第64話 最高の目覚めと、最悪な気配。

「……色々あったが、今なら大抵のことは許せる気がする、マジで」




 朝の陽射しで目が覚めた。


全身が倦怠感の塊だが、心の中は澄み渡る快晴。




「ニャウゥ……けだものォ……」「んんぅ……もう朝ァ……?アタシ生きてるゥ……?」




 キングサイズのベッドの真ん中にオレ。


そして左右には……昨晩大乱闘を繰り広げた2人のねえさんがいる。




 いやあ、凄かった。


獣人がすげえのか、それともこの世界の女がすげえのかはわからんが……ほんと、得難い経験だった。


まさか尻尾があんなに大活躍するとはな……


それに獣人って無茶苦茶体が柔らけぇのな、もう……脱帽。


あんな恰好、地球でも未経験だったぜ……




「……おう、すまねぇな2人とも。マジでご無沙汰だったもんで加減ができなかった……追加料金払うから昼まで寝かせてくれ……」




 腰が抜けて立てそうにねえ。


頑張った、むっちゃ頑張った。


今までの苦労が消し飛ぶくらい最高の体験だった……




 あとアレ、この世界の性産業すげえ。


『避妊』の魔法とかあるんだな。


あの店のねえさんたちは定期的にかけてもらってるらしい。


たまげたなァ、コンドームなんか目じゃねえぜ。


避妊率100%の上、性病も予防してくれるとかなぁ……地球の人間が見たら目の色変えて欲しがるぜ。


オレも欲しい、ぜひ欲しい。




「アチシも寝る……ニャ、ネネイラ、アチシのお尻付いてるかニャ?ウッドが揉みすぎたんニャ……」




「あー付いてる付いてる……そんじゃ、アタシのおっぱいも付いてるかどうか確かめといて……おやすみぃ……」




「付いてる付いてる……ニャ……」




 2人はオレに寄りかかると、体を押し付けて眠り始めた。


幸せな感触だ……天国って意外と近所にあったんだなァ……




 あっやべ。


また『元気に』なっち……まわねえな。


『打ち止め』かよ。


残念無念。


学生時代と同じようにはいかねえか。






・・☆・・






「ふいぃい~……極楽、極楽。極楽の後にもう一つ極楽……っとお」




 公衆浴場はいつ来てもいいもんだ。


昼過ぎだから空いてるし、ほぼ貸し切りだな。




 あれからオレは昼まで眠り、金を払って店を後にした。


しめて銀貨10枚なり。


『2人相手』としちゃ安すぎるんじゃねえかと思ったが、どうやら昨日助けたサービスで割引らしい。




『またおいでェな、おにぃさん』




 そう言って微笑んでたママさん……キツネっぽい獣人でとんでもねえ色気だったなあ。


機会がありゃ一戦所望してえな、うん。


勿論、あの2人も最高だったが。




「この騒動が終わったら稼いでまた行くぞォ……程々に」




 正直懐はあったけえから何日でも泊まれるが、それじゃ早晩ダメ人間が完成しちまう。


オレって人間は楽な方へ楽な方へ流れやすい性格なんだ。


日本にいたころならともかく、この世界でそうなったらアッサリ死んじまいそうだし。


ポヤポヤしたまま冒険者なんざできねえ。


メリハリが大事なんだ、メリハリ。




「お、なんでぇウッドじゃねえか。こんな日も高いうちからいいご身分だな」




 ざば、と浴槽の湯が動く。


そっちの方へ目を向ければ、ガモスのおやっさんだった。




「そっちもそうじゃねえか、おやっさんよ。オレぁ面倒な依頼が済んだんで骨休めだよ」




「こっちもそうだ。朝までかかって注文こなしてたんでな……風呂にでも入らねえとやってられねえ」




 おっと、おやっさんは純粋な労働かよ。


ソイツは失礼。




「うぐああぁ……最高だぜ。『ニホンジン』様様だな」




「へ?公衆浴場って『ニホンジン』が作ったのか?そいつは……すっげえなあ」




 ……ま、わかっちゃいたがな。


まんま銭湯の間取りだもんよ、ここ。


番台までありやがるし。


いつの時代か知らねえが、粋な先輩もいたもんだ。




「おう、つってもこの街が発祥の地じゃねえけどな。大陸の東側にある『ダレイラ皇国』って場所から広まったんだよ……かれこれ1000年になるって話だ」




「へえ、歴史があんだなあ」




 色々スケールがでけえよな、この世界。


文明の発展スピードもなんかちぐはぐだし。




「たしか『タダシ・ミマサカ公爵』……だったっけか?厄介な疫病を鎮めた大英雄だぜ?」




「公爵……ってことは、その功績で?」




 ミマサカさんねえ。


公爵ってのは王の親戚だろ?すげえ出世だな。




「皇の娘を貰ってな、今でもミマサカ家は残ってるって話だ。戦の才能もあったとかで、軍記物語でも結構有名だぜ……『戦闘公爵』なんて物騒なあだ名もある」




「へ、へぇ……」




 それ絶対『銭湯公爵』だろ。


長い歴史で真実が歪んじまった典型例だな。




「『ニホンジン』にも色々いるんだなあ。英雄ばっかじゃねえだろ?」




「良くも悪くも話題になる連中だな、たしかに」




 ギルドにゃバレたが、この口振りからしてこれ以上バレねえようにしねえとな。


さすがにギルマスやらマチルダやらが言い触らすとは思えねえし。


ミドットにいさん達は守秘義務もあるしな。




「ミディアノにゃあいなかったのか?」




「……いねえなあ、いや、いたかもしれんが今頃ドラゴンの腹の中だろ。この近所にはいねえの?」




 同郷の人間からしたら、オレの格好なんてまんまガンマンだからな。


ニホンジンじゃなくっても、地球出身だってすぐに気づかれちまう。




「この国にゃあ……俺がガキの頃に1人いたな。もっとも、すぐに死んじまったが」




「死んだァ?病気かなんかか?」




 それなりのモノを貰って転移してきたんじゃねえの?


オレにしてもそうだが、そうそう簡単に死ぬかねえ?




「うんにゃ、よくは知らねえが……なんか奴隷商と揉めて殺されたらしいぜ?」




「……なんでまた?」




「『ニホンジン』ってのはめっぽう奴隷商が嫌いらしい。なんでも奴隷を全部解放しろっつって大暴れしたってよ」




 あー、前にモンコが言ってたな。


そんな連中が多かったって。




「んで、いくつかの街で奴隷商をぶち殺して……賞金首になってな。最後は金級冒険者に首、落とされたってよ」




「……アホなのか?」




「アホなんだろうなあ」




 色々言いたいことはあるが、そもそもここは異世界。


地球のルールをいきなり持ち込んだら、そりゃ揉めるだろ。


奴隷商って聞けばたしかに忌避感はあるが、この世界じゃきちんと認可を受けた真っ当な『商売』なんだろうし。


何の後ろ盾もない状態で、既得権益に喧嘩売るなんてなあ。


若かったのかねェ?




「よくわからねえ種族なんだな、『ニホンジン』」




「そうとしか言いようがねえ。良いも悪いも両極端なんだよ……この浴場みたいな便利なモンを作ったヤツもいるし、有名な『薬聖サカキバラ』もいるしな」




 お、前に聞いた名前だな。




「あとは……有名なのだと南の『ファーミル公国』の大農園『ミズシマ』の創立者とかな。大飢饉の時に活躍してよ、ソイツのお陰で餓死者もずいぶん減ったらしい」




「おー!あの果物か!ありゃあ美味かったな」




 この街に来てすぐに食った果物じゃねえか。


日本語っぽい名前だと思ってたら、やっぱりそうだったか。


意外と来てるなあ、ご同郷。




 前に『ジャック草』なんて薬草もあったが……『アメリカジン』も来てたんだろうな。


オレのクロスボウの原型作った奴は『チュウゴクジン』か?




「ふうぅ……いけねえ、のぼせちまう。おいウッド、ここで会ったのも縁だ……ちょいとひっかけに行こうや」




「昼間っから酒かよ……ま、予定はねえから行くけどな」




 この調子で、他にも色々おもしれえ話が聞けるかもしれんしな。


どうせ街からは出れねえし、出るつもりもねえ。




「うし、じゃあ先に上がるぜおやっさん」




 『運動』したら腹が減った。


何か腹に入れねえとな。




「おう、じゃあ……おいおいウッド、おめえその背中……がははは!」




「あ?なんだ?」




 おやっさんがオレの背中を見て爆笑してやがる。


一体なんだ?




「っひひ、おめえ、そ、そこの鏡で、み、見てみな……ぎゃははは!」




 鏡?


背中に何か書いてあんのか?


しっかり洗ったハズなんだがな……?


洗い場にゃあ姿見があったな、行ってみっか。




「まったく、何だってんだよ……ええと、背中背中……うっわ」




 四苦八苦しながら背中を確認すると、そこには……うん、無数の……なんだ、その。




「……空いててよかったぜ、ここ」




 無数の『キスマーク』と……口紅みてえなもんで書かれた文字。


しっかり洗ったのに落ちてねえのか……変な口紅だな。




「随分とまあ『面倒な依頼』だったんだなァ?ええおい」




「まあ……強敵ではあったぜ、強敵ではな」




 オレの背中には、筆跡違いの2つメッセージが残されていた。






『ケダモノ、すけべ、また来なさい』『お尻揉み過ぎ、すけべ、また来て』






「ははは……また行こ」






・・☆・・






「う~い……飲んだ、飲んだァ、っと」




 若干の千鳥足で、宿へ向かう。


今日は飲む前に飯食ったから、以前よりかはマシな感じだ。




 あの後おやっさんに飲み屋に連れていかれ、昨日のことを根掘り葉掘り酒の肴にされちまった。


言うつもりじゃなかったのに、結局店の名前まで教える羽目になった。




『マギカにゃあナイショにしといてやるよ!程々に遊びな!』




 って言われちまった。


……どうやらおやっさんも結構娼館を利用していたようで、そういう方面には優しかったがね。


もっとも、今はすっかりご無沙汰らしいが。


店が忙しくてそんな暇はないらしい。


金があっても時間がない、か。


ままならんもんだな。




「……運動もしたし、風呂にも入ったし、酒も飲んだ。今日は宿でグッスリ寝ちまおう」




 さぞいい夢が見れそうだ。


最高の体験だったしな。


永久保存しとこう、脳に。




 そんな風に『いい思い出』を思い出しつつ歩く。


異世界に来て色々大変だが、今日で結構帳尻が付いた気がするなァ。


単純だね、オレってばさ。




「うおっとぉ」




 飲み過ぎの影響か、足元がふらついて倒れそうになった。


あぶねえあぶねえ、こけて怪我でもしたら今日のいい思い出に傷が付いちま―――






 ―――かがんだ頭の上を、何かがとんでもねえ勢いで通り過ぎた。






「なんっ!?」




 その風圧に押されて、地面に手をつく。


ほぼ同時に、バキバキと木の裂ける音。




「まじ、かよ」




 酔いが醒めていく頭で確認。


道の板塀に、斧が突き刺さっている。


バトルアックスってのか、こいつは……?






「―――避けたかよ、運のいいヤツだ」






 暗がりから声がする。


中腰のまま、そこへ視線を向け―――




「っが!?!?!?」




 胸に衝撃。


みしみしと嫌な音が体の奥から響いた。


遅れて激痛がやってくる。




「~~~~~~~ッ!?!?」




 吹き飛んで地面を転げ回る。


さっき飲んだ酒とツマミが口から脱出して、辺りにぶちまけられた。




「―――だが、ここまでだ」




 明滅する視界の中で、暗がりから人が出てきた。




 低い身長。


だが、それに反する太い四肢。


背負ったクソデカ中華包丁みてえな大剣。




「テ、めぇ、は……!」




 以前揉めた悪臭の塊ドワーフ。


銀級冒険者のオーガイが、そこにいた。

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