第19話 子供の前途は明るい方がいいもんだ。

「ウッドさんウッドさん!まだ帰ってないよね!」




「ああ、いるよォ」




 薬師のオッサンに台所を借りて、いつものように雑な缶詰煮を作ってモリモリ食っていると……ミルが走って帰ってきた。


ちなみに今日は【無限ビーフシチュー】だ。


雑に美味い。




「ウッドさん!お父さんだよ!!」




 乾いたパンをシチューでグズグズにしつつ見ると、ミルの後ろに男がいる。


昨日、騎士サマ連中と一緒にいた顔だな。




「ウエストウッドだ。先に言っとくが、今回のことは気にしなくっていい」




「ゴドリです、この度は……へ?」




 近くで見るとオレよりも一回りくらい上の父親……ゴドリは目を丸くした。


この返しは予想していなかったみてえだな。




「不幸な行き違いってやつさ。行方不明になった娘っ子があんな姿で戻ってきちゃあ、そりゃオレが怪しく見えても無理はねえ……それに、あんたらはオレに魔法をぶっ放してねえしな」




 少しばかりブラックジョークを混ぜる。


だが、これはオレの正直な気持ちだ。




 今んとこ、腹が立ってんのはあの女騎士サマだけだ。


いや待てよ、ミルの姉貴だから貴族じゃねえのか……?


まあいいや。




「こうしてありがたーい騎士団サマのお陰で五体満足なんだ。手足の1本でも吹き飛んでりゃ別だが、これならあんたらに文句はねえし……騎士団にたてつくつもりもない」




「そ、それは……」




「それに、上等なベッドも貸してくれたしなァ?あの騎士サマも、親が尻ぬぐいしなきゃならんほどの歳じゃねえだろうよ」




 さらに、アンファンまで帰らなくても薬草が現金化できたしな。


『この村には』全く文句はない。


そして、『騎士団』にも文句はない。


……部下の教育くらいきちんとしろ、くらいは言いたいけどな。




「しかし、ウチの娘を助けていただいたのに……よりによってウチの娘が大変な粗相を……」




 文章にすると笑えるな、この状況。


当人のオレとしちゃあ全く笑えねえのが玉に傷だけどよ。




「よしわかった。んじゃ、謝罪を受け入れる……受け入れるから、この話はこれでオシマイだ」




 フライパンに残ったシチューをパンでこそげ取り、口に放り込んで食事は終了。


うん、うまかった。


今日も生きててよかったなあ、オレ。




「よしっ……と。もういいな?そんじゃオレは今度こそここで失礼―――」






「―――ウエストウッド殿はおられるか。目覚めたと耳にしたものでな」






 ……失礼、させてくれねえらしい。




 薬屋の戸口に、鎧姿。


そいつは、昨日見た指揮官サマだった。




「第12巡回騎士団隊長、ラウリ=ルラ=ロゴシアと申す。申し訳ないが、我らと共にアンファンの冒険者ギルドまで来ていただきたい」




 無骨な鎧から聞こえるのは場違いなくらい、鈴の鳴るような綺麗な声だった。


ただ、その声に感情は感じられない。


……苗字付きってことは、貴族サマ、か?


知らねえけど。




「そいつは……強制、ですかい?」




「そうだ。そこで、今回の顛末について話し合いたい……具体的に言えば、我々からの謝罪と賠償だ」




 ……一応、闇に葬るつもりはねえみたいだな。




「あの、そんなものはいらねえ……って言っても?」




「これはもう当人同士の問題ではない。公明正大を是とする我ら騎士団が、罪咎がないどころか……ゴブリンに害されんとした少女を救った善良な冒険者に思い込みで暴力を行使したのだ。これは、組織として大問題だ」




 ああー……闇どころか光だぜ、こりゃあ。


この指揮官サマ、かなりの真面目キャラだな。


不正は絶対許さない!!とかいう委員長タイプと見た。


部下はしんどいだろうなァ。


融通が利かなくって。




「歩けるようなら、すぐに出発したいが……大丈夫だろうか?」




「そちらさんのお陰でね、ピンピンしてますよ」




 オレの意見を聞いているようで、聞いていない。


ここで『歩けねえ』なんて言ったが最後、担架に乗せてでも連行するつもりだろう。


はー……気が重いねェ。




「そんじゃ、世話になったなミル。オヤジさんに薬師さんも」




「お世話になったのはこっちだよ?……ねえウッドさん、近くに来たら寄ってね!今度はウチでしっかりおもてなしするんだから!」




「そうです!その時は是非!」




 ミル親子の圧が凄ェ。


まあ、気持ちはわからんでもねえが……


気が向いたらな、気が向いたら。




「……わかった。依頼で近くに来たら顔、出すわ」




 今度こそポンチョを羽織り、背嚢を背負って歩き出す。


あ、そういえば予備のポンチョ……




「ミル、あのポンチョはくれてやらァ。返さなくっていいぜ」




 なんの加護もついてないただのポンチョだしな。


返してもらっても着ることもないだろうし。


モンコもそれくらいは許してくれるだろ。




「えっでも……」




「ガキが遠慮してんじゃねえの。あ、でも1つ約束はしてもらうぜ……オレが言った注意事項は覚えてるよな?」




 親父さんが近くにいるんで、本題……冒険者関連はぼかす。


頑張って説得しろよ。




「うん!絶対守る!!」




「そうか……じゃ、頑張りなァ」




 目を輝かせて答えるミルの、その頭を少し乱暴に撫でる。


今はもういない妹を、少し思い出した。




「ふわ……」




「へへ、いつかいい女になったら酌でもしてくれや。そいつがポンチョの代金替わりさ」




 くすぐったそうに目を細めたミルにそう言い、周囲に会釈。


先に立って外へ出た指揮官サマの後を追って歩き出す。




「ウッドさん!でもでも、いい女って……なるにはどうすればいいの~!?」




「きょ……自分のしたことに責任が持てて、もし失敗したらきちんと謝れる人間になんな。たぶん、お前さんなら大丈夫さ」




 ……あっぶねえ。


一瞬巨乳って言いそうになっちまった。


そんなこと言ったら折角の空気がぶち壊しになっちまう。


自分に正直すぎんのも困りものだな。




「お前さんは若い。若いってのはそれだけで可能性の塊なんだぜ?良いも悪いも、ミル次第さ」




 後ろ手に手を振り、返事を待たずにその場を歩き去った。






・・☆・・






「あの、歩けるって言ったんですがねえ」




「何を言うか。詫びるべき相手……それも怪我人を歩かせるわけにはいかない。さあ、乗ってくれ」




 例の豪華な馬車が、目の前にある。


なんと、指揮官サマはオレに乗れとおっしゃる。


どうにか説得を試みたが、その全ては徒労に終わった。


……マジでこのねえちゃん、人の話聞かねえな。


本当に部下の苦労が偲ばれるぜ。




 なお、周囲にいる部下の皆様は特に何のリアクションもしていない。


……こん中にミルの姉貴がいるんだろうが、全員が揃いの鎧なもんで全く分からん。


誤解は解けたので、今度は大丈夫だと思うが……居心地悪ぃなあ。




「じゃあ、失礼して……」




 開いている扉から嫌々乗り込む。


……中で暗殺とかされねえよな?


いざとなったら中で大暴れしてやる。


【ジェーン・ドゥ】は満タンだしな。




 タラップに足をかけた時に、車体が少し下がった。


へえ、サスペンション付きか。


意外と進んでんな、異世界。




 馬車内は、豪華すぎない程度には豪華だった。


騎士団が使うもんだからこの程度なのか?


戦場へ行く馬車だもんな。




 柔らかいソファに腰かけたのと同時に、指揮官サマ……ラウリがテーブルを挟んだ反対側に座った。


……マジかよ、コイツも乗るのか。


指揮官が歩くわけにはいかないってことだろうか?


そんな疑問を感じた頃、馬車がゆっくりと動き出す。




 ……え?この2人だけなんかこの空間……気まずいにも程があるだろ、誰か助けてくれ。


とりあえず帽子を深くかぶって視線を切ろう。




「向こうでは組織同士の話になる。何か個人的に言いたいことがあれば、今言ってくれ。遠慮せずともいい」




「……言葉がきたねえから無礼討ち、なんてぇのは勘弁してくださいよ?」




 もっとキレイな敬語は、もちろん扱える。


なんたって元社会人だからな。


だが、オレの嘘身分は亡国の二等市民だ。


そんな人間がこなれた敬語なんざ使ったら、そっちの方が怪しいじゃねえか。




「するわけがないだろう。ミディアノの貴族はそこまで理不尽だったのか?」




「……いえね、旅の途中でそんな話を聞いたまででさぁ」




 言いたいこと、言いたいことねえ……ううむ。


ううむ、丁度いいからぶっちゃけちまうか?


このねえちゃんはそんなに話が通じない訳でもなさそう……っていうか、帽子被ったオレが言うことじゃねえけど兜脱がねえのかよ。




「それじゃ、オレからそちらに望むことは2つだけでさ」




 ぴん、と指を2本立てる。


それを見て、ラウリが頷く。




「無理のない範囲で、可能な限り要望に従おう」




 なんでもってことか?


そんなに大それたことを言うつもりはねえが、そんなんで大丈夫なんか貴族サマよ。


言葉尻でも取られたら大変だぜ?オレの知ったこっちゃねえが。




「じゃあまずは1つ目、賠償は現金でお願いしまさあ」




「ふむ、あまり法外な額でなければ可能だ」




「……金貨5枚程度だとオレとしちゃ嬉しいんですがね」




「そんなものか?私が言うのもなんだが、死にかけたんだぞ?」




「小市民としちゃ、それで十分なんでさ。そちらのお陰で冒険者家業はできそうなんでね……あんまり大金を貰っちまうと、オレみてえな三下は絶対に駄目になっちまいまさあ」




 そんなものときたよオイ。


はー……貴族サマはお金持ちだねえ。


ともあれ、払ってもらえそうだな。


やったぜ、これでクロスボウが調達できる。




「金額についてはギルドと詰めるが、まずそれ以下になることだけはないだろう。安心したまえ……それで、もう1つは?」




 『マジでそれでいいの?』みてえな雰囲気を感じる。


それでいいっつうか、それがいい。


金もらって終了!ってのが一番あと腐れねえしな。


さて、残りの条件だ。




「もう1つなんですがね、オレをアレしたあの女騎士……あの人を、絶対に、騎士団から、放り出さねえでくだせえ」




「……リアラ従騎士をか?それは、こちらとしても助かるが……何故?」




 何故?何故ときたか。


決まってんだろ。




「この件でクビにでもなったら、絶対にオレが恨まれまさあ。『コイツのせいで無職になった』ってね……だから、引退するまで騎士団で面倒見てくだせえ、必ず」




 『無敵の人』状態になった戦闘職で、しかもオレを恨んでいる。


そんなとんでもねえ厄ネタ、マジで御免だぜ。


この先の人生が大変なことになっちまう。


いつ闇討ちされるかわかりゃしねえよ。




 それに、もしも騎士団をクビになってみろ。


戦闘職の人間が就ける職なんざ、十中八九冒険者じゃねえか。


やだね、そんな同僚。


それこそ難癖から闇討ちまでし放題だ。




「……彼女は確かに直情型だが、そのような逆恨みをするような騎士ではない、と私は思うのだが」




「そりゃあ、騎士団にいるならそうでしょうよ。その拠り所を失っちまったら、自業自得だってたとえわかっていても……いつかはオレを恨む、必ず恨む‥‥‥そういうもんでさ」




 誰かのせいにするってのは、楽だからな。


それほど長くない人生で、そんな人間を少なからず見てきた。


あの騎士サマがそうじゃない可能性はもちろんあるが、『そうなるかもしれない』リスクがあるだけで嫌だ。




「だから、そうならねえように……一生騎士団で、飼い殺しにしてくだせえ。妙なことを絶対に考えねえように。それが、オレのもう1つの要求でさあ」




 こればっかりは、譲れねえ。




「それにねえ、姉貴がそんなことになったら……せっかく助けたあの娘っ子に恨まれちまうじゃねえですか。そんなのはゴメンでさ」




 あの騎士サマは嫌いだが、ミルはまあ、いい子だ。


姉貴のせいで後ろ指指されるようなことになっちゃ、さすがに可哀そうじゃねえかよ。


これから広い世界に出て行くかもしれねえってのに、身内の醜聞でその足を引っ張りたくはねえ。




「……貴公は、それでいいのだな」




「聞かれるまでもねえ。それが最上でさ……あとの組織同士のしがらみは、ギルドに丸投げしやすよ」




 生きてるし、金も貰える。


それ以上を望んだら罰が当たらあ。


無用な恨みは発生させねえに限る。


それが人生をうまく生きるコツだ。


……金玉を蹴り上げちまった冒険者がいたが、アイツはペラペラの平民だから別に構わねえ。


 


 前の世界でも、この世界でも。


『社会的強者』には、表立って喧嘩は売らねえのが処世術だ。


もちろん、向こうから殴ってくるなら別だけどよ。


今回の喧嘩相手は騎士団じゃねえ、一騎士だ。


指揮官サマがちゃんと後始末をしてくれるんなら、その巣にまで火を放つつもりは、ねえ。




「……すいやせんが、やっぱり体力が落ちてるみてえでさ。アンファンまで寝てもいいですかい?」




「勿論だ、ゆっくり休むといい」




 お許しが出たので、寝て暇を潰すかね。


あ、やべ。


寝る前にこれだけは言っとかねえと……




「あと、あの騎士サマからの直接謝罪はいらねえんで。面と向かって会うのはご勘弁をお願いしやす」




 それだけ言うと、ソファに体を預けて目を閉じた。


今度顔を合わせたら、最悪脳天に風穴開けちまうかもしれねえからな。


それっくらいは、腹が立ってんだ。


これは、理屈じゃねえ。



・・☆・・



※あるかもしれない未来の記録






おぼろのミルゼット』




・アインファルク出身の白金冒険者。


 並外れた斥候の才能を持ち、他の白金級にすらおいそれと痕跡を辿られなかったという。




・その隠形術は絶技の域に達しており、生来の才能とたゆまぬ努力によって習得されたそれはかの【ロヴァイゼ砦の攻城戦】においていかんなく発揮された。


 単身砦に潜入した彼女は、囚われの身となっていた貴人を悉く救い、なおかつ砦の指揮官である魔導貴族ガバル=ガバ=ナナールの単身での暗殺という不可能に思える作戦を成功させた。




・常に研鑽を絶やさず、決して油断をしないその姿勢は、後進の冒険者にとっておおいに手本となった。


 それは、幼いころに出会った奇妙な冒険者の影響だという。

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