第13話 馬じゃなくてもニンジンぶら下げられれば、まあ頑張る。

「……メインクエストぉ?」




 ヴァシュカとその仲間たちに祝われた翌日。


オレは、異世界初の二日酔いに苦しみつつ起きた。


うぐ……飲み過ぎちまった。


エールは度数的にそこまで高くねえんだが、元々オレがそんなに酒が強くないっつう事実をすっかり忘れてた。


ヴァシュカが横でパカパカ飲むもんだからよ……




 まあそれはいい。


起きてスキットル(水)を呷った後、何故か虎ノ巻を開かないといけないような気がした。


これが虫の知らせか……なんて思いながら開いた目次には、以前にはなかった項目があった。




『メインクエスト』




という、項目が。




「オレに何させようってのかね……」




 貯金はあるし、宿代も1月分まとめて払ってある。


朝飯まではまだ時間もあることだし、ここで虎ノ巻を読んでおくことにした。




「さて、と」




 該当のページをめくる。






・・☆・・






『メインクエスト』が発生しました!




・クエスト目標




『銀級冒険者になろう!』




・クエスト期限




『東森逸人・ウエストウッドが死去するまで』




・クエスト報酬




『ウインチェスターM1873』




・一言




『目標があった方が燃えるだろ?まあ、気が向いたら目指してくれ』






・・☆・・






「―――マジか!?うっぐ、あぁああ……」




 思わずベッドから跳ね起きたせいで頭痛がひどくなった……


が、こんな内容ならテンションが跳ね上がっても仕方ねえだろ!?




『ウインチェスターM1873』




それは、オレがリボルバーの次に愛してやまない存在だった。


拳銃のSAAシングル・アクション・アーミーと並んで『西部を征服した銃』と呼ばれている、お馴染みのライフルだ。


銃身下部にあるレバーを上げ下げすることで装填と排莢を行う、ビジュアル的にも最高にいかしたやつだ!




「―――よし、なるか。銀級冒険者」




 つくづくオレという男は単純だと思う。


だが、これがオレなのだ。


仕方ねえだろう。


目の前にこんな餌をぶら下げられちゃ、なあ?




 いや、趣味以外にも利点はある。


【ジェーン・ドゥ】は近距離において文字通り無敵だろうが、遠距離となると話は別だ。


あの魔力の弾丸がどれほど射程距離があるかはわからんが、やはり遠距離狙撃には不利だろう。


だがここにライフルがあればどうだろうか。


オレという人間のスペックは除外しても、装備という意味なら遠近共に隙がなくなる。


手に入れる価値は十二分にあるはずだ。




「……だけどまあ、ボチボチやるか」




 油断と勇み足は禁物。


なんたってオレは冒険者としちゃ、まだ殻の取れてないヒヨッコに等しい。


いきなり依頼を受けまくっても失敗したら目も当てられない。


街中の掃除とは訳が違うんだ。


この世界じゃ失敗=死ってこともある。


期限はオレが死ぬまでとあるし、ゆっくりじっくりやっていこう。


死ななくても片足が捥げました、とかになったら絶望だ。




「朝飯食って、今日は休んで……明日から頑張ろう、そうしよう」




 小市民的な目的を立てつつ、オレは再びベッドに横になるのだった。






「なんだい、顔色が悪いねえ」




「ちょいと昨日、飲み過ぎちまって……知り合いが銅級になった祝いをしてくれるって言ったもんだからさ」




「ああ、それで昨日は遅かったんだね。それにしても銅級か……」




 朝飯の時間になったので食堂へ行くと、おかみさんがいた。


奥のキッチンでは、いつも通り強そうな旦那さんがフライパンを振っている。


この匂い……朝飯は卵系か?


あんまり重そうじゃなくってよかったぜ。




「飲みな……二日酔いにはこれが一番さね。ウッド、そりゃ目出たいことだけどね、油断すんじゃないよ」




 目の前に、なにやらコーヒーめいた液体が置かれる。


なんだこりゃ……薬草臭ェな。




「油断?」




「ああそうさ、冒険者が一番死亡率が高い時期、それが銅級の間だからね。すぐに銀級冒険者になろう!って、無理してあっけなくおっ死んじまうんだ」




「ああ、なるほ……にっが!?」




 おかみさんの話を聞きながらカップを啜ると、あまりの苦さに口がひん曲がりそうになった。


なん、だこりゃ!?


死んだ爺さんが飲んでた、ドクダミを煎じた薬湯よりも苦い上に臭い!?


ヘドロでも煮詰めたような味だ、こりゃあ!?




「全部飲むんだよ。それを飲んだら朝飯出してやるからね」




「んぐ……んがぐ……」




「贔屓にしてる薬師から譲ってもらったもんさ。【アマクサ草】はなんにでも使える便利な薬草さね」




 オレが初めてギルドに納入した薬草じゃねえか!?


滋養強壮の薬になるって聞いてたが、これほどの味たあ思わなかったぜ……辛い……




「んごご……っぐ。し、心配しなくてもオレァそこまで若くねえよ、しくじりゃ死んじまうってこたあ、よくわかってる」




「そういえばあんた、ミディアノから流れてきたんだったね……いらないおせっかいだったか」




「いや、ありがてえよ。気を付ける」




 おかみさんには俺の嘘出自も伝えてある。


彼女はそれによってオレをどうこうすることはなかったが、旦那の方はたまにおかずを一品おまけしてくれるようになった。


優しい人が多くていいねえ、この国は。


ちょいと罪悪感が……




「まさか、そんな体調で依頼を受けるんじゃないだろうね?」




「それこそまさか、さ。自慢じゃねえがそこそこ働いてたんで蓄えはある、今日は職人街の方へ足を伸ばすだけだ」




「へえ、なるほど。あんたは長生きしそうだよ……さ、朝飯だよ」




 テーブルに並んだのは、卵のスープと柔らかそうなパン、それに炒めた根菜のサラダだった。


おお……コイツはありがたい。


今のオレでもペロリと食えそうだ。


あの薬の後だとなんでも美味しくいただけそうだがな。




「そうそう、あんた、職人街に行くんなら……」






・・☆・・






「えー……『職人街中ほど、赤い屋根、大剣が軒先』と……」




 メモを片手に職人街を歩く。


ここはアンファンの街の西側に位置していて、遠くからでもよくわかった。


鍛冶仕事の影響か、煙がモクモク出てたからな。




 ちなみに二日酔いは2時間ほどで治った。


あの謎薬湯、マジで効果が高いんだな……依頼がなくっても街の外に出たら探しておこう。


いざとなったらそのまま齧っても、気付け薬として効果があるらしい。


おかみさんの受け売りだが。




「お、アレだな……【ガモスの店】と、シンプルでいいや」




 当初は適当にぶらついて仕事に必要なモノを物色するつもりだったが、朝飯の途中でおかみさんから店を紹介されたんだ。


なんでも、店主のガモスってのと旦那さんが冒険者時代の仲間らしい。


この街に阿漕な商売をする職人はいないが、それでもいい店を選びたいなら……と言われた。


それなら、アドバイスに従わない意味はない。


自分の命を預ける武器だ、ケチっても仕方ないし変なモノを掴まされたら死ぬ。


妥協は敵だ。




「やってるかい?」




 軒先に立てかけられた大剣を横目に入店し、奥に声をかける。


剣やら斧やらが整然と並んでいる店内には、見た所誰もいない。


カウンターも無人だが、泥棒にでも入られたらどうすんだ?


魔術的な警報装置でもあんだろうか?




「やってるぜ……初見か。見慣れねえ格好だな」




 しばらく店内を見ていると、カウンターの奥から男が顔を出した。


肌着の上に耐熱用っぽいエプロンを付けた、筋骨隆々の150センチくらいの小男だ。




 うお!生ドワーフだ。


身長は低いが、腕なんて俺の倍はあるんじゃねえかってくらい太い。


腕相撲なんかしたら肘からへし折られそうだ。




「ああ、最近この街に来たんでね。ちょいと探してるもんがあるんだが……【青き湖畔亭】のおかみさんから紹介されてな」




「アンネちゃんの紹介か。話を聞こう」




 おかみさん、アンネって言う名前なのか。


結構長い間泊ってたけど、そういえば名前も聞いてなかったな。




「ガモスだ。まあ座りな」




「ありがとよ、ミディアノのウエストウッドだ」




 店内の椅子へ腰かける。


こうして見ると、いろんな武器があるもんだなあ。


剣や斧どころじゃねえ、モーニングスターやら斧槍やら、あっちにはフレイルまでありやがる。




「ミディアノ……随分遠くから来たんだな。儂も冒険者時代に1回行ったことがあるが、いい国だったのにな……ほとほと、愚王にはあきれ果てるぜ」




 マジか。


このおっさん、ミディアノまで来たことがあるらしいぞ。


こいつはボロ出さねえようにしねえとな。




「そうかい。まあ奴さんはドラゴンの腹の中どころか、もう糞になってるだろうからな……そいつで溜飲を下げることにしてるよ」




 誰でも知っているような話でお茶を濁す。




 虎ノ巻によると、ミディアノの王はなんかクソ強いドラゴンを異界から召喚しようとしてたらしいな。


んで、召喚魔法陣が暴走してとんでもねえ数のドラゴンがわんさか出て来て、国が滅んだ。


その魔法陣はミディアノの兵士連中が決死隊を組織して破壊したらしいが、生き残りはいない。


……たしかに、とんでもねえ愚王だあな。


ミディアノの国民からは恨み骨髄だろうぜ。




「ま、オレァ二等市民だったからよ、兵士連中には足向けて寝れねえや」




「ぬ、そうなのか?雰囲気から兵士崩れと思ってたんだが……」




「オヤジが牧場やっててね、そこで牧童まがいのことをしてた。兄貴が継ぐ予定だったんで、ゆくゆくは兵士か冒険者になろうと思ってたんだが……ご覧の有様さ」




 ミディアノには市民に階級があった。


一等市民は、王族や貴族、それに佐官級以上の兵士。


二等市民は、それ以外。


別に被差別階級ってわけじゃねえ。


分類上の表記なだけだ。


ちなみに三等市民ってのもあるが、それは全員が犯罪奴隷っていう種類の人間だ。


牢屋にぶち込む代わりに働かせてる犯罪者たちだな。


そいつらだけは普通に差別階級だけどな。




 ……という、虎ノ巻の受け売りだ。


モンコと『話し合って』詰めた結果がこれだ。






・・☆・・






『ミディアノのウエストウッド』




ミディアノ国、城塞都市ゲルン出身。


実家の牧場で働いていた二等市民だが、ドラゴンの襲来によって一家は全滅。


何もかもが嫌になり、あてもない旅に出る。


何年もかけて諸国を回り、最近アインファルクにたどり着いた。






・・☆・・






以上がオレの嘘プロフィールだ。


こうして考えると、モブキャラ並みの情報量だな……




 それに、二等市民ってことにしとけば、ドラゴンとの戦闘とかそこらへんの話を聞かれずに済むだろうと思ってな。


実際、一等市民と三等市民は従軍義務があるんでほとんどが戦闘で死んだらしいし。


二等市民は結構生き残りがいるが、再三言うがこんな大陸の端までは来ねえだろう。




「そうかい……それで、今は冒険者か」




「ああ、さっきも言ったが探している武器があんだよ。それがここにあれば、買いたい。あと防具系の店の情報も欲しいな」




 どう見たってここは武器屋だ。


鎧がいるわけじゃねえが、他にちょいと欲しいものがある。




「ふむ、とりあえず言ってみな。剣か?斧か?」




「いや、剣は自前のものがある。オレが探してんのは……クロスボウ、あるかい?」




 まず第一の探し物は、クロスボウだ。

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