第80話 ゆらり馬車の道行、そして同郷の思い出話。

「なぁるほど、一般兵用の馬車だな」




 寝転がった視界の隅を、雲が流れていく。


うーん、今日もいい天気だ。




「ウッドウッド、大丈夫か?気持ち悪い事あれへんか?」




 ひょいっとマギやんが顔を覗き込んできた。




「ああ、すこぶる快調だぜ。むしろ起きてえんだがよ」




「アカーン!」




「さいですか」




 諦めて、枕に頭を預ける。


はあ、元気なんだがな……気持ち的には。




「駄目。説明したでしょ、魔法と護符でなんとか健康体にしてるって……変に動くと腱と骨がぐしゃってなるよ」




「うへぇ」




 マギやんの横に座っているララの声。


専門家の指示には従いましょうか……






 朝になるなり、俺は騎士の皆さんに担架で馬車に運び込まれた。


簡素で、荷台に半分幌のかかった馬車だった。


 同乗者はマギやん、ララ、そして俺。


御者以外の騎士サマは、馬車の周囲で徒歩の護衛だ。


至れり尽くせりとはこのことだろう。


世話になったヴェンデッタにも挨拶したかったが……正直、見分けがつかん。


全員身長2メーターオーバーで、なおかつ全身鎧。


某ファミレスの間違い探しよりも難しいぜ。






「マギやん、水のスキットル取ってくれ。酒の方は飲んでいいぜ」




「ほいほい、コレやな。そんならウチも~!」




 スキットルを受け取り、飲む。


ふう、水がうめえ。




「マギカちゃん、そのお酒おいしい?ウッド、私も飲みたい」




「別にいいけど……悪酔いするなよ?マギやん、背嚢を……」




「ほいほい」




 マギやんの持ってきた背嚢に手を突っ込む。


念じると、コップの手応え。




「ホレ、大丈夫か?」




「私を舐めない方がいい。ゾロルッドのドワーフに『ウワバミ』と呼ばれた私のことを」




「うせやろ!?あの地獄のんべの連中に!?」




 マギやんが驚愕している。


ザルのドワーフにウワバミ呼ばわりされるんだから、相当のモンなんだろうさ。


ゾロルッドとやらのことはわからんがね。




「んじゃあララはん、かんぱ~い!」「かんぱーい」




 2人がスキットルとコップを打ち合わせて煽る。


今更だが、ストレートのウイスキー(の偽物)をゴクゴクいくんじゃねえよ。


スポーツドリンクじゃねえんだぞ。




「っか~!最高やなァ!」




「美味し、なにこれ。火酒にちょっと似てるけど、味の丸みが全然違う……!!」




 ララも気に入ったようだ。


いつもより言葉に力が籠っている。




「『ういすきー』っちゅう酒ですねん!(『チキュウ』産の酒らしいですわ)」




 マギやんが周囲を窺うような気配を見せ……小声で告げた。


そっか、周囲には騎士サマが散ってるんだよな。


御者もいるし。




「ウッド」




「う、お!?」




 目の前に、ララの顔が出た。


人形みてえに整っているが、目が爛々と輝いている。




「アンファンに戻ったらこのお酒について話がある(チキュウ……モリシタサンの故郷のお酒、これが……)」




「あ、ああ……りょ、了解」




 そんなに気に入ったのか、ウイスキー。


俺の想像力も馬鹿にできねえなあ。




「……そういえば、『モリシタサン』ってどんな人だったんだ」




「あ!ウチも聞きたい聞きたい!」




 今名前を聞いて思い出した。


どう考えても同郷だしな。


これなら、周囲の騎士サマに聞こえても大丈夫な話題だろう。




「『タダオ・モリシタ』さんっていう名前。『チュウゴクチホウ』の『ヒロシマ』に住んでたって言ってた」




 森下タダオさん、か、広島出身かァ。


大学の同級生に招待されて行ったなあ、宮島。


穴子飯とお好み焼きが美味かったなァ……




「私がまだ15の頃にフラッと村に来た。手先が器用な人で、故郷では『イタマエ』って仕事をしてたって」




 板前か。


料理人だな。


……ああ、なるほど。


ララがビーフシチューを食わせてもらったって言ってたのはソレか。




「とっても料理が上手だった。『娘に似てる』って、可愛がってくれた」




 ……森下さん、どえらい美人の娘がいたんだな。




「へえ、じゃあずっと村にいたのかよ?」




「うん、気に入ったって言って……村長もみんなも、モリシタサンの料理に夢中だったからすぐに家を建てた」




 気に入り過ぎだろ。


森下さんの加護、絶対料理関係だったんだろうなあ……




「優しくて、とってもいい人だった。もう亡くなっちゃったけどね」




「ありゃあ……そら、悲しいでんな」




 まあ、100歳越えのララが子供の頃の人だもんな。


ただの人間だし、そりゃあそうだろ。




「エルフの霊薬があっても、人族だからね。享年158歳、若すぎる」




「若くねえ!?」




 ギネス記録更新してるじゃねえかそれ!?


エルフの薬すっげェ!?




「今でも村にはモリシタサンの店が残ってる。エルフのお弟子さんがいっぱいいるから……また食べたいな、『オコノミヤキ』」




 板前じゃねえのモリシタサン!?


なんでお好み焼きを!?


……あ、広島県民!!お好み焼き大好きだもんな、あっこも。


同級生に『広島風お好み焼き』って言ったら、




『あれがオーソドックスなお好み焼きじゃ!関西のは偽モンじゃけえ!!』




って言われたっけなァ。


俺も、関西のより焼きそば入りの方が好きだけどよ。




「『サシミ』っていう、切った生魚を喜んで食べる以外はとってもいい人だった」




「うへえ、生ァ!?」




 マギやんがドン引きしている。


……まあ、そりゃ、なあ?


食う文化がねえとなあ?




「……『ミディアノ』ではそういう食い方もよくしたぜ。脂ののってる魚なんかだとむっちゃ美味ぇんだぜ?酒にもよく合ってよ」




「……普通なの?『ミディアノ』では」「うせやろ……」




 ニホンって言うわけにはいかないが、2人とも空気を読んで合わせてくれた。


刺身食いてえな……もしくは海鮮丼か寿司。


まあ、まずは米がねえんだが。




「(ちょっと待って、ウッド……オコノミヤキ知ってる?)」




 今その可能性に気付いたようで、またララが目を輝かせている。


頷くと、その輝きが一層強くなった。




「『ソレ』、作れる!?」




「……材料があれば、そう難しい料理じゃねえ。ただソースがな……(この世界の材料には無知すぎるんだ、どうやったら作れるか見当もつかねえ)」




「それでもいい!お金は払うから作って!!」




 圧がすげえ。


お好み焼きが好きなエルフ……ちょいとユニーク過ぎるだろ。




「ウチもウチも!!」




「はいはい、体が治ったらな……あ、オレってアンファンに帰ったら『青き湖畔亭』で養生すりゃいいんだよな?」




 向こうでも入院とかは嫌だね。


前回と同じところは居心地が悪ぃからな。




「ありゃ、言わんかったっけ?アンタはしばらくヤンヤ婆ちゃんとこに行くんやで」




「婆さんのォ!?おい、おい待て、じゃああの罰ゲーム飲料もまだ飲まなきゃいけねえのか!?」




 もう嫌だ!あの激臭は!!


俺がカワイイ犬っころだったら臭いだけで死んじまうぞ!!




「ワガママは駄目、ウッド」




「せやせや!婆ちゃんとこは貴族も通うくらいの評判なんやで!中々予約も取れへんのや!」




 が、どうやら俺の危惧した通りになりそうだ。


く、くそう……


ありがてえよ、ありがてえが……アレはもう嫌だァ!!




「むぐぐぐ……!!」




「諦めや、ウッド」




 ――頼れる相棒は、とっても無慈悲だった。






・・☆・・






「クワッ!クワ~!!」




「おう、久しぶりだなキケロ。おめえも元気そうで何よりあばばばばばば」


  


 護衛付きの馬車は、何事もなくアンファンに帰還。


そのまま、ヤンヤ婆さんの家らしき場所に到着した。




「キケロも心配しとるで~♪」




「あばばばば」




 懐かしい顔に再会したと思ったら、ノーモーションで舐め回されている。


青臭ェ!!牧草の匂いがする!!




「はいはい、いらっしゃいウッドちゃん」




「あばばばば」




 婆さんが来たようだが、視界はキケロのベロで埋め尽くされている。


コイツ……動けねえから逃げることも出来ねえ!!




「キケロ、ウッドちゃんが窒息しちまうよ」




「クワ……」




 やっと視界がクリアになった。


病院前で死ぬかと思ったぜ。




「ヤンヤ殿、よろしくお願いいたします。ウエストウッドさんの経過はこちらの手帳に」




「はいはい、ありがとうねヴェンデッタちゃん。……おやまあ、さすがだねェ」




 たぶんヴェンデッタが、婆さんに手帳を渡している。


鎧姿だからわかんねえ。




「ふむ、護符の等級が凄いね。氷姫様はかなり張り込んだようだ……これなら1週間で普通に動けるようにはなるよォ、ウッドちゃん」




「そいつはありがてえな……その、世話になっていいのか?」




 さっきマギやんが言ってたけど、ここに入院すんのってかなり大変なんだろ?




「気にしなさんな、『大きい家』からしっかり頂いてるからねェ」




「……そ、そうか」




 氷姫サマよ、一体いくら払ったんだ……?


気になるが、恐ろしいぜ……




「見舞いに来るさかいな!おとなしゅうしとくんやで!」




「ん。いい子にしておくこと」




「はい……」




 ともかく、しばらくはここに厄介になりそうだ。


腹、括るかねェ……

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異世界に向って撃て!!~駆け出しガンマン、異世界で適当にやってます~ 秋津 モトノブ @motonobu

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