第14話 いいモノは高い、これ常識。
「クロスボウか、あるにはあるが……高いぜ?」
「だろうなあ、ここに並んでねえんだもんよ」
店に並んでいるのは剣や斧なんかの近接武器ばかりだ。
端の方には弓もあるが、いかにも数が少ない。
その弓にしても、言っちゃ悪いが狩猟用のものだろう。
作りがあまり強そうに見えない。
「こちとら剣は自前のがあるんでね。基本的にソロで動くことになると思うんで、中距離攻撃の手段が欲しくてな」
弓というのも一瞬考えたが、ありゃあ無理だ。
地球にいた時に遊びで和弓を何度か使ったが、練習しないと碌に扱える気がしない。
それどころかこの世界の弓は、今まで触ったこともない洋弓の類に見える。
お手上げだ。
対してクロスボウだが、銃と同じような運用方法で使いやすい……と思う。
規制が入る前にボウガンを何丁か持ってたからな。
法律が変わったんで面倒臭くなって処分したけどよ。
サバゲフィールドを経営してる知り合いのとこで結構撃ったから、普通の弓よりかは使えるだろう。
「……安上りなのは魔法だが、使えないのか?」
「ぜーんぜん、駄目だ。オレぁ才能がねえらしいや……魔法具に充填するくらいが精一杯だよ」
そいつはオレも考えた。
考えたが……現実は非情だ。
この世界で魔法を覚えようと思ったら、誰かに弟子入りするか『魔導書』とやらで独学する必要がある。
伝手もねえし、魔導書は純粋に高い。
しかも、魔導書を買っても身に付くかどうかは本人次第ときてるもんだ。
いつかはチャレンジするかもしれんが、この状況でそんな博打はできねえ。
そしてもう一つの問題点が【ジェーン・ドゥ】だ。
こいつはオレの魔力を使って動く。
ってことは、魔法なりなんなりで魔力を消耗していた場合……威力が落ちる可能性があるんだ。
『撃つ直前の』俺の魔力を分割して使うらしいから、装弾数が減る心配はねえが……
変なことに魔力を使って、折角の切り札が水鉄砲にでもなったら目も当てられねえ。
というわけで、クロスボウがベストという結論に至った。
「そうか……ちょいと待ってな」
ガモスが店の奥へ引っ込む。
しばらくすると、暗がりからカチャカチャと音が聞こえてくる。
金庫にでも入ってんのかな。
待つことしばし。
ガモスが、布に包まれた塊を3つ担いで戻って来た。
「ウチの店にあるのはこの3種類だ。少しずつ用途が違うが、それはこれから解説する」
まず1つ目の覆いが取られた。
おお、いかにもって感じのクロスボウだ。
大きく横に張り出した弓の部分と、銃身の部分が十字架みてえだ。
かなりでっかくて、端には足をかける部分が見える。
あそこに足を引っ掛けて弦を引いて装填、かな?
「これは砦や陣地を防衛する兵士がよく使うモデルだ。威力はあるし射程も長いが、いかんせん装填に時間もかかるし力もいる」
「だろうなあ。それに背負って動くにしてもデカいな」
冒険者は依頼であちこち動き回るんだ。
ことによっちゃ森の中や遺跡の中までも。
これを担いでいくのはちょいとしんどいねえ。
「ああ、これは冒険者向きじゃねえ。それで、こいつが2つ目……」
続いては……おお、小さい。
拳銃ってのは言い過ぎだが、ライフルと拳銃の中間くらいの大きさだ。
弓の部分には上方向にレバーが張り出している。
これを握っててこの原理で引くわけか、さっきのよりかは装填も楽そうだ。
「コレも兵士向けだな。さっきのと違って斥候兵がよく使うモデルだ……軽いし装填も楽だが、いかんせん対人用だ、魔物相手じゃ弱い連中か……急所を正確に狙わねえと威力が出ねえ」
エイム力が重視されるってわけだな。
それに、射程距離も短いだろう。
まあ、それに関しちゃ別に思う所はねえが……
「そして、最後にコイツだ」
3つ目の包みが開かれた。
「なんだこりゃ、箱がくっついて……いや、これは見たことがある」
「ほう、ミディアノでもこのタイプが出回っていたのか」
正確には映画の中で、だが。
そのクロスボウは、弓の上に箱のような物体が連結されていた。
箱の横には取っ手付きのテコのような部品もある。
間違いない、これは……【連弩】だ。
さっきまでの西洋クロスボウと違って、古代中国の超有名軍師が開発したと言われている……連射式のクロスボウ。
箱は言わば弾倉だ。
ボルトを撃ってテコを動かすと、弦を引くこととボルトの再装填が同時に行われる。
おいおい……こりゃ、どこの転移者が持ち込んだんだ?
「連射式のクロスボウだろう、それ」
「ああ、その通りだ。開発した技師の名を取って【コーメイ】って呼ばれてる」
……どうやら、洒落の分かる転移者がいたらしいや。
まさか古代中国の大軍師が転移してくるわきゃねえもんな。
あまりに時代がズレすぎてる。
この世界の人間が作ったって可能性は名前の時点で消えた。
「こいつは1つ目よりも威力が弱いが、2つ目よりかは威力が強い。設計思想が違うんだから当然だが、継戦能力を重視した造りだ」
「それだけ聞けばいいもんなんだが……なんか問題点があんだな?」
「ああ。連射機構が複雑だから万が一破損した場合は修理に手間取るし、バンバン撃つもんだからボルトの消耗も凄まじい。そしてなにより……この中で一番値段が高い」
だろうなぁ。
見ている感じじゃ、1つ目のノーマルクロスボウが一番安そうだ。
コンパクトにする必要がない分、値段も安くなるんだろう。
「ちなみにいくらだ?」
「本体が金貨5枚、ボルトは別料金だ」
たっけえ……のか?
金貨5枚ってーと、銀貨50枚か。
えーっと、銅貨10枚が乱暴に考えて3000円か4000円だから……
ざっと…15万くらいか。
うーん、物価が地球と違うから何とも言えねえな。
アメリカじゃちょっといい拳銃なら10万は超えるからな。
この世界でこのレベルのクロスボウなら、それくらいはするだろ。
なお、オレの全財産は銀貨10枚と銅貨が5枚だ。
ぜんっぜん足りねえ。
それなりに貯金はあったつもりだが、冒険者は金がかかるねえ。
「すまねえが予算オーバーだ。金が溜まったらまた来るよ……銅級のランクを上げつつ稼ぐさ」
「斥候用のは銀貨5枚だが?」
「いや、長い目で見ると連射式の方がいいんだ。わざわざ出してもらってすまねえな」
ここで安物を買っても仕方がない。
まさに、安物買いの銭失いだ。
「そうか、死なずに稼いでまた来な」
「おう……ああそうだ、この近くに防具を扱ってるところはあるかい?腕当てが欲しいんだが」
「それくらいならうちにもあるぜ、革か?金属か?」
お、あるのか。
そいつはいい。
これが、探してたものその2だ。
以前草原狼に噛まれた時に、必要だって思ったんでな。
オレのガンマン衣装はそこら辺の皮鎧くらいの強度はある、らしい。
なら、腕や足に付けられる簡単な防具があればもっと安心感が増すからな。
接近戦の腕は防御力でカバーってわけだ。
「革だ。手首から肘辺りまでを覆う感じのがありゃいいんだが……あ、それと手袋があればそいつも欲しい。指の部分が剥き出しだとより都合がいい」
銃を扱う時に指先がフリーだとやりやすいからな。
地球の極薄ラバー素材とかがあればそいつがいいんだが……ちょいとこの文明レベルじゃ妖しいな。
魔物由来の似たような物も探せばあるかもしれんが、絶対に高級品だ。
「ふむ……たしかあったはずだ、待ってな」
またもガモスが引っ込み、今度はすぐに戻って来た。
その手には革のガントレットっぽいものと手袋がある。
「ガントレットは挟み込んで紐で固定する方式になってる。【沼蜥蜴】の革でできてるから丈夫で水にも強い」
少し青みがかったシンプルなガントレットだ。
落ち着いた色合いが渋い。
うん、これはよさそうだ。
手袋の方も同じ感じの色だ。
指先はしっかり出るようになっている。
うん、これならよさそうだ。
「手袋は同じ【沼蜥蜴】の余った革で作ったもんだ。ガントレットとセットで買ってくれりゃ、あわせて銀貨5枚でいい」
「買ったァ!」
いい買い物だぜ、こりゃあ。
関西のおばちゃんなら値切るんだろうが、めんどくせえし気分を害されても困る。
オレの勘だが、こことは長い付き合いになりそうな気がする。
関係は良好に保っとかねえとな。
クロスボウも買わなきゃならんし。
「まいどあり……即断即決だな」
「おかみさんの知り合いが、変なモン売りつけてくるわきゃねえからな」
紹介した人間の顔を潰すような真似はしねえだろうよ。
世界が変わっても、こういうのは信用第一だしな。
「こいつは一本取られたね……おいウッド、クロスボウは取り置きしといてやるからな、買うならここで買えよ。といってもこの街じゃウチにしかねえが」
「あいよォ」
やっぱり、付き合いは長くなりそうだな。
そんなことを考えながら金を払ってモノを受け取り、オレは店を出た。
さて……今日は公衆浴場にでも言ってサッパリするかね。
その後は娼館といきたいところだが、今しがた金を使ったばっかりだしな。
貯金、貯金っと。
・・☆・・
「妙な所で会うねえ、ウッドくん」
「そんなに妙かねえ?」
一旦宿に荷物を置いて小銭だけ持って外出し、公衆浴場に来た。
場所はギルドの近所だから、わかりやすくっていい。
ちなみに入浴料は銅貨2枚。
水は魔法で出してるとかで、経費も安いんだろうさ。
地球の銭湯とそう変わりない造りの施設へ入ると、昨日ぶりの顔に出会った。
小人のミドットだ。
やはりどう見ても小学生にしか見えないミドットとは、脱衣所に入った所でバッタリ会った。
しかしこの公衆浴場……絶対日本人関わってるだろ。
造りが銭湯に似すぎている。
水風呂とかもあんのかな?
「旅の間はロクに水も使えなかったからな。ここで入り溜めしとくのさ」
「ははは、綺麗好きなんだねえ。まるで【ニホンジン】だ」
……なんとか反応せずに済んだぞ。
急に爆弾をぶっこんでくるんじゃねえっての。
「なあ、そのニホ……ン、ジン?ってのはなんだ?この街に入る時にも言われたんだが」
「たまーに現れる厄介な人種らしいよ?僕も見たことはないけど、病的な綺麗好きらしいからさ」
「はーん、そんなのがいるんだな。オレは牧場育ちだからな、ある程度綺麗にしとかねえと病気になったり、動物が弱ったりするんでよ」
「あー、なるほどねえ。傷から悪魔が入る、ってやつだね」
そいつは、破傷風か何かか?
やっぱり医療技術は発展してねえなあ。
「まあいいや、入ろうか。僕は年上だから、背中を流してもらおうかなー」
「年上は敬う男だぜ、オレは……よ……?」
「ん?どうしたのさ」
「……敬うさ、『男としても』、なあ。ミドット……いや、ミドットにいさん」
「本当にどうしたのさウッド!?」
全裸になったミドットのミドットは、ちっとも小学生じゃなかった。
なんだこりゃあ……もう1本足があんのかと思っちまったぜ。
小人、侮りがたし。
オレは、異世界初の謎の敗北感を覚えた。
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