第62話 歓楽街って本当にいい響きだと思う。
「……さて」
ベルトを引き締め、気合を入れる。
「行くかァ……!」
口から気合を吐きつつ、オレは足を踏み出した。
「楽園にィ……!」
夕暮れは去り、暗闇にぼうっと街頭の明かりが浮かび上がる。
そして、その先。
そこには昼にも劣らない光があった。
ここはアンファンの街、北区画の一角。
人呼んで、『夜のお楽しみ区画』『紳士淑女の社交場』『見果てぬ夢を追い求める場所』
そう、歓楽街である!!
テンション上がるなァ!!
何故オレがこんなにウキウキでいるのか。
その理由は、昼に遡る。
・・☆・・
「お前らな、1週間ばかし街に籠ってろ」
『ホーンスタインにぶちかます』発言の後、ギルマスはそう言った。
「外に出りゃあまたぞろ例の『助平』の息のかかった連中がちょっかい出してくんだろ。あの連中は言ってみりゃ『枝葉』だ、大本にたどり着くにゃあちょいと遠すぎる」
ギルマスがマチルダに視線を送ると、その後を引き継ぐように話し出した。
「お2人には街で待機していただき、その間にこちらで『裏取り』を進めますニャ。同時にリオレンオーン本家にも渡りをつけ、情報提供と協力要請を行いますニャ」
「街中にはギルド直属の監視員を配備する。外まではさすがに手が回らねえが、街の中まで好きにさせてたまるかってんだ」
なんとまあ、至れり尽くせりじゃねえかよ。
バックアップしてくれんのは嬉しいが、いくら何でも手厚すぎねえか?
オレの表情に気付いたのか、ギルマスがニヤリと笑う。
おお、迫力ゥ。
「前途有望な冒険者を守るのはギルドの至上課題……って言いてえけどな、それだけじゃねえんだ。タイミングさ、タイミング」
「タイミングでっか?」
マギやんが可愛らしく首を傾げた。
「そうだ。この支部はリオレンオーンの配下ってわけじゃねえが、それでもこの街にいる以上色々便宜は図ってもらってる……その発言力を増やす絶好のタイミングなんだよ、こりゃあ。それになにより、さっきも言ったようにホーンスタインはちいと目障りだ」
マチルダも続く。
「これを機に、ホーンスタインの発言力を削ぎますニャ。ギルドとしても、あのような醜聞の絶えない家よりも……まあ、公明正大なリオレンオーンの方が色々と都合がいいですので。今回は事前に対処できそうですが、同じことが起きるリスクは避けたいですニャ」
……女狂いよりも杓子定規の方がマシってか。
そういうことかな?
「マギカの方には護衛も付ける。ウエストウッドは巻き込まれた側だしな、街から出なけりゃお前さんを単体で攫っちまおうってことにはならんだろう……この期に及んで、街中でそう大掛かりな手勢を動かすとも思えねえしな」
……まあ、そうだろうな。
向こうさんはマギやんが目当てなんだし。
オレにもちょっかいかけようとしたら、さすがに目立ちすぎる。
奴らは今日結構な腕っこきを失ったわけだし、おかわりはねえだろう。
「ウチに、護衛……?」
「ああ、腕っこきのそれも女だ。お前さんの宿に詰めさせる……いいよな?」
ギルマスはマギやん……ではなく、何故かオレの後ろに視線を送る。
「……給金は?」
誰のものでもない女の声が響いた。
「うおっ!?」
急にオレの後ろに『気配』が出現した。
慌てて振り返ると、そこには……巨乳があった!
「勿論、色を付けて払うとも。その分しっかりガードしてくれよ?」
「金が出るなら文句はない」
ギルマスに返答するのは、褐色の肌の女だ。
顔はフードとマスクで目以外よく見えねえが、何故か体の方はビキニ水着も真っ青な薄着。
チョコレート色の素晴らしい巨乳を持った、目元が鋭い美女だ。
エキゾチック……っていうのか?
身長は普通だが、スーパーモデルもビックリの素晴らしいスタイルしてやがる。
「……おい、なんだ」
やっべ、唐突な巨乳に心を持っていかれちまった!
「いや、そりゃあいきなりアンタみたいなド級の美人が湧いて出りゃあ見ちまうだろ……ああいや違う、すまん、不躾だった」
正直に話し過ぎたな。
名残惜しいが視線を外そう。
「ふん、最低限の礼儀は知っているようだな……まあいい、許してやる」
許されたようだ。
なんとかセクハラで立件されるのは避けられ……いっで!?
「ま、マギやん……足、鎧のままじゃねえか、オレの足折れちまうよ」
「ほんまにすまんなァウッドぉ……虫がおってん、虫がァ……」
「そ、そうですか」
目がとても怖すぎる。
そりゃなあ、自分の進退の話してんのに仲間が巨乳に夢中なんだから腹も立つってもんか。
……反省、反省。
足折れてねえよな、これ。
「がっはっは!正直な男だぜオイ!……そいつがマギカの護衛だよ」
うおっ!?後ろの姉ちゃんの気配が消えた!?
……かと思ったら、ギルマスの横にまた出た!?
なんてこった……異世界にもいるんだな、ニンジャ。
地球のよりもフィクションじみてるが。
「銀1級冒険者、ラーラマリアだ。短い間だが、よろしく頼む」
「よ、よろしゅう頼んます!」
銀1級……ほとんど金級じゃねえかよ、大ベテランだ。
逆に言えばこれだけすごそうなのに銀級なのか……金級ってのはマジで大変なんだな。
不意に扉がノックされ、外から声がかかった。
「ギルド長、ヴァシュカ様とバルド様がいらっしゃいました」
「おう、ここへ通しな・・・一気に説明しとかねえとな」
お、到着したのか。
ふう……安心したらなんか疲れちまったな。
今日は公衆浴場へ行こう、そうしよう。
・・☆・・
というわけで、今に至る。
あの後合流したヴァシュカ達にギルマスが再度説明をし、解散となった。
バルドはオレ達の出自に驚いた様子だったが、ヴァシュカの方は『へ~』って感じだったな。
『妙に常識がないと思ったらそうだったのかいウッド!今度酒でも飲みながらそっちの世界の話を聞かせとくれよ!最高の肴になるね!』
なんて、背中をバンバン叩かれたがね。
動じねえにも程がある。
ともかく、ギルドで現地解散した後オレは公衆浴場に直行。
疲れをお湯で癒した後、その勢いで街に繰り出して飯を食った。
そして、晩飯の後にふと思い立った。
―――そうだ、娼館、行こう。
と。
思えばこれまで、依頼に面倒ごとに面倒ごとに面倒ごと……ってな感じで疲れることばかりだった。
ここらで心身……特に心を『スッキリ』させておきたいと思っても無理はねえだろう。
オレだって健康的な一般男性。
溜まるモノは溜まる。
というか、健康な一般男性ならそれが普通だろ?
自慢じゃねえが、地球にいる時はそれなりに風俗店を利用してたからな。
……マジで自慢じゃねえな。
ああ、地球に未練はねえが……オキニのミキちゃん、元気にしてっかなあ。
あの巨乳に会えない事だけが少しばかりの心残りだ。
だが……だが、ここは異世界。
転移してからこっち、地球ではお目にかかれないような異世界美女に数多く出会った。
こっちにはこっちの良さがある。
いや、地球よりいいかもしれねえ。
ヴァシュカやマギやんみたいなタイプは絶対地球にはいねえもんな!
「……今晩は『配信』中止にしてくれよな」
開いた虎ノ巻にそう呟くと、すぐさま白紙の部分に文字が浮かぶ。
『プライバシーは大事だ。神に二言はねえ、楽しんできな』
……よし!これでオレの大暴れ(意味深)が神サマ連中に見られることはねえな!!
心置きなく繰り出せるぜ!!
……狙われてるマギやんには少し、いやかなり申し訳ねえ、ねえが!
すまねえ!許さなくてもいいから許してくれ!!
いや、言うワケねえけどよ!!
それに、オレが宿に籠っててもマギやんに何かプラスになることはねえ。
だったらリラックスして余計な迷惑をかけないようにした方がいい……と、思うことにする。
マギやんの前でムラ付くわけにはいかねえしな。
……乳揉んじまったしよ、つい。
以前に街中の依頼で一緒になったオッサンに『聞き込み』した情報をメモったページを開く。
よし、よしよし……どうすっかな!
とにかくまずは店まで行ってみよう!
イイ女がいたらそこに突撃だァ!!
いざゆかん、楽園へ!!
「―――して!はなしてっ!やぁ、やだっ!!」
……ん?
横の路地から声が聞こえた、気がする。
目をやると、なんかこう……奥の方で影がワチャワチャ動いている。
アレは……人、か?
……なんか気になるな。
後顧の憂いは断っておきたいし、ちょいと行ってみるか。
周囲に衛兵もいねえし、呼びに行こうにも場所がわからんし。
暗い路地に踏み込むと、左右の壁の反響のせいかより声がクリアに聞こえてきた。
「うるっせえ!金なら払うって言ってんだろうがよ!!」
「ヤダって言ってんのさ!体も拭いてないアンタなんか御免だよ!こっちにだって客を選ぶ権利はあんだ!」
「んだとこのクソ売女がァ!お高くとまってんじゃねえよ!!」
……揉めてるな、うん。
ここは歓楽街だから……客と商売女か?
「衛兵呼ぶよ!とにかくアンタみたいな臭い男は御免だって―――あぅっ!?」
あ。
こりゃいけねえ。
女の方が殴られた!
しかも、顔を!
……んの野郎ォ!
ふざけやがって!!
「売女なら売女らしくしろってんだよ!きたねえ駄賃で生きてる分際の癖によ!!」
「っだ、だれか、誰か助けっ―――」
「っへ、誰も来やしねえよ!!」
背嚢から取り出したクロスボウを構え、引き金を引く。
びいん、と弦が鳴ってボルトが放たれる。
一直線に飛んだボルトは、男のすぐ横の板塀に豪快に突き刺さった。
「―――どっこいいるさ、ここに1人な」
「は?へぇっ!?」
さっきまでの威勢は何処へやら。
突き立ったボルトを見ていた男は、オレの声に慌てて振り返った。
うわ、明らかに風呂入ってねえ感じのオッサンだ。
冒険者……じゃねえな、たぶん力自慢のチンピラだろう。
武器も鎧もねえみてえだし。
「ここは楽しく遊ぶ場所だろ?女を殴りてえなら、街から出て魔物の雌でも殴ってな」
「なんだ、てめ……っひ!?」
恫喝しようとしたオッサンは、オレが抱えているクロスボウを見て息を呑んだ。
まっすぐ脳天をサイティングした、クロスボウを。
「オレも溜まっちゃいるがね、間違っても気持ちよくさせてくれるかもしれねえ相手を殴りてえとは思わねえなァ?……ねえさん、こっちへ来な」
オッサンの足元に蹲っていた女がすぐさま動く。
オッサンの横をすり抜け、こちらへ走ってくる。
「っちょ、待―――」
女の肩を掴もうとしたオッサンを掠め、またボルトが板塀に突き刺さった。
再び、そいつは動きを止める。
「―――オレぁいい女は殴らねえが、女を殴る男に矢をぶち込むことは余裕でできるんだぜ」
「んな、な、な」
女が俺の後ろへ回って背中に隠れる。
ふわりと香水のいい香りがする。
だが、背中に添えた手は震えていた。
……かわいそうなこと、しやがる。
「おい」
クロスボウをコッキング。
次弾が装填された。
その音に、オッサンがびくりと震える。
「とっとと……失せろォ!!!!」
三射目を足元に放つ。
「っひゃ!?ひゃああああああああああああああああああああっ!?!?!?」
オッサンは情けねえ悲鳴を上げ、路地の奥へ向けて走り出した。
その背中が見えなくなるまで睨みつけ、息を吐く。
「ったく……興覚めだぜ。おいねえさん、あの臭そうなのは逃げたぜ」
コッキングを解除し、安全装置をかける。
後でボルト回収しねえとな。
結構高いし、アレ。
「あ、ありがと……あれ?おにいさん……」
震えながらオレの前に出てきた女は、顔を見て目を丸くした。
……顔を殴られていたが、傷跡がよくわかんねえ。
暗いし、それに『毛皮』で。
って、このねえちゃん……
「あの時のおにいさんじゃない!」
「あんときのねえちゃんかァ!」
オレの目の前にいるのは獣人の女。
いつだったか、ガモスのおやっさんにしこたま酒を飲まされて『一戦』を断念した、あの色っぽいねえちゃんだ。
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