第69話 ああ、愛しき労働の日々。
「――アカン!1匹抜けてもうたァ!?そっち行くでぇ、ウッド!!」
「応ッ!任せろマギやん!!」
森の奥から、マギやんの声。
それに対して、こっちの準備はもう終わっている。
オレの視線の先……一抱えはありそうな木が揺れ、いや折れつつある。
「っすぅ……」
足を広げ、両手で【ジェーン・ドゥ】をしっかりと構えて息を吸いこむ。
撃鉄は、もう起こした。
「ピギ!!ピギィイイイイイイイイイッ!!」
揺れていた木が根元から折れ、甲高い声を上げて影がこっちへ来る。
うっお、でけえな!?
だが……【ジェーン・ドゥ】にゃあ、デカさは関係ねえよ!!
轟音、同時にマズルフラッシュ。
両肩に衝撃が襲い掛かるが、問題ない。
しっかり構えていれば、対戦車ライフルだって撃てるんだ!!
「ギ、キュ―――!?」
放たれた弾丸は、影の頭に着弾。
血飛沫を撒き散らし、頭を半分消し飛ばした。
ぐったりした体は、さっきまで生きてた勢いで……オレの足元まで滑って、止まった。
「これでありふれた魔物だってんだからな……異世界、恐ろしい」
そこには、地球で見たのよりも2周りはでっかい猪……みたいなもんがいた。
全体としては猪なんだが、目は4つあるし牙はデカいのが4本も生えてる。
〇ッコトヌシ様かよ。
脳の部分は吹き飛んでいるが、体の方はまだびくびくと痙攣しつつ地面に盛大に献血している。
……血抜きの手間が省けてよかったといえば、よかったがな。
「おーい!生きとるかウッド!?」
折れた木の奥から、鎧装備のマギやんがやってきた。
「ああ、元気元気さ」
マギやんはハンマーと……猪2匹を引きずっている。
片手にハンマー、もう片手に2匹分の後ろ脚を持って。
……頼もしいぜ、ドワーフ。
「すまねえな、マギやん。2匹も任せちまってよ」
「かめへんかめへん!こないな『子供』、ウチの敵ちゃうさかいなっ!」
……そう、3匹いるこのクソデカ猪はまだガキなのだ。
【ローガ・ボア】というのが、この猪の名前。
山菜の芽や、野菜をモリモリ食う害獣……いや、害魔物だ。
そして、成獣のサイズは……この前ルドマリンでぶち殺したクラーケンと同じくらい、らしい。
やっぱこの世界、サイズがおかしいわ。
「親がおれへんから楽勝や!とりま、移動すんで~!」
「応、ふんぐぐぐ……」
「……ウチが持とか?」
「いらねぇえ……」
心配そうにこちらを見るマギやん。
男のプライドを総動員し、猪の首にかけたロープをなんとか引くオレ。
水場は、遠い。
・・☆・・
ギルマスとの会合から、もう1週間。
オレとマギやんは、銀級になるべく依頼に励んでいる。
「依頼をバンバン回す」とギルマスが言ったように、マジで毎日依頼が回ってくる。
『指名依頼』って形だったり、受付でマチルダが別の依頼表にすり替えてくれたり。
正直、贔屓されてるようなもんだが……査定内容なんかは一切の忖度なしだ。
つまり、
『依頼は回すから、あとは努力でなんとかしろ』
ってことだぁな。
……ま、それだけでもありがてえけどな。
ひょっとしたら依頼の中に、例のスケベ公爵の息のかかったモンがあるかもしれねえし。
それを弾いてくれるだけでも、ありがてえよ。
・・☆・・
「ふんぬあーっ!!」
「ひええ」
どぼん、と盛大な水飛沫。
マギやんが、猪の3匹目を水に叩き込んだ音だ。
さっきの森から出て、ちょいとした水場に来ている。
周囲の見通しはよく、ここなら不意打ちにも対応できそうだ。
猪たちは揃って池に沈み、じわじわと血が染み出している。
……壮観だなァ、この光景。
「よっしゃよっしゃ!これでちょい休憩やな~!」
マギやんの兜が割れ、汗をかいた顔が出てくる。
あんなにでっかい猪が、まるで子犬みてえな扱いだ。
「ウッドウッド、タオル出してーな」
「ほいよ……お疲れさん。悪いなァマギやん」
「むわわ」
背嚢から取り出したタオルを投げる。
思ったより高く飛んだので、マギやんの頭にぶつかっちまった。
「……ぷはっ、気にせんでええで!ウチかてウッドの素敵な背嚢に世話になっとるんやし!お互いにやれることやったらええんや!」
マギやんには、異次元背嚢のことも話してある。
だから、これだけの猪を持って帰れるって訳だ。
……だが、さすがにギルドに一気に出すのは金になるが目立つ。
なので、討伐部位以外の肉とか革とかは小出しにする予定だ。
この背嚢に入れておけば長持ちするし。
ちなみに、背嚢のことはギルドには言ってねえ。
『アカン、アカンで!!こないな便利なモン持ってること知られたら……運び屋の仕事ばっかり回されるで!!』
って、マギやんに言われたしな。
運び屋ばっかりってのはちょっとなあ。
それに、この世界はゲームじゃないからレベルとかはねえが……それでも場数を踏んで、修羅場に慣れとかねえと駄目だ。
この先、何が起こるかもわからねえんだから。
ああ、それと背嚢なんだが。
この世界、こういうアイテムは珍しくない……わけじゃねえが、あるにはある。
ダンジョンの宝箱とかに入ってるらしい。
こういうところはファンタジーだな。
でっけえ商店とかが大枚はたいて買い取るんで、あんまり市場に出回ることはねえらしいが。
「んじゃ、飯にするかな」
「ほんなら薪はウチに任しとき~!」
小枝くらいの勢いでハンマーを振り回し、マギやんは林に消えて行った。
……すげえ体力だ、無尽蔵か?
「さて、フライパン用意すっか……マギやーん!今日はどうするよ!?」
「『ちりびーんず』やー!」
木立の奥から声が返ってきた。
はいはい、了解。
・・☆・・
「ウッドの短剣、ごっつ頑丈やしいめっさ切れるわ~……あ、そこ押さえといて」
「うい、了解」
飯を食って休憩を挟み、水から猪を引き上げて解体している。
マギやんには【ジャンゴ】を貸し出し、オレは手伝いだ。
適材適所ってやつだな。
まだ解体に慣れてねえし、見て覚えねえと。
「んにぃ……っと、ホイ後ろ脚」
「おう」
広げたデッカイ葉っぱの上に、骨付きの足が置かれる。
それを葉っぱで包み、適当に縄で縛る。
背嚢に入れちまえば他の荷物は汚れねえんだが、取り出す時には触れねえといけねえからな。
衛生的にアレだしよ。
明らかに背嚢をパンパンにしちまいそうな後ろ脚は、スルっと入った。
膨らんでもいねえ。
何回見ても不思議な光景だ。
「魔法具って、すげえよな」
「今更やん……ああ、ウッドのおったとこには魔法がないんやっけ?ウチ的にはその方がビックリや、不便すぎひん?」
「初めから存在してねえからなあ。まずその発想に至らねえ……それに、機械で代行してっからなあ」
バラ肉っぽい部位を受け取りつつ、会話する。
胡椒効かせて焼いたら美味そうだな、コレ。
「【ジェーン・ドゥ】ちゃんも元々は『キカイ』なんよな?同一の規格で大量生産するなんざ……そっちの世界もとんでもないわ」
「コイツはまだ単純な部類さ。今向こうで現役の銃はもっともっと複雑だぜ?」
最初期のリボルバーだからな。
こっちに来るちょい前は、AI制御の銃なんてのも開発されてたな。
そこまで行くともうPCだ。
「うにゅ~……詳しく聞きたい気持ちと、ヒントだけ聞いて自分でたどり着きたい気持ちが二つあるんや~……」
技術屋としての矜持、ってやつか?
ドワーフも大変だねえ。
「悪いけど最近の方は詳しくねえぞ。【ジェーン・ドゥ】から、そうだな……50から80年先くらいまでの銃ならなんとか覚えてるがよ」
第二次世界大戦までくらいなら、結構自信があるぞ。
アメリカ系もいいが、ドイツ系も結構好きだ。
モーゼルは拳銃もライフルも大好きだな、逆にアレ嫌いな人間見たことねえぞ。
「ほえ~……先の楽しみができたわ!ホイ肩肉」
「うーす」
受け取った肉を包み、背嚢へ。
でっけえ肩だな。
「内臓は悪い虫まみれやから捨てるで、ええな?」
「おう、いらねえ」
異世界寄生虫なんざ、頼まれても感染したくねえ。
無理やり食わねえといけねえほど、困窮してねえし。
「よっしゃ、これで肉は終了や!ほんなら~……どっせい!!」
マギやんが気合を入れ、討伐部位である長い牙をばぎりとへし折った。
……そこは【ジャンゴ】使わねえのかよ。
脳筋すぎるぜ、おい。
せめてハンマー使えよな。
「牙はウチが背負うわ、ウッドは皮を丸めて持ったらええ」
「了解、わりぃな」
「なーんもなーんも!」
池から離れた場所に穴を掘り、猪の残骸を埋めた。
水場に放置なんかしたらえらいことになるしな。
「ほんなら帰るで~!明日はララはんとこと合同依頼やさかい、準備せなな~」
「うーい」
火の始末をし、アンファンに帰ることにした。
さあ、明日も頑張るか。
ウィンチェスターちゃんがジワジワ近付いてるのを感じるぜ、テンション上がるなァ。
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