第60話 たしかに、我ながら波乱万丈だ。

「……はぁあ、思った10倍くらいの面倒ごとだった」




 ちょっとした時間をかけ、今までの顛末をマギやんが語り終えた。


それを聞き終えたミドット兄さんは、予想を超える内容に眉をしかめている。




「マギカちゃん、変なのばっかりにモテてかわいそう。とっても同情する」




「うわぁん、ララは~ん!」




 そして、マギやんはララに抱き着いた。


その頭をなでるララの姿は、薄い見た目と違って慈愛と母性を感じる。




「ホーンスタイン……エルフの間でも評判が無茶苦茶悪い。今代は知らないけど、先々代は村ごと妾にしようとしたことがある」




「マジすか」




 思わず言っちまった。


村ごとォ!?


代々性欲魔人すぎんだろオイ。


実は人間じゃねえって言われても信じるぞ、オレ。




「マジ」




 マギやんを胸に抱いたまま、ララは眠そうな目をこちらに向けた。




「私が子供の頃の話。秘密裏に人攫いを雇って攻めてきた……今でもよく覚えてる」




「たまげた……それで、大丈夫だったんですかい?」




 眠そうな顔が若干ドヤ顔になった。




「時期が良かった。たまたま里帰りしてた白金級冒険者がいて、もう一瞬で皆殺し……すごかった、私もいつかあれくらいの魔法使いになりたい」




「一瞬……」




「ん。たぶん『天帝の稲妻』っていう大魔法……ピカっと光ったら大地が抉れて死体も残ってなかった」




 白金級冒険者、マジの化け物だ。


人間がどうこうできそうな相手じゃねえ。


【ジェーン・ドゥ】持ってても勝てる気がしねえ、絶対に。


撃つ前に塵にされそうだ。




「証拠も残らず消えたけど、相手も何も言ってこなかった。抗議すれば他の『四方家』が黙ってないし、何より白金級の発言力は個人で公爵と同等だからね」




「はぇえ……」




 そりゃ、国に数人しかいねえわけだ。


……考えてみりゃ当たり前か。


そんだけの力持ってる相手に、正面から理不尽かますわけにゃいかんわな。


国はともかく、城くらい消し炭にされちまいそうだ。




「しかしまあ、マギカちゃんが王族とはねえ……ゲバルニア帝国は王族がむっちゃ多いから、こっちの王族とはだいぶ違うとはいえねえ」




 ミドット兄さんは苦笑いしつつ頭の後ろで腕を組んだ。


やっぱり小学生にしか見えねえ。




「ルドマリンからの帰りに襲ってきたっていう傭兵といい、今回の連中といい……ホーンスタインの女好きには呆れちゃうよ。金持ちっていいなあ」




「ん、聞く限りの人員だとざっと白金貨10枚は消えてる。相変わらずあの家はアホばっかり」




 ……金貨換算で1000枚か。


たしかに、1人のオンナを捕まえるにゃあまりに多すぎる。


脳味噌まで金玉なんだろう、いやもう……全身が〇ンコ野郎なんだな、現当主。




「……それで、先輩方。この話の落とし前っちゅうか着地点っちゅうか、どうしたらいいんすかね?」


 


 結局、今回のキモはここだ。


いつまでも襲って来るのを返り討ちにしてるだけじゃ、いかんせん面倒臭い。


というか、今回の相手でもヤバかった。


この上となると、次は更なる化け物が来そうだ。




「うーん……国交がしっかりしてる近隣国なら、王家ラインで抗議を入れるってのが一番効くんだけど……ゲバルニア帝国はねえ」




「ん、遠すぎる上に王族が多すぎる。身元を証明する親族も近くにいないだろうし……マギカちゃん、お家を頼る?」




「……今回の話、絶対元婚約者が噛んどりますわ。国元に迷惑かかりますし、何より便りが握り潰される可能性が高いです」




 マギやんの実家を頼るのはナシ、と。




「身分がしっかりした王族の女で、実家も頼れねえ……と。はん、だから狙われたんだろうな、気に入らねえ」




 ……女を宝石か芸術品か何かだと思ってやがるな。


手元に置いとける貴重品扱いか。


レアアイテムってやつか。




 そんなアホみてえな目的で、オレたちゃ散々迷惑かけられたってのか。


今までもそうだったが、どんどん腹が立ってきた。


いくら貴族サマって言っても限度があんだろうがよ……!




「つくづく、見下げ果てた〇ンコ野郎だぜ、公爵サマってのはよ。いっそのこと脳天吹き飛ばしてやろうか……!」




 【ジェーン・ドゥ】を持ち上げる。


頼もしく日光を反射する相棒は、『やっちまえ』と言っているように見えた。




 そうだ、マジでこっそり遠くから狙撃でもしちまおうか。


コイツに簡易的なスコープと、ロンググリップを取り付けちまえばかなりの遠距離からでも撃てる。


いや、いっそのこと銀級に昇給してウィンチェスターを手に入れてから……




「ウッドくんウッドくん、どうどう、どうどうだよ」




 兄さんが肩を揺さぶってきた。


いけね、ちょいと思考が短絡的になっちまった。




「気持ちはわかる、わかるけどそれは一番の悪手だって自分でもわかってるでしょ?」




「……ええ、ああいう手合いってのは何より『体面』ってのが重要でしょうしね。心の中じゃどう思ってても血眼で意趣返しに来るんでしょう?」




「そうそう、とにかく相手に『大義名分』を与えちゃ駄目なんだよ。今の状況は相手も表沙汰にできないから、まだなんとでもなるけどね」




 だよなあ。


公爵家だもんなあ。


そんなに貴族制度に詳しくねえが、男爵とかよりは地位が重いだろうさ。




「初めて会った時、ウッドは冷たそうな感じだと思ったけど……中々どうして熱い子。マギカちゃん、いい仲間見つけたね」




「うぇへへ、せ、せやろか~?ウチの溢れる魅力にも困ったモンですわな~?」




 マギやんがララに抱き着いたままクネクネしている。


器用だな、オイ。




「ふむん、ふむふむ……ウッドくん、今更だけど最終確認ね」




 兄さんがオレの前に立った。


真面目な目で、射貫くように見てくる。




「―――この問題、最後まで付き合うんだよね?」




「―――当たり前でしょう、死ぬ以外じゃイモ引きませんよオレぁ」




 何を今更か。


ここに及んで、今更逃げれるかっての。


それこそ死んだってゴメンだね。




「ふっふっふ、いい返事だ!見込んだ甲斐があったねえ!!」




「あっで!?」




 小学生ボディに似合わない勢いで肩を叩かれた。


兄さんはニコニコと嬉しそうに……






「じゃあ、ギルドも巻き込んじゃおうか!」






 そう、ドヤ顔も交えつつ言い放つのだった。


……ギルドぉ?




「いや、さすがに冒険者ギルドが大規模だっていっても相手は大貴族サマですぜ?」




 組織としちゃ立派だが、さすがに国のトップランクと喧嘩して勝てるのか?




「んっふっふ、相手が『ただの』大貴族……それこそ他の四方家ならさすがに駄目さ!」




「あ、そういう言い方ってこたぁ……」




「ん。ホーンスタイン相手なら大丈夫ってこと」




「僕のセリフぅ……」




 ララが割り込んできて、兄さんは切なそうな顔になった。


ホーンスタイン、かなり嫌われてんのな。




「まあいいや、察しの通りホーンスタイン家はそりゃもう評判が悪い。だってさ、おかしいでしょ?市井の人間までが女癖の悪さを知ってるなんてさ……証拠こそ表に出てないけど、与太話って感じでもない」




「証拠ごと消したけど、エルフの間でも有名。なにしろ『生き証人』が多い」




 なるほどな。




「なにも家を丸ごと消そうって話でもないしね、幸いにしてここは四方家の中でも特にホーンスタインを嫌っているリオレンオーンの領地だ」




「ん、四方家の中で発言力を削げるとなると……協力してくれるかも」




 さすがベテラン冒険者。


そういうあたりにも詳しいとみえる。


持つべきものはいい先輩だぁな。




「ギルド経由で働きかけてもらおっか。食いつきが悪いようなら……ウッドくん、もっかい脅迫しとく?」




「だから脅迫はしてねえですって!」




 オレの噂まーだ根強いのかよ。


あの姫サンとはもう手打ちで話はついてんだ。 


……あ、でも『また』とか言ってたな。


最終手段としてそれもあり……か?




「よし、そうと決まれば……残りの死体をもっかい検分すっか……」




 テンションが急激に下がってきた。


まーた死体漁りかよ。


だがまあ、やらなきゃならんしな。




「あ、それは大丈夫。ララがいるから」




「へ?」




 話が一段落ついたからか、ビーフシチュー3杯目に取り掛かったララが、こちらにvサイン。


なんだってんだ?


っていうかよくそんなに入るな……そのほっそい体のどこに収納されてるんだか。




「私、精霊術も使えるから。ここらの精霊に聞き取りしてギルドに伝える」




 ……いつぞや言ってた風や地面に聞き込みするっていう例のアレか。


すげえな、この人。




「精霊術師ほど流暢に会話できるわけじゃないけど。でも証拠能力はバッチリ……精霊は嘘をつかないから」




「はー……そんな決まりごとがあるんすね」




 警察いらねえな、それ。


状況証拠だけで逮捕までもってけそうだぜ。




「なんとかなりそうだな、マギやん……先輩方も、ありがとうごさいます。この礼はできるかぎりさせてもらいまさぁ」




「義理堅いねえ……んじゃ、この件が片付いたら奢ってもらおうかな」




 ミドットにいさんは、小学生みたいな底抜けの笑顔を見せた。


底が知れねえお人だぜ……




「めももも、ももんむ、むむむっめ」




「ララはん、飲み込んでから喋らな……」




 ハムスターみたいな頬になったララが、急に何か喋り出した。


マギやんが水を渡している。




「んく……この黒いの、ほんとにおいしい」




 なんだ、味の感想かよ。


まあ、喜んでもらえてなによりだけどよ。


どうにもマイペースなお人だな。




「『モリシタサン』が食べさせてくれたのと似てる、というか同じ?」




 ……ん?


なんか今、前の世界で聞き馴れた名前らしきものが聞こえた気が……




「あ、『ビーフシチュー』……!そうそう、これ!」




 やっべ、放置してた缶詰を見られ……ちょっと待て、なんで書かれてる『日本語』が読めてるんだ!!?




「ウッド、あなた『ニホンジン』?」




 ……助けを求めてマギやんに視線を向けると、小さく『諦めや』と言われた。


あー……まあ、マギやんも出自明かしたしな。


王侯貴族に比べりゃ、異世界人のほうがインパクトもすくねえか?




「……ハイ」




 というわけで、1日に2回もカミングアウトをする羽目になっちまった。




「へえ!普通の人族なんだねえ!無茶苦茶なことも言わないし変な発明もしない……珍しいニホンジンなのかな?」




 ミドットにいさんはいつも通りに笑うばかりだった。


肝が太いぜ、ベテラン冒険者……

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