよりかはナンボかマシやけどォ?』




ちょっと前に、マギやんはそう言ってニヤニヤしていた。


……うん、絶対バレてる。


この世界の守秘義務はどうなってんだ。




 あ、例の『氷姫』サマも1回見舞いに来てくれた。


忘れたくても忘れられねえ……いきなり病室に鎧を着込んだ騎士サマが10人くらい来たからな。


護衛のそいつらを見たオレは、てっきりスケベ公爵の暗殺部隊かと思ってベッドから転がり落ちちまった。




『此度は災難だったようだ。治療が間に合ったようで安心した』




なんて言われたが、災難すぎるわ。


以前よりも重傷だし。




 そのまま、二言三言会話をした後で氷姫サマは病室を後にした。


護衛の騎士サマ連中は一言も喋らないし、銅像かって位身動きもしなかった。


オレが変な動きをした瞬間、首と胴がオサラバすんだろうなってことはわかってたがよ。


そんな馬鹿な真似は流石にしねえが。




『後日、しかるべき場所で』




なんて言ってたが、もう会いたくねえんだよなァ……


その願いはまだ叶いそうにねえが。






・・☆・・






 混雑したギルド内を通り、受付カウンターにいたマチルダに案内されて奥へ進む。


前にも上った階段を経由し……前にも入った部屋に到着した。




「ギルド長、ウエストウッドさんとマギカさん、ラーラマリアさんが到着されました」




 ……ラーラマリアだって?


ソイツは確か、マギやんに張り付いているって凄腕冒険者の……




「五体満足になったようだな、色男」




「え、あ、ああ。なんとか……生きてやす、へい」




「敬語はいらん、気持ち悪い」




「お、おう……」




いたよ、横に。


相変わらずのビキニニンジャスタイルで。


……気配なんぞ元から読めたためしがねえが、それにしたってマジでわからなかった。


オーガイの野郎もそうだったが、銀級の上の方ともなると人間辞めてるレベルの奴らなんだろうな。


力とか、隠密能力とか。


種類に違いはあるだろうが、それでも超人レベルだ。


金より上なんて、漫画やアニメに出て来るような連中目白押しなんだろうなァ。




「入れ」




 部屋の中からギルマスの声。


マチルダがドアノブを捻り、ドアを開け……オイ!?ラーラマリアがもういねえ!?




 銀級の恐ろしさを噛み締めつつ入室すると、中には3人の人間がいた。


ギルマス、ミドットにいさん、そして……『氷姫』サマ。


あー……『しかるべき場所』ってのはここかァ。




「ウエストウッド、マチルダから聞いちゃいたが元気そうで何よりだ。マギカもな」




「へい、お陰様で」




 そのまま、促されて椅子に座る。


オレとマギやんはデカいテーブルの手前。


ミドットにいさんは横で、向かいにはギルマスと氷姫サマが並んで座っている。


マチルダはギルマスの後ろに立ち……もう驚かねえぞ、ラーラマリアは壁際に『出現』した。




「さて、ここは俺が仕切らせてもらおう。マチルダ、アレを」




「ハイ」




 公式?な場だからか、ニャが消滅したマチルダ。


部屋にある金庫の中から、布に包まれた何かを取り出す。


少し重そうなソレを、ギルマスの前に置いた。


なんだ、アレ?


ひょっとして、助平公爵からの詫び金とかかね?


そこまで話が進んでるなら願ったりだが―――




「まずは、コレを見ろ」




 ギルマスが布を摘まみ、めくる。


その瞬間、『嗅ぎ馴れた』臭いがした。


この、臭いは。




「ラウリ様にお骨を折っていただき、ホ―ンスタイン本家へ接触を図った。その結果、向こうさんから返ってきたのが―――コレだ」




 布に包まれたいたモノは、男の生首だった。


なんとも言えない表情で目を閉じている、初老の男の。


さっきの布には、何か魔法でもかかってたらしい。


それが取り払われた途端、部屋中に血の臭いが満ちたからだ。




「現当主付きの執事長、その首だそうだ。今回の事件は、全てこの男……バーンズが1人でやったこと、らしいぜ」




 マチルダも口を開く。




「ギルド本部に届いた書状にも、そう明記してありました。全てはバーンズ元執事長が行ったこと、ホーンスタイン公爵家としては一切感知していなかった、と」




 ……それは、まあ、なんとも。


わかりやすすぎる……アレだな。




「トカゲの尻尾切り、ってヤツですかい。随分とまあ、露骨な」




 オレがそう言うと、ギルマスは迫力たっぷりに口の端を持ち上げた。


怖えよ、すげえ怖え。




「洒落た言い回しじゃねえかよ、ウエストウッド。さすがにわかるか」




「コレで納得する方がアレでしょう?オレぁそこまで馬鹿じゃねえ」




「ウチかてそうや」




 マギやんも同意した。


オレ達を満足そうに見て、再びギルマスが口を開く。




「……盗賊を動かす、コレはまだいい。その際に兵団の余剰装備を与える、これもまあいい……モノは立派だが、公爵家にとっちゃいくらでも在庫はあるだろう。惜しむほどのモンじゃねえ」




 指を折りつつ、ギルマスが言う。




「だがよ、傭兵……それも【ギャラバリオン】の魔法使いと戦士を20人。さらには捕獲専門の腕利き冒険者とその部下、あわせて6人……」




 あ、ハスキーとかの連中はやっぱり冒険者だったんか。


この国の人間じゃなさそうだけどよ。




「さすがにコレは、いかに公爵家の筆頭執事とはいえホイホイと用意できるモンじゃねえ。いや、不可能だ。どこの世界に、当主飛び越えて傭兵雇うアホがいんだよ……そりゃあ執事長ともなればそれなりの高給取りだがよ、さすがに傭兵団との契約は桁が違わァ」




 ……だろうなァ。


軽い戦争ができるくらいの傭兵の数だ。


パートを雇うのとはワケが違うんだぞ。




「加えて言えばな、そもそも公爵家の、それも執事長なんて立場の人間がよ……当主の意に沿わない行動をするわけがねえよ。ここまでコケにされると笑えてきちまうなァ……」




 ギルマスの背景がなんか歪んで見える。


無茶苦茶頭にきているらしい。




「俺達ギルドが、そんなこともわからねえアホだと思われてんのか、それとも平民風情にゃあこの程度の落としどころでいいと思われてんのか……どちらにせよ、腹の立つ話だぜ」




 どしゃ、と革袋がテーブルに置かれる。


かなりデカくて、中身は重そうだ。




「んで、コイツが今回の『慰謝料』……お前ら2人に金貨30枚ずつ、だ。ギルドにも別口で結構な額が送られて来たぜ」




 金貨30枚、か。


それが今回の事件に対して、多いのか少ないのかまるでわかんねえ。


相場ってもんを知らなすぎるからな。


それはマギやんも同じなのか、難しそうな顔をしている。




「……補足しておくと」




 氷姫……ラウリ様だっけか。


静かに口を開いた。




「ホーンスタイン家の執事長は確かにバーンズと言う男だが……この首の男では、ない」




 ……ほーん、ほんほん。


なるほど、ね。




「多少は似ているが、別人だ。私は何度か顔を合わせたこともあるし、リオレンオーン家の執事にも立ち会って確認してもらった……似てはいる、いるが、別人だ」




「って、こった」




 ギルマスが苦笑いしつつ、テーブルの端を掴む。


みしり、と音がした。




「舐めやがってよォ……!!」




 ギルマスの指。


テーブルを掴んだ指が、頑丈そうな木材にめり込んでいる。


嘘だろオイ。


そんな豆腐みてえに……




「ロクな謝罪すらしねえ上に、寄越した首は偽物ときた。『この程度』の対応でいいと思われてんだ、俺達はなァ……!!」




 あ、指が貫通した。


高そうなテーブルが、綺麗に引き千切られている。


……ギルマス、引退する前は金級だって聞いても驚かねえぞ。




「―――ッ!」




 マチルダが血相を変えて口元を動かす。


その瞬間、ギルマスの周囲から音が消えた。


あ、これは前にもやった奴だな。


パントマイムギルマス、再びってやつだ。


この感じだと、とんでもねえ音量で怒鳴り散らしているらしい。


前よりも大分音量がデカそうだ。




 ひとしきり叫んでいるような身振りをした後、ギルマスは大きく息を吐く動作をした。




「……もういいぜ、落ち着いた。悪いなマチルダ」




「いいえ」




 もう一度深呼吸し、ギルマスはこちらを向いて口を開いた。






「―――お前らな、依頼を回しまくってやるからすぐに銀級になれ。まずはそっからだ」






「……?」




 オレは、とりあえず首を傾げた。 


……なんで?

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