第31話 ヤンヤ婆さんと護衛任務
「いや、買い過ぎやろタリスマン」
「買った後に気付いたぜ……」
悪臭ドワーフに絡まれた翌日。
オレは、マギやんと落ち合うために待ち合わせ場所に来ていた。
街の門からほど近い広場だ。
今更だが、この世界に腕時計はない。
一般人は、街の中心から鳴らされる鐘の回数で大体の時刻を知る。
なんか、江戸時代みてえだな。
というわけで、オレとマギやんは『3つの鐘が鳴るあたり』という、凄まじく大雑把な時間に待ち合わせをした。
「ちょい見してみいな……あーあー、こらアカン!」
「おわわ待てちょっと待て!首が締まる締まる!?」
マギやんは手を伸ばし、オレが首に巻いていたタリスマンを探っている。
「【麻痺軽減】と【毒軽減】はええとしても……【呪い軽減】と【疲労軽減】はお互いに食い合って無駄になるんや!こっちの【魔法軽減】と【魔力増強】なんか最悪やで!ちゃんとウチが紹介したとこで買ったんやったら絶対止められたと思うんやけど……?」
買ったタリスマンの裏面には用途が刻まれてるんで、見ればすぐにわかるんだろう。
それはいいが引っ張るなっての。
「……なんかそんなことを言われた気がすんな?ちょいとテンションが上がり過ぎて上の空だったんだよ……今まであんな店に行ったこともなかったし」
それは、昨日マギやんに紹介された護符店で買ったもんだ。
なんつってもいろんな種類があったからな……しかも【軽減】なら安かったし。
仕方ねえだろ?地球じゃありえねえ店なんだからテンション上がってもよ。
そうそう、【無効】なんてのもあったぜ。
ショーウインドウに厳重に陳列されてて、お値段なんと白金貨1枚から。
さすがに金貨100枚は無理だ。
しかも永遠に使えるわけじゃないらしいからな。
「今日通るルートには必要ないモンは外すで!【呪い】持ちなんてレアな魔物、ダンジョン以外ではそうそうお目にかからへんしな!ほらこれも!これもや!」
「おかんかマギやん」
「アンタみたいにデッカイ息子を持った覚えはあれへん!!」
というわけでタリスマンは整理され、背嚢にしまわれた。
残ったのは【疲労軽減】と【麻痺軽減】だけである。
スッキリしちまったなあ。
「アンタ、よくこんなんでミディアノからここまで来れたもんやなあ。運だけは白金級やな!」
「……よく言われるよ、うん」
……そういう設定だったのを最近忘れかけてた。
くそう、今だから言えるが先に虎ノ巻で予習しとくべきだった……
今頃どっかでモンコが爆笑してる気がする。
「そういえば、依頼人はまだか?」
話を逸らすと、マギやんが周囲を見た。
「もうそろそろ来る頃やと思うんやけど……あっ!ばーちゃん!こっち!こっちやでーっ!!」
見つけたらしく、その場で飛び跳ねながら手を振っている。
うおお……胸が、胸がえらいことになってやがる……!!
暴れん坊将軍じゃねえか……!!!
雑念を振り払っていると、車輪の回る音が聞こえてきた。
「―――!?!?」
マギやんに続いてそっちの方を見たオレは、危うく叫ぶところだった。
「早いねえ、マギカちゃん。今日はよろしくねえ」
いつかの騎士団のものより、だいぶボロで小さい馬車が見えた。
御者席には、性格がよさそうな年寄りの獣人が座っている。
見た感じは虎……というかふくよかな猫っぽい。
この世界、獣人でもケモノ成分の多いのと少ないのがいるなあ。
マチルダなんかはハーフ&ハーフって感じだが、この婆さんはケモノ80%って感じだ。
だが、オレが驚いたのは猫の婆さんじゃねえ。
「キケロー!元気にしとったか~?」「クワッ!」
今まさにマギやんに撫でられて気持ちよさそうに目を細めている……でっかいダチョウにだ。
地球の動物園で見たのより優に二回りくらいはデカいぞ!?
え?この世界じゃ馬以外の馬車もあんのか!?
「おや、そっちの色男がお仲間かい?」
「おー、せやせや!」
こっちに婆さんが視線を送ってくる。
釣られてか、ダチョウもこちらを見てくる。
……迫力ある顔してんなあ、ダチョウ。
「あー……ウエストウッドだ、よろしくな」
「はいはい、ウッドちゃんね。マギカちゃんから聞いてるよ……アタシはヤンヤってんだ、よろしくね」
日向ぼっこをしている猫そっくりな顔で、婆さんは笑った。
田舎の死んだ婆さんを思い出すなあ……それと婆さんが飼ってた猫も。
「クワ」
で、ダチョウの方もオレに向けて顔を伸ばしてきた。
うおお……迫力ゥ。
「おう、よろしく」
恐る恐る手を伸ばすと、ダチョウはそれをするりと躱してポンチョを突いてきた。
ヒヨコがよくやるような、やさしいついばみだ。
「この子はランドロウバのキケロってんだ。アンタが気に入ったらしいよ」
「お、おお……ならよかった」
「クワ~」
昔っから動物には好かれるからな。
どうやら異世界でもそれは有効らしいや。
「ほな、ばーちゃん、いこか~」
「はいはい、よろしくねえ」
マギやんが先頭に立って歩き出し、馬車もそれに続く。
オレもそれに続いて歩き出した。
さあて、初の護衛依頼だ。
・・☆・・
今回の依頼は、【ルドマリン】っつう町までの護衛依頼だ。
そこはここアンファンからまっすぐ西、大陸の端っこの港町らしい。
ちなみに距離はここから普通に歩いて2日。
虎ノ巻で予習しといた。
2日拘束で銀貨20枚、か。
そりゃ、人も集まらねえわけだよ。
今回はオレとマギやんだけだし。
まあ、そんなに危険な魔物も出ないようなので大丈夫だと思うが。
……おっと、こういうの死亡フラグって言うんだよな。
今のはナシだ。
「えーえ天気でよかったなあ、婆ちゃん」
「そうだねえ、空気も濁ってないし、これなら遠くまでよく見えるねえ」
婆さんと揃って御者席に座ったマギやんが話している。
足をプラプラさせて、まるで遠足にでも行くみてえな気楽さだ。
「ウッドちゃん、しんどくなったら荷台に乗ってもいいからねえ」
「はいよ、ありがとな」
オレはキケロの横を、クロスボウを持って歩いている。
超走りそうな外見と違って、キケロの歩みは緩やかだ。
このランドロウバとかいう鳥は、速度よりも持久力に優れているらしい。
マギやんは近接戦闘が主だ。
だから、いざって時の為に休んでもらっている。
オレは射撃が仕事だからな、馬車に乗ってもいいが……なんか今日は歩きたい気分なんだ。
晴れ渡った平原を、ゆっくりと歩いている。
なかなかのどかでいい気持ちだ。
街から伸びる街道は、オレたち以外に人影もない。
近くに森もないし、盗賊の心配もなさそうだ。
「ウッド~、しんどなったらウチが代わったるさかいな~」
「おう、気にすんな」
しかしまあ、いい天気だねえ。
さっきマギやんから聞いたが、今日歩く部分は安全な道らしいから……適度に気を抜きながら歩こうか。
「そういえば婆ちゃんよ、今運んでる荷はなんなんだ?」
「ああ、これは【ロイド草】っていう薬草さね。効果は弱い毒消しさ」
「ほーん、港町で毒消しねえ……」
変わったもん運ぶんだなあ。
「ウッドは知らへんやろうけど、牙に毒がある珍しい魚がおってなあ。味は最高なんやけど、それを獲る漁師さんが難儀してるんやで」
「なーるほど。察するにこれからよく釣れるシーズンになるんだな?」
それに合わせて向こうに運ぶってわけか。
弱い毒消しってんだから儲けも少ねえんだろうな。
この依頼料の安さも、そこら辺に原因がありそうだねェ。
「値段は安いんだけどね。これがないと漁師連中が困っちまうのさ」
「弱い毒なんだろ?」
「弱いって言ってもねぇ、そりゃ死ぬような毒じゃないけど……毒を受けてすぐに処置しないと、運が悪けりゃ手足の末端に半年は痺れが残っちまうんだよ」
うわ、地味だが嫌な症状だなあ。
そりゃあ漁師にとっちゃ死活問題だ。
「あの町には娘が嫁いでるし、義理の息子の兄弟親戚が漁師だからねえ。行ってあげないと」
「なるほどなァ。他の薬師や商人は行かねえのかい?」
「この薬草は調薬にちょいとコツがいるんだよ。その上薬本体の値段が安いし、魚も港町の漁師皆が獲るようなモンじゃないとなれば……ねえ?」
もう1つなるほどってわけだ。
婆ちゃんが貧乏ってわけじゃねえらしいや。
そんならいいか。
よくよく考えてみりゃ、薬師っていえば医者じゃねえか。
貧乏な医者なんざそうそう聞いたことねえや。
「せやけど婆ちゃん、ずうっと1人で調薬するわけにもいかんのちゃう?後進育てとかな~」
「これは半分趣味みたいなモンだからねえ。アタシが死んだらギルドにレシピが渡るように契約してんのさ」
ほうほう、この世界じゃ薬のレシピも門外不出みたいな扱いなわけだ。
「マギカちゃんもウッドちゃんも今回お世話になるからねえ。次に実入りがいい話がある時は、きっちり指名してあげるからねえ」
「おー!太っ腹やなあ!」
ありがてえ。
損して得取れってやつだぜ。
いい老人にゃあ、親切にしとくに限る。
「そんじゃまあ、張り切って護衛させてもらうぜ婆ちゃん」
前方の草むらを警戒しつつ、そう返した。
・・☆・・
「マギやん、薪たのまあ」
「任しとき~!」
マギやんが走り去っていく。
いい加減兜くらい脱いだらいいのにな。
まだ周囲の警戒してんだろうか。
「婆ちゃんはゆっくりしときな、簡単に作っちまうからよ」
「悪いねえ、アタシの分まで……」
「缶詰だからな、逆に人数絞る方が難しいんだよ。婆ちゃんもパン出してくれるからおあいこさ、おあいこ」
傍らのベンチに腰かけて、申し訳なさそうな婆ちゃんにそう言った。
あれから、マジで何も起こらずに平和に歩き続けることができた。
簡単な昼飯を食った後も変わらず歩き……夕方近くになって今日の目的地にたどり着いた。
ここで夕飯を食って眠り、明日の早朝に出発する予定だ。
ここは、旅人や商人が野営をする広場だ。
地球で言う所の無人キャンプ場って感じだな。
手作り感満載のベンチや竈がぽつぽつある。
そのうちの1つに、オレたちはいる。
今日は野宿だ。
なんたって町がねえからな。
キケロは地面に刺さった柱に繋がれて、干し草をモリモリ食っている。
コイツ草食なのかよ……
生肉食いそうな顔してる癖に。
「クワ」
「なんでもねえよ、今日はお疲れさん」
こっちに顔を向けたキケロに手を振り、背嚢から缶詰を出す。
さーて、今日は老人もいるからな……チリ系はやめとくか。
ビーフシチューにするかボルシチにするか……どうすっかなあ。
「ウッド」「うおっ!?なんだよマギy」
さっき走って行ったマギやんが、いつの間にか俺の真横にいる。
驚いて声を出したオレの口は瞬時に塞がれ、真剣な瞳がこちらを覗き込んだ。
……なんだァ?トラブルか?
「―――遠巻きに監視されとる。たぶん……盗賊や」
その言葉に、オレは少し冷や汗をかいた。
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