第66話 終わりよければすべてよし、だけど終わりがコレなんだよなァ。

「……参ったなオイ、別口かよ」




「……まさか銀級、それも2級の人間がこれほどの軽挙妄動をするとは……愕然ですニャ」




「オーガイの野郎、周り中からも脈がねえだのやめとけだのって散々言われてたよな?さすがに冒険者同士の人間関係にまでは口は出すまいと思ってたけどよ……ここまで拗れるとは」




「何人かの女性冒険者からも『アレはない』と苦情が上がっていましたニャ……今回の公爵騒動が終わり次第、マギカさんに聞き取りを行おうとしていましたが……こうまで堪え性がないとは」




「新進気鋭の冒険者コンビ、クラーケン相手に大活躍!って噂になっちまってたもんな……それで『俺のオンナを取りやがって!』ってなった……とかか?だいたい、はじめっからおめえのオンナじゃねえだろうに……」




「ですニャ……彼、依頼達成については高評価でしたニャ。それもあって損得勘定はしっかりしていると希望的観測を……ウエストウッドさんには本当に申し訳ないですニャ……」




「そうそう、それよ。アイツの容体はどうだ?オーガイはギリギリ生きてるって聞いたんだがよ」




「全身の打撲、肋骨4本と両手首の骨折に加えて……左肩に解体用のナイフが突き刺さっていましたニャ。辛うじて急所は外れていましたが、それでも予断は許さない状況ですニャ」




「……運がいいのか、悪いのか。とにかく最善を尽くせ、ハジェドんとこの上級神官に渡りをつけてでも五体満足に戻すんだ」




「……こちらもそうしようと思っていましたが、もう既に『リオレンオーン』から一級療法士の派遣が通達されていましたニャ」




「……なるほど、『氷姫』か。それで前の借りを返す気なんだろうな……っていうかよ、なんで向こうさんにバレてんだ?」




「……わかりません、ニャ」




「マギカに張り付けたラーラマリアがいりゃあ察知くらいはできたかもしれんが……やっぱ、怖ェなあ『四方家』」






・・☆・・






 夢を見ている。




『なあ逸人、おじさんたち今ちょっと大変なんだよ……だから兄さんたちの、その、保険金を』




 胸糞の悪い、夢だ。




『―――知らねえなァ、テメエのケツはテメエで拭けってんだよ』




 叔父と呼ぶのも嫌なあのオッサンの顔面。


そいつを殴りつけた時の感触は、今でも残ってる。




『人の!死んだ!金を!アテにすんじゃ!ねえよ!』




 よりによって初七日も済んでねえのに、アイツはそう言ったんだ。


両親と、妹を残らず失ったオレにそう言ったんだ。




 だったら、鼻くらい折られても文句は言えなかったハズだろう。


結局治療費だけは、オレが自分の財布から払ったがね。




 でも、気持ちよかったなァ。


何か月か後に言ってやった、




『―――あ、保険金だけどよ。葬式と永代供養代に使って……残りはリョウジンヤマネコの保護活動に全部寄付したぜ、オジサン』




ってのはよ。




 あの時の不細工な面ときたら……それだけで白飯が大量に食えるぜ。


妹がいつだったかテレビで見て小遣いを寄付してたのを思い出してな、その日のうちに全部寄付だ。


故人の遺志は尊重しねえとなあ。


親父もお袋も、笑って許してくれるだろうさ。




 あのオッサンの会社、結局潰れちまったんだよな。


ケケケ、いい気味だぜ。


逆恨みされねえように遠くに引っ越しちまったから、その後の顛末を詳しく知らねえのがちょいとばかり残念だ。




 ああ、本当に、残念だ。






・・☆・・


 




「う……あ……?」




 真っ白い天井が見える。


オレは、いったいどうなって……




「起きた」




 うお!?


ララじゃねえか!?




「……あ……えぁ、う?」




 駄目だ、言葉が上手く出てこねえ。


っていうか口が塞がれてねえか?


包帯みてえなもんで。




「喋っちゃ駄目。顎が折れてるから今動かすと変にくっ付く」




 マジか。


やっぱ割れてたか、顎。




「とにかく落ち着いて。今はあれから1日後」




「……」




 そんなに寝てたのか。


どうりで若干体が楽になってるわけだ。


というか、麻酔でも効いてるみてえにふわふわしやがる。




「ビックリした。公衆浴場から帰ってたら結界の反応があって、行ってみたらウッドは大怪我してるしオーガイは死にかけだし」




 ……やっぱ、あの時見えたのは見間違いじゃなかったんだな。


それで病院に担ぎ込んでくれたってのか。


ありがてえ。




「街中での結界の使用はご法度。ソレに加えて精霊術での聞き取りも済んでるから、オーガイの方が悪いのはギルドが知ってる、安心して」




 魔法、マジ便利。


地面や空気に聞き取り捜査できるんだもんよ。




「あんまり得意じゃないけど、回復魔法かけながら運んだのもよかった。後遺症も残らないって」




 そんなことまでしてくれたのか。




「ぁ……り……が……」




「だから喋らなくていい。子供のころに『モリシタサン』が教えてくれたの、『情けは人の為ならず』って……同じニホンジンなら知ってるでしょ?いい言葉だよね」




 ……ありがとう、モリシタサン。


どうやらララの知り合いの同郷人は、かなりの真人間だったらしい。


助かったぜ。




「……久しぶりにいっぱい喋ったから疲れた。ちょっとご飯食べてくるね」




 そう言ってララは立ち上がり、どこかへ去っていった。


……頭まで固定されてるっぽいから動けねえ。


ああ、なんとも居心地が悪い。




「あ、マギカちゃん。ウッド起きたよ」




「ホンマでっか!?!??!?!?!?!?」




 部屋の外?から聞き馴れたでっかい声がした。


マギやんもいんのかよ。


……まあ、そりゃ知ってるか。




「ウッド!ウッドぉ!!」




 ドタバタと足音が近づく。


おお、慌ててんな。


すぐに視界に、にゅっと見慣れた顔が出てきた。




「ウッド!ウチのことわかるか!?自分が誰か忘れてへんか!?」




 見慣れたマギやんの顔。


しかし目が真っ赤だ。


寝不足か、それとも……泣いてくれでもしたんだろうか?




「ぅ、あぅ」




 駄目だ、声が出ねえ。


なんとももどかしい。




「あっそうか、顎がイカれとるんやったな……すまん!」




 椅子を引く音がして、マギやんの頭がちょいと低くなる。




「……目はしっかりしてんな。わかるんやったら瞬きしてんか?」




 ばちり、と小粋なウインクをかます。


これなら元気だってわかるだろ。


……いや、元気じゃねえけど。




「……ふふ、アホ!そこまでせんでもええ……う、うう、うぅうう~~~~!!!!」




 が、マギやんの目がみるみる潤んで大粒の涙が浮かんでくる。


うわあ、でっけえ粒。




「よがっだぁあ!!ウッドがいぎででえがっだぁああ~~~~!!!!」




「ぎぎぃ!?っぎ!?」




 マギやん!?折れてるから胸に触るのはカンベンしてくれぇえ!?


死ぬ!!急に痛くなってきやがった!!




「うあっ!?しゅ、しゅまん……せ、せやけど、せやけどえかった……えかったぁ……」




 マギやんは慌てて体を離し、しゃくり上げながらオレの左肩に手をいっでええええええええええええ!?




「ぎぎ!?ぎっぎ!?」




 マギやんそこ!?そこもナイフ突き刺さったから!?




「ひゃああっ!?せやった!!ホンマスマン!すまんんんんんん~~~~!!」




 どこにも触らないように、マギやんは離れる。


……さっきまで夢見心地だったのに、一気に現実に引き戻されちまった。


まあ、いい気付けになったがよ。




 マギやんはスンスン鼻を啜りつつ、落ち着きを取り戻したようだ。


椅子に座り、まっすぐ顔を見つめてくる。




「……オーガイのこと、聞いたで。ウチのことでホンマに面倒かけてしもて……ウッドばっかり、大怪我させてしもてぇ……」




 これは、いけねえ。


マギやんが気に止む必要はねえんだ。


だって何も悪くねえんだから。




 だから。




「っぐ、ぅう、う」




「ウッド!?」




 左腕を無理やり動かし、痛みにこらえつつマギやんの方へ伸ばす。


そして、慌ててその手を取ろうとするマギやんの―――




「みゃん!?」




額にツッコミよろしくチョップをした。


そして、『怒ってますよ』という気持ちを込めて軽く睨む。




「ちぃ、がう」




「ウッド!?」




 四苦八苦しつつ、声を絞り出す。




「マギ、やん、悪く、ねぇ。オレ、やりたくて、やった……仲間、守る、あたり、ま、え」




「ウッド……」




 突っ込んだ左手を、マギやんがそっと握った。




「アンタ、ホンマもんのアホや、アホ……」




 そして、優しくその手に頬ずりしてくれた。




「いいオンナ、は、わらってる、ほうが、いい、ぜ」




「アホ……」




 だがオレの口に限界が来ちまった。


これで打ち止めだ……




 疲れた顔に気付いたんだろう。


マギやんは泣き笑いの表情で呆れている。


しかしすぐに顔を曇らせ、絞り出すように呟いた。




「……ウチは、このままアンタとチームでおって、ええねんか?」




 オレの答えは、無茶苦茶オーバーなウインクだった。


言われるまでもねえよ。


生きてるし、何の後悔もねえさ。




「……うん、おおきに……おおきになァ」




 それを見て、マギやんはまた大粒の涙を流すのだった。


久しぶりに、安らかな時間が流れているような気がした。






・・☆・・






「騎士殺しのウエストウッド~!死にかけたって聞いてお見舞いに来たよォ!これ、店のみんなから……あれ?お邪魔だったァ?」




「あれだけのスケベが易々とくたばるワケないニャ!早く治してまた店に来るニャ~!……あ?」




 ……安らかに、終わらせてくれよ……


噂システム……許さねえぞ……




「……ウッド、アンタ……アホやね、アホ」




 マギやん、そんな顔でオレの顔を見ないでくれ。


お願いだから。

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