第8話 いい人と巨乳は大事にしよう……悪い人?そりゃ、お前……

「……は?」




 ウッキウキでオレに絡んできた男が、目を見開いた。


まさかいきなりキツく言い返されるとは思ってなかったらしい。


脇を固める2人も、突然の事態に動きを止めている。


オレは構わずさらに続けた。




「口だけじゃねえな、こうしてるだけで反吐が出そうな臭さだ。そんなんじゃロクに女にもモテねえだろうな?なにせ、新参者に絡むくらいしか能がねェんだしよ」




 罵倒が脳まで回ったのか、男の顔が見る見る赤く……なってねえな、元々真っ赤だ。


昼間っからいい気分で酔っぱらってたら、見かけねえツラを発見してツマミよろしく絡んできたって寸法だろう。


周囲の冒険者たちは、面白そうにオレたちを見ている。


背後にいるはずの受付嬢たちは、特に何も反応してないようだ。




 つまり、こういう状況は日常茶飯事、と。


いちいち構ってる暇もねえってことか。


新参者1人絡まれても、な。




「……今なんつった?」




「マジかよあんちゃん。そんな最近のことも忘れたってのか?若い身空で大変だねぇ、いい医者にかかったほうがいい―――」




 男が腕を振り上げた。


見え見えの、顔面狙いのテレフォンパンチ。


コイツを格好よく避けられればいいんだろうが、あいにくオレにゃあそんな技術はない。


だから―――




「いっ!?」




 強引に、額で受ける。


久しぶりにやったから地味に痛いが、向こうはもっと痛いだろう。


これで先に手を出したのは向こうだ、大義名分ゲットだぜ。


防御と、反撃理由。


一挙両得だぁな。




「っが!?」




 それと同時に、踵で思いっきり奴の足を踏む。


思ってもない場所への反撃は、いてぇだろう?


これで、一発には一発で返したぜ?


さあ……どうする?




「っのやろォ!?」「やりやがったなァ!!」




 脇の2人が吠える。


ほぼ同時に、オレの胸倉を左の奴が掴んできた。


オレは頭突きをするように大きく、ワザとらしくそいつへ向けて頭を振り上げ―――




 正面で悶えてる男の股間に、爪先をぶち込んだ。




「いぎゅっ!?」 




 ヨシ!潰れてはいないな!


この先舐められないためにもある程度の意思表示は重要だが、流石に金玉破壊はリスクが高すぎる。


オレだって片玉潰されたら、何が何でも復讐してやろうとするだろう。


恨まれるのはいいが、殺されるレベルで恨まれたら面倒臭い。


一応、同業者だしな。




「オンゴ!?」「って、てめえ!?」




「―――やるかい?」




 股間を蹴った奴が白目をむいて床に沈む。


いきり立つ左右の男たちにそう言い、胸倉をつかむ手を引き剥がして軽く距離を取った。




「ここまでだったら、ただの喧嘩だ。この先がやりてえってんなら―――抜きな、小僧共」




 ゆるゆるとマチェーテ……【ジャンゴ】の柄に手を伸ばす。


喧嘩の重要事項、ハッタリだ。


何の武術も嗜んでないオレが、武器を抜いた冒険者と戦えるかどうかは未知数。


だが、オレがどの程度の使い手なのか相手方も知らない。


こういうのは、先にかましたモン勝ちなんだ。




 それに―――




「ギルド内での私闘は禁じられてるよ、ルーキー」




 ほら来た。


さっき話したオーガのねえちゃんが、いつも間にかオレの後ろに陣取ってる。


でっかい図体の癖して、ロクに音がしなかった。




「急にイラつく喧嘩を売られたんでね。格安で買ってやっただけのことさ……喧嘩さ、喧嘩」




「っは、だろうね。ケビン!ジャッシュ!オンゴ担いでさっさと行きな!これに懲りたら初見に喧嘩なんか吹っ掛けるんじゃないよ!!」




 ねえちゃんが一喝すると、男2人は即座に倒れた男を引っ掴み、ねえちゃんに頭を下げてギルドから出て行った。


オイ、オレへのワビはどうしたよ?別にいいけどよ。


しっかし、動きが早いねえ……このねえちゃん、ここじゃ大層な顔役だな。




「悪いね、でもこの街の冒険者がみんなあんな感じだとは思わないどくれよ」




「知ってるさ。目の前にすこぶるつきのいい女がいることだしな」




 【ジャンゴ】の柄から手を外す。


このねえちゃんには逆立ちしたって勝てそうもねえし、喧嘩する気もねえからな。


夜の喧嘩ならいつでも受けて立つけどよ。




「はっはっは!旅人は口が上手いねェ!……あんた、名前は?」




「ウエストウッド、ミディアノのウエストウッドさ」




 どうやら興味を持たれたらしい。


これだけで喧嘩を買った甲斐があるってもんだ。




 周囲の冒険者も、さっきとは違った目でオレを見ている。


だが、あまり悪い視線じゃない。


どうやら、受け入れられたかな?


冒険者なんざ破落戸の集まりだろう、それに合った対応をしとかねえとな。


舐められたら終わるってのは、どこの世界でも変わらねえか。


勿論それ以外のうまい生き方ってのもあるんだろうが……オレには無理だね。




「そうかい、じゃあウッドでいいか……あたいはヴァシュカってんだ。これから長い付き合いになるといいねぇ」




「その期待に沿えるように、精々頑張るさ。ヴァシュカのあねさん」




 そう返すと、お茶目なウインクが返ってきた。


意外と可愛らしいとこあんのな。




「あんたが銅級になったら酒でも奢ってやるよ。楽しみにしときな」




「ああ、今から待ちきれねえなそりゃ」




 オレの返答に歯を剥いて笑ったヴァシュカは、背を向けてギルドから出て行った。


異世界初日にしちゃあ、けっこう上手くいったかねえ?


さあて、依頼依頼っと。




 ちなみに、ここに至るまでギルド職員連中はなんの動きも注意もしなかった。


やっぱり殴り合いの喧嘩程度なら、日常茶飯事ってこったな。


武器アリの殺し合いになったら別だろうけどよ。


ドライな世界だねェ……シンプルでいいけどさ。






・・☆・・






「遠い所から来なすったんだねェ。苦労しておいでで……この国はそりゃあいいところだよ、腰を落ち着けるにゃあ十分さ」




「現に今親切にしてもらってるからなァ、ありがとよ婆ちゃん」




 オレの記念すべき?初依頼。


それは『庭掃除』だった。


採集の方はやる気はなかった。


まだ昼とはいえ、土地勘のない状態で街の外に出る気はないからな。




 ってわけで、ギルドから歩いてしばらくの所にあるこの家にやってきた。


依頼主はここの婆ちゃんで、どうやら1人暮らしらしい。


近々娘夫婦が越して来るから、その前にキレイにしときたいんだそうだ。




「爺さんが死んでから、中々庭まで手が回らなくってねえ」




「男手がねえと辛いやな。これだけの家をおっ建てたんだ、さぞイイ男だったんだろうさ」




「そうさ!『アンファンのカドリ』ってね、結構評判の一人大工だったんだよォ」




「婆ちゃんみてえないい嫁さん貰えたんだ、そりゃあそうだろう」




 今は夕方。


日が沈みだしている。


ここに着いてすぐに始めた掃除は、さっきまでですっかり終わっている。


世界が変わっても掃除は変わらない。


今は、若干綺麗になった庭先で婆ちゃんにお茶を頂いてるって状態だ。




「アンタ、口が上手いねえ……だいぶ女を泣かせたんじゃないのかい?」 




「泣かされてばっかだよ、生まれてこの方なァ」




 異世界ほうじ茶……とでも言おうか。


婆ちゃんの淹れてくれたそれは、なかなか乙な味だった。




 もう依頼は終わってるので引き上げてもいいんだが、日頃暇を持て余してる婆ちゃんに付き合っている。


前の世界じゃ老人ホームに卸しをしてたこともあったからな、爺さん婆さんの相手をするのは慣れたもんだ。


それに、こういうご老人の評判ってのも結構馬鹿にならない。


さっきギルドで大立ち回りしたし、いい評判の方もまわしとかねえとな。




「仮冒険者は乱暴者も多いって聞くけど……ウッドちゃんみたいなのが来てくれてよかったよォ」




「オレのほうも、初依頼が婆ちゃんみたいなので助かったよ。なにせこの国に来たばっかりだからよ」




 異世界クッキーを齧る。


うーん、素朴。


ガキの頃に作ったドングリクッキーを思い出すぜ。


砂糖の甘みはほぼねえが、これはこれで香ばしくっていいやな。




「この街で家建てる時は言いなよォ、爺さんの弟子や孫弟子が大勢いっからねェ。立派なの、建てさせるから」




「うひょお、ありがてえな婆ちゃん。こりゃあその内嫁さんまで世話してくれそうだァ」




「それはどうかねェ?あんた、結構遊んでそうだから……刺される前に仲裁してやろうかね?」




「ひひひ、一本取られちまったなこりゃあ」




 あー……癒される。


異世界での初癒しが婆ちゃんとの会話ってのもどうかと思うんだが、まあいいか。


いい人とは仲良くしとかねえとな。


悪い連中は知らねえけど。




 それからしばらく話に付き合い、そろそろ夕飯の頃合いになった。


夕暮れに気付いたのか、婆ちゃんは少し慌てている。




「ごめんよォ、長いこと引き留めちまって……はい、どうぞ」




 婆ちゃんが紙と料金を渡してきた。


紙はあの掲示板に貼られていた依頼表で、代金は銅貨3枚。


ま、軽い掃除ならこんなもんだろう。




「あいよォ、たしかに。気にすんなよ婆ちゃん、こんな仕事なら大歓迎だ」




 ちょっとの掃除と茶飲み話。


それで実入りがこれなら文句はねえ。




「おっと、最後に聞きてえんだが……安宿知らねえか?オレみたいなのでも泊めてくれる所をよ」




「ああ、それならギルドに向かって左っかわの……」




 もう少しだけ、長話に付き合おうか。






・・☆・・






「確認しました、お疲れ様です!」




「おう、またよろしくな」




 ギルドに戻って依頼表を受付嬢に渡し、カードがあの機械に挿入される。


これであの紙に記録をつけてるってわけだな。


偽装はできそうにねえな、する気もねえけど。




「また明日も来るぜ、よろしく」




「はい、お待ちしております!」




 受領した時とは違う、牛っぽい角を生やした若い受付嬢に手を振ってカウンターから離れた。


今度は巨乳だったな、流石牛だぜ。


やっぱ、受付嬢は全員綺麗所を揃えてるなあ……こういうところは地球と同じか。


ギルドに来る楽しみが増えるねぇ。




 さ、今日の仕事はおしまい。


婆ちゃんに紹介された宿に行くとするか。






・・☆・・






「カドリのおかみさんの紹介か。気に入られたねえ旅人さん」




「さぁて、そいつはどうかなあ」




 婆ちゃんが教えてくれたのは、こじんまりとした3階建ての宿屋だった。


『青き湖畔亭』って洒落た名前だが、どこに青き湖畔要素があるかはわからん。


だが掃除は行き届いてるし、変な臭いもしない。


おまけに素泊まりで銅貨3枚、2食付きなら銅貨5枚ときたもんだ。


いい所を紹介してもらったぜ。


駆け出し用の宿かなにかかな?




「お湯は2回までタダだよ、タオルもつける。それで、今から夕飯食うかい?」


 


「ああ、そうしてくれ。腹ペコなんだ」




「あいよ、食堂で待っときな」




 若い頃はさぞ別嬪さんだったんだろうその女将さん。 


今はちょいとふっくらした感じの彼女は、奥へ消えていく。


やっとこさ飯にありつけるぜ、腹減ったなァ。




 1階は受付と食堂のみらしい。


横の部屋に入ると、テーブルが6つ。


入るなりいい匂いが充満してやがる……腹が鳴るな。


適当なテーブルにつき、帽子を脱ぐ。


……そういえば、この服しか持ってねえんだよな。


何着か予備服を見繕う必要があるか?


着たきりスズメで風呂にも入らねえんじゃ、昼間のアホ共を笑えねえくらい臭くなりそうだ。






『その服一式は定期的に綺麗になるぜ!そこらへんの皮鎧くらいには頑丈だしな!』






 何の気なしに開いた虎ノ巻に浮かんだ文言に、オレは改めてモンコに感謝の念を抱くのだった。






 ちなみに、異世界初夕食は野菜とクズ肉のごった煮と固いパンだった。


あっさりとした塩味だったが、死んだ婆ちゃんが作ってくれた煮物みたいにあったかくって美味かった。


どうやら、うまくやっていけそうだ。




さーて、稼ぐぞお。

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