第38話 しばらくぶりの魚介類、最高。

「着・い・たァ~~~~~~ッ!!」




 マギやんが、両手を空に向けて嬉しそうに叫んでいる。


オレ達の目の前には、でっけえ城門とそれに付属する城壁がある。


現在は、その城門から並ぶ行列の最後尾にいる。


入場待ちはどこの街でも同じってわけかい。




 アレが目的地の港町、【ルドマリン】だ。


こっからじゃ城壁に遮られて海は見えねえが、懐かしい潮の香りで海が近いとわかる。


うーん……地球以来だぜ、後で見物でもしに行こうかね。




 街の規模は……こっから見る限りだとアンファンの半分ってとこかな?




「いやはや……いつもよりも何倍も疲れたねェ」




「クワ~……」




 御者席の婆さんがぼやくと、キケロが同意するように鳴いた。


2日間に渡って草原や荒野を踏破したキケロも疲れているようだ。


まさかダチョウが気疲れするわけもあるめえ。




「まあなあ、盗賊の団体さんがいらっしゃったワケだしよ」




 かくいうオレも、両肩がずっしりと重いような気がする。


いくら相手が人間以下の盗賊連中とはいえ、人殺しをしちまったわけだしな。


こうして疲れる程度には、人間辞めてねえらしいや。


 


 ……罪悪感とか忌避感がゴブリン殺し以下な点はもう忘れようかねェ。


盗賊も魔物みてえなもんだろ、うん。




「……とにもかくにも宿で休みてえや。婆さん、いいトコ紹介してくんな」




「任せときな、この街じゃあアタシもそれなりの顔なんだ。期待しとくんだね」




 ま、定期的に尋ねてくれる医者な訳だし当然か。


薬の件もあるし、変な扱いはされねえだろうよ。




「こうして街に入ってまえば例の家の干渉もあれへんやろし!ばっちし羽伸ばせるで~♪」




「おお、たしか別の四方家の管轄なんだよな……なんだったっけか?」




「【リオレンオーン】な。補足しとくと、【ホーンスタイン】とは犬猿の仲や」




 ……四方家ってのは全員親戚みてえなもんじゃねえのか?


あ、親戚だからこそってか?


オレも親戚とは全員折り合いが悪いしな……実感が湧く。




「なるほどな。そいつは安全だ……お、列が動くぜ」




「うっしゃキケロー!すすめー!」「クワワ!」




 オレ達の乗った馬車は、前の旅人の集団に合わせてゆっくりと前進を開始した。


さすがに、ここまで来れば安全だろう。


今日は1発も撃たなくって大丈夫そうだ。






「よし入れ!ではつ……ヤンヤ婆さん!」




 目の前の旅人が城門へ入っていく。


それを通した20そこそこくらいの若い兵隊が、御者席の婆さんを見て笑顔になる。




「待ってたよ!今回も薬の調合だろ?……助かったァ、一昨日嫁さんのオヤジさんが【ラアス】に噛まれちまってさ」




「おやおや、それは難儀だねギル坊。だけど安心しな、噛まれて1月は大丈夫さね」




 やはり婆さんはかなり重宝されているらしい。


目の前の若いの以外にも、ここにはあと4人兵隊がいるが……全員が笑顔になった。


一番年が多そうなやつも、遠くで手を振る歓迎ぶりだ。


婆さんの作る薬ってのは、かなり頼りにされてんなァ。




「ってことはその2人は護衛の冒険者だな、ルドマリンへようこそ!……一応決まりだから、カードを見せて名乗ってくれ」




「銅5級冒険者のウエストウッドだ」




「銅2級のマギカやで~」




 オレとマギやんが揃ってカードを取り出すと、兵隊はそれを手に取ることもなくサッと見た。




「うん、問題ない!通ってヨシ!……おおキケロ、お前も元気そうだなあ」




「クワックワ~♪」




 明らかにオレらの前の連中より精査時間が短いが、婆さんのお陰だろうな。


こいつらが一刻も早く薬が欲しいってことかねえ。




 そのまま門を潜ると、街の様子が目に飛び込んでくる。




「おお~……さっすが港町、賑わってんなァ……」




 アンファンとはまた違う光景だ。


オレたちみてえな冒険者っぽいのは少ないが、漁師っぽいガタイがいい連中が多い。




 それに……うん、異種族滅茶苦茶いるな。




 ムッキムキの半魚人っぽいの、明らかに布面積の足りてねえ青肌の美人さんたち、それにトカゲっぽいのに……犬猫っぽいの。


多種多様だなあ……いくらでも見てられるぜ。




「なーんやウッド、街に来るなり【セイレーン】に夢中かいな!おっとこのこォ~♪」




「あっで!?」




 マギやんがケツをはたいてきた。


やめろォ!骨盤が粉々になったらどうすんだ!?




「いってえな……別に青い乳に夢中ってわけじゃねえぞ!っていうかあのムキムキなのはどんな種族なんだ?」




 今の口振りからすると、あの別嬪連中がセイレーンとやらか。


なんだっけな……海の妖精的なモンだったか?


ま、あんな妖精ならいくらでもお近づきになりてえがね。




「おーん?アンタ【サハーギ】知らんの?まあ、ミディアノくらい内陸におったら知らんわなあ……って!じゃあなんでセイレーンは知っとんねん、やっぱスケベやわぁ~♪」




「まあ、それは否定しねえ」




 サハーギ、ね。


獣人の魚版って感じかな。


サメみたいなのから鯛みてえなのまでいっぱいいんなあ。


……うお、あのヒラメっぽいのビキニ着てやがる。


じゃあれは雌……いや女か。


さすがに面食らっちまうな。




「あんたたち、アタシはこのまま卸に行くからね……マギカちゃんは知ってるけど、ウッドちゃんには宿を教えとくよ」




 婆さんが後ろから声をかけてきた。


おっと、そうだったそうだった。




「【潮騒の女神亭】って宿さ。この道を真っ直ぐ行った街の外れに建ってるからすぐにわかるよ、見た目は少々古いが、中身は中々のモンさね」




「おう、ありがとな」




「明日以降のことは夜にでも話そうかね、どうせみいんな同じ宿だし」




「ういうい~!ほなまたな、ばーちゃん!」




 別の場所に行く婆さんを見送る。


さーて、どうするかねえ。




「ウッドウッド、飯食いに行こ!ウチもうペコペコや!」




「あー……そうだな、久しぶりに干物じゃねえ魚食いてえし」




 体感じゃあ昼前って所か。


ちょいと早目の昼飯になるが、この2日で疲れたしな……ここらで美味いモンでも食ってリフレッシュといこうか。




「婆さんの口振りだと、マギやんは何度か来たことあんのか?それなら店は頼むぜ」




「依頼でなんべんかな~。ほなら、ウチに任しとき~!」




 何故か力こぶを誇示し、マギやんが先頭に立って歩き出す。


狙われているプレッシャーから一時解き放たれ、生き生きとしているその背中を追うことにした。






・・☆・・






「はいよおまち!」




「うほ~!キタキタぁ!!」




 目の前に、湯気の立つ大皿がどんと置かれた。


香ばしい匂いがたまらない。


これなら2人分には十分……どころじゃねえな、多いくらいだ。




「お兄さんたち、いい時に来たねえ!ちょうどイキのいい【ラアス】を仕入れた所なんだ!」




「……コイツが例の噛む魚ってやつかァ」




 大皿の中央には、地球でいう所のサケみたいな魚が鎮座してる。


だが、サケと違うのは……洒落にならねえほど鋭い歯が生えてるってところだ。


オマケに顔までだいぶ厳ついぜ。


うへえ、ピラニアも真っ青だぜこいつはよ……




 だが、炒めた野菜と一緒になったそいつからはもう……腹の減る匂いしかしねえ。




「見た目はちょいと悪いが、どっこい味は最高さ!ごゆっくり~!」




 店主の……モフモフした虎の獣人がそう言って去って行った。




「んんん~♪ええ匂いやぁ~♪ウッドウッド!かんぱーい!!」




「はいよ、乾杯……飲み過ぎるんじゃねえぞ?」




 マギやんがデッカイ木のジョッキを持ってははしゃいでいる。


中身はエールだが、よくもまあ昼間っからそんなに飲めるよな。




「かめへんかめへん!こないなもん水や!水ゥ!!」




「……前みてえなことだけは勘弁してくれよォ?」




 折角の料理に吐かれちゃたまんねえからな。




「ううぅ、ウッドのいけずぅ……」




 オレの一張羅にぶちまけたことを思い出したのか、ちょいと元気のなくなったマギやんを尻目に切り分け用のナイフを持つ。


こいつで大雑把に切って、お互いに取り分けて食う感じだな。




「はいはいすまねえな……っと」




 ナイフを入れると、皮のパリっとした感触。


続けて、中から肉汁が染み出してきた。


うおお……超美味そう。




 贅沢を言えば白飯にのっけてガツガツいきてえが、残念ながらまだコメにはお目にかかってない。


それに、箸もないしな。


ここは郷に入っては郷に従え……ってことにすっか。




「ほらよマギやん」




 先に切り分けた身を小皿に盛り、マギやんの前に。


からかったお詫びってとこかな。




「……なーんや、ジブン慣れてんなあ?かなーり遊んどったんちゃう?」




「人並にな、人並」




 ジト目を受け流し、自分の分も確保。


さーて、食うか。




「まああええわ、ほな、我らの糧に感謝を」




「……感謝を」




 切り身に手を合わせる。


これがこの世界でのスタンダードらしい。


マギやんや婆さんが依頼の途中でやってたのを見て、オレも真似することにした。


うかつにイタダキマースしなくてよかったぜ。




 切り身にフォークを刺し、口へ運ぶ。




「う……」




 うお、口の中に肉汁が……それに、身も噛み応えがあってうま味もすっげえ!!


噛めば噛むほど……ってやつだ!!




「うめえなァ、コレ!」




「んみゅむぐ……んがっごっごっごっご……せやろ~?」




 マギやんがエールをキメるのもわかるぜ、こいつはよ。


久しぶりの魚だし、なにより地球の鮭とはまるで違う!!


いや、地球産も好きなんだが……




 だって、鯛みてえな味だもんよ。


見かけは完全に鮭なのに。


うーん、超美味いけど脳が混乱すんなァ……いいけどよ。




 味付けは塩だけだが、素材の旨味がとんでもねえから最高に美味い。


あ~……コメが欲しい、欲しいぜ。




「あ、せや。ウッドウッド、これかけてみ~♪ちょい癖強いんやけど、なかなか乙やで~」




 マギやんが卓上の小さい陶器瓶をこちらへ押してくる。


なんだそれ、真っ黒だけど……お!この匂いは!!


おいおい、まさかこいつは!


 


 そいつを身に垂らし、かぶりつく。


口いっぱいに広がる、独特の風味……!




「……おお、なんだこれ!うめえ!!」




「にゃはは!せやろせやろ~?」




 醤油じゃねえか!!


正確に言えば魚醤ってやつだろうけどな!生臭いし!!


癖はあるにはあるが、それでもオレには馴染み深いぜ!


いっくらでも食えそうだ!




「おやっさァん!追加で魚介類の焼き!種類はお任せで!!」




「ウチは火酒~!樽で持ってき……そないな目で見んといてウッド!!こ、こまい樽で持ってきて~!」




 久々の魚介類でテンションの上がったオレは、そう厨房へ叫ぶのだった。


……マギやん、信用してるからな?吐くんじゃねえぞ?

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