第34話 モテる巨乳は辛い。

盗賊をまとめて始末してから、翌日。




「朝からうみゃい!うみゃっ!!」




「朝から元気だなァ、マギやん」




「若いってのはいいねえ……でもこの赤いの、本当においしいよウッドちゃん」




 オレは、朝から賑やかな野営地にいる。


マギやんは、本日の缶詰……【無限トマトビーンズ】にパンを浸し、その硬さにものともせず豪快に食いちぎっている。


ほんと、あの小せぇ体のどこに入るんだろうな……あ、胸か。




 婆さんは上品に少しずつ齧っているが、味に不満はなさそうだ。




「缶詰だが、そんなに喜んでもらえるとこっちも嬉しいね」




 少し恐縮しているようだが、なにせ無限缶詰。


元手はタダだもんな、いくら食わしても心も懐も痛まねえ。




「クワッ!クワッ!!」




 キケロが『自分にもくれ!』とばかりに、オレの後ろで騒いでいる。


いや……鳥には駄目だろ。


野菜オンリーだけど、塩分とか。


いや、でもこの缶詰は体にいいとか注意書きしてあったから、大丈夫なのか……?




「婆さんよ、ランドロウバって食わしちゃいけねえモンとかあんのか?」




「ないよ。厳密に言えば肉は駄目だけど、肉が入ってるとこの子たちはまず食おうとしないのさ」




 ほーん……賢いねえ。


それならまあ、いいのか?




 キケロの朝飯に用意された、大根みたいな生野菜にスープをちょいと付ける。


これでいいかな。




「ほいよ」




 それをクチバシの先に突き出すと、オレの指ごと食うんじゃねえかって勢いで咥えられた。


おおっと、あぶねえ。




 キケロはシャクシャクといい音と立てながら、嬉しそうに頬張っている。


どうやら味が気に入ったようだ。


婆さんもいるし、やっぱり辛いのにしなくてよかったぜ。




「悪いねえ」




「別に、食えるんなら食わしてやってもいいだろ。気にすんなって、昨日の夜に儲けさせてもらったしよ」




 あの鎧と盾、けっこういい値段で売れるっぽいしな。


三下と頭領の持ってた小銭入れだけで、この依頼の金よりは儲けてるし。




「でも、おかしいねえ……普段はここいらで盗賊なんて出ないのにさ」




「そうなのか?」




「そうだよお、街道沿いは巡回騎士団が『掃除』してるんだからさ」




 巡回騎士団……ねえ。


真面目に仕事してなかったのか?




「ももむも……んくっ。ぷわぁ……ウッド、昨日の連中が話しとったこと、覚えとるか?」




 マギやんがパンを飲み込み、話しかけてきた。


昨日……?


ああ、そういえば気になったことがあったんだ。




「覚えてるぜ。奴ら、『ドワーフの女と婆』みたいなこと言ってたよな」




「せやせや、考えてみたらあれおかしいやろ。婆ちゃんはともかく、暗くなるまでずうっと鎧着込んどったウチがなんで『ドワーフ』のしかも『女』ってわかったんや?あの林の位置からじゃ、顔は確認でけへんで……さらに、奴らの荷物に遠眼鏡もあらへんかった」




 だよなあ、同じチビなら小人とかの線もあるってのによ。


奴らがオレたちに近付いたのは、野営地に着いてからだった。


なんでマギやんのことが分かったのか。


そりゃ、つまり……




「アンファンからずうっとつけられとったんか、それとも―――誰かからウチらのことを聞いとったんか」




「昨日のポンコツぶりを見るに、前者はありえねえな。待ち伏せ……ってことは後者か」




 婆さんを狙ったわけじゃねえ。


オレ(のカカシ)を真っ先に殺そうとしたとこからも、オレも目的じゃねえ。


つまるところ……




「マギやんの体狙いってことか。罪作りなオンナだねェ」




「言い方ァ!!朝から下品やでウッド!!」




「夜に下品だったドワーフにだきゃあ言われたくねえ」




 まあ、冗談はさておき。




「……恨みかなんか知らねえけどよ、心当たりはあんのか?」




 そう聞くと、マギやんは腕を組んで下を向いた。






「……むっっっっっっっっっちゃある」






 ……溜めたなァ、オイ。


そんなにか。




「マギカちゃんはモテるからねえ、それも嫌な相手に」




 婆ちゃんが、食後のお茶を啜りながら苦笑いする。




「……つまり男関連か、確かにオレもガモフのおやっさんからそんなことを聞いたけどよ」




 マギやんが震え始めた。


かと思えば、握っていたデカいパンが一瞬で棒状に圧縮される。


……すげえ握力だが、食い物粗末にすんなよ。




「ウチは悪ない!ウチは悪ないんやぁ!なんやあいつら!乳と尻ばっかり見よってからに!そないに触りたかったらそういう店に行けばいいんや!!ああああもう!!そういうのが嫌で国から飛び出したっちゅうのに!!なんでこの国にもおんねん!!あああもうっ!!!!」




 マギやんはそう叫びながら握り潰したパンを豪快に齧る。


苦労してんだなあ……っていうか国から飛び出したのもそういう理由かよ。




「アタシも若い頃には苦労したもんさね。特に冒険者ってのはそういう荒くれが多いからねえ……マギカちゃんは悪くないのにねえ」




「うわああん!ばーちゃあああああん!!」




 マギやんは婆さんに飛びついて甘え始めた。




 ふむ、男としちゃわかりにくいが……美人ってのは大変だなあ。


特にこの業界、男ばっかりだしよ。




「街に戻ったらヴァシュカちゃんに相談しな。あの子はそういうのに慣れてるからね」




「うん、そうするぅ……」




 ああ、確かにヴァシュカはそういうのに手慣れてそうだ。


じゃなかったらあんなセクシー水着&鎧みてえな格好で出歩かねえわな。


正直、毎回目の毒だぜ。




「オレの知り合いにもやたらモテる奴がいて、周囲からやっかまれてたけどよ……それはそれでしんどいんだよなあ、察するぜマギやん」




 今は元気にしてるかねえ、田所のやつ。


本人は彼女一筋だってのに、毎度毎度ややこしい女に惚れられて迷惑してたなあ。


きっぱり断っても縋り付かれたりストーカーされるとか、考えてみりゃちょっとしたホラーだよな。


……モテるってのも辛いねェ。




「ううう……せやねん!ウチ、別に思わせぶりな態度とかとってへんのに……どいつもこいつも断っても断ってもしつっこいねん……!!」




婆さんに抱き着いたままマギやんが話している。


大分嫌そうな声色だな、ご愁傷様だ。




「それでよ、話を戻すんだが……その、マギやんを恨んでそうなのってやっぱドワーフの連中なのか?」




「う~……今までウチがフッた連中で、性根が腐ってそうなのは……ひいふう……」




 指折って数えるくらいいんのか。


そいつは大変だ……




「ドワーフ3人に、獣人が2人、やろか?」




「ちなみにそう考えた理由は?」




「誘いを断ったら無理やり手籠めにされかけたんで、股間にハンマーぶちこんだったんや」




 OH……聞いてるだけで股がひゅってなるわ。




「この前オレに絡んできた……ええと、あの臭そうなのもそうか?」




「オーガイやな。アイツもしつこかったけど、街中のそれも明るいうちにしか会うてへんから股間は無傷や」




 ふむ、予想外だな。


組んだ初日のオレに絡むくらいだからもうちょっと、ちょっかいとかかけてると思ったんだが。




「それにアイツは一応銀2級冒険者やからな。衆人環視の中で滅多なことはせえへんよ」




「……人見て喧嘩、売るべきだったなァ」




 銀2級かよ、あの臭ェのが。


見た感じ近接が得意そうだったし、ショートレンジじゃまず勝ち目ねえな。


銅級のマギやんにもワンパンで殺されそうなのによ、オレ。


もしも事を構えることがあったら、有無を言わさずに土手っ腹をぶち抜いた方がいいな。


……そんなことになりませんように。




「ウッド、すまんな……ウチのせいでアンタも面倒ごとに巻き込まれてしもうて……婆ちゃんも、ごめん」




 マギやんはそう言うが、婆さんは笑って頭を撫でている。




「気にしなさんな、これくらいの修羅場いっくらでも潜ってきてるよ。それに、ウッドちゃんも……」




 婆さんがオレを見る。


釣られて、半泣きのマギやんも。




 よせやい、そんな捨てられた子犬みてえな顔すんじゃねえや。


オレは胸を張り、似合わないのを承知で口の端を持ち上げた。




「前にも言ったろ、仮とはいえ2人きりのチームなんだぜ?オレたちゃ、いわば相棒だ、相棒……納得ずくで組んだ相手を、こんなしょうもないことで見捨ててたまるかよ」




「う、ウッドぉ……あうぅう……」




「なんでぇ、情けねえ顔しやがってよ。ホラホラ、今日も野宿になんだからとっとと出発すんぞ」




 なんとも恥ずかしい気分になって、オレは背を向けて出発の準備をすることにした。






・・☆・・






「なんとまあ、不器用な所が死んだおじいさんにそっくりだこと……マギカちゃん、アンタいい相棒見つけたねえ?ああいう男はなっかなかいないよ」




「……ウン、ウチも、そう思う、たぶん」




「ふふふ、微笑ましいねえ」




「ばーちゃん!ええ仲間やと思っただけやからな!そういう……そういう色気のある話とはちゃうで!」




「はいはい、わかったよォ」






・・☆・・






「今日はウッドが荷台や!前衛はウチに任しとき~!」




「はいはい」




 そうして出発したが、マギやんはいつの間にか元気を取り戻していた。


何があったか知らねえが、婆さんがいい話でもしてくれたんだろう。


亀の甲より年の劫ってやつだなあ。




 てなわけで、オレは荷台の住人になっている。


こりゃ、楽でいいやな。


キケロもオレの体重くらいじゃなんとも思っていないようで、昨日のように軽快さを感じる歩調で歩いている。


タフだねェ。




 今日も夕方まで歩き、昨日と同じような野営地に泊まる予定だ。


そして、明日の昼頃には目的地に到着するらしい。


まだ海の匂いはしてこねえからな、かなり距離がありそうだ。




 揺れる荷台で、背嚢を探る。




「手入れしとかねえとな……」




 クロスボウと、手入れ用の油とボロ布も合わせて取り出す。


昨日は結構使ったからな……機関部に油を差しとかねえと。


いざって時にぶっ壊れました!じゃ洒落にならねえ。




 同時に弦もチェックしていく。


……うん、今すぐ替える必要はなさそうだ。


ボルトも……よし、まだ20本はあるな。


矢に歪みはないし、装填しても動作不良を起こす心配もないだろう。




「よっと」




 軽く分解清掃し、弾倉にボルトを入れておく。


これで、不意の接敵にも対応できそうだな。


……しかし、大枚はたいて買って正解だったな、コイツ。


昨日も問題なく動いたし、そこらの三下相手なら楽に勝てそうだ。 


 


 問題は『三下以上』の相手が出た場合だが、その時は【ジェーン・ドゥ】に任せちまおう。


夜を越えたから、残弾も復活したことだしな。




「婆さんよ、この先に難所とかはあんのかい?」




「ないよ、野営地までは静かなモンさ。寝ててもいいよ、ウッドちゃん」




「……そうだな、また夜にちょっかいかけられるかもしれねえし。なんかあったら起こしてくんな」




「あいよ」




 婆さんに告げ、荷台に寝転ぶ。


顔に帽子を乗せ、背中に伝わる振動に身を任せることにした。


さて、何事もなければいいが……

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