第33話 童貞卒業(色気のない意味で)
「ふいぃ……これでしまいやな~」
「だなァ」
オレとマギやんは、揃って息をついた。
お互いの手には土で汚れたスコップがある。
「土系の魔法使いがおったら楽なんやけどね、ウチらにはないものねだりや」
「あるもんでなんとかするしかねえ、ってな。それで?これでもう大丈夫なのか?」
目の前の地面が、うっすら盛り上がっている。
さっき襲ってきた盗賊用の、土饅頭だ。
今は全員仲良く土に埋まっている。
「これが最後の仕上げやね~、ほいほいっと」
例によって『胸ポケット』に手を突っ込んだマギやんが、小さな瓶を取り出す。
コルク栓を抜くと、土饅頭の上から中の液体をかけた。
見た目はただの水に見えるが……
「よっしゃ、完了っと。人族はこれやらんと最悪ゾンビになるさかいな~、しっかり処理しとかんと」
ゾンビときたか。
さすが異世界。
ってことはさっきの水がそれを阻害する聖水的なアレってことか。
色々と考えられてんだなあ……オレぁてっきり供養のためかと思っちまったぜ。
……いや、考えてみりゃこれも立派な供養か。
「終わったかい?」
焚火の方から婆さんが声をかけてくる。
寝ててもいいっていったのに、義理堅く見守ってくれてたらしい。
律儀な婆さんだぜ。
「完了やで~!婆ちゃんもはよ寝な~!」
「そうかい、お疲れ様だねえ……それじゃ、アタシはこれで寝るよ。アンタたちも早く寝るんだよ」
「はいよ婆さん、おやすみ」
オレがそう返すと。婆さんは体に巻いていた毛布をもって馬車の荷台に乗り込んでいった。
キケロは先程の騒ぎの時も起きることなく、馬車の横で丸まったままだ。
……アイツ、意外と大物だな。
それを見届けていると、マギやんが声をかけてくる。
「そいでウッド、どないやった?童貞卒業は?」
「深夜だからって下ネタかましていいってことはねえんだぞマギやんよ……」
ニヤニヤと問いかけてくるマギやんに軽く手を振る。
童貞卒業……つまるところ、『人殺し』はどうだったのかってことだろう。
「それがなあ、思ったよりきつくねえんだよ……魔物相手にしてる時と、そう変わらねえ」
【ジェーン・ドゥ】で遠距離から殺したからだろうか。
正直、【ジャンゴ】でゴブリンを刻んだ時の方が精神に来るモンがあったなあ……
「はん!盗賊なんぞ魔物みたいなもんやで、いんや、なまじ頭が回る分魔物よりタチが悪いわ。生かしといても一文の得にもなれへん……見つけ次第片っ端からぶち殺した方がええねん!あんな連中」
いつものような可愛い顔に似合わず、マギやんは顔を歪ませて吐き捨てた。
盗賊はよっぽど嫌いらしいや。
まあ、その意見にはおおむね同意だが。
あの場で日和っちゃ、殺されるだけだったろうしな。
せっかくこんないい世界に来たんだ。
スタートして早々に殺されてやるわけにゃ、いかねえ。
「冒険者しとったら盗賊・山賊・海賊なんちゅうのは日常茶飯事や。アイツら、頼んでもへんのに虫みたいにすーぐ増えよる……考えるだけ時間の無駄や、無駄」
「だなあ……んで、これはどうすんだ?」
腕組みをしているマギやんに、横を指し示す。
そこには、盗賊どもを埋葬する時に剥ぎ取ったきったねえ装備の山があった。
一緒に埋めるんじゃねえのな。
「決まっとるやん!戦利品の確認や!」
「ああ、なーるほど」
いよいよゲームめいてきやがったな。
ゲームみてえに、倒した瞬間に宝箱にでもなってくれりゃいいんだけどよ。
悲しいかな、現実は自力で剥ぐ必要があるからな。
「人殺しや人攫いでさんっざん儲けた連中の上前をはねたるんや!ウチ、この時間が楽しみで賊狩りしとるとこもあるんやで~♪うわくっさ!?!?」
ニヤニヤ笑いながら装備の山をひっくり返したマギやんは、立ち上る悪臭に自分でもひっくり返った。
……まあ、あの連中絶対風呂とか入ってなかったなしなぁ。
鼻がいいとさぞダメージもでかかろう。
「んぐぐぐ……死ぬ……鼻が死ぬぅう……」
「まあそこに座ってな。マギやんは疲れてんだろ?オレが選定すっから、鑑定よろしく」
涙目で鼻を抑えるマギやんに笑いつつ、背嚢からタオルを出して顔に巻く。
なにもないよりゃマシ、だろうさ。
「きったねえなあ、この鎧……値段とか付くのか?コボルトの鎧の方がまーだマシだったぜ」
とりあえず三下の装備をよけていく。
きたねえ鎧、きたねえ木の盾、きたねえナイフに……きたねえ剣と槍、それに弓。
全部きたねえじゃねえか。
剣なんかはロクに手入れされてねえから刃こぼれはあるわ錆はあるわ……歪みもひっでえ。
美術的な価値はゼロだろ、コレ。
まあ斬り付けられたらやべえ病気とかにはなりそうだから、武器としちゃこれでいいのかもしれんが。
野菜も切れなそうだな、傷口が大変なことになりそうだ。
「ウッド!ウッド~!タオル貸してーな」
「ほいほい」
「むわわ」
新しいタオルをマギやんに放る。
ものの見事に顔に直撃してやがら、ウケる。
身長低いもんなあ。
「ふむむ……鎧は最悪や。半分腐っとる……うげ、こんなもん着たら皮膚病待ったなしやな……焼こ焼こ」
マギやんが言う通り、鎧の内側には広くカビが分布している。
たむしにでもなりそうだな。
この世界にもあれば、だけどよ。
「武器も……ううん、アカンなあ。精々溶かしてインゴットにするんが精一杯ってとこやなあ……弓もひっどい出来やぁ、エルフの子供でもマシなモンこさえよるで……お!ウッドウッド!小銭や!小銭が入っとったで!!」
「鎧の内ポッケかい。三下連中の装備からはそれくらいしか回収できなさそうだなあ……」
きたねえ布に包まれちゃいるが、金は金だ。
だけど、川があったら水洗いはしときてえな。
変な菌とか付いてそう。
三下連中の遺品整理は終わり、結局小銭や同じ袋に入っていた指輪や貴金属だけが残った。
あとのゴミは焼却処分だな。
「さあてお待ちかね……さすが一応は頭領だけあって鎧の質はマシやな」
あの盾持ってたやつか。
マギやん的には及第点らしい。
「ぬ。護符つきやな……ええと、付与は……【衝撃耐性】、【疲労軽減】やな。ふむふむ、オーソドックスや……こら売れるで」
「お、そりゃよかった」
鎧の何か所かに文字が刻んである。
マギやんの鎧に刻んであるのとそっくりだ。
「あ、ウッドがいるんやったら置いとくで?防御力もそこそこあるやろし」
「いらねえ、臭そうだし。自分で買うさ」
「たしかに……くっさ!?うぼぇえ……」
「マゾかな?」
なんで自分から嗅ぎにいくんだよ。
マギやんのムーブが若手芸人にしか見えなくなってきやがったぞ。
頭領の鎧は馬車の荷台に積み、アンファンで売り払うことにした。
鎧の内側には手下と同じように巾着が隠されていて、そっちにも結構な金があった。
いい臨時収入だ。
「んで、次は盾やな……ほーん、【魔法反射】かいな、中々いい護符刻んどるなあ」
「反射?魔法がはね返せるのか?」
マジか、盾に向けて撃たなくてよかった。
「ん~……せやけどそんなに強いモンじゃあらへんよ?ウッドの魔法具くらいの威力やったら問題なく貫通するやろな」
「ほーん、レベルみてえなもんがあんのな」
「せやね。例えば貴族のボンボンが戦場に着ていく鎧に刻むレベルやったらもっと強力やな。せやけどこれでも魔法具の端くれみたいなもんや、結構いい値段で売れるんちゃうかな~♪」
マギやんはウッキウキで鎧の傍らに盾を置いた。
その2つだけで、たぶん今回の依頼料よりぶっちぎりで高価なんだろなあ。
今回も懐があったかくなりそうだぜ。
「んでんでんでぇ~?頭領の武器はコイツやな~?」
最後にマギやんが持ったのは、刃渡りが60センチくらいの両刃剣だ。
ロングソードってやつかな。
見た所変わった所はなさそうだ。
「んほ~!!」
柄の辺りを見ていたマギやんが奇声を発する。
どうした急に。
「これ、大当たりやでウッド~!【筋力増強】に【斬撃飛翔】や!!こんなしみったれた盗賊如きが持つには過ぎた……しろ、もの……や」
大喜びだったその顔が一瞬で曇る。
そのまま、マギやんはしみったれた顔で項垂れた。
コロコロ表情変わんなァ……百面相だ。
「【槍持つグリフォン】の紋章……アカン、厄ネタやこれ。どないしょ……」
「なんか、やべえ紋章なんかそれ?」
ロングソードの柄尻、って言うのかね?
確かにそこには精緻な紋章が刻まれている。
高級品なら高く売れるからいいんじゃねえのか?
「貴族や、貴族。この紋章は【ホーンスタイン公爵家】の兵団の印や……うわめんどくっさ、埋めよか、コレ」
「貴族……」
マギやんは心底嫌そうな顔だ。
オレも、貴族って聞くだけで面倒ごとの気配がして嫌だ。
「……アレだ、貴族サマの持ち物なら届ければ謝礼とかくれんのか?」
「うみゅみゅ……そらそうなんやけどなあ、貴族の関係者の遺品を盗賊が持っとったってことは……なあ?」
「あー……なんだ、事件の捜査に協力とかさせられんのかな?」
大事件っちゅうか、醜聞の類だな。
盗まれたか、それとも殺されたか。
結構いい品みてえだから、お偉いさんの持ち物だったのかねェ。
この前の巡回騎士団の時と同じだ。
あの時は、別嬪さんの騎士サマが丸く収めてくれたが……いつもそうだとは限らんだろう。
「その可能性もアリアリや。さらにこの家……その、色々後ろ暗い噂も聞こえてくるんや、評判最悪やで」
「―――なるほど、埋めようぜマギやん。痛くもねえ腹を探られるどころか、口封じされるかもしんねえ」
「せやな。埋めよ埋めよ」
というわけで、その高価だろう剣は……マギやんのハンマーによって土饅頭の横に深く深く打ち込まれることになった。
鎧と盾が売れるだけで万々歳だ。
余計な面倒ごとは、避けた方がいい。
・・☆・・
「ほんならウッド、おやすみ~」
「おう、おやすみマギやん」
戦利品の整理も終わり、マギやんは馬車の方へ歩いて行った。
あっちは女性専用、オレは焚火の前で寝ることにする。
婆ちゃんから毛布を提供してもらったので、風邪を引くことはないだろう。
最初は見張りをしつつ交互に寝るのかと思ったが、どうやらそれは必要ないらしい。
いつの間にかマギやんは、この野営地の四方に小さな探知機みたいなものを設置してたらしい。
そいつは一定以上の大きさを持った動くものに反応し、でっかい音を出すんだそうだ。
うーん、魔法万歳。
前の世界よりも便利じゃねえかな、それ。
オレも街で探してみようかねェ。
ポンチョの上から毛布を羽織り、地面に横たわる。
焚火のお陰で体はあったけえが、地面が硬ェ。
明日起きたらバキバキになってそうだな…‥
そんなことを思いながら、オレは目を閉じた。
ともかく、疲れた……
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