第15話 ゴブリンにくれてやるにゃ、勿体ない。
「稼ぐぞお……と、意気込んでみたはいいが。無理して死ぬのも馬鹿らしいやね……っと」
ぶちり、と土から薬草を引き抜く。
根は……よし、しっかり全部付いてるな。
後はこれを5本まとめて、根を濡れた布で包む、と。
なんたってこれが5本で銀貨1枚、気を遣わねえとな。
ミドットのミドットに男としての敗北感を得た翌日。
オレは、そこそこの規模な森にいる。
アンファンから草原を3時間ほど歩いた所だ。
勿論、依頼を受けてのことだ。
『【マサノリ草】の採集』
それが今回の依頼だ。
……相も変わらず日本人の影が見え隠れするねェ。
同郷の転移勢は、有能で歴史や物事に名を刻む連中がいる一方で……既得権益や支配階級としっちゃかめっちゃか戦って負の歴史と化した連中もいる。
そりゃ、腫れもの扱いされるのも納得だ。
リスクもリターンもデカすぎる。
オレも精々、気を付けよう。
ちなみに、この薬草だが……なんだっけ?
ああ、たしか産前産後の妊婦のいい薬になるんだそうな。
取り扱いが若干難しいんで、銅級以上しか依頼を受けることはできない。
「加えて……おっと、来やがった」
オレがいるのは草原と森の境目あたりだが、奥の方から足音らしきものがいくつも聞こえてくる。
それに、なにやら耳障りな鳴き声らしきものも。
「アレが、【ゴブリン】……なるほど、地球のファンタジーで見たのとそう変わりはねえな」
しばらく草むらで息を潜めていると、足音が大きくなって鳴き声の主たちが姿を現した。
低い身長、緑色の肌、汚くて粗末な服。
3匹で何かを言い合いながら歩いてくるのは、どこからどう見てもゴブリンだった。
手には、なんか槍に見えなくもない物体を持っている。
・・☆・・
【ゴブリン】
・大陸中に亜種も含めて広く分布する魔物。
力は弱いが、狡猾で残忍。
集団でのゲリラ戦を得意とし、全ての人族と敵対している。
・旺盛な性欲と高い繁殖力を持ち、人族の雌なら全て孕ませることができる。
産まれてくるのは、どの種族の雌からでもゴブリンである。
・ゴブリンの雌もいるが、繁殖の為に力の強い他種族の雌を特に好む。
※見つけ次第駆除しろ!1匹見かけたら30匹いると思えよ!!
・・☆・・
以上、虎ノ巻より抜粋。
うーん、すげえわかりやすい人類の敵。
どの種族でも孕ませられるって……一体DNAはどうなってんだよ。
異世界怖い。
というわけで、ゴブリンだ。
この依頼が銅級からしか受けれない理由その2ってわけ。
【マサノリ草】が自生する森には大体ゴブリンがいる。
生半可な冒険者未満がノコノコ出て行って……さらにその中に女でもいた日にはえらいことになっちまうからな。
虎ノ巻によると、ゴブリンの妊娠周期は驚きの半年だとさ。
しかも1度の出産で7~10匹の子ゴブリンが産まれるときてる。
それじゃ、あっという間にゴブリン軍団の出来上がり……かと思いきや、現実はそう甘くない。
増えすぎたゴブリンは他の魔物のオヤツになってるらしい。
さすがの性欲魔人ゴブリンと言えど、魔物を孕ませることはできんらしいな。
そして、ゴブリンの魔物としての強さは下の下。
異世界生態系は意外と綺麗にまとまっている。
が、だからといってそのままほったらかしとくわけにもいかん。
なので定期的に『間引き』の依頼が出るらしいが……当然ながら男性限定の依頼だそうだ。
オレは経験したくもねえが、人族の男がゴブリンの雌と合体しても子供はできない……らしい、不思議だ。
男の場合は殺されるか生きたまま喰われるだけ……と、そいつは優しいね。
「ゲギャ」「ギギ」「ガギャ」
謎言語で会話しつつ、ゴブリン共は歩いていく。
どうやら鼻はあまり良くないか、自分たちが臭すぎて気付いていないのか。
オレが身を潜めている草むらに目をやることもなく、草原の方へ。
「……ふぅ!」
覚悟を決めて草むらから飛び出る。
そして、既に抜いていた【ジャンゴ】を振りかぶる。
「ギャ?」
音に気付き、こちらへ振り返った最後尾のゴブリン。
その脳天に、半ばまでがつんと刃が食い込んだ。
刃が頭蓋骨を断ち割って脳に到達したのか、そいつはビクリと痙攣して白目を剝いた。
うし!幸先いいぜ!
だがクッソ!首を狙ったってのに……!!
そううまくはいかねえか!
うあ!なんか肉が締まって抜けねえ!?
「ッギ!?」「ギャガヤ!?」
最後尾の仲間の惨状に気付いた2匹のゴブリンも振り返る。
ああくそ!まだ抜けねえ……!!
「ギャギャギャギャ!!」
槍を持ち、オレを睨みながらゴブリンが動く。
【ジャンゴ】はまだ抜けない。
抜けない、なら……!!
「ゴブリンシールド!!!!」「ゲギ!?」
マチェーテが脳天に食い込んだまま痙攣するゴブリンの首を握り、新手の方へ突き出す。
低身長低体重のお陰で、オレでもなんとかこれくらいの芸当はできるんだ!!
ゴブリンの突き出した槍が、肉壁に突き刺さる。
造りの荒さゆえか、浅く刺さってへし折れた。
「オッラァ!!」「ギャン!?」
その隙に、盾ゴブリンの胸元に蹴りを入れる。
それで【ジャンゴ】は頭から抜け、盾ゴブリンは新手を巻き込んで地面へ倒れた。
「ゴギャギャギャギャギャ!!!!」
最後のゴブリンがこちらへ走ってくる。
【ジャンゴ】を振り上げる暇はねえ!なら!!
「ぬらぁ!!」「ギャヒ!?」
足元を蹴る。
舞い上がった砂や葉っぱが目を直撃し、一時的にゴブリンの視界を奪う。
「でぇりゃああっ!!!」「ギャンッ!?」
その隙に、薪割りの要領で思い切り【ジャンゴ】を斜めに振り下ろした。
今度は狙った通り、刃が首を斜めに斬り裂いた。
ドバっと景気よく血液が噴出する。
……これだけ出りゃあ、デッカイ血管をやったな。
息苦しさを無視し、盾ゴブリンの下敷きになったヤツに走り寄る。
顔はゴブリンが重なってって狙えないか!
なら腹だ!!腹ァア!!
「死ね!!死ね!!くたばれこの野郎!!!!」「ギャ!?ギ!?ッゴ!?ギャバア!?」
何度も何度も【ジャンゴ】を突き刺す。
貫通した刃先が地面まで到達するが、構うもんか!
神サマ謹製の壊れないマチェーテのみに許されためった刺しだ!
「ギ‥‥‥ギャバ……ァ」
何度目かの突き。
それで、ゴブリンはやっと死んだ。
「ぶっはぁ!!はあぁ……はぁあ……」
無意識に息を止めていた。
ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返すうちに、なんとか落ち着いてきた。
つ……疲れる。
草原狼の時は無我夢中だったが……肉を突き刺す感触ってのは、なんともぞっとしねえな。
人型の魔物だからか、忌避感がすげえ。
盗賊討伐なんて依頼もあるって聞くが……いけんのかな、オレ。
「うっぷ!?」
不意にこみ上げた吐き気を、スキットルで水を飲んで強引に誤魔化す。
朝飯が勿体ねえ……!飲み込め飲み込めオレ!!
「……ふぅう、う。おっといけねえ!」
落ち着いてきたので、慌てて周囲を見回す。
無我夢中で大暴れしたし、声も出した。
他の魔物に気付かれる前にとっとと離脱しよう。
「右耳、右耳……っと。うへぇえ……感触ゥ……いや、2個で銀貨1枚、2個で銀貨1枚……」
嫌な感触を無視しつつ討伐部位の右耳を手早く切り取り、ボロ布に包む。
異次元背嚢のお陰で、他の荷物が汚れねえから助かるな。
「血の匂いで何もわからねえ……一時撤退だぁな」
ゴブリンの返り血のせいで鼻が利かねえ。
このまま森にいると危険だ。
とりあえず見晴らしのいい草原まで避難しよう。
オレは背嚢を引っ掴み、すぐさま走り出した。
薬草はここ以外にも山ほど生えてる。
この場所に固執したら、死ぬだけだ。
・・☆・・
「つっかれたぁ……予想以上にシンドイ。採集の方が気が楽でいいやな」
しばらく走り続け、草原の小高い丘に腰を下ろした。
運動というか戦闘を終え、クタクタだ。
これはもう体力うんぬんというより、精神的な問題だろう。
「しがない社会人だったもんなあ……いきなり人型生物と命の取り合いってのは、予想以上にクるもんがあるぜ……」
非合法な仕事に従事した経験も、従軍経験もない。
この世界の人間からしたら甘っちょろいだろうが、地球出身としてはまだ幾分かマシな部類じゃなかろうか、オレ。
「褒められたことじゃ、ねんだろうけどよ」
オレは、昔っから喧嘩早い。
好き好んで人をぶん殴るのが好きってわけじゃねえ。
『向こうから暴力を振るわれた』時とか『明確に喧嘩を売られた』時なんかは、考えるより先に手が出た。
『あ、いけそう』と思うとすぐに行動しちまうんだ。
この性格が原因で、2回も転職する羽目になった。
ちなみに、二度とも上司とのトラブルだ。
「だって……なあ?あんなことされりゃあ、手を出さねえとストレスで死んじまう」
1回目は新卒で入った会社で、入社から半年しか経ってなかった。
直属の上司がとんでもねえパワハラ野郎で、しかも人の頭を打楽器かなんかかと勘違いしてるぐらいによく叩く。
何度かは耐えた。
耐えたが、とある飲み会の席でグチグチと嫌味を言われ……挙句の果てに頭から酒をかけられたのでその瞬間にプツン、だ。
上司から酒瓶を奪い取り、お返しとばかりに頭からぶっかけ返した。
まさかやり返されると思っていなかった様子の上司は、激昂してオレを殴った。
……いい口実ができた、と思ったぜ。
その後は胸倉掴んで店から引きずり出し、地面に叩きつけてから金玉を散々に蹴りまくってやった。
もちろん、クビだ。
それどころか傷害事件一歩手前どころか傷害事件だったが……被害届が出なかった。
社長と直談判したからだ。
オレは上司にいびられる半年間、ヤツがしていた横領とか背信とかセクハラとかパワハラの証拠を確保しといたんだ。
『訴えたければどうぞお好きに。今更罪状が2、3増えても知ったこっちゃないんでね……マスコミとネット上にモザイクなしの無修正でばら撒いてやりますよ』
そう言ったら、何故かそれなりの退職金まで出た。
不思議なこともあるもんだなあ。
2回目はその後に転職した職場で……お?
ふとさっきまでいた森の方を見ると、何かが動いている。
「ゴブリンと……ありゃ、冒険者か?」
森から冒険者らしき奴がダッシュで出てきた。
それを、6匹ほどのゴブリンが追っている。
冒険者は、オレと同じソロのようだ。
ここからでは細部までは見えねえが、たぶん女だな。
しかし……なんで武器持ってねえんだ?あれじゃいいカモだ。
森の中で落として逃げてきたのか?
「ありゃりゃ」
必死に逃げる冒険者だが、後ろのゴブリンが投げた石が後頭部辺りにクリーンヒット。
そのまま前のめりに倒れた。
……気を失っちまったか。
「うう~ん……」
ゴブリンたちはここから見ても嬉しそうに、冒険者を囲むと服を剥ぎ始めた。
……マジか、ここでおっぱじめるつもりかよ。
性欲の化身じゃねえか。
「……しゃあねえな」
このままゴブリンの野外プレイを眺める趣味はない。
相手は6匹だ。
【ジェーン・ドゥ】の残弾数と同じ……か。
撃ち切ったらぶっ倒れるから、全弾は撃てない。
それに、あの冒険者を助ける義理もない。
冒険者は自己責任。
助けに行ってオレまで怪我しちまったら、それこそ目も当てられねえ。
「……しゃあねえよ、なあ」
オレは、自分に言い聞かせるようにそう呟くと。
「当たるかねェ」
【ジェーン・ドゥ】を抜き、左肘を折って銃身をマウント。
狙撃の体勢に入った。
「遠すぎて見えねえが、ありゃあきっと巨乳だ、きっとそうだ。ゴブリン如きにくれてやるにゃあ、惜しい……そう、惜しいからこれは仕方がねえ、そうだ」
息を吸い、止める。
サイト越しに見えるゴブリンの頭目掛け、オレは引き金を引いた。
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