第16話 躾けの行き届いた子供はガキとは別ジャンル。

 轟音と閃光、そして反動。




「っとぉ……!」




 うまく上半身を使って反動を逸らす。


視線の先で、狙撃の成果を確認する。




「うあ、タダ働きじゃねえか」




 照準先のゴブリンは、鼻から上が綺麗に消し飛んでいた。


……両耳が跡形もねえ。


もうちょい下、狙うべきだったかな。




 地面に横たえた冒険者に、今まさに襲い掛かろうとしていたゴブリンたち。


奴らは一様に動きを止めた。


仰向けに倒れて地面に血をぶちまけている仲間を、呆然と見つめている。




「悪いが、今だね!」




 続けて第二射。


1匹のゴブリンの腹が消し飛んだ。


呆気に取られたような顔のまま、上半身と下半身が泣き別れになったそいつは即死した。




「もう1匹……とォ!」




 反動が蓄積した右手首の痛みに耐えつつ、引き金を引く。


三度目の轟音とともに、男のシンボルどころかその周辺をまとめて消失させたゴブリンが吹き飛ぶ。


……しかし、今更ながらすげえ威力だ。


正直ゴブリン如きにゃあ、過ぎた武器だな。




「いてて……さて、どうだ?」




 瞬く間に3匹の仲間を失ったゴブリンたち。


奴らは我に返り、口々に叫び声を上げながら森へダッシュして逃げて行った。


さすがに、仲間の死体の周辺でおっぱじめるほど性欲魔人じゃなかったらしい。




「臆病っつーより、賢いな」




 何らかの攻撃で仲間が死んだことを察知するや否や、再度の攻撃を警戒してトンズラ。


あれほど執着していた『獲物』も、その場に捨てて行く逃げっぷりだ。


なるほど、確かに弱いが……やっかいな魔物だな、ゴブリン。


この世界にもゴブリンのスレイヤーさんの出張を期待したいねえ。




「あのまんま……ってわけにもいかねえか。討伐部位も取らねえとだし」




 地面に倒れた冒険者は、まだ動かない。


仕方ねえな……こうしてやっちまったんだ。


目を覚ますまでは面倒、見るかねえ。






「巨乳の気がしたんだが……どうやらオレの目も節穴だあな」




 ゴブリンに対応できるように森へ銃を向けつつ、冒険者の所まで歩いてきた。


奴らはさっきの攻撃がよほど恐ろしかったらしく、かなり森の奥まで逃げたようだ。


周囲にそれらしい気配はない。


手早く倒したゴブリンの耳を切り取る。


うし、これで銀貨1枚。


最低限の儲けは出た。




 そして、倒れた冒険者。


やはり当たったのは石だったようで、後頭部から軽く出血している。


呼吸もしているし、変ないびきもかいてねえから脳は無事だと思うんだが……




「しかしなあ、いくつだよコイツ……絶対銅級じゃねえだろ」




 地面に倒れた冒険者。


そいつはどう見ても、12、3歳くらいの獣人だった。


ケモ耳の感じは狸っぽい。


ゴブリンにあやうく乱暴されかかっただけあって、安そうな布の服が盛大にビリビリと破けている。


あーあー……下着まで。


上に至っちゃ丸見えじゃねえかよ。




 しかし、まったく興奮しねえな。


巨乳とか貧乳とかいうジャンルですらねえ。


板だ、板。


さすがにこの見た目に興奮する程、まだ女に飢えちゃいない。


ゴブリンとは性癖が違うんでね。




「このまま運ぶとオレが性犯罪者扱いされるねェ……」




 下ろした背嚢から予備のポンチョを取り出し、女に雑に巻き付ける。


……性犯罪者から誘拐犯に格上げされそうな見た目になっちまったが、仕方ない。


いくらなんでも森の入口に転がしとくわけにゃいかんからなあ……




「よっと、うわ軽っ。教科書満載の段ボールよりだいぶ軽いな」




女……というよりガキを抱え上げる。




「ほい」




 そのままいわゆるお姫様抱っこの体勢に移行し、なるべく頭を揺らさないように気を付けながら移動を開始した。


頭を打ったら動かすな、なんて言うが……この状況じゃ無理だ。


あいつらがリベンジに来たら、このお荷物抱えて戦える気がしねえ。


ま、薬草は採集したしゴブリンの耳も何個か回収できた。


今日はこの辺にしとこう。


腹減ったから、見晴らしのいい所で飯を食うかな。


その頃にゃあ、さすがにコイツも起きるだろ。






・・☆・・






「う……ん、え?ここ、どこォ……あ、いった……!!」




「おー、起きたか」




「んだっ!?誰!?なんでアタシこんなところいつつつつ!!!」




「全部説明してやっから落ち着けよ、頭打ってんだから」




 ガキを連れてしばらく歩き、よさそうな場所までやってきた。


そこは小高い丘の上で、周囲の草原が見下ろせる場所だ。


見える範囲に魔物はいない。




 そこで、ポンチョに包んだガキをそこら辺に寝かせて飯の支度を始めた。


今日の缶詰は【チリビーンズ】だ。


それに、宿で持たせてくれた固いパン。


これにチリビーンズを付けてワシワシ食おうって算段だ。


西部劇で見た憧れの光景だな。


いや、地球でのキャンプでも真似してよくやってたが……異世界の自然豊かな場所だとまた趣が違う。




 そんなわけで竈を作って火を起こし、フライパンを用意しようとしたところでガキが起きたというわけだ。


いきなりの状況で軽いパニックになってやがんな。


面倒臭ェが放っておくとより大変になりそうだ。


説明してやるかあ。






「……てなわけだ。で、オレがここまでお前さんを運んできたってワケさ」




「そ、そう、そうだったんですか……」




 かくかくしかじか……という感じでかいつまんで説明してやった。


ガキは説明を聞きつつ、ポンチョの中で体の様子を確かめていた。


それで何も『されてない』ことを確認したんだろうな、オレに向けていた警戒の視線が幾分か和らいだ。




「す、すいません、アタシ取り乱しちゃって……」




「気にすんな。たまたまあそこにいただけのこった」




 ガキは適当な石にちょこんと腰かけて神妙にしている。


服が服なので、ポンチョはそのまま貸してやった。


変な意味じゃなく、純粋に目のやり場に困るからな。




「あの、助けて下さってありがとうございます!アタシ、ミルっていいます!」




「どういたしまして。ウエストウッドってんだ」




 ガキ……ミルは深々と頭を下げた。


へえ、礼儀がしっかりしてんな。


素直に感謝できる人間は大成するなんて、恩師が言ってたっけなあ。




「あの、ウエストウッドさんは冒険者の方ですか?」




「ウッドでいいぞ。ああそうだ……その聞き方からすると、嬢ちゃんは違うのか?」




「は、はい……そうです」




 オレの見立ても大したことねえなあ。


冒険者ですらなかったじゃんかよ。




「ふうん……じゃあ、なんだってあんな所にいたんだ?あそこは銅級以上の冒険者が行くような場所だぞ」




 たまたま迷い込むにしちゃ、街道からも外れてんぞ。


何か目的があって行ったんだろうがな。




「実は、その……」




 ミルは俯いて上目使いで俺を見ている。


怒られるのが怖いって顔してんな。




「おいおい、オレは他人の子供に説教できるほど人間できてねえぞ。純粋な好奇心ってやつだ」




 酷い話だが、そこまで興味もねえしな。


飯ができるまでの暇つぶしってやつさ。




「……【マサノリ草】を探してたんです、あそこで」




「ほお」




「親戚のお姉ちゃん、ちょっと難しいお産みたいで……その薬草が効くって薬師のオジサンが言ってるのをたまたま聞いて……」




「冒険者に依頼しなかったのか?それに、薬師の所に備蓄はなかったのか?」




 おっと、フライパンが熱くなってきた。


ミルに聞き返しながら、水と缶詰を放り込む。


うーん、ちょいスパイシーで最高の香りだ。




「ウチの村、この前からお産が続いてて……それで、もうないって。昨日ギルドに依頼は出したんですけど、お姉ちゃん、今朝から急に産気づいちゃって……」




「それで、誰にも言わずに村から飛び出してきたってわけかい」




「はい……」




 なんとまあ、勇気のある嬢ちゃんだな。


即断即決って言うと聞こえはいいが、武器も持ってねえんならただの無謀ってやつだ。




「次からは、何かする前に大人にまず相談しな。それと、外に出るときゃなんでもいいから武器くらい持っとけ……オレがいたからいいようなものの、嬢ちゃんみてえなのが1人でウロウロしてたら攫われちまうぞ」




 実際攫われるよりもとんでもねえ目に遭う所だったんだがな。


こうしてマジマジと見てみると、10年後にゃあそれなりの美人に育ちそうな顔立ちだ。


ゴブリンはもとより、こういうのが好きな変態からしたらたまらねえんだろうさ。




「ご、ごめんなさいぃ……!」




「おいおい、オレァ怒ってねえよ。こりゃな、アドバイスってやつだ……生きてく上のな」




 フライパンに投入したチリビーンズがいい感じにあったまってきた。


調理済みだからそのままでも食えるが、やっぱり暖かい方がうめえからなあ。




「ほい、と」




「……?」




 適当な石ころを集め、即席の台を作る。


それにフライパンを置き、ミルの方を見た。




「たぶん昼飯時だ。飯にしようや……食い終わったら村まで送るぜ、嬢ちゃん」




「そ、そんなにしていただくわけには……はうう!」




 泡を食って断ろうとしたミルだが、腹は正直だ。


可愛らしい虫が鳴いたなあ。




「腹ペコなガキの横で、1人でモノを食う趣味はねえよ。パンはちょいと少ねぇが、おかずはある……ほら食った食った」




「わわっ……」




 半分に千切ったパンを投げてやる。


慈愛に満ちている自覚はねえが、なんてったってこの缶詰は無限。


予備もまだあるし、置いておけば復活する。


ガキ1人に食わせた所でビクともしねえよ。




「ちょいと行儀は悪いがな。パンをこうしてちぎって……おとと、熱いしちいと辛いから気を付けなよ、そんで、こうだ!」




 一口大にちぎったパンをフライパンに突っ込み、チリビーンズを纏わりつかせる。


そいつを口に放り込むと、想像通りの味が口に広がった。


うん、うまい!


味もそうだが、こうして雑に食うのって妙な背徳感があってたまらねえぜ。




 ミルはオレの食べっぷりに唾を飲み込み、おずおずと真似をした。




「こら、遠慮してんじゃねえ。もっとたっっっぷり付けて食え!それじゃパンの味しかしねえだろうが」




「は、はい……うみゅ、んんん~~~!!おいひい!!!」




 オレに言われてその通りにしたミルがパンを頬張ると、目を輝かせた。


ここへきてやっと年相応の顔、見せたな。




 ガキは元気が一番だ。


俺はガキが好きでも嫌いでもねえが、こういうしつけが行き届いてるガキはまあ、好きだ方だ。


最低限の礼儀すらないガキが多くてなあ、最近。




「ほい水。がっつくと喉につっかえるぜ」




「あみがふぉごふぁいまう!!」




「口にモノ入れて喋るんじゃねえ」




 予備のコップにスキットルから水を注いでやる。


ふん、親戚のガキを思い出すなあ。




 特に何も会話することもなく2人でひたすら食った。


ミルのお陰か、ゴブリンとの初戦闘で感じた忌避感はすっかり薄れていることに気が付いた。




 まあ、人助けもたまにゃあ悪くねえやな。

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