第61話 話が早くて大助かりだ。

「……ゲバルニア帝国の姫君に、おまけに『ニホンジン』ときたか……」




 ギルドマスターは、前に見た時のように重々しく息を吐いた。


相変わらず強そうだ。




「……確かに、ウエストウッドさんは何処か浮世離れした雰囲気がありましたニャ……ミディアノと言う異国からこちらへいらしたからだと思っていましたが……」




 その傍らに立つマチルダも、同じように溜息をつく。


あれ?ニャが……ああ、今は公式?の場じゃないからか。


なるほど。




 ここは、アンファンギルドの……なんだろうな、ギルド長室って言えばいいのか?


ともかく、以前に騎士団の別嬪さんと賠償の話をつけた場所だ。


 


 そこに、オレ達はいる。


そう、俺とマギやん……そしてミドットにいさんとララの4人だ。






・・☆・・






 食事が終ったあと、オレ達はすぐに街へ帰還した。




『色々聞きたいことはあるけどさ、例の連中が戻ってくる前に街にとんずらしちゃおうよ。その方がゆっくりできるし』




という、ミドットにいさんの発言によってそう決めた。


いつ新手が来るかもわからん状況で呑気にお話しするのもアレだしな。


魔法によって索敵ができるにいさんやララがいても、気が落ち着かねえ。




 ってなわけで撤収。


門をくぐり、真っ直ぐギルドへ帰還した。




 マチルダに採取依頼の結果を報告したオレの横から、




『マチルダちゃ~ん、ちょい『上』使わせて~。ギルマスにご注進~』




ってにいさんが話した瞬間、猫娘の目つきが変わったのには驚いたがね。


やっぱりこの娘……前から思ってたけどただの受付嬢じゃねえな。


ギルド長の秘書とか、なんかの責任者とかじゃねえのか?




 この分じゃオレに絡んだ例のガキ共も、たぶん『愉快な』ことになってんだろうぜ。


ケケケ、ざまみろ。




 てなわけで、以前の部屋に通されたわけだ。


ちなみにヴァシュカとバルドの2人も、ギルドに帰還次第ここに呼ばれる手筈になってるらしい。




 そして、マギやんが代表してこれまでのアレコレをギルド長に説明することになったってワケだ。






・・☆・・






「ギルド長、姫君はやめてんか。ウチはそないにかしこまれるほどの身分ちゃうさかいに……むしろこの国やったらそちらさんが上役や」




 マギやんが嫌そうに眉を歪めている。


姫君扱いはやっぱり嫌みたいだ。




「ふは、そうかい。それではただのマギカとしよう……時にマギカ、母親はご健勝か?」




 素に戻ったギルド長は、何やら変なことを言い出した。




「おかん?……ええっと、それは『どの』おかんでっしゃろ」




 そういや腹違いの兄弟まみれだもんな。


どのおかん……改めて聞くとよくわからん言葉だぜ。


王族ってすげえな。




「無論、お前さんの産みの母上だよ。『ザパニシャ』殿だよ……相も変わらず、あの冗談みたいな大槍をぶん回してんのか?」




「へぇ!?な、なんでおかんのこと知って……!?」




 マギやんがビックリしている。


この国と帝国は、確か国交もないくらい遠い場所だったはずだ。


なんでこのギルド長……ああもうギルマスでいいか……は、そんなことを知ってんだ!?




「はは、昔々、俺がまだ腕っこきの冒険者だった時にな。ちょいと知り合っただけのこった」




「……そういえばおかん、前に『冒険者の真似事』をしてたって言うてたような……」




 ……マギやんの母親も冒険者だったらしい。


王族なのに!?


いや待て、王族になったのは結婚したからだとしたら……普通なのか?




「がははは!『真似事』ねぇ、『真似事』……ははは!アレが真似事なら、大体の冒険者は真似事にもなっちゃいねえや!!」




 大笑いしたギルマスが、葉巻のようなモノを手に取って口に咥える。


すると、何もしてないのに先端に火が点いた。


……ギルマスも、魔法使いか?




「―――ナイショだぜ?お前の母親は『爆槍のパニシラ』って大層な二つ名持ちの……金級冒険者だった。もちろん偽名だぜ」




「うっせやろ!?!?おかんが!?!?」




 二つ名から察するに、絶対クソデカい爆発する槍使ってたんだろ。


どんでもねえ母ちゃんだな。


間違いなくマギやんのおかんだ。


しかも金級ときた。


人外側じゃねえかよ。




「ま、まさか……ウチが『漫遊制度』使うっちゅうたときに何も反対せえへんどころか、行ってこい行ってこい言うてくれたんは……」




「そりゃそうだ、自分の通った道だからさ。あの女傑が止めるわけねえやな!がはははは!!」




 ギルマスは嬉しそうに葉巻をふかし……マチルダがスッと距離を取った。


あ、さすが猫。


煙草は嫌いか。




「とまあ、マギカの方はよくわかった。その出自と見た目ならまず間違いなくあの『助平』には狙われるってこともな……で、お前だウエストウッド」




「へ、へい?」




 おっと、俺に話が回ってきた。


なんだろうか。




「お前が巻き込まれた立場なのも、前の騎士団との件からして、悪目立ちする『ニホンジン』共とも違って分をわきまえてるのもわかってる……だが、これだけは聞かなきゃならん」




 空気がズンと重くなった。


冷や汗が一気に噴き出る。


息をするのを忘れそうになる。






「―――お前は、どうする。この『世界』へ来て、何をやらかす気だ」






 ギルマスの眼光が、オレを貫く。


……うっひゃあ、おっかねえ。


チビりそうだ。


今まで出会ったモンの中で、一番怖えかもしれん。




 ……だが、まあ。


別に、オレとしちゃこう言うだけさ。






「―――オレぁ面白おかしく自由に生きてえだけさ。んで、ソイツをするためにゃあ……大事な仲間を無理やり攫ってコマしてやろうなんていう、人間の屑がいちゃあ邪魔なんだよ」






 あ、敬語忘れちまった。


やっべ、不敬罪で首とかカンベンしてくれよ?




「……マギカが、大事か?」




 ギルマスが少しだけ雰囲気を和らげた。


心なしか目を見開いている気がする。




「当たり前でしょう?右も左もわからねえ時に助けてくれた命の恩人で、今じゃ気の合う仲間っすよ?どこぞの助平の肉奴隷なんかにするにゃ、勿体ねえし……なにより、嫌がる女を力でどうこうって振る舞いがね、気に入らねえんでさ」




 マギやんがなんか真っ赤になってら。


肉奴隷が悪かったんかな?


……でもここで殴るのはやめてくれよ?


死んじゃうから、オレが。




「相手は、大貴族だぞ?」




「はん、こちとらこの世界に親戚も家族もいねえ正真正銘の根無し草の野良犬でさ。忖度せずにガブっと噛みついてやりますよ……もっとも、噛みつき方は選びますがね」




 そう言うと、ギルマスは口を閉じた。


そっちだってさっき『助平』とか言ってたじゃねえか。


超評判悪いな、ホーンスタイン家。




 しばしの沈黙が続き、ギルマスが顔を上げた瞬間。


マチルダの両手が輝いて魔法陣が出現した。


なんだ!?魔法……!?




 だが、何も起きないし聞こえない。


いや、正確には何も聞こえないくなった。




 目の前のギルマスが、むっちゃ爆笑してる感じなのになんの声も聞こえない。


まるで出来のいいパントマイムって感じ。


ちょっと不気味だ。




「……間に合いましたニャ。危ない危ない」




 しばらくギルマスは笑い続ける動作をして……やっと気付いてマチルダを睨んだ。


それを見て魔法陣はスッと消える。




「何すんだ、マチルダよ」




 声が戻って来た。


ってこたあ、今のは……




「ギルド長の馬鹿笑いは音量が大きすぎるんですニャ。しかも無意識に魔力まで乗せるから疑似的な【咆哮】めいてるんですニャ……先月、隣の服飾ギルド長が怒鳴り込んできたのをもうお忘れですニャ?」




「っけ、おちおち笑えもしねえでやんの」




「音量と、魔力を、お考え下さい、ニャ!」




「……へいへい」




 マチルダの魔法は【消音】みてえなもんだったらしい。


それにしても結構な迫力だな、猫娘。


やっぱりただの綺麗所じゃねえな。




「……まあいい、ウエストウッド」




「へい」




 ギルマスがオレを見る。


そこには、さっきまでの迫力がなかった。


気のいいオッサンって感じの目線だな。




「お前さんは……『ニホンジン』らしくねえ『ニホンジン』だな」




「……まあ、自分でもそうとは思いやすよ、ええ」




 このメンタリティはどっちかと言えばチンピラみたいなもんだ。


品行方正からは程遠いってのは、そりゃそうだろう。


ニホンジン仲間がどんな連中だったかは知らんが、そうそうオレみたいなチンピラがいてたまるかよ。




「だがよ、いい『冒険者』だ。冒険者にとって大事なモンをしっかり持ってやがる」




「そいつは、いったい……?」




 そんな御大層なモンは持ってねえはずだがね。


そう聞くと、ギルマスは葉巻を咥えたままニヤリと笑った。


うへ、まるでマフィアのドンだぜ。




「『舐められたら殺せ』『理不尽に屈するくらいなら死ね』『矜持と死なら死を選べ』……ってな」




 ……チンピラじゃねえかよ!!


冒険者メンタルはチンピラメンタルじゃねえかよ!!




「補足しておきますが、ギルド長の言うことは話半分にお聞きくださいニャ。全冒険者がソレになったらギルド制度が崩壊しますニャ」




 何気にひでえことをジト目で言うマチルダである。




「……まあ、とにかくだ」


 


 少しだけ気勢を削がれたギルマスが仕切り直す。




「―――ちょいと最近のホーンスタインはヤンチャが過ぎる。こちらとしても色々水面下で動いていたこともあるしな……ここらで一発、かましてやるとするかなァ」




 そう言って歯を剥いたギルマスは、どう見てもチンピラの帝王って感じだった。 




 ……っていうか、にいさんたち一言も喋ってねえじゃねえか。


いいのかそれで……まあ、いいんだろうなァ。 



・おまけ




『爆槍のパニシラ』




 とある国で活躍した女ドワーフの金級冒険者。


見の丈の二倍以上もある特殊金属製の大槍を手足のことく振り回し、対する魔物の一切合切をその名の通り『爆殺』せしめた女傑。




 彼女は生まれつき魔力を遠くへ放出する才能に恵まれなかったが、『槍の穂先程の距離』に魔力を収縮させて戦闘の助けとした。




 その戦い方は凄絶無比。


長大な槍を抱えて単身敵に突っ込み、刺し貫いた敵の体内で魔力を収束・拡散・そして爆散させたという。




 敵の血肉に塗れても豪快に微笑むその姿に心を奪われた、いずこかの貴族によって請われて妻の1人となった……という噂話があるが、真偽のほどは定かではない。




 だが、現在でも『内側から魔力で弾け飛んだ』それも強力な魔物の死骸が発見される事件が稀にあることから、『冒険者』を引退しても『戦士』としては現役……とも噂されている。




 余談だが、某帝国の第12夫人に似ているとか似ていないとかいう噂もあるが……さすがにこれは不敬であろう。

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