第37話 助平に権力を持たせるな。

「ふーん……こいつは、考え方を一回改めないといけないかもねぇ」




 婆さんが、朝食のスープを啜りながらそう呟いた。


ちなみに今回は【無限コーンポタージュ・コーンマシマシ】だ。


パンにバッチリ合って美味い。




「……せやんなぁ」




 が、いつもなら美味い美味いと大騒ぎするだろうマギやんの表情は暗い。


無理もねえか。






 盗賊の第二陣を片付けた翌日。


それなり以上の臨時収入(予定)を得たにも関わらず、オレたちの空気は沈んでいた。




 【ホーンスタイン公爵家】とやらの紋章を刻んだ、例のロングソードのせいだ。


前の盗賊も持っていたが、さすがにあの数はただ事じゃない。


なんたって、剣を持っていた連中全員があの剣だったからだ。


戦場漁りや盗みで見つけたにしちゃ、数が揃い過ぎている。




「……マギやんよ、その貴族の関係者の金玉とか砕いた覚えはねえか?」




「あ、あるわけないやろ!一般冒険者風情が公爵家と関わり合いになることなんかあれへん!!」




 金玉に驚いたのか、マギやんは若干顔を赤くして反論してきた。




……だよなあ。


公爵ってーと、貴族サマの中でもランクはかなり上のはずだ。


地球だとフィクションの中でしかお目にかかれねえが、それでも言ってみれば超上級国民だろう。




「だよねえ……アタシはてっきりマギカちゃんに振られた連中の差し金かと思ってたけど、精々銀級の冒険者がそんなツテ持ってるわけないもんねえ」




「クワワ」




 婆さんの言葉に、キケロがまるで同意するように鳴く。


トウモロコシのバケモンみたいな野菜にかかったスープが気に入ったらしく、顔中コーンまみれだ。


後で拭いてやらねえとなあ。




「でもよ、連中が明らかにマギやんを狙ってたのは間違いねえ……こんがらがってきやがったな」




 狙いは、マギやん。


しかし、色恋絡みの連中じゃねえ。




 偉い偉いお貴族サマが、なんだってマギやんを狙うのか。


そいつが皆目見当つかねえ。


当のマギやん本人にもだ。






「……アレか?重度のドワーフマニアかなんかで、評判の美人ドワーフのマギやんをこう、手籠めにして奴隷にでもしちまうつもり……とかな!」






 考えてもわかんねえから、小粋なジョークを飛ばした。




 飛ばした、んだが……




「……確かに、ねえ」




「……噂が本当やとしたら、あり得る話や」




 婆さんとマギやんは、神妙な面持ちで同意してきたのだった。


……え、マジか?




「ウッド、ウチが公爵家のこと、評判悪いっちゅうたの覚えとるか?」




「……ああ、聞いたばっかりだしな」




 盗賊1回目の夜に言ってたよな。




「公爵家の悪い評判っちゅうのはな、『女関係』なんや」




「……全部?」




「せや、全部」




 ……力が抜けちまう。


するってえと、なにか?


市井の噂に上るほど、女癖が悪いってのか?


嘘だろ、オイ。




「……貴族の悪い噂ってのはよ、例えば税を死ぬほど搾り取るとか、気に入らねえ奴を暗殺するとか、領地を奪うだとか……そういう類のもんじゃねえのかい?」




オレの問いに、マギやんは眉をひそめて答える。




「その全てに『女が欲しいから』を付けたら完成やな」




「……うへえ」




「ホーンスタイン公爵家の現当主ってのはね、そりゃあ女好きなんだよ。領民にちょいといい女がいれば、相手が人妻だろうが生娘だろうが攫っちまう。平民どころか、格下の貴族相手でも同じことをする……ってのが、もっぱらの評判さね。実際、妾やら奴隷やらで相当数の女を囲ってるんだ」




 婆さんが補足してくれた。


なんちゅう助平オヤジだよ、そいつ。


いや、若いのかもしれねえが。




「……いくらなんでもよ、問題になったりしねえのか?平民相手なら揉み消しもできるかもしれねえが、こと貴族相手だとよ」




 貴族ってのは体面やらプライドで生きてる連中だって偏見がある。


そんな連中が、評判に泥を塗られて黙ってんのかねェ?




「ああそうか、ウッドちゃんは外国の人だから知らないんだね、【四方家】をさ」




「しほーけ?」




 急に耳慣れねえ言葉が出てきやがったな。




「【ホーンスタイン】【ヴェッセルドルフ】【ティタノギマルフ】【リオレンオーン】……初代国王夫妻の息子と娘が初代当主の、4つの公爵家さ。この国の、まあ言ってみれば貴族の頂点さね」




 はー……なるほどねえ。


国王を継がなかった子供たちが初代の家か。


聞いただけでも、権力がありそうだな。




「それぞれがこの国の東西南北に散って領土を治めてるんだよ。そしてホーンスタインは、決して他の四方家に尻尾を掴ませない」




「せや、ウチらが今言った噂もあくまで噂や。物証も証言もあれへん」




「……なるほど、なあ」




 全部が全部闇に葬られてるってことか。


だが、火のない所に……なんて言うしな。


何かしらの後ろ暗い事情は確実にあるだろう。




「ってことは、本当にマギやんが狙われるにしても……こうして外に出てる時くらいしかあり得ねえってことだな」




「そうだねえ、この辺りは【リオレンオーン公爵家】の領土だからね。さすがに街中でいきなり掻っ攫うようなことはしないだろうさ」




 ……だからこそ、こうして盗賊のフリしてちょっかいかけてきたってワケか。


なるほど、なるほど。




「ちなみにホーンスタインの領土はどの方角なんだ?」




「北や。【メラインザイド】っちゅう城塞都市がお膝元やな」




「じゃあ、とりあえずそこらに行かなきゃいいんだな。さっきの話からするとよ」




 この国はクソ広い。


ここからだと、北の端なら九州から北海道よりも何倍も離れてるだろう。


……寒いのは苦手だし、そんなやべえのが治めてんならなおさら行きたくねえ。




「……ひょっとしてよ、今までマギやんに粉かけてきた連中の中にもそういう手合いがいたんじゃねえのかな?金でも握らされて、コマして連れて来いってな感じでな」




 ……これなら、冒険者風情が貴族とのパイプがあったっていう無理な仮定にも一応の辻褄があう。


何もご本家から直々ってわけじゃなくて、その部下の部下の部下……くらい遠い貴族からの接触とか、そういう線でな。




「たしかに、そうかもねえ。ウッドちゃん、アンタ冴えてるじゃないか」




「性格が悪いだけだよ。同じように性格が悪い連中の考えそうなことはなんとなくわかるさ」




 自分の中で納得がいったので、空の食器をまとめて持つ。


さて、砂で洗って綺麗にしねえとな。


食器とフライパンは時間経過で綺麗にならねえからな。




「ちょいちょいちょーい!?」




「うおっ!?」




 なんだマギやん、いきなり肩にツッコミ入れてきやがって!?


皿が落ちちまうだろうがよ!?




「ウッド!なーに普通に皿洗いしようとしてんねん!」




「……いや、早く綺麗にしねえと汚れがとれにくいからよ」




「ちゃうっ!!今話聞いたやろ!?ごっっっっっつい面倒ごとの気配したやろ!?それについてなんか言うことあれへんのかいな!?」




 ……?


言うことォ?




「……別にィ?」




「アホーーーーーーーッ!!!!」




「あだだァあああああああ!?」




 肩パンはやめろ肩パンは!


ドワーフの馬鹿力でやられたら脱臼するかもしれねえだろ!?




「ウッドは!ウチと組んだせいでそのごっつ面倒なことに巻き込まれるかもしれへんのやぞ!?なんか……なんか、あるやろ!?解散したいとか!恨み言とかァ!!」




 顔を真っ赤にし、涙目でマギやんが叫んだ。


……はーん、なるほどなァ。




 落ちなかった皿を地面に置き、マギやんの頭に手を置いた。


ぶん殴られるとでも思ってたのか、軽く振動したのがちょいと小動物っぽくておもしれえ。




「マギやんはよ、そのナンとかって貴族サマの肉奴隷にでもなりてえのかよ?」




「にっく……!?い、嫌や!!ウチはそんなはしたない女とちゃう!!!」




 オレの手を頭に乗せたまま、マギやんがさらに赤くなった。


それに吹き出しそうになりながら、口を開く。






「―――んじゃ、オレとしちゃ手助けするわな。オレたちゃ仮とはいえチームで、さらにマギやんは命の恩人だからよ……そんな相手が面倒ごとに巻き込まれたからってケツまくるほど、オレぁさすがに落ちぶれちゃいねえぞ?」






 そのまま乱暴に頭を撫で回し、皿を再び持つ。




「ってわけでとりあえず皿洗ってくらぁ。ぼやぼやしてっと、今日も野宿になるかもだかんな……海を見ながらベッドで寝てえのよ、オレぁ」




 オレが地球で一番嫌いだったのは、『理不尽』だ。


権力パワーで無理やり女を攫おうなんざ、その権化じゃねえかよ。


そんなモンにゃあ、屈せないねェ。






・・☆・・






「……参ったね、死んだ爺さんよりもイイ男かもしれないねえ、あの子は……ああいう仲間は大事にしなよ、マギカちゃん」




「……ウン」






・・☆・・






「どらァ!!うっらぁ!!おおうりゃあああっ!!!!」




 ……なんだ、この状況はよ。




 あれから支度をして野営地を出発し、オレは荷台に乗り込んだんだが……


何故かマギやんはずっと馬車の前を歩いていた。




 んで、たまたま結構な規模のゴブリンの群れに出くわしたわけなんだけどよ……




「オラァア!!もっと来んかァい!!!まるっと挽肉にしたるさかいなァアアァアアアア!!!!!」




 マギやんが、ハンマー片手に挽肉業者になっちまった。


オレが援護に入るまでもなく、無双状態だ。


高速でぶん回されるハンマーに、ゴブリン共はなすすべもなく成仏していく。


……結構な割合で頭が吹き飛んでんだが、討伐部位はどうすんだよ。




「ギャバ!?ッヒ!!ヒギャアアアアッ!!!」




 あ、最後のボスっぽいゴブリンがダッシュで逃げ出した。


小便まで漏らしてやがら、無理もねえな。


破壊の権化どころか小型の台風だ、あんなもん。




「逃げんな不細工ゥ!!【加速ストーレ】ェェエエッ!!!」




 マギやんは高笑いしながら恐ろしい勢いでハンマーを投げた。


ヘリのローターみてえに高速回転するハンマーが、カッ飛んでいく。




「ゲピッ!?!?!?!?!?」




「うっしゃあ!おおあた~り~ィ!!!」




 ……うげ、胴体を貫通しちまった。


ありゃ、即死だな。




「……なあ、婆さんよぉ。マギやんはどうしちまったんだ」




 スキップしながらハンマーを回収しに行くマギやんを見ながら、婆さんに聞く。




「ふふ……ウッドちゃんが逃げなかったから、嬉しくって仕方ないんじゃないのかい?」




「……あんぐらいでェ?」




 チーム組んでりゃ普通のことじゃねえのかな?


マギやんに落ち度はねえんだしよ。




「はっは、『あんぐらい』……か。アンタがそう言う男だから、嬉しいんだろうさ」




「……そんなもんかね?」




「そんなもんさね」




「クワッ!クワァ~!」




 婆さんの声に、キケロが同意するように鳴く。


ふーむ、まあとにかく……元気になってくれたなら、いいか。


やっぱ関西人は元気じゃねえとな。


……じゃねえ、帝国人だ。




「ウッド!ウッド~!見てみ!これ見てみ~!コイツの首飾り、宝石はまっとるで~!エエ値段で売れそうやで~~~!!」




「わかった!!わかったから頭は持ってこなくていいからよォ!!」




 朝とは打って変わってテンションがストップ高になったマギやんを諫めながら、オレは苦笑した。


ま、なんにせよ……元気になってよかったなァ、マギやん。

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