第18話 九死に一生を得すぎな件。

「っぐぅう!?」




 撃った瞬間に、右肩に信じられないほどの激痛と妙な感触。


か、肩が……はず、外れたァ!?


さっきまでクラクラしていた頭が、痛みで一瞬にしてクリアになる。




「っがああ……あ、あぐぅう……!!」




 なんとか立ちあがったオレの目の前で、さっきまでオレを殺そうとしていた騎士がのたうっている。


右手が、鎧ごと血で真っ赤に染まっている。




 さっきミルが叫んだ瞬間、僅かに照準をズラした。


騎士の脳天をぶち抜くはずだった銃弾は、剣を持つ右手の方に着弾したようだ。




「ゆ、許さない……よくも、妹、を!」




 銃弾は腕の装甲を引き千切り、ついでにその下にあった生の上腕と右肩も半分『引き千切っている』


吹き出る鮮血に混じって、骨らしきものがチラホラ見えた気がする。


うえ、吐きそう。


だけどなあ、こっちも腹に謎の空気弾喰らって死ぬほど気持ちわりいんだ、お相子だろ?




 後方の騎士団に、ミルが必死の形相で食って掛かっている。


どうやら意識を取り戻してくれたようだ。


助かった……のか?




 息を吸い込む。


うう、外れた右肩が連動して死ぬほどいてえ。






「―――オレはミディアノのウエストウッド!!銅5級冒険者だ!!!」






 だが、それを無視して叫ぶ。


このタイミングで無実と出自を主張しとかねえと、マジで殺されかねん。


おあつらえ向きにミルの姉ちゃん?は地面で動けないようだし。






「アンファンギルドの依頼を受けて!!【マサノリ草】の採集をするために森へ入った!!!そこでゴブリンに襲われているそこのミルを発見し、保護した!!嘘じゃない!!本人に聞いてみろ!!上着を貸した時以外、体には指一本も触れちゃいねえからな!!!」






 これは、目の前にいるアホじゃなく、後方の指揮官に聞かせるつもりで叫んでいる。


そして、村の中にいるだろう村人たちにもだ。


事実は、とにかく多人数に広げるに限る。


それだけ火消しが困難になるからな。


よしんば騎士団が俺を拉致して殺そうとしても、どこかにオレに対しての所業は記憶として残る。


どうせ死ぬなら、死ぬ前に精々爪痕を残してやるぜ。


舐められたままで死ぬとか、それこそ死んでもゴメンだね。




 え……嘘だろ。




 なんか腹が濡れてんなー……なんて思ってみたら、血まみれでやんの。


あの空気弾、むっちゃ殺傷能力あるじゃんか。


拉致されるまでもなく死んじまうな、これ。


あ、傷を認識したら一気にどこもかしこも痛くなって―――限界が来た。




「それでも、殺すなら……殺、せ……あ、あと、人の話は……ちゃんと、聞け、馬鹿、野郎」




 なんとか絞り出すと、視界一杯に地面が広がって――― 






・・☆・・






「う……あ……?」




 目を開けると真っ暗だった。


遂に死んじまったか?


異世界だから魔物に殺されるかも……なんて考えてたが、まさか誤解で騎士サマに殺されちまうとはね。


意外と短い人生だったなあ……あ?




 ……違う、ここはどっかの部屋だ。


暗いのは夜だからか。


目が慣れてきたので、室内にいるとわかった。




 粗末なベッドに寝かされている。


ってか、なんか変な臭いがすんな。


慣れてきた目を頼りに室内を見渡すと、壁際に何かがあった。




「ミルが言ってた、薬師の店……か?」




 そこにはデカい本棚みたいなものがあり、乾燥させた草が束ごとに置かれている。


この変な臭いは、薬草だったのか。


薬草倉庫に無理やりベッドを置いたような感じの場所だな。




「いてて……あれ?そんなに痛くねえ」




 体を起こそうとすると、鈍い痛みが走る。


だが、気絶する前の感じじゃ腹に穴が開いたくらいの出血だったんだが……




「包帯は巻かれてるけど、うぐぐ……穴は開いてねえな」




 痛みをこらえて触ってみるが、いつも通りの腹があるばかり。


うーん……なんでだ?


まあいいか、生きてるし。




「気絶してる間に息の根を止められる……ってのはなかったか」




 ベッドわきの棚に、俺のポンチョと背嚢が詰め込まれている。


【ジャンゴ】もだ。


何故か【ジェーン・ドゥ】は腰のホルスターに入ったままだ。


確か盗難防止の加護的なモンがあるんだっけか?


装備が全部揃ってるから安心だ。




 しかし喉が渇いたな……


尻ポッケからスキットルを取り出し、呷る。


乾いた体に水が沁み込むぜ……うめえ!




「この感じ……半日は経ってるな」




 スキットル内の水が復活している。


昼に料理をしたり飲んだりして、残りはほぼなかったはずだからだ。


それに……




「そして、12時は回ってんな」




 確認すると【ジェーン・ドゥ】の弾倉には、6発の弾丸が装填されていた。


撃つと何故か薬莢ごと消え、再装填された時に元に戻る。


12時を境に再装填が行われるので、今は……何時だろう?


時計がねえのは地味に不便だな。




「まあいいや、何があったか知らんが生かされてる……寝よ寝よ」




 とりあえず、寝ちまおう。


埃臭いベッドに寝転び、オレは目を閉じた。


ジタバタしても、始まらねえ。


銃も剣もある、体も大丈夫だ。


なんとか、ならあな。






・・☆・・






「おじさん、ウッドさん起きた?」




「どうだろうねえ、物音がしない。昨日の感じじゃ大丈夫だろうけど……」




 顔に陽射しを感じて目を覚ました。


どこからか、知らない男とミルの声が聞こえる。


うおお……よく寝た。


ぐっすりだ。




「起きてるよォ」




 どこにいるかわからんのでとりあえず声を出す。


すると、しばらくしてから薬草棚の横がスライドした。


そこ、引き戸になってんのか。




「ウッドさん!」




「おう、おはよう」




 若干疲れた様子だが、それでも変わりのないミルが顔を出した。


目が腫れているのは、泣きでもしたのかねえ。


それとも、オヤジに拳骨でももらったか?




「ご、ごめんなさい、アタシが昨日ちゃんと説明しなかったから……」




「あーあー、いいっていいって。それより横が薬師サンだな?」




「え、う、うん……」




 ミルの横に立っているのは、50代くらいの痩せたオッサンだ。


白衣とローブが合体したような服を着ている。


いかにも医者って感じだ。




「薬師サンよ、これを……買い取ってくれ」




 棚の背嚢を取って探り、お目当てのモノを取り出す。 


束ねた【マサノリ草】だ。


ギルドの方は常設の依頼だし、別にここで卸してもいいだろう。




「おお、【マサノリ草】か……どれ。うむ、処理も綺麗だし保存状態もいい、まるでさっき取ったみたいだ……」




「そういうのは得意でね」




 神サマ特製、謎の異次元背嚢だからな。


入れたモノが腐らないとか、超チートだぜ。




「ミルから聞いているかもしれないが、今はお産が続いていてね。いくらあっても困らないんだ……よし、全部で15個だから、銀貨3枚と銅貨5枚でどうだい?」




「売ったァ!」




 商談成立、と。


これで金も手に入るな。




「ウッドさん、本当にごめんなさい!アタシのお姉ちゃんが……」




「だーかーらー、いいって言ってるじゃねえか。それよりオレも悪かったな、知らねえとはいえ、姉貴の右手ズタボロにしちまってよ……生きてるか?」




 あの騎士サマにはむかっ腹が立っているが、ミルにキレても仕方ねえ。


話をぜんっぜん聞いていなかったし問答無用で殺しに来たアイツが、アイツだけが悪い。


だから、妹に罪はない。


俺が勝手に助けたんだからな、あそこまで話を聞かねえ身内がいるとは思わなかったけどよ。




「うん、騎士団に医療騎士様がいてね、お姉ちゃんもウッドさんの傷も治してくれたの!」




 ははーん。


オレの腹の傷はそれで塞がってたのか。


……じゃあやっぱり大穴が開いてたんじゃねえかよ。


異世界こええ……


銃とかチートだなフハハ!なんて思ってたのに、魔法も十分チートじゃねえか。




「流石はリギン伯爵旗下の巡回騎士団だ。ウチにある薬じゃ、とても助けられないような傷だったよ」




「そうか、そりゃあ生きててよかったぜ」




 恨み言の1つや2つはあるが、ミルの前でぶち撒けてもしょうがねえ。


ガキに聞かせるようなもんじゃねえからな。




「じゃあ、オレァもう大丈夫なんだな。世話になった」




 ベッドから起き上がり、ポンチョを羽織って背嚢を背負う。




「えっ!?ウッドさんどこ行くの!?」




「どこって……アンファンに帰るんだよ。あ、宿代払ってんのに損したなァ」


 


 おかみさんたちは心配しているだろうか。


いや、そもそも冒険者向けの宿だ。


1日2日帰らなかったくらいで何も言われんだろう。




それに、とっととトンズラしてことの顛末を冒険者ギルドに報告したいしな。


クレームは組織ぐるみで入れねえとよ。


とにかく騒ぎを大きくして、揉み消されねえようにするのが肝心だ。




「ちょ、ちょっと待って!待って!」


 


 ミルはそう叫ぶと、あっという間に店から飛び出して行った。




「……なんで?」




「いや、普通に考えたら恩人をそのまま行かせるわけがないだろう?」




 オレの問いに、薬師が呆れたように返してきた。


おんじん……?


あ、オレか。




「そのまま行かせて欲しいんだが、オレ」




「諦めなさい。せめて感謝くらいは伝えさせてあげないと、おさまりがつかないよ」




「はー……しゃあねえ。薬師サン、パンとか売ってねえか?腹が減って死にそうなんだ」




「朝の残りでいいなら、【マサノリ草】のお礼に提供しよう」




 というわけで、とりあえず朝飯にすることにした。


キッチンがあればそこを借りよう。


今日の缶詰は何味にすっかな。




 オレは、背嚢からフライパンを取り出しつつ缶詰も選び始めた。


面倒くせえなあ……早くアンファンに帰りてえ。

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