第9話 語尾にニャってのはどういう翻訳バグなんだ。

「さてと、行くかい」




 身支度を整え、宿を出る。


天気は快晴、雨の降る気配はなさそうだ。




「あいよ、しっかり稼いでまた来な!」




 おっと、庭先の掃除をしていた女将さんに見つかっちまった。




「ああ、首尾よくいきゃあ今晩も世話になるぜ、女将さん」




「そうしな、勤勉な冒険者はモテるし出世するよ!ウチの人みたいに立派になりたきゃ頑張るんだね!」




 見送る声に手を振り、朝の街へ繰り出す。


昨日食わしてもらった晩飯、作ってるのはここの旦那さんらしい。


冒険者として結構な地位まで上り詰めた後、故郷のここに帰って所帯を持ったとか。


まあ、全部茶飲み話に女将さんから聞いたんだけどな。




 昨日ちらっと顔を見せたんで挨拶したんだが、なるほど歴戦って感じのおっちゃんだった。


筋肉モリモリでスキンヘッド、顔には縦横に走る傷痕。


そんでもってカワイイエプロン装備ときたもんだ、インパクトは抜群だったね。


もっとも、喋るのはもっぱら女将さんの担当だったが。


いい夫婦ってやつだな、羨ましいね。




 そうこうしているうちにギルドへ到着した。


したんだが……




「バーゲン中の百貨店かよ」




 昨日行った時にはなかったレベルの人だかりが、ギルドの外まではみ出している。


こりゃあ……たぶん依頼表の更新とか追加は朝一番になるんだな。


見るからに駆け出しっぽい雰囲気の少年少女も多い。


なるほど、昼間から飲んだくれてたのは仕事終わりの連中だったか。


地球の魚河岸とちょっと似てるな。


夜釣り以外の漁師連中も、昼過ぎには店じまいだって言うしな。




 といってもオレの目当ては見習い相手の依頼表だ。


たぶんだが、放っておいてもなくなるような人気の依頼じゃなかろう。


給料も1000円2000円程度のモンだしな。


少し行列が収まるまで待つか。






「おはようごいますニャ」




 ニャときたよ。


さすが異世界。




 人だかりがはけたのを見計らって、依頼表を回収。


そいつを持って並んだ先の受付嬢は、モフモフの猫娘だった。




「おはようさん、コイツを頼む」




 渡した依頼表とカードを受け取る手は、人間っぽかった。


爪が長かったり肉球もあるが、毛皮自体は手首あたりまでらしい。




「にゃむむ、採集ですニャ。……はい、ウエストウッドさん、お気をつけて行ってらっしゃいニャ」




「おう、ありがとな。朝から百人力だぜ」




 依頼表が返ってきた。


猫娘の顔は……うん、猫目だし牙は鋭いが結構かわいい。


だが貧乳だ、美女だが貧乳だ。




オレは胸の大小で女性を差別したりはしない。


ただただ巨乳の方が大好きなだけだ、念のため。


貧乳も好きだ、貧乳も。


っていうか性格が死んでなきゃ女は基本好きだ。




 ……そういえばこの街にも娼館とかあんのかな。


もうちょい日銭を稼いだら情報収集しとこう。


さすがに仮免許の状態で女遊びに精を出すほど馬鹿じゃない。






「お前は昨日の……ウエストウッドだったか。早速冒険者になったのか?」




「ああ、日銭を稼ぐには一番らしいからな」




 門の所で昨日の兵隊さんに会った。


どうやら出て行く分にはさっさと出してくれるらしい。


ちなみに入る門と出る門は同じだが、左右に分かれている。


昨日は入る連中ばっかりだったのか。




「冒険者は準市民扱いだから入場税が免除されるぞ。だが夜になると門が封鎖されるから、遅くならんようにな」




「あいよ、色々ありがとうな」




「いいってことよ。早晩死なれちゃ寝覚めが悪い……頑張って生きるんだぞ、お前さんはまだ若いんだからな」




 兵隊さんはそう言ってオレを見送ってくれた。


なんか妙に優しいな……あ、嘘経歴のせいか。


オレは書類上、国ごと滅んだ根無し草ってことになってるもんな。


はー……他人を気遣えるくらい余裕のある国ってわけだ、ここは。


平和でいいねえ。




 まあいい、さーて、お仕事お仕事。


ずり落ちかけた背嚢を背負い直し、オレは街の眼前に広がる草原に足を踏み出した。






・・☆・・






 『アマクサ草の採集』


それが、オレが受けた採集依頼の名前だ。


この街の周囲に広く点在するそれは、滋養強壮の薬の材料になるらしい。


 


 ……なんか、まーた日本語っぽい響きだな。


昨日の果物といい、そこかしこに先輩方の気配がするぜ。


だが日本人って存在はあまり好かれてないらしい……なんでさ?


まあ、おいおい調べるとするかな。






『その発見者は500年ちょい前に転移してきた日本人だ。【薬聖】サカキバラって、一部では有名どころか神様扱いされてるぜ』






 調べるまでもなかった。


虎ノ巻を開くと、すぐに答えが書き込まれる。


……まあ、昨日この街に来たばっかの人間がいきなり日本人を調べ出したら怪しいもんな。




「……なあ、神サマ扱いってんならなんで日本人全体が警戒されてんだよ」




 既に門からは大分離れた場所にいる。


周囲に人影はないが、なんとなく小声で本に向かって問いかけた。




『良くも悪くも日本人はファンタジーに順応性が高くて極端すぎるんだよ。サカキバラは元薬剤師で、それなりに思慮も分別もあった。既得権益を損なうことなく、薬師ギルドと仲もよかったからな……死ぬまでの時間をかけて、ゆっくりと持ってる技術を小出しにしていったんだ』




「……その話し振りからすると、そうじゃねえ日本人が多かったんだな」




『ああ、特に多かったのは奴隷と貴族関連への横槍・口出しだ。お前さんたち日本人は揃って貴族に親でも殺されたのか?日本人と一部地域出身者は決まって反感を持ちまくるんだよ、歴史も内情も詳しく調べずに頭ごなしで奴隷・貴族制度って聞けば大激怒で撤廃しにかかるんだ』




「あー……なんだろうな?コミックや小説の影響もあるだろうし、国外の人間なら実際に奴隷制度があった所もあるしな……」




 日本にもかつて奴隷はいたが、若い連中はむしろ創作の影響かね?


制度ができるにはそれなりの理由と歴史があるんだが、いきなりそこをすっ飛ばして批判に回ったのか?




「前の世界でも100年200年かかって撤廃できた制度を、いきなりなくそうってブチ上げたんじゃなあ……反感もそりゃあデカいわ」




 奴隷制も貴族制もな。


フランス革命だけで貴族がいなくなったわけじゃねえんだぞ。


10年でも短すぎるくらいだ。




『加えて今から400年くらい前までは与える加護の規制もなかったしな。同輩が面白がってチート性能の加護を与えてた異世界人も多かったから、北の大陸でもしょっちゅう大事になってよ……ちょいとやりすぎた』




「随分昔の人間もこの世界に来てたみたい……いや待てよ、なんで最近の若者が400年前に転移できるんだ?転移した時点でそんなにズレが生じるもんか?」




『そういえば言ってなかったな。地球とこの世界の時間軸は同期してねえんだ、召喚する時は同じだが、実際に遣わす時には結構なズレがあんだよ』




「……まあ、世界をまたぐんだ。時差?も相当デカいんだな」




『だな。ちなみにさっきのサカキバラはお前さんより10年ほど早生まれになる、ここに転移した時はちょうどタメくらいだったはずだ』




 ……ってことは俺より10年前に転移した人間が、ここの500年前に到着したってことか。


はー……時差ボケも甚だしいな。




『つまりだ、日本人っていう種族全体は『突拍子もなくとんでもないことをやらかすやべえ奴ら』っていう共通認識になってるんだ。まあ、お前さんが既得権益をぶち壊さないと気が済まねえってんなら止めはしないけどな』




「ないない、学もねえし興味もねえ。そんだけ長い事続いてるんなら一部を除いて無体な真似はされてねえんだろう?」




『当たり前だ。奴隷制度ってのはつまるところ労働力だろ?簡単に虐待とか殺してたら商売成り立たねえよ』




 だよなあ。


たしかに奴隷って言葉の響きからいいイメージはねえが……直接被害に遭うまでは放置だな。


まさかいきなり冒険者を奴隷にしちまおうって連中はいねえだろうし。




 とまあ、本と会話するという傍から見たら異常者確定の行動をしていると、目的地にたどり着いた。


おっと、無駄話はここまでだ。


社会情勢に心を馳せるのは金持ちになってからでもいい。


とにかく日銭を稼がねえと干からびちまう。




「『街から南の川沿い』……たぶんここだな。えーっと、『葉が2対』『先端が赤色』『黄色い花』と」




 依頼表を確認し、説明欄に書いてあった特徴を元に探し始める。


かなり簡単な特徴だが、この周辺に特徴が被る薬草は他にないようだ。


他にもいくつか注意事項が書いてある。


根も合わせて採集しないと不適格だとか、採集したらなるべく日に晒さないだとかな。


収入に直結するのでしっかり守ろう。




「3つで銅貨1枚、歩合制ね。取れるだけ取って戻るか」




 素敵な背嚢もあることだしな。


……あ、でもとんでもない量がこの背嚢から出てきたら怪しまれるな。


何でも入る背嚢なんて即悪目立ちしちまう。


ペーペーの新人が目立ちすぎてもいいことなんざひとつもないしな。


よし、無理のない範囲で採集しようか。






・・☆・・






「うし、こんなもんかな……休憩休憩」




 日が高くなるまで中腰で採集した。


腰がいてえ……農家の苦労が偲ばれるぜ。




 結局、採集した薬草は全部で30個。


これで銅貨10枚のアガリだ、宿代2日分だな。


まだ明るいし、もうちょっと採集して帰るかね……




 適当な石に腰を下ろし、スキットルを尻ポッケから出す。


ぐいっと煽ると、よく冷えた水が喉を下っていく。


うあぁ~……!五臓六腑に染みわたるぜ!




「っぷはぁ!【渇きのスキットル】最高!!」




 そう、この何の変哲もないスキットルはモンコからの贈り物だ。


虎ノ巻の紹介にはこうある。






・【渇きのスキットル】×2


 周囲の魔力を吸収して内容物を補填する。


 増加量は半日で1リットルほど。


 握って魔力を注げば、人間由来の魔力でも補填完了。




※注意事項


 片方(印字がWの方な!)は水しか生成できない。


 もう片方(こっちの印字はAだ!間違えんなよ!)は酒限定。(野外での飲み過ぎには注意しろよ!ソロだと最悪死ぬぞ!)






「過保護ォ……」


 


 モンコよ、見た目(俺のせいだが)のわりに心配性すぎるぞ。


大丈夫だって、地球のキャンプ場じゃあるまいし。


魔物がいるかもしれない状況で飲酒する趣味はねえよ。


もう片方は街中限定だな、元々好きだが酒量は多くねえし。




「腹減ったな、飯にすっか」




 喉の渇きも癒せたので、背嚢からフライパンと缶詰を取り出す。


河原の石を適当に集めて竈を作り、落ちていた枯れ枝を組んで火口を作成。




「こんなもんかな……?」




 あらかじめ出しておいたファイアスターターを持ち、【ジャンゴ】を抜いて峰で何度か擦った。


結構な勢いで火花が散り、すぐに小さな火が点いた。




「こんなに簡単に火が点くなんて、最近の道具はすげ……いや、たぶん神サマの道具だからか」




 何度か枯れ枝を追加し、火の勢いも安定してきた。


竈の上にフライパンを置き、缶詰のプルタブを掴んで引っ張る。


その内容物を入れる前に、スキットルから適当な量の水を入れる。


それが温まったころ、缶詰をひっくり返す。




「あ~、美味そう」 




 トマトスープの匂いが鼻腔をくすぐる。


木の柄杓でかき混ぜつつ、それを堪能する。




 これもモンコのプレゼントである。


その名も【無限ポークビーンズ、トマト風味】だ。


1日ごとに中身が復活するという優れモノだ。




 これで飢えとは無縁だが、栄養が偏るかもな……なんて思ったが。


注意書きの部分には(完全栄養食!1日分の栄養素完備!しかも体にいい!!)と、明らかな手書きで書かれていた。


過保護ォ……ありがてえけどな。




「しかし、オレの装備でも至れり尽くせりなんだが……評判の悪かった過去の日本人連中はいったいどんな加護をもらってたんだ?」




 出来上がったポークビーンズを、そのまま柄杓で豪快に食う。


うんうん、西部劇で憧れたワイルドな食い方だ!美味い!


暖かいポークビーンズの味もそうだが、自然豊かな環境で飯を食うっていうシチュエーションがより一層美味く感じさせるんだろうな。


ソロキャンプが流行った理由もわからんでもない。




「美味いけどパンとか買って来ればよかったなあ……あ?」




 ひとしきり腹を満たした頃。


不意に、草むらがガサリと揺れた。

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