第10話 銃がなければ即死だった。

「……!」




 草むらが揺れている。


オレのいる場所から、川を挟んだ対岸の部分だ。


火を消している時間はない。




 すぐさま立ち上がって【ジャンゴ】を左手に握った。


【ジェーン・ドゥ】はまだ抜いていない。




 ……失敗だった。


いくらのどかな場所とはいえ、見晴らしのよくない空間で無防備に煮炊きしちまった!


神サマアイテムがチートだからって油断しすぎたな……!




 草むらの揺れはどんどん大きくなる。


唾を飲み、【ジェーン・ドゥ】のグリップに右手を置く。


さあ、何が来る……?




「グルルルゥ……!」




 なんか犬っぽい唸り声が聞こえる!


えーと、この草原で出る魔物はゴブリンとコボルトと草原―――




「ガルゥウア!!!」




 うわもう来た!?


ちょっと待てまだ心の準備が―――!!




「こなくそがあああああっ!?」




 轟音と閃光。


そして銃撃の反動で河原に転がるオレ。




「うごご……て、手首は無事、か」




 河原に転がったまま、前を確認。


硝煙を吐く銃口の先に、とてもグロい何かがあった。




「さっき食べたのが出そう……うぷ」




 『たぶん』草原狼だと思う。


なんで『たぶん』かと言うと、頭部が丸々消し飛んでるから。


毛皮付きの胴体しかないぞ、これ。


へえ、草原狼って言うだけあって薄い緑色なんだな、毛皮。


どうやら草むらから飛び出てきた瞬間に頭部に着弾したようだ。


じぇ、【ジェーン・ドゥ】、威力高すぎだろ……最高。




「いかんいかん、1日6発しか撃てねえのに……いてて」




 手首捻っちまった……折れなくてよかったけど、撃つときは姿勢を意識しねえとな。


威力が高いのは大歓迎だが、使用には注意が必要だな。


魔物が出てきたらまず【ジャンゴ】を使って、相手が強そうなら【ジェーン・ドゥ】を……って考えてはいたんだが、いきなりの接敵に頭が真っ白になっちまった。


人間相手には喧嘩もしたが、狼相手はないからなあ……これからの課題だな。




「とっとと片付けて撤収だな」




 竈を蹴って壊し、水をかけた枯れ枝は穴を掘って埋める。


これで延焼はしないはずだ。




「そして今の俺は仮冒険者だから……勿体ないがアレは放置で」




 草原狼のなれの果てはここに置いて行こう。


仮冒険者は討伐依頼を受けることができない。


もちろん緊急の場合は倒してもいいが……




「ねえもんなあ、【討伐部位】」




 魔物っていうのは、その死体をそのままギルドに持ち込んで買い取ってくれるもんじゃない。


いや、もっと珍しくて強いようなのはその限りじゃないが……この草原で出るような魔物はその対象じゃないんだ。


弱い魔物の場合は、【討伐部位】っていう体の一部を持ち込めばいい。


今日、ギルドで少し勉強しといたが……




 草原狼(推定)の討伐部位は、耳もしくは牙である。




 うん、影も形もないな!


というわけで撤収!


ちなみに草原狼1匹につき、討伐料金銅貨10枚なり。


うーん、臨時収入が文字通り消し飛んじまった、残念無念。




 いつまでも呆けているわけにはいかない。


残り香とか音とかで新手が来る可能性もある。


フライパンを手早く川で洗って拭き、背嚢に突っ込む。


そいつを背負って、スタコラサッサだ。


とにかく薬草採集は完了したしな!これで2日は生きていける!




「まあ予想外の醜態は晒しちまったが、死ななきゃ安い」




 本日のお仕事、終了!


逃げろや逃げろぃ!!








「畜生畜生畜生!オレの馬鹿野郎がッ!!」




 こうまで全力ダッシュする羽目になるとは思わなかった!


何故かって!?




「ギャワン!」「ウゥウウ!!」「ガアアッ!!!」




 現在草原狼3匹に追われてる!なう!!


あの後すぐに撤収したが、5分も歩かないうちにおかわりが来たんだよ!!


あーもう!今度からは見晴らしのいい所以外で絶対に煮炊きしねえ!


もしくは缶詰を軽く湯煎して食う!!


あと風向きにもちゃんと注意するゥ!!




 くっそ!いつまでもこうしてるわけにはいかねえ!


街まではまだあるし、後ろの狼くんたちよりオレの足は遅い!


っていうか、今追いつかれてねえのはこっちを弱らせるためだよなあ!?


頭いいねキミタチ!!




「やって……やらあ!!」




 足を止め、振り向きながら【ジャンゴ】を抜く。


どうせこのまま逃げてもヘロヘロになった所を喰われるだけだ!


腹ぁ……括るぜ!




「先手必勝ォ!!」




 【ジャンゴ】を握ったまま、右手で引き抜いた【ジェーン・ドゥ】を保持。


しっかり肩を入れて構え、一番近い狼をサイティングする。




 実銃ならアメリカで、トイガンなら散々日本で撃ってきたんだ!


マチェーテよりかは得意だぜ!!




 引き金を引く。


マズルフラッシュと轟音、そして衝撃が一緒に来た。




「ぐうぅううッ!!!」「ギャワン!?」




 オレに飛び掛かろうと足を溜めた狼。


その踏み切る前の両前足が、地面と一緒に抉れて消し飛んだ。




「んなろォ!!」




 痛む肩を酷使し、銃口を横へ滑らせる。


仲間の死にざまに固まっていた1匹と照準が重なった瞬間に、引き金を引いた。




 轟音。




「ギャヒィン!?」




 右前足から後ろ脚を薙ぎ払われ、そいつはなすすべなく倒れる。


残りは1匹!


残弾は3発―――!?




「ガルゥウウアッ!!」




「畜生!!」




 最後の1匹が、素早く横へ跳んでそのまま俺目がけて地面を踏み切った。


サイティングする暇がねえ!肩が痛すぎて咄嗟に動けなかった!!




 狼の口が、涎を撒き散らしながらオレに迫る。


間に合わない、なら―――!




「ガフ!?」




 ポンチョを絡ませた右手を、ワザと噛ませた。


いったい……けど想像より痛くねえ!!


『皮鎧程度には頑丈』……看板に、偽りナシ!!




「おらぁッ!!」「ギュン!?」




 噛みつかれたまま、右手を振って地面に狼ごと叩きつける。


まだ噛んでろよ、犬ッコロ!!


息切れで苦しくなる中、振り上げた【ジャンゴ】でその鼻面をぶん殴った。




「くたばれ!くたばれ!くったばれェ!!」




 剣術素人なオレは、スッパリ切断なんざできねえ。


だから、頑丈さに任せてとにかく殴る!殴る殴る殴る!!




 気付けば、狼は事切れていた。


鼻先から脳天にかけて、グズグズのユッケみたいになっている。


夢中で殴り過ぎた……こりゃ、途中から死体殴ってたな。




「ふう……ひぃい……」




 オレの方も息が続かねえ。


汗だくのまま、地面に座り込んだ。


周囲を見るが、おかわりの気配はない。


が、そんなもんあてにならん。


殺気の察知なんかできねえもん。




 スキットルの水を飲み干し、息を整える。


なんとか、落ち着いたか。


異世界初撲殺……だな。


斬殺って言うより、惨殺だ。




「とりま耳……耳寄越せ……」




 まずはオレに嚙みついたままの奴。


そして撃ち殺した2匹。


ひいこらしながら、なんとか片耳を切り取った。


皮付きの肉を切る感触って、ちょいと気持ち悪い。


初体験だ。




「はぁあ……慣れねえとなあ、ナイフに」




 【ジェーン・ドゥ】はオレの装備の中じゃ確かに最強だ。


だけど、6発しか撃てない。


撃ち切ったら昏倒するらしいから、五体満足の状態で相手できるのは5匹までだ。


それも、狙いを外さなければ。


やっぱり普段使いは【ジャンゴ】一択だろう。


これから少しずつ練習していくしか、ねえな。




「とにかく今日はもう閉店ガラガラってやつだ……帰って寝よう、そうしよう」




 討伐部位をタオルでくるんで背嚢に入れ、オレは重たい足を引きずって歩き出した。


まあ、いい臨時収入になったな、うん。


銅貨で30枚、銀貨で3枚か。


実働3分前後で実入りが約10000円なら、悪くない。






・・☆・・






「確認しましたニャ、お疲れ様ですニャ~」




「ああ、あんがとな」




 猫娘から報酬を頂戴する。


受領した時と同じ受付嬢に報告する必要はないらしいが、ギルドに帰ったらまだいたので並んだ結果だ。




「薬草の状態は申し分ありませんニャ、まとまった数ニャので色を付けておきましたニャ。それに草原狼の討伐部位も確認しましたニャ、かなり場慣れしていますニャ?」




「まあ、それなりに修羅場は潜ってるよ。それなりにな」




 にゃあにゃあ可愛いこった。


昔飼ってた三毛猫を思い出すな。


喉でも撫でてみてえが、超弩級のセクハラになりそうだ。




 カウンターに置かれたのは、銀貨が4枚と銅貨が6枚。


草原狼の分が銀貨3枚で、薬草の分が残りか。


銅貨6枚もおまけしてくれたってことは、よほど状態がよかったんだろう。


なんにせよありがてえ。




「それじゃ行くよ、またよろしくな猫ちゃん」




「はいニャ、またのお越しをお待ちしておりますニャ~」




 にっこり笑った猫娘に見送られ、オレはギルドを後にする。


綺麗所に毎日会えるってのは、なかなかにモチベが上がるねェ。


……しかし仕事先の受付嬢に粉かけるわけにゃいかねえな。


一刻も早く稼いで娼館を探そう、そうしよう。




 え?一から一般人女性を口説く?


やだよ面倒くせえ。


もうちょっとこの世界に慣れたら考えるわ、具体的には10年後くらい。


恋愛シミュレーションにふける予定は今の所ねえ、全ては生活が最優先だ。






「おや、その様子だとちゃんと稼げたみたいだねえ。感心感心」




「なんとかね。女将さん、とりあえず1週間分先に払っとくわ。同じ部屋空いてる?」




「空いてるよ、景気のいいこったね。頑張ってバンバン稼ぎな!」




 というわけで、同じ『青き湖畔亭』に連泊することにした。


代金、7日で銀貨3枚なり。


なんか連泊だと割り引いてくれるみたいだな、得したぜ。




 はー……それにしても疲れた。


飯食ったら寝よ、寝よ。


今日も一日お疲れ様でした、オレ。






・・☆・・








「お?なんやこれ……魔法……いや、ちゃうな」




「魔力発露の痕跡が均一や、魔法具やな」




「狼の耳が切られとるっちゅうことは、同業者や……アンファンの」




「今までにこんな痕跡、見たことあれへんし……新参者っちゅうことか」




「ふふーん……なんや、おもろい新人がおるみたいやな♪会うのが楽しみや♪」

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