第79話  五体満足って素晴らしい。

「両手の状態はいかがですか?」




「ああ、大丈夫だ。すっかり元通りになってやがる……気味が悪いほどにな」




 アポロ村、家主不在の村長宅。


そこの寝室で、巡回騎士団のヴェンデッタに診察を受けている。


相変わらず、室内だってのにフルアーマーだ。


……暑くねえのか?




 それで、肘の上あたりで吹き飛んだ左腕と千切れた右手首なんだが……バッチリくっ付いている。


それどころか傷跡もなく、しかもリハビリもしてねえのに動く。


意識が戻ってから2日目だってのに、マジで魔法ってすげえや。




 寝たり起きたりが続いたし、ここには窓がねえからアレだが……どうやら今は夜らしい。


なんとなーく、わかる。


異世界腕時計とかねえかなあ。




 あと、ヤンヤ婆さんの激臭ポーションのお陰で倦怠感もスッカリ消滅した。


……あの薬マジでなんなんだよ、今度は虹色になったらしいけどな、顔が。


それも含めてわけわからんすぎる。




「あのよ、ヴェンデッタさん……アレだぜ?兜くらい脱いでもいいんだが?」




「いいえ、職務中ですので。それにこの鎧には空気を循環させる魔法が付与されていますので、問題ありません」




 ……異世界空調服、か?


地味に欲しい機能だな、それ。




 しかし職務中だから……って。


さっすが、上がアレだと下も規律がしっかりしてるってことかな。




「失礼します」




 ヴェンデッタが何事か小声で呟くと、兜の目の辺りに小さい魔法陣が浮かんだ。




「……魔力量も問題なく回復していますね。これなら大丈夫でしょう」




 はえー、そんなこともわかるのか。


すげえな異世界。




「んじゃ、もうアンファンに帰れるのか?」




「ええ、今晩はここに泊まって……明日、アンファンまで戻りましょう。馬車もありますので、お送りいたします」




「うえ?いや、別に大丈夫だからよ……」




 あのゴッツイ馬車で送られんのか!?


もういいよ、アレは!


居心地が悪すぎるんだよ。




「ああ……ご安心ください、一般兵用の簡素な馬車ですので。以前にウエストウッドさんがお乗りになったモノは指揮官専用です」




「あ、そ、そうなのか」




 安心した。


それなら……まあいいか?




「この前も言った通り、あと半月は安静になさってください。固着したとはいえ、無理な動きをすれば左腕が捥げます」




「もげっ……ああ、肝に銘じとく。今度の『治療』は有料だろうしな」




 そう言うと、ヴェンデッタはまた兜の中で笑った。


声からすりゃ、カワイイ感じなんだが……身長が2メートル超えてるんだよな。


中身が超気になる。


ヴァシュカみてえなのが入ってんのかな。




「それでは、お休みなさいウエストウッドさん」




「ああ、お休み。本当に世話になったな」




 オレの返事に軽く頭を下げ、ヴェンデッタは音をほぼ立てずに部屋から出て行った。




「……さて」




 ベッド脇に置いていた背嚢から、虎ノ巻を取り出す。


ペラペラとめくり……白紙ゾーンに入った。




『元気そうでなによりだ』




 そして、字が浮かぶ。


ようやっと『会話』できたな。




「死ぬかと思ったぜ、異世界とんでもねえや」




 正直、銀級があれだけ揃ってて苦戦するとは思わんかった。


楽勝だなあフハハ!って考えてた自分をぶん殴りてえ。




『いや、アレは本来そこらへんにいるような魔物じゃねえよ。イレギュラー中のイレギュラーだ』




「そうなんか……運が悪いなァ」




『ま、生きてるからいいじゃねえか。死んだらどうしようかってみんなハラハラしてたからよ、再生数がエグいぜ』




 再生数……そういえばそうだったな。


神サマ連中のSNS、か。


想像も出来ねえよ。




「しばらくは休むから、退屈だろうけどな」




 さすがに左腕が捥げるとか聞いたらな。


安全第一だ。




『気にすんなよ、あくまでこんなのはついでだついで。お前さんが好きにすりゃいいんだからそこを忘れんなよ』




「お優しいこって……あ、あとあの助け船は本当にありがたかった。アレがなきゃ普通に死んでたと思う……でも、あんな機能?付いてんなら初めに教えて欲しかったけどな」




 あの場で追加されたワケじゃねえだろうしな。




『すまんな、ありゃもう少しお前さんが慣れてきてからと思ってたんだがね。知っての通り、そこまでの残弾を一気にぶちまけるんだから反動も威力も倍々ゲームになるしな』




「確かにそうか……よく考えたら3発分で手首が千切れたんだよな……」




 アレがもし6発分だったらどうなったんだ?


今更ながら寒気が走るぜ。




『今度は2発分にしとけよ、ソレなら手首がへし折れる程度で済む……はずだ』




「はず、かよ。ぞっとしねえな……」




 まずはそんなシチュエーションになりたくねえんだけどな、もう二度と。


あんなのはイレギュラーってはなしだから、バッタリ出会うことはねえだろうけどよ。




『そうだそうだ、アンファンに戻って落ち着いたらラーラシア教会ってとこに行きな。マギカを連れてな』




「……マギやんを?なんでまた」




『実はよ、鍛冶神の一柱があの娘を気に入ってな。後付けの加護を与えてやりてえんだとよ』




 加護ってそんなササっといけるんか?


後付けって……?




「なんか、与える加護って制限かかってんじゃねえのか?」




『よく覚えてたな。心配しなくてもそんなトンデモねえ加護じゃねえよ、ちいっと生きやすくなるくらいのもんだ』




 ……まあ、いいってんならいいけどよ。


マギやんはオレ以上に面倒ごとの渦中にいるわけだし、それが楽になるならいいってことよ。


オレが反対することは何もねえ。




「了解、それなら体が本調子になったら行くよ」




『おう、それならいい。俺達は現世に直接的に関われねえからな、お前さんが直面してる面倒ごとのためにも、搦め手でサポートするぜ』




 それは、正直に超助かる。


……あ、ちょっと待てよ、まさか。




「なあ、今回のコレって……例の大貴族サマ絡みだったりするのか?」 




『……すまん、現世のことには関われねえんだよ。それ系の話題には答えられない、全くもって答えられない……関係しているかどうかなんて、言うわけにはいかねえんだよ、すまねえなあ』




「……ソレハシカタナイナア」




 言ってるようなもんじゃん。


まあ、色々神サマもあるんだろうな。




 ……しかし、関係アリ、か。


どういうこった?


連中、マギやんを攫いてえんじゃなかったのか? 


ううむ、皆目見当もつかん。




「人間のことは人間がケリ、つけるさ」




『おう、頑張れよ。――ちなみに俺らがフリーに説明できるって場合は、俺達と同じ存在が関わってるってことだからな……控えめに言って国がどうこうなるレベルの大災害になる』




「……未来永劫それ系の話を聞かねえように祈るぜ」




『そう構えんなって、さすがにそんなことはそうそうねえし……その場合は白金とかそういうランクの奴らに『神託』が下るさ』




 あ、なるほど。


確かに、世界がどうこうなるくらいの揉め事だ。


噂に聞く人外連中の方に話しを降ろすわな。




『さて、そろそろ寝ちまいな。自分じゃもう治ったつもりだろうが、今のお前さんは地球だとICUにぶち込まれてるレベルだ……それを、各種魔法でなんとか健康体にしてるレベルなんだよ、無理したら普通に死ぬぞ』




「……寝るわ、超寝る」




『あいよ、お疲れ。本調子になったらまた相談しな』




 寒気を感じつつ、虎ノ巻を閉じた。


そんな状態なんかよ……こっわ。




「――ウッドウッドぉ!!なんや、寝れへんのか~!?」




「うっわぁ!?」




 超高速ノックの後、マギやんが扉を開けて入ってきた。


別にいいけどよ、ノックしたなら返事待てよ!!




「いっくら元気になったからっちゅうて夜更かしはアカンで!!」




「はいはい、わかってんよおかあちゃん」




「誰がオカンかっ!……ほい、温めたヤギ乳や」




 歩いてきたマギやんは、トレーの上にコップを載せている。




「これでグッスリ寝て、明日は移動やからな。とっとと寝んとあかんで~」




「おう、ありがとな」




 コップを受け取り、ちょいと癖のあるソレを飲む。


……ヤンヤ婆さんの薬に比べりゃ、なんでもご馳走だ。


アレはアレで滅茶苦茶すげえもんなんだろうがよ。




「……ん」




「お?」




 マギやんが、コップを持った俺の右手……正確には右手首を握ってきた。


どうした急に。




「くっついとるな、よかった」




「ああ、まさか千切れるとは思わなかったぜ」




 その記憶ねえけど。




「あ、マギやんは大丈夫だったか?反動とかよ」




「それも覚えてへんのかいな……撃った後にウッドが庇ってくれたからなんともあれへん」




「へえ、そんな格好いいことしてたんかオレ」




 無意識ボディ、なかなかやるな。




「次はやらんでええからな!ウチの体の方がウッドよりも頑丈なんやさかい……全く、モノ知らん『ニホンジン』はこれやから……」




 そう言い捨て、マギやんはドアに歩き出す。


そうは言われてもな……無意識のことまで責任持てねえぞ、オレ。




「……せやけど」




「おん?」




 マギやんは、ドアの前で立ち止まり。




「……嬉しかったで、相棒」




 それだけ言って、ササっと廊下へ出て行った。




「……はは、どういたしまして、お姫サマ」




 まったく、守りがいのある相棒だ。


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