第32話 生かしておいても四方八方に迷惑をかける、ゴキブリよりも質が悪い。

「……へえ、盗賊ねえ」




 マギやんに囁かれたオレは、なんとか動揺しないように心掛けた。


監視されてんなら、気付いた素振りを見せるとまずい。


とにかく平静を装って……備えねえとな。




「どこだ?」




 背嚢からフライパンを取り出し、世間話風に聞く。




「よっと……アンタの正面にちょいとした林があるやろ?そこん中や。さっき金属に光が反射するんが見えたで」




「ほーん」




 マギやんも普通通りに、抱えてきた枝で竈の火付けを作っている。


肝が据わってんな……頼もしい事この上ねえ。




 オレたちの会話が聞こえているはずの婆さんは、膝の上に乗せたまな板でパンを切っている。


亀の甲より年の劫ってか。


落ち着いてるねェ。


この世界の人間は修羅場に慣れてんのかな?




「見間違いの線は?」




「アホ。ウチは腐ってもドワーフの工房出身や……反射の具合で自然物か加工品かなんて一発でわかるわ」




「餅は餅屋、ってか」




「モチ……モチ?」




 マギやんが不思議そうな顔をしながら、胸元に手を突っ込んだ。


すぐに引き出された手には、何の変哲もない銅っぽい色の金属片が握られている。


……素敵なポケットだなあおい。




 そのまま、マギやんは自然な動作でそれを地面に落とす。


小さく金属音がしたが、特に何も変わった様子はない。




「……反応ナシ、か。ウッド、普通の音量で話しても大丈夫やで」




「そりゃなんだ?」




「魔力に反応する金属や。盗聴やら遠見の魔法が使われとると、青白く変色するからすぐにわかるで」




 便利なモンがあんだなあ。


銀が毒で変色するようなもんか?




 さっきマギやんが言っていた森を見る。


帽子を目深にかぶっているから、視線を読まれることもないだろう。


元々オレはこの方向向いてたし。 




 だが、どう見ても何の変哲もない林にしか見えねえ。


人影すらも見えねえぞ。




「あの程度の林や、おっても精々10人っちゅうとこやろ」




「……で?これからどう動きゃいいんだ?」




 ファイアスターターを使い、枝の下に敷かれた木の皮に火を点ける。


一応飯を作るフリはしといたほうがいいだろう。


いや、まあ普通に作るんだけどもよ。




「こないに明るいうちから攻めかかってくることはないやろ。恐らくウチらが寝たくらいの頃合いで来よるで」




「盗賊じゃねえ可能性ってのは……?」




「どこの世界に林に潜む旅行者がおんねん?」




「だよなあ」




 盗賊……盗賊ねえ。


魔物ならまだよかったが……




「ちなみに襲ってきた盗賊ってのは殺しても……?」




「ええに決まっとるやんか。むしろ殺さんと後々面倒になるで……なんやウッド、アンタ人殺しはしたことあれへんな?」




「……まあな。魔物相手ならそこそこ場数は踏んでるがよ」




 どうやら、ここが覚悟の決め時らしい。




「相手は盗賊やで、百害あって一利なしや。生かしておいても何の得にもならん連中や」




「ああ、よくわかってらぁ」




 ホルスターの【ジェーン・ドゥ】に視線を落とす。


いつもながら頼もしい姿だが、不意に日光を反射してギラリと光った。


なにか、喝を入れられた気がする。




「オレぁ死ぬのは御免だし、マギやんや婆さんが死ぬのはもっと御免だ」




「クワッ」




「……もちろんおめえさんもだよ」




 こっちに首を伸ばしてきたキケロの頭を撫でる。




 それに……こう言っちゃなんだが、オレや婆さんは『殺されるだけ』で済むだろうが。


マギやんみてえな若い美人は『もっとひでえ』ことになるだろう。




 ああ、なんだ。


そいつは気に入らねえな、気に入らねえ。




 それなら、初めから心は決まってんな、オレ。


殺るか、殺られるかだ。




「……心配すんなマギやん。狙って撃つのは大得意だ」




 オレの顔を心配そうに見るマギやんに、笑う。




「こんないい女を盗賊にくれてやるわけにゃあ、いかねえなあ」




「なはは!せやせや、その意気やで~!」




「おやおや、アタシはいいのかねえ?」




「オレは婆ちゃんっ子だったんだ、それにアンタは依頼主だしな……死なれちゃ困る」




 そう返しながら、オレは不思議と心が落ち着いてることに気付いた。


……難しく考えすぎてたか?


 


 殺されたくねえから、殺す。


それでいいじゃねえか。


盗賊如きの命より、オレや仲間の命の方が大事だ。


優先順位をバグらせちゃ、いけねえなあ。




「よし、じゃあまずは腹ごしらえだな!」




 そして、封を切ったビーフシチューの缶詰をフライパンに開けた。


こいつとパンをしこたま食って、精々備えるとしましょうかね。




「あ……すまねえマギやん、酒は我慢してくれな」




「アンタ、ウチのこと相当アホやと思ってへんかァ!?」






・・☆・・






 周囲はすっかり闇に吞まれている。


ガンガンと薪を追加した焚火だけが、煌々と周りを照らしている。




 オレは、座り込んでいる。


帽子を目深にかぶり、ポンチョを体に巻き付けて。




「……」




 パチパチと音を立てる焚火。




 不意に、それとは違う音を耳がとらえた。


木の葉が擦れる音でも、魔物の鳴き声でもねえ。




 ほんの少しだけ頭を動かす。


それと同時に、何かが空中を飛ぶ音がした。




 飛来したのは矢だ。




 あっという間に、4、5本の矢が音を立ててポンチョに突き刺さる。


そのまま、ぐらりと横に倒れる。




「ひひひ!!」「当たったァ!!!」




 暗がりから、下品な歓声。


自分たちでは小声のつもりらしいが、この状況じゃ馬鹿みたいによく聞こえてくる。




「おい、男の方だよなァ!?」




「大丈夫だ、ドワーフの女と婆は馬車の方に行ったからな!」




「ひひ、じゃあ婆をとっとと始末して、女の方を―――」




 浮ついた足取りの人影が、焚火に照らされる。


その数、3。




 撃鉄に置いた左手から、力を抜きつつ引き金を引き絞る。






 ―――3セットの閃光と轟音が、瞬く間に闇を斬り裂いた。






「っば!?」「っぎ!?」「がぎゃ!?」




 焚火に照らされた盗賊。


その腹に、綺麗な風穴も3セット空いた。




 今やったのは、『ファニング』って言われてる撃ち方。


引き金を引いたまま、撃鉄だけを手で操作することで連射する手法だ。


構造上、シングルアクションの拳銃にしかできねえ。


西部劇でもお馴染みの連射方法だ。




 ……だが、やめといたほうがよかったな。


反動がでかすぎて、これくらいの近距離じゃねえと当たる気がしねえ。


ちっくしょ、手首が死にそうだ。




 そして、自分が死んだことにも気付いていないようなアホ面で男たちが地面に倒れ込んだ。


再び一瞬、静寂が戻る。




「な、なんっ……一体何がおき、おきゃあがった!?」




「ボグ!?ガーハ!?おい、レジーキ!?返事しろよ!?」




 暗闇の中から、驚愕の声が聞こえる。


まだ何人かいやがるな……






「―――【点火イグニス】」






 そのパニくった声よりも、さらに後ろから聞き馴れた声がする。


地面からほど近い場所に火花が散り、小柄な全身鎧の姿を暗闇に映し出す。


一拍置いて、ハンマーヘッドが重低音を響かせながら光り始めた。




「へ、っへぇえ!?」




「コイツ、いつの間に後ろに―――」


 


「う、撃t」




 おう、撃つぜ!!




 オレは、潜んでいた木箱から身を乗り出しつつ両手で銃を保持。


撃鉄を起こす。




 


なんてことはねえ、婆さんの薬草袋にポンチョと帽子を着せてそれっぽく偽装してただけだ。


さっき帽子が動いたのは、細い糸を結んで引っ張ったんだ。




 マギやんも馬車の方に寝に行ったと見せかけて、草むら経由で野営地から離れた所に待機してもらってた。


単純だが、馬鹿相手にゃあよく効くねェ!!






 狙いを付けて、引き金を引く。


両肩に重い反動が襲いかかる。


暗闇が一瞬消え、マギやんに弓を向けようとしていた中年男の後頭部を綺麗に吹き飛ばす。


うっわ、グロ。




 これで残り2発。


つまるところあと1回は安全に撃てる。




「ぁぱ―――」




 そいつが立ったままくたばった瞬間に、マギやんが身を低くして跳ぶ。




【加速ストーレ】!【加速】!!【加速】ッ!!!」




 マギやんが叫ぶ度にハンマーの後方から爆炎が吹き上がり、小柄な体が弾丸めいて加速する。


ハンマーにしがみ付いてかっ飛ぶなんざ、何回見ても信じられねえ。


ドワーフの小柄な体と、マギやんの常識外れの力のなせる技だろうなァ。




「ぃひっ!?」




 マギやんに一番近い男が、あわてて鈍器を振り上げる。


だが。




「だっらァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」「ごばぁ!?!?!?!?」




 ハンマーヘッドがそいつの胸に突き刺さる方がよっぽど早かった。


魔法で加速した質量兵器は、皮鎧ごと肋骨を容易くバキバキとへし折る。


そのまま、男は糸の切れた人形のように吹き飛んだ。




 マギやんのハンマーのお陰で、残りの盗賊がよく見える。


数は、4人。


武器を慌てて構える3人と、盾を持った男が1人。


盾の男以外は、この前始末したコボルトとどっこいどっこいのみすぼらしい格好だ。




 って、ことは。




「そっちにばっか気を取られんなァ!!あの男はまだ生きて―――」




 この指示してんのが、頭領だよなァッ!!




「りゅっ!?!?!?」




 【ジェーン・ドゥ】が吠え、魔力の弾丸がそいつの耳から上を綺麗に吹き飛ばした。


これで、残りは1発。




「あひああああああっ!?かしらァ!?」




 槍を持った男が、脳味噌の破片をモロにかぶりながら振り返って悲鳴を上げる。


これで、二重の意味で頭が消えたなァ!!




「余裕かましとん……なァアッ!!」「ぇぎゅ!?」




 その眉間に、マギやんのハンマーが襲い掛かった。


一瞬の抵抗もなくハンマーヘッドが頭蓋を断ち割り、その隙間からピンク色の中身が虚空にぶちまけられた。




 その威力に感心しつつ、痺れる手に鞭を打って【ジェーン・ドゥ】をホルスターに戻す。


そして、背中に回していたクロスボウを手に取った。


暗いし右手がビリビリしてるが、この距離なら外さねえ!!




「わ、わぁあ!?待ってくれ!降参!降参すrッ!?!?おぼ、おぼ~~~~~~!?」




 武器を捨てて命乞いを始めた盗賊の喉を、ボルトが貫いた。


すかさずコッキング。


マギやんから一番遠い敵を狙う。




「っひ、こ、このアマぁあ!!!!」




 1人の盗賊が、斧をマギやんに向けて振り下ろす。




「んなナマクラでェ!!」




 その何倍もの速度で、ハンマーが翻った。


同時に、破砕音。




「この子と喧嘩して勝てると―――!!」「っひ、ひゃああ!?」




 粗末な造りの斧は、ハンマーによって粉々に破壊され―――元の鉄くずに戻った。


そしてちっとも速度を落とさないハンマーは、そのまま男の腹に突き刺さる。




「―――思てんのか、間抜けェエエ!!!!」「~~~~~~ッッッッ!?!?!?!?!?」




 男は大量に吐血し、吹き飛ばされた。




「ひあ、ひああああああああああああああああッ!?!?!?!?!?」




 最後に残った男は武器を放り出し、逃げた。


だが、その延髄にはオレが放ったボルトが突き刺さっている。


1回大きく痙攣すると、男は前のめりに倒れ込んだ。


それきり、動くことはなかった。




 後には再び、静寂が戻った。




「ウッド!気分はどないやぁ!?」




 マギやんが声をかけてきた。




「……酒でも飲んで寝てえよ、オレぁ」




 後続を警戒してコッキングしながら、オレはそう答えた。


喉が、ひどく乾いている。 

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