第17話 せめて釈明だけでもさせてくれ、え?ダメ?そんなあ……

「ウッドさん、そんなに遠くから来たんですね」




「まあなあ、何年もかかっちまったぜ」




「南の端から北の端まで……すっごいです!」




 草原を歩いている。


オレの横にはニコニコしたガキが1人……さっき助けて飯を奢ってやったミルがいる。


腹いっぱいになって落ち着いたのか、それとも助けたり飯を食わせたことでオレが特殊な変態じゃないと理解したのか。


どうにも懐かれちまった。


失礼なガキは苦手どころか大嫌いだが、こう……犬猫みてえに懐かれるのもちょいと苦手だな。




 初めは道を聞く程度だったが、どうにも無言の時間が苦手なようで……冒険者の仕事やらなにやらを聞いてくる。


一般的な人間にとって、長距離移動や旅行がほぼ不可能なこの世界。


旅人やら冒険者やらの話を聞くってのは、最上の娯楽らしいや。


地球よりも大変だよな、移動。


だって魔物とかいるもんよ。




「でも、なんでこの国に来たんですか?」




 ミルはミディアノに起こった例の惨劇については知らんらしい。


オレとしても年端も行かないガキに残酷な話をするつもりもないし、元より嘘経歴だ。


そこについては話さないことにした。


聞かれてねえし。




「……南の端に飽きたから、北の端に行きたくなったんだ」




「へえ~~~!」




 こんな臭い台詞でも、ミルは目を輝かせて尊敬のまなざしで見つめてくる。


居心地……悪っ!


今も見てるんなら、どっかでモンコが爆笑してそうだ。




「そしたらここが思いのほか気に入ってな、冒険者になって暮らそうと思ったんだ」




「国のことはあんまり知らないですけど、ここはいいところですよ!盗賊や人攫いもあんまりいないし!」




「……へえ、そうかい。いい所だねェ」




 あんまりってなんだよ。


ちょっとはいるんじゃねえか。


これでいい国ってんだからな……南に封印された連中、一体どんなバケモンだったんだよ。


まあ、死ぬまで会わねえだろうからいいけど。




「ウッドさんはやっぱり魔法とか使えるんですか?」




「がっかりさせてすまねえが、からきしだ。昔っから才能がなくてねえ……」




「え?魔法が使えなくっても冒険者になれるんですか!?お爺ちゃんがそう言ってて……」




「なに、そんなはずは……む」




 ははーん。


この口振りに、あの目線。


この嬢ちゃん、冒険者になりてえんだな。


なるほど、どうりで無駄に行動力があるわけだぜ。


こりゃ、その爺ちゃんとやらが馬鹿な行動を慎ませる名目で吹き込んでんな。


他人様の家庭問題に顔を突っ込むつもりはねえ。


ここは……




「オレァ魔法はからっきしだが腕っぷしには自信がある。それと……コイツさ」




そう言って、ポンチョをめくってホルスターを見せた。




「これは?」




「オレの家に代々伝わる魔法具だ。お前さんを助けたのだって、コイツのおかげなんだぜ?」




「へえ~~~!魔法具って、アタシ初めて見ました!!」




 なんか触りたそうにしてんな。




「おっと、すまねえが触るのはナシだ。これは強力な魔法具でな、直系以外が持つと呪われちまう」




「っぴぇ!?」




 すぐさまミルが飛び退いた。


へえ、さすが獣人……身のこなしはそれなりだな。




「ははは、噛みつくわけじゃねえよ。……だからな、冒険者になろうって思ったら魔法とか、魔法具とか、それとも喧嘩が超つええとか、そういう一芸がいるんだよ」




「いちげい」




「得意なことって言ってもいいな。だから冒険者になりてえんなら、まずは村の中で体でも鍛えるんだな……あと、お前さんは若すぎる」




「むぅ……」




 ミルは不満そうだが、仕方ない。


飯の時に聞いたらなんと9歳だった。


いくらなんでも死に急ぎすぎだろ。




「村があって、家があって、家族がいるんならいいじゃねえか。仲良くできるんなら、しといたほうがいい……独り立ちすんのだって、きちんと家族に了承してもらった方がいいだろ?それより先に強引に出てっちまったら、お前さん村に帰り辛くなっちまうぞ」




 このまま放っておいたら家出してまで冒険者になろうとするかもしんねえな。


せっかく今日の持ち弾の半分も振舞って助けちまったんだ。


コロっと死なれるとさすがに気分が悪いやな。




「あの、ウッドさんのご家族は、きちんと許可を出してくれたんですか?」




「さあなあ、許可とる前に全員死んじまったからわかんねえや」




「えっ」




 これは、嘘経歴じゃなくてマジだ。


地球での俺の家族は、もう全員死んでる。


オヤジ、オフクロ、それに年の離れた妹が。


全員仲良く、交通事故であの世行さ。


妹がお堅い私立中学に合格した祝いの食事、その帰り道だった。


オレは丁度出張中で、どうしても予定が合わなかったんだ。




 まあ、天涯孤独じゃねえけど似たようなもんかな。


親戚は何人……何『匹』かまだ生きてるだろうが、付き合うつもりはない。


家族の保険金絡みでゴタゴタして絶縁状態だしな。




 そういえば、オレは地球だとどういう扱いになってんだろな。


死んでる感じの手続きだとすりゃ、アイツラにも連絡行くのかなあ……あ、なんか腹立ってきた。


異世界経由で呪いとか送れねえかな。




「……すみません、その、辛いことを」




「は?」




 オレが考え事をしていたのを、落ち込んだかなにかだと勘違いしたらしい。


ケモ耳をしなしなさせ、ミルが涙目になっている。


くはは、なんだその顔、妙に可愛らしいな。




「いやあ、今日の晩飯なに食おうかなって考えてたんだ……ずうっと昔のことだ、今更悲しいも辛いもねえ。ホントだからな?」




「え、あと、はいっ!」




 絶対信用してねえな、コイツ。


まあ、誤解を解くのも面倒くさいからこのまんまでいいや。


マジで家族のこと思い出そうとすると、自動的にカスな親戚まで思い出しちまうからな。


悲しいっていうより、むしろ殺意しか湧かねえ。




 ……【ジェーン・ドゥ】持って地球に帰りてえな、一瞬だけ。


んで、あのクソ爺の脳天吹き飛ばして帰還だ。


魔力の弾丸なんで地球じゃ完全犯罪成功だぜ、ケケケ。






・・☆・・






「あっ!ウッドさん!村です!村が見えますよっ!!」




 ミルが指差す先に、ちんまりとした森にくっ付いた、やっぱりちんまりした村的な物が見えた。


結構遠かったなあ、昼飯食った所から。


もう夕方近いぜ……こりゃ、今日中にアンファンに帰るのは無理だな。




 しかしコイツ……この距離を武器も持たずにあの森まで来たってのか。


意外と冒険者の才能、あるんじゃねえの?


調子に乗らせても困るから言わねえけど。




「今晩は泊って行ってくださいね!ウチ、余裕ありますんで!」




「いや、宿にでも泊まろうかと思ってたんだが」




「ないですよ?村にあるのは建物は、みんなの家と薬師さんのお店だけです」




 ……日本の限界集落なんて目じゃねえ。


完全に隔絶してる村だなあ。




「……村じゃ作れねえモンとかは、行商人が売りに来るのか?」




「そうです!もうすぐなんですよ、楽しみだなあ」




 ……この世界は、死ぬまで村とか街から出ずに生きてる連中とかいっぱいいそうだなあ。


ま、お陰でオレみたいな嘘経歴ガンマンでもやっていけるんだがよ。




 そうこうしていると、村の全景がくっきり見えてくる。


まわりの塀が4メーターは楽にあるな。


魔物対策だろうが、まるで野城だ。


村の中には見張り台的な何かも見えるし、物騒な世界だねえ。




 塀はそこそこ頑丈そうな門で区切られていて、その前には何やら人だかりが。


ありゃあ、馬車と……護衛か?


だが、行商人とかそういう連中にしちゃ……なんというか立派過ぎる。


んん?今光ったのって金属鎧か?


そんな高そうなモン、そこらの護衛が着れるような代物じゃねえよな……?




 っていうか異世界で初めて馬見たわ。


地球産とそう変わりはない外見だが、ばんえい競馬にでも出れそうなとんでもねえガタイしてやがる。


人も楽々踏み殺せそうだぜ。




「わーっ!巡回騎士団ですよ!巡回騎士団!」




「……ああ、そのようだな」




 巡回騎士団?


見たことも聞いたこともねえが、ここで聞き返しちゃまずい気がする。


くっそ、ミルがいなけりゃ虎ノ巻に聞くんだがなあ。




 村の門前には、10人ほどの……なるほど、騎士がいた。


どいつもこいつもピカピカに磨かれた全身鎧を着込み、ハルバード?だっけ?


とにかく槍と斧のあいのこみたいな武器を片手に持ち、反対側にはいかにも頑丈そうな盾。


【ザ・騎士サマ】って感じだな。


風景に全く溶け込んでねえ。




 その騎士連中で一番のお偉方らしき鎧が、村人と話している。


なんでそう思ったかって?


1人だけ兜に角生えてんだもん、角。


古今東西、角付きは指揮官って相場が決まってるだろ。




「わーっ!あそこにいるの、お父さんです!おとうさあああああああああああああんっ!!!」




「あっおいちょっと待っ―――!」




 ミルが止めるのも聞かずに走り出した。


年の割には落ち着いていたが、そこはガキ。


やっと帰ってきた嬉しさに我を忘れたらしい。




 ミルの大声に村人も騎士もこちらを見る。


特に村人の方……オレとそう変わらなさそうな年齢の男なんざ、目を見開いている。


ミルは嬉しそうに走り続け、あっという間に門前まで到達し―――




「ぎゃんっ!?」




 何かに躓いて倒れ込んだ。


そして、勢いに乗ったポンチョはまくれ上がり……






色気の欠片もねえケツが、外気に晒されている。






 ……あ、嫌な予感がする。


特に騎士連中が、オレに向ける視線がヤバい。




『行方不明の子供が半裸で帰ってきた→見慣れない男が一緒→村の方から見りゃ、オレから逃げてきたような構図』




 ―――詰んだ!!


これどう見てもオレ、性犯罪者のロリコンじゃねえか!?


ヤバい、まずは大声で説明しねえと……




「怪しいもんじゃない!!銅級冒険者のウエストウッドだ!!森でゴブリンに―――っが!?」




 オレは可能な限り素早く大声を出そうとした。


した、が。


何か知らん、空気の塊みたいなものがいきなり鳩尾に食い込んで吹き飛ばされた。




 そのまま、後ろにゴロゴロ転がっちまう。


腹が、爆発したみてえに痛む。




「っぐあ、お、おご……」




 何度か地面を転がり、やっと止まった。


うぐ、血を吐いて……ねえな、昼飯のチリビーンズだこれ。


もったいねえ。




 馬鹿なことを考えながら、どうにか弁解しようと身を起こすと―――




 目と鼻の先に槍の穂先があった。


門前から投げられたらしい。




「うおおおお!?」




 なんとか首を動かすと、頬を掠めた穂先が地面に突き刺さる。


い、いくら怪しいからって問答無用で殺そうとするか、普通!?




「お、オレはその子を保護しただっげ!?」




 寝たまま叫ぼうと口を開くと、またもや空気が直撃する。


今度は脇腹だ。


その反動で、今度は横にスライド。


もうどこが地面でどこが空かわっかんねえ!?吐きそうだし、もう吐いた!




 転がったままの状態で、ガシャガシャと音が聞こえる。


鎧を着て走ってくる音だ。


かなり速い。




 ミルの声が聞こえない。


転んだ拍子に頭でも打っちまったか……?




「どうす、る、かねえ」




 チカチカする視界で考える。


巡回騎士団……騎士団ね。


ってことは、上はたぶん貴族とかだろうな。


じゃあ、根無し草なオレがこの後無実だと判明したとして……放免されるだろうか?


この国の貴族についての知識はないが、どうだろう。




 鎧の足音が近付く。




 信用してくれるかねえ……っていうか口封じとかされるだろうか。


騎士が勘違いして冒険者をボコボコにしました……ってか。


間違いなくヤバめのスキャンダルだ。


そのまま表に出るとは、思えない。


思えないが……




「ま、いいか……今、ここで死ぬ、よりも、ずっと……いい!」




 瀕死のように見せかけて、一気に跳ね起きる。


【ジェーン・ドゥ】のグリップを握りしめて。




 視界に、オレに向かって剣を今まさに振り下ろそうとしている騎士が見えた。


兜のスリット越しに見える目は、血走っている。


激おこじゃねえかよ。


だが知るか。




 オレだって、あの女神モドキの時の次くらいにゃあキレてんだ!!!!!


舐めてんじゃねえぞこの野郎が!!!!!




「カウントダウンも、コインも、振り向きも、ナシだ!!くたばれ鉄くずゥ!!!」




 体を起こした勢いで照準。


この距離なら眠ってても当たる。


その目障りなバケツ頭ごと、吹き飛ばして―――!!






「やめてぇえ!!その人は違うの!!おねえちゃああああああああんっ!!!!!」




 


 その声に、オレはほんの少しだけ照準をズラした。


だが引き金を引く指は、もう止まらない。




 轟音が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る