第65話 異世界にもいやがったのか、勘違い男!

「っぐ、てめぇ……なに、しやが、る」




 喋るどころか、息をするだけでも痛ェ。


視線をオーガイから外さずに下の方を確認すると……アレだ、小さなハンマーが地面に転がってる。


アレが、胸にぶち当たったのか。


畜生、コレ絶対肋骨折れたろ。




「なんとも、いい格好だな」




 オーガイはその場で背中にしょっていた中華包丁みてえな剣を抜いた。


……マジかよ、この野郎。




「オイ、銀級、冒険者さんよ……本気、かい?ここは……街中、だぜ、ぐぅう!」




 胸の傷を確認するように動き、前のめりに体を倒す。


これでオーガイからはポンチョに隠れて右手が見えねえ。




「本気だよ、小僧。前にも言ったじゃねえか……喧嘩ってのは人見て売れ、ってな」




「っがは、ゴホ!?……言っても、無駄だろうけどなァ……オレをどうこうしても、マギやんがアンタに惚れる、可能性は……ゼロだぜ、おい」




 クッソ、胸が痛すぎる。


考えも呼吸もままならねえ。




 だが、このままこうしてりゃあ……騒ぎを聞きつけて誰かが来るはずだ。


ギルマスが言ってたじゃねえかよ、街中に増員してるって。




「―――お前が何を考えてるかわかるぜ?だが残念だったな……助けは来ねえよ」




 オーガイは薄ら笑いを浮かべて足を踏み出す。


っは?それこそ何のハッタリだ?




「『人払いの結界』ってんだ……てめえごときに、大層な魔法具使わせやがってよ……だがまあ、これで周囲には何も聞こえないし、何も見えん」




 結界、だぁ?


マギやんが野営の時に使ってたようなヤツか!?


この野郎、そんなにオレを殺したいのかよ!?




「っぐ……」




 前のめりの体勢から、ふらついたように尻もちをつく。


……よし、これでいい。




「忠告は聞いとくもんだぜ、にいちゃん」




「なぁにが、忠告、だ。嫌がるオンナに縋り付く、男の、風上にも置けねえような、屑の、癖によ……」




 オレの煽りに、奴の顔が真っ赤になる。


はは、煽り耐性ゼロでやんの。




「それとも、なにかい?あんだけ、嫌われてんのに、惚れられる、算段でもあんのかよ?後学のために……教えて、くれねえかァ?」




 とりあえず分かったことがある。


コイツは、例の公爵家とは無関係だ。


攫って貴族にお届けしようって奴が、ただの仲間であるオレをどうこうしようなんざ考えねえだろ。


今日みてえに別行動してんなら、そのままマギやんの方に行くはずだ。




「―――俺にはわかる、あの子はな、強引な男が好きなんだよ」




「―――は?」




 やっべ、頭が真っ白になっちまった。


今なんつった、コイツ?




「男の方から口説いて欲しがってんだ。間違っても、てめえみたいなヘラヘラした男に靡くような女じゃねえんだよ」




「……ああ、そう、かい」




 マジか。


マジかコイツ。


異世界にもいるのかよ、『勘違い男』ってやつ。


どんだけ嫌われてても、謎のポジティブシンキングでプラスに変換するある意味幸せな種類の男。




 ……昔勤めてた会社にいたなァ、そういえば。


事務の新人に惚れてた、万年平社員の40男。


面と向かって『嫌いです、近付かないでください』って言われたってのに『照れてるだけ』だってほざいてたなァ。


照れてねえよ、氷みてえな目してたじゃんあの新人ちゃん。


忘年会の時に無理やりキスしようとしたから、ベロベロに酔っぱらったフリして股間を蹴り上げたんだよな……思い出したぜ。


危うく訴えられる所だったが、新人ちゃんが『東森さんを訴えるんなら私も出るとこ出ます』って言ったら依願退職で消えてたな、アイツ。


まさか異世界に来てまで思い出すとはね。




「ごっほ!ガハ!んんぐ……っぐ」




 飲み込んだ唾から血の臭いしかしねえ。


やべえんじゃねえのか、コレ。


だがまあ、コレだけはしっかり言っとかねえとな。




「オイ、無駄だろうがしっかり聞けよヘドロ野郎……」




 息を吸い込み、オーガイを下から睨みつける。




「……あの子はなァ、身持ちが固くて性格が良くておまけに美人で巨乳、どこに出しても恥ずかしくねえ最高のドワーフだ」




 絡んだ痰を路上に吐く。


……うわ、真っ赤だ。


どうりで、息をするたんびに血の臭いしかしねえわけだ。




「―――だからよ」




 睨む。


睨みながら、口の端をわざとらしく持ち上げる。




「てめえ……みたいな、カスに……どうこう、できるほど、やっすい女じゃねえってこった」




 オーガイの顔がどす黒く染まった。


っはは、効いてる効いてる。




「ここまでだったら、なかったことにしてやらァ。治療費だけ置いてとっとと消えな、死にたくねえなら―――」




 地面が吹き飛ぶ。


オーガイのいた場所が、爆発した。


同時に、残像みてえな速さでオレに向かってカッ飛んでくる。




 コレを―――待ってたんだよ!!




 ポンチョの中で握った【ジェーン・ドゥ】のグリップを滑らせる。


トリガーガードを支点に、そのまま銃口が前方へ向く。




 この撃ち方、どうしたって手首がいかれるだろうが構うもんかよ!


死ななきゃ、安い!!




「ッガアアアアアッ!!!!」




 あっという間に距離を詰めたオーガイが、剣をオレの顔面に向けて真っ直ぐ振り下ろす。


馬鹿正直に来てくれてありがとうよォ!


舐められてて万歳、だ!!




「くっせえんだよ、カス!!!!」




 ポンチョの内側で、引き金を引く。


体中に響く衝撃に続いて、くぐもった銃声。




「ッガ!?」




 発射された弾丸は、オーガイの剣に着弾して火花を散らす。


一瞬も拮抗せず、その中程から破壊。




「っぐうううう!?」




 オレの手首が嫌な音を立てて折れた瞬間、オーガイの兜に盛大に青白い火花が咲く。


なんだ、アレ!?




 半分飛び掛かってきた体勢のオーガイは、もんどりうってそのまま後方へ吹き飛んだ。


兜が、いや首がまだ……付いてる!?


なんちゅう頑丈さだ!?




「(左手に来い!!)」




 死んだ右手首に見切りをつけ、左手を前に伸ばす。


空間が歪み、【ジェーン・ドゥ】が出現。


グリップを掴むなり、倒れ込みつつあるオーガイの胴体目掛けて引き金を引く。


狙いは、土手っ腹ァ!!




 銃声。




「―――っちぃい!?」




 が、なんとオーガイは倒れ込みながら片手で地面を殴りつけて横へ跳んだ。


銃弾は外れ、路地裏の地面を豪快に抉って吹き飛ばす。


何ちゅうデタラメな動きだ畜生!


これが銀級冒険者の実力か!!




 だが、空中じゃ身動きとれねえだろ!


これで―――!?




 左肩に、熱。


視界の隅で、飛んできたナイフが根元まで突き刺さるのが見えた。




「っぎぃいい、い!?」




 一瞬遅れて、脳内で痛みがスパーク。


視界が明滅する。


刺さった勢いに押されて、地面に引き倒される。


し、しまった……!!




「んの、野郎ォ!!」




 盛大な痛みの中、四苦八苦しつつ左手をついて体を起こす。


腕の動きが、鈍い!


神経か何かをやられたか、くっそ!


とにかくヤツを見つけねえと―――






 ―――顔を上げると、視界一杯に拳が見えた。






 嫌な音と、衝撃。


空が見え、地面が見え……板塀が見え、壁の煉瓦が見えた。




 ―――ああ、殴り飛ばされたの、か。




 他人事のように考えながら、長い距離を転がる。


何度か視界が目まぐるしく空転し、やっと止まった。




 景色が斜めになってるってこたぁ、地面に倒れてんな。


チカチカする視界に、鎧を着込んだ足が見えた。




「っガァ!?」




 顎を蹴られ、仰向けにさせられた。


割れたらどうしてくれんだよ、テメエ。


ケツアゴにはなりたくねえぞ!




「……ふざけ、やがって……この、餓鬼がァ……!!」




 おー……倒れてるからクソチビのオーガイもでっかく見えるぜ。


煽ってやりてえが、あいにく口がガッタガタでろくに動きゃしねえ。




 オーガイの顔面は、血で真っ赤だ。


着弾した【ジェーン・ドゥ】の弾丸が兜を引き千切りながら抜けたのか、顔の右半分がズタズタになってやがる。


だが、とんでもねえ強度の兜だったんだな。


コレで撃って貫通しねえの、人間相手じゃ初めてだぜ。


例の騎士サマの鎧よりも頑丈とはな。




「妙な魔法具、使いやがって……人族の癖によォ!!」




 震えながら向けた銃口。


それが殴りつけられ、手から【ジェーン・ドゥ】が吹き飛ぶ。


ついでに左手首からも、嫌な音がした。




 ……久しぶりに両方折れたな、クソ女神モドキ以来だ。


激痛なんだろうが、あいにくそこ以外が痛すぎて何も感じねえ。




「さあ、コレでもう何もねえ!!このまま首を、へし折って殺してやる!!」




 首を掴まれ、持ち上げられる。


うっわ臭。


嗅覚だけはまだあるの、拷問だろ。




「命乞いしたけりゃしろ……結界の効果時間は、まだある。じっくり殺してやる……!!」




 そうだなあ、両手首が死んでるし、体もロクに動かねえ。


自分じゃわからねえが、外から見たらさぞ死にそうなんだろうさ。


今気付いたが、視界の半分が真っ赤だ。


頭から出血してんなァ。


脳が無事だといいけどよ。




「……よォ、くそ、やろう。こっち、みろ、よ……」


 


 血走った片目がこちらを向く。


殺す瞬間まで、しっかり見る気だな。


念の入ったことだ。




「さいご、に、いいたい、こと、が……あん、だよ」




 体中いってえし、ロクに動かねえけどよ。


―――『指先だけは』、まだ動くんだぜ。




「なんだ、小僧」




 殺意マシマシで睨むオーガイを、思いっきり睨み返す。




「(右手に、来い)」




 オレを引っ張り上げた体勢のオーガイ。


ドワーフ特有の低身長のせいか、男同士で体が密着している。


ぞっとしねえ状況だが、今はありがてえ。




 震える口を四苦八苦し、なんとか開く。




「―――やっぱ、あの子は、てめえ、にゃ、もったい、ねえ……!!」


 




 ―――右手に愛しい重さを感じながら、引き金を引く。






「ァガっ!?!?!?」




 オーガイの鎧の隙間にねじ込んだ【ジェーン・ドゥ】が吠えた。


銃撃の反動でまたも愛銃は手から吹き飛んだが、オーガイもまた横方向へカッ飛ぶ。




「っぐ、うぅ、う」




 地面に転がり、痛みに耐えながら気を保つ。


ここで気を失ったら、駄目だ!


オーガイがまだ生きていたら、殺されちまう!




 路地に転がるオーガイの体から、ジクジクと血が染み出している。


鎧の内部で銃弾が跳ねまわったのか、至る所からとんでもねえ出血量だ。


痙攣するその体を必死で見ていると、路地の向こうの空間がぐにゃりと歪んで見知った顔が出てきた。




「―――ウッド!」




 目を見開いてオレに駆け寄るエルフ……ララの顔を見ながら、するりと意識を手放した。


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